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【 X 】 警報。

「ふー……」


 コーヒーの入ったマグカップを包みこむように持つと、ふいに気の抜けた声が漏れた。

 牢の中で凍えきった身体はコーヒーとコートで大分暖まってきている。コートは看守が私物の余り物をくれたのだが、近接格闘用に改造済みだった。所々に縫い込まれた鉄板と数種類が揃った短剣のせいでひどく重い。

 僕のそんな様子を見て、看守は申し訳なさそうに顎髭をなでた。


「悪いな、着にくいだろう? エデットガット社のコートは品質は良いんだが重くてな」

「着る物があるだけで十分だよ。今まで上半身裸だったんだからね」

「む、むう……」


 冗談めかして皮肉を言うと、看守は弁解も出来ないといった風にうなり声を上げる。

 僕には軍隊上がりの刑務官を苛める趣味はない。話題転換を兼ねて疑問をぶつけてみる。


「ところで、さっきまで囚人だった人間にダガーなんて持たせて良いのかな?」


 試しに取り出してみた短剣は、日本の忍者が使用していた苦無くないに形状が似ていた。

 見ただけでも研ぎ澄まされている事が分かる。数人程度なら殺傷させるのも容易いだろう。

 拘束具を解かれて牢獄から出されたとはいえ、こんな武器を備え付けたコートを渡して構わないのか。


「ふむ……それはそうだが」


 看守は値踏みするような視線で僕を眺めながら、反撃とばかりに愉快そうに唇の端をつりあげた。


「そいつで俺を殺せるのか? 坊主」


 つかの間の静寂。

 熱いコーヒーに口をつける。泥のように濃いブラック。僕は苦笑した。


「まさか。殺しは苦手なんだ」


 ック……という押し殺した笑いが、うつむいた看守の喉の奥から響く。

 そしてそれは徐々に大きくなって、


「……っだ――っはっはっは!!」


 爆笑になった。

 

「そうか! 殺しは苦手か!」


 僕は何が何だか分からずに、それこそ鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたのだろう。それを見て更に看守は笑う。実に可笑しそうな明朗な笑いだったので、別に不快ではなかったのが救いだった。

 

「……まぁ俺を殺したところで、一生ここから出られなくなるのがオチだろうよ。外部に通じる扉は指紋・声紋・虹彩の生体認証装置で電子制御してあるからな」


 彼は一通り笑い終わると、頬を緩ませたまま、親指で自分の首を掻き切る仕草をして見せた。


「そうなんだ。えらく頑丈なんだね」

「まぁ……ここにはちょいと訳ありの奴がいてな。内側からも外側からも、簡単には出入りできない仕組みになってる」


 ……外側からも・・・・・

 何となく気になったが、一息ついたところで取り敢えず今の状況を確認しよう。


 先程、僕はあの黴っぽい牢獄から釈放された。……否、釈放というのには語弊があるかもしれない。監禁から軟禁といったところだ。今は牢獄から少し離れた看守室でくつろいでいる。監視カメラの映像を映し出すモニターに囲まれていたものの、十分なくらいにスペースはあった。

 短機関銃の少女は、牢獄から出るときにはいつの間にか姿を消していた。

 ……い、いや、ホッとしてるだとかそんな事は全然思っていないよ?


「そういえばここに来るまでの間、他の監獄は全部空だったけど……」


 看守は勢いよくコーヒーを飲み干して、大儀そうに頷いた。


「あぁ。この監獄に収監者は三人しかいねぇからな。坊主を含めれば四人だが」

「三人!?」


 確かに廃れた感じはするが、囚人が三人とは役不足に過ぎる。この看守室に来る道中に見た牢獄だけでもざっと四十はあったし、風変わりな男とはいえ看守も雇っている。僕は狼狽を隠せなかった。


「ここはもともと《政府》直属の自治体収監施設でな。今は使われてないんで、ちょいとばかし俺達が拝借してる」 


 にっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、秘密だけどなと付け加える。 


「えーっと……『俺達』って?」


 笑みから一転。ぽかん、という効果音を付けてもいいくらいに気持ちよく監守の口が開いた。

 

「それじゃあ何か、坊主? お前さん俺達が誰か分からずにのんびりコーヒー飲んでるのか?」

「うん」


 ほとほと呆れたといった様子で監守が溜め息を吐く。

 そして何か言おうと僕にぐっと詰め寄ってきたその時――突然、部屋中の監視モニターが真っ赤に光り出した。

 備え付けられた警報機が甲高いサイレンを発し、監守の表情が険しくなる。


 『 緊急事態発生:収監番号一八九九七 』


「一八九九七……ロヴェードの檻か!?」


 彼はモニターに表示された警告文を睨むと強い口調で吼え、跳ね上がるように立ち上がった。

 その拍子にマグカップが落ちて割れたが、それも気に止めていない様子だ。

 監守室から出て行こうとした時、思い出したように僕の方を見て言った。


「お前さんはここにいてくれ。危険だから絶対に外に出るんじゃないぞ」

「うん。了解」


 そして扉の方に身体の向きを戻して、またすぐにこちらを向いた。


「あぁ、それと」

「…………?」

「もし死んだら――すまん」


 ぐっと親指を立てシニカルに笑うと、看守は全速力で走り去った。


「『死んだらすまん』?」


 はて……どういうことだろう?

 僕は首を傾げながら、すっかり冷めてしまったコーヒーに口を付け……思い出した。


 『――まぁ俺を殺したところで、一生ここから出られなくなるのがオチだろうよ――』


 少し寒気がしたのは、コーヒーが冷めすぎていた所為かも知れない。

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