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【 Xii 】 犬歯。

 監守室にグルーディスの姿はなかった。

 真っ赤に点滅する監視用モニターを眺めながら、のんびりとコーヒーを飲んでいる青年がひとり座っているだけだ。


「何をした……? グルーディスはどこにいる……」


 ユウィルは怒り心頭に発すると、かえって冷静になる性質だった。狂乱と混沌の渦である戦場を生き抜くためのスキルとして、熟練の戦士になるほど顕著にこの性質が表れる。彼女は先天的に生まれ持った部分も多かった。


「あぁ、この監獄の中に居たんだね。てっきり外へ出て行ったのかと思ってたよ」


 青年はユウィルに背を向けたまま呑気な声を出した。

 全くの無防備で隙だらけだったが、ユウィルはホルスターに収まった銃をいつでも引き抜けるように体勢を整えている。


「質問に答えろ。警報は貴様の仕業なのか」

「だとしたら……殺し合いになるのかな」


 青年は肩越しにユウィルを見た。

 明確な意識というものが存在せず、ただ漠然と状況を眺めるだけの瞳。

 刹那、ユウィルはそれに飲み込まれていくような感覚を覚えた。

 ふらつきそうになるのを強く踏みとどまる。kyu、と足元の床が不快な音をたてた。


「……冗談だよ。僕は何もしていない」


 彼は苛立っている風でも、面白がっている風でもなかった。勿論冷静さを欠いてもいない。

 

 もしこの男の中に、本当に『聖戦の化身』が宿っているとしたら――?


 ユウィルの脳裏に一瞬だけそんな考えがよぎる。

 精神の静寂と思考の安定の、微かな揺れ。

 青年はそれを読み取ったかのようにわずかに微笑んだ。その瞳に、先程の不気味な空虚さはない。


「あの看守ならたぶん一八九九七号室にいると思うよ」


 青年は再び正面を向き、ひとつのモニターを指さした。

 モニターには監視カメラの映像は映っておらず、不快な雑音とともに砂嵐が表示されている。

 明らかに異常事態を示しているそれは確かに一八九九七号室のものだった。

 青年は何か思い出すように宙に視線を彷徨わせる。


「確か『ロヴェード』の檻がどうとか言っていたけど……」

「…………!」


 ユウィルは闇色のジャケットを翻し、無言のまま踵を返した。

 戦闘用の革靴がタイルに打ちつけられる音を響かせながら、扉に向かって歩き始める。

 扉を開け監守室の外の廊下に出るときに、彼女は青年の背中を射るように見据えながら言った。


「貴様はここを出るな」

「勿論、言われなくてもそうするつもりだよ」


 金属質の扉が閉まる音を背に受けて、部屋にひとり残された青年はぐっと伸びをした。

 

「……やっぱり静かな方がいいね。一眠りしようかな」


 青年のふわりとした欠伸を打ち消すかのように、廊下から銃声が響いた。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 時は遡り――暗融月が浮かんでいた夜。

 とある古い牢獄に、美しく若い女がひとり、磔にされていた。 


 窓から差し込む月明かりを受けて艶めかしく光る金色の髪。

 装飾きらびやかな漆黒のイブニング・ドレス。

 夜の森を思わせる冷酷さと、血液を凝縮したような紅が同居する瞳。

 木杭が打ち込まれた両手首と右胸から、留まる事を知らずに溢れ続ける血。

 

「……八百年」


 一筋の血が走っている唇が震え、透き通るような声が零れる。


「……八百年、待っていました。この……かはッ……」


 言い掛けて、苦しげに咳き込む。血飛沫が牢獄の床に散った。


「暗融月の夜、に……」


 別の生き物のような真っ赤な舌が口許の血を舐め取る。

 その口角はいつしかすっと吊り上がり、鋭い犬歯が露わになっていた。


「我が一族の主……『黒蠍』が蘇る事を……」


 赤き月は静かに夜空を動く。

 牢獄の窓から月が見えなくなった時、彼女も動かなくなっていた。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 『廊下から銃声が聞こえる』なんて事態が起こった時にどうすれば良いか、僕は知らなかった。

 だけど少なくとも今のところは、それは僕に向けて発せられたものではない。 


「……じゃあ大丈夫かな」


 モニタリング用の椅子に寄りかかって目を閉じる。

 身体的にも精神的にも疲れ切っていた僕は、徐々に眠りに落ちて――


「――いけるはずもない、か」


 溜め息。その溜め息も銃声に飲み込まれる。

 銃声は恐らく少女の短機関銃のものだった。

 性能は非常に良いようだが、周りの人間が快適に過ごせるような配慮は成されいていない。 

 尤も、機関銃に消音器サイレンサーという話は殆ど聞かないけれど。


「…………」


 監守室の扉が蹴り開けられ、両手に銃を提げた物騒な少女が入ってきた。

 その表情は普段通りクールなままだが、僕を親の敵のごとく睨み付けている。


「おかえり。随分と早い帰りだけど……何かあったのかな?」


 少女はそれには答えず、振り返って横に備わった電子制御板を操作した。

 扉がロックされる機械音が二、三度響く。それによって扉は大分厳重にロックされたようだった。


「……ヴェンバイアの封印が解けた」


 少女が消え入るような声で、だが淡々と言った。

 それは独り言のようだったが、次は僕に正対する。

 

「貴様、本当に『黒蠍』を――」


 彼女がそれを言い終わる前に、制御されていた金属の扉がGushariと潰れた・・・

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