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【 Xiii 】 口紅。

「お初にお目にかかりますわ、閣下」


 まるでアルミ箔で出来ていたかのようにひしゃげた金属扉。

 その向こうから聞こえてきた声はしとやかな女性らしい響きと並々ならぬ気高さがあった。

 扉の奥をじっと見つめてみるが、粉塵が舞っていてその姿は確認できない。

 少女は素早く後方へ数メートルを跳躍して僕の隣に移動すると、身をかがめ慣れた手つきで弾倉を入れ替えた。表情に焦燥の色はない。扉が破られる事は想定していたようだった。


「わたくし、ローリエ・ヴェ――」


 新しい弾丸を装填した短機関銃を携えた少女がすっと立ち上がる。

 鈍く黒光りする機関銃を声の主に向け、一欠片の躊躇いもなく引き金を引いた。

 

「…………うわぁ」


 薬莢が飛散し空気が爆ぜる。独特な連射音は一つの楽器の音のようだ。硝煙が一気に室内に充満する。

 驚きを禁じ得ない僕の隣で、銃を撃ち続ける少女は眉一つ動かしていない。

 

「……………………」


 しばらくしてふいに少女が攻撃の手を止めた。わずかに目を細め、両の手に握った銃の先を睨む。


「ふふっ、いいですね」 

  

 もはや扉が破壊された時のものか火薬によるものか区別が付かない、視界を覆う土煙。

 その奥からひとりの女性が優雅な足取りで現れた。


「とてもいい。ぞくぞくしますわ、わたくし」



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 中世ヨーロッパで栄耀栄華を極めていた上流貴族が、何かの手違いで異世界にやってきた。

 そんなお粗末な比喩を使っても良いのなら、目の前の女性はまさしくそれそのものだ。

 様々な装飾がなされた豪勢極まりないドレスは夜の闇。対照的に煌めくのは、木漏れ日の雫を思わせる柔らかな膨らみのある金髪。しなやかで豊満な肢体がミステリアスな雰囲気を一層と強め、艶やかで肉感的な唇には真っ赤な口紅ルージュが引かれている。

 美の資質を詰め合わせたような完璧な美しさ。

 だが残念なことに、その容姿に陶酔して然るべき健全たる男子高校生(僕)は混乱しすぎていた。

 勿論、あの銃弾の嵐を浴びてなお、こうして微笑を浮かべながら立っていることに対してだ。

 ドレスにさえ傷ひとつ付いていないのは、奇妙だとか異常だとかを通り越して哲学的な境地にすら達せそうである。それについて考える事は……取り敢えず放棄。この現状は、僕と僕の世界の常識を逸脱した先の上空で振り返り、そこから僕達を完膚無きまでに叩き潰そうとしていた。

 しかし僕の戸惑いの原因はそれだけではない。

 彼女を見ていると、まるで人間と酷似した何か・・・・・・・・・を眺めているかのような感覚に陥ったのだ。それは僕の中で不明瞭などろどろとした渦を巻いていた。


「自己紹介が遅れました――いえ、違いますね。中断させられました、銃撃で」


 死人のように白い手で口許を隠してくすくすと笑う。何が面白いのか意味不明だ。


「ローリエ・ヴェン・ドルチェリア。以後お見知りおきを」


 そう言って彼女は含み笑いを浮かべたままゆるりと会釈をした。

 僕はやっとぎこちない微笑みを返して、ついでにひとつ気になっていた事を尋ねる。


「えっと……あの扉は?」

「あ、壊れてしまいましたわ」


 ローリエは両手を頬に当てて恥じらう仕草をして見せながら言った。

 口の端が少しばかり引きつる。あくまで『壊れた』と主張するつもりらしい。どんな自然現象だ。

 

「……廃れきった一族の末裔が、今更何の真似だ?」


 しばらくの間無言を貫いていた少女がぽつりと呟いた。

 銃口と視線はローリエに向けられ、一寸の揺らぎさえ見られない。

 柔和だったローリエの目がすっと細くなった。眼光が鋭さを帯びる。


「……いま何とおっしゃいましたか? よく聞こえなかったのですが」

「もう貴様らは大昔のくだらない偶像崇拝の遺物でしかない。さっさと獄に戻れ」


 吐き捨てるような少女の言葉。

 流れる金髪の奥、瞳の深紅に明らかな激情の色が冷たく広がった。


「よく聞こえました。もう結構ですので死んでください」


 その瞳とは対照的に凍えきった声色。表情はペンキで塗り固められたようにのっぺりとしていた。

 ふわりとした彼女の髪が風を受けて浮き上がったように見えたのは一瞬。漆黒のドレスが宙を舞い、もはや明確な殺意の塊と化した瞳が血飛沫を思わせる軌跡を描く。跳躍に距離が一気に縮まり、僕はほとんど何も出来ないまま唖然としてその光景を眺めていた。


 ――少し我慢しろ。


 少女が僕にやっと聞こえるくらいの声量で囁く。すなわちそれは僕に言った台詞なのだろうが、全くもって理解不能だった。この状況で僕が我慢する事といえば死に際の悲鳴くらいだ。

 だがクエスチョンマークを浮かべて少女の方を向いた僕がその言葉の真意を問う必要はなかった。


 彼女がローリエに向けていた機銃を僕のこめかみに突きつけている。


「…………ぇあ……?」


 僕の口から再現不可能な奇声が漏れた。

 呆気に取られた僕を顎でくっと指し、少女は冷たく抑揚のない声で告げた。

 

「止まれ。それ以上進めばこの男を殺す」



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