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あの部屋の一角で会いましょう。

作者: 才木 不可埜
掲載日:2026/07/04

『そしてまた、足を進めるために』

ついこの間、人が死んだ。

それは俺の母であり、一般人であり、犠牲になった、可哀想な人だ。


葬式はやらなかった。母はこの家の専業主婦である。我が家以外に親しい人物がいなく、やる意味はなかった。きっと、本人もこんな浪費の仕方は望んでいないだろう。


その、事故の瞬間を思い出すと、っ、████████

……気分が悪くなる。詳細をことこまかに思い出す必要なんて、今はない。


ともかく俺は、落ち込んでいた。何をするにも嫌になって、大学を一週間休むことにした。

今日はその中日。折り返し地点であり、憂鬱の一歩手前。

今日は水を飲んで、天井を見つめ、液晶越しに動く画像を見ていた。

たった一人。無数に人がいる地球から、一人消えたくらいでこんなにも苦しくなっている自分が嫌で、ペットボトルを勢いよくそこへ投げ捨てた。

人と同じように、プラスチックなんてものは無限に溢れている。

でも、プラスチックには家族や知人という概念は存在しない。全てが他人であり、そこに存在していることしか彼……彼女?には分からない。

羨ましいと思った。家族なんて概念、無かったら良かった。


有を手にしたら、いつか無になる。

それが嫌だったから、俺は常に何も持たないことを選んだ。



口からため息を出そうとして、やめた。何かを吐くなんてことが、今はひたすら嫌だった。


嫌になった。

けれど不思議と、外へ足を運ぼうとした。

……きっと、嫌になったからこそ、俺は外に出ようとしたんだと思う。


だって、そうだろ?こんなところにいたら、気なんて紛れない。自身まであの悲惨な光景になろうとしてしまう。

白い部屋。雨により雰囲気が暗く感じるが、整えられた401号室だった。


違う。暗く感じるのは、カーテンが閉まってるからだ。

外を見ていないのにも関わらず、雨だと認識できたのは音のおかげだろう。やはり、耳というのは偉大な存在だ。


『では、それがなかったら?

最初から、存在していなかったら?

今日が雨だと知ることはなく、晴れだと思って過ごせていたのでは?』


父は疑うのが好きだった。頭が良かったが、それを活かそうとはしなかった。

もっともこれは、俺が考えたに過ぎない、幻聴だが。

ベットから起き上がって、出かける準備をした。


俺は、大学に行く時以外はいつも家にいた。

つまり、今日やることとは真逆なことだ。母が見たら驚くだろう。


今日は珍しいことの連続だ。髪を整えた。

首が熱くなるのが嫌で、小さく一つに結んだ。妹が見たら、スズメのしっぽだとはしゃいでくれただろう。きっと。

けれど、少し伸びた髭は剃らなかった。妹が、これを撫でるのが好きで……

……その少女が持っていたぬいぐるみは、今はベットの上でその役割を果たしている。


自身の身体の反対を押し切り、玄関の鍵を開けた。



『行ってらっしゃい』


……

外は雨が降っていた。知っていたはずなのに、目にすると不思議と新鮮感があった。

傘を差すのが嫌になったけど、身体が濡れるのはもっと嫌だった。


今日は雨で、暗い。そのせいか、人が見えない。

先程4階から見渡しても、見えるのは建物ばかりで、人らしき姿は見えなかった。

目的地がなかったため、情けなく彷徨う。とりあえず、建物に入ろうと思った。


雨のせいで、前が見えずらかった。視界はかろうじて地面が映るほど狭く、窮屈だった。


自身の記憶を頼りに角を曲がる。

あっているのかは分からない。けど、自身の記憶が間違ってなければ、嬉しかった。

嫌な気持ちが、少しだけ晴れるように祈った。


そこのに着くまでの道中、誰とも合わなかった。

まるでこの世界の時が、自分以外全員止まったかのように。

俺だけが切り取られて、俺だけが、違う次元を歩いて……


雨の音だけがずっと、耳を穿って。



着いた場所は、図書館。

……残念ながら、目的地ではなかった。けど、その場所は記憶しっかりと存在していた。

その嫌な気持ちは晴れなかったが、雨の勢いが増すこともなかった。


その図書館。今は昔、父が死ぬ前にはよく連れて行ってもらった。

……幼い頃の記憶だ。俺がまだ、小学生で。父が死ぬ、一か月前の。


『知識というのは、あればあるほど良い。

けど、間違った知識は得てはいけない。間違った知識は、無限だ。それを得てしまえば、奈落のように落ちていく。

だから、限りがあって有限な、意味がある、正しい知識だけを得るんだ』


……父はこんなことは言わない。これもまた、俺の考えた、存在しないもの。初めから、無であるもの。



「こんにちは」

ここの館長と思わしき女性がこちらに挨拶をした。カウンター越しでぼやけたなシルエットしか見えないが、声色は女性だった。

その言葉に俺は小さく会釈して、直ぐ近くの棚へ身を隠した。



『この耳がなければ、人をどう区別する?

外見、骨盤、骨格……むしろ、声があるからこそ騙されるのか?』



母が死んで、色々が終わってからまともに人と会っていなかった。

今日も人がいなかった。先のその瞬間まで俺は、孤独だった。


なんだか寒さと緊張、嬉しさで手が震え、それを抑えようと手を伸ばし、本を一冊手に取った。


「私、本ってあまり読まないんですよね」

人がいないせいか、その司書は俺に話しかけてくる。

近くの席に座って、少し経ったら暇なのかこちらへ足を運んできた。


乗り気ではなかった。直近で人が死んで、仲良く他人と話す気分にはなれなかった。そのような優しさは、俺にはなかった。母の血が薄いのだろう。

視線も、声もやらず本のページを1枚めくる。

けど、この雨でも落ちなかった泥のような塊を踏みつけるのには、ちょうど良かった。なんせ、こちらが沈黙を貫いても話を続けているのだから。


「この職業で?読まないの?意外ですよね、私もそう思います」

彼女もきっと、会話が続くのは諦めている。一人で勝手に喋って、勝手に完結させている。よいBGMだと思った。


太陽が眩しかったから、人を殺した?

……雨の日に読む本ではないな。少なくとも、その登場人物の心境を理解はできない、


「なぜ、人は死ぬんでしょうね」

「私も、わかんないです」


視線をやってないから分からなかった。彼女はきっと俺の後ろに立って、様々なポーズをしてるのだろう。


「命という、『有限なものがある限り、それは必ずいつか潰える』」

「『じゃあ、最初から存在しなかったら?』」


ページをめくった。

……

そんなもの、聞かれても知らない。

限りがあるなら、それを1日で使い切ってしまわぬように努力することしか、人間にはできない。


「でも、いいですよね、別に」

「『限りあるからこそ美しい』とか、そういんじゃなくて……」

「ほとんど全員、同じ。同じ人が、限りある寿命の中で、一緒にいる」

「その時間を使ってでも、人は人の側へといる」

「そういうのが、いいんですよ。きっと」




「―――

」

その言葉は、俺の考えを変えた。

そうして喋ろうとした声は、残念ながら開いたドアの音によりかき消された。

振り返った時、そこにはもう彼女はいなかった。

すぐドアの方へと向かい、また「こんにちは」と声をかけた。



……

彼女の思考は、俺のものとは真逆だ。

有を無にするの結末を変えるのではなく、有を無にするまでの過程を、変えようとしていた。


そうだ。世界には人がいる。いてしまう。人が誰一人いない世界なんてものは存在しない。

俺はこの限りある寿命で、あと何度出会いと別れを繰り返すのだろう。

もはや、そんなものはどうでもよかった。


ただひたすらに、人に会いたいと思った。死んでしまった親に、妹に……

彼女の言葉を聞いた、ただそれだけで。


ああ、そうか。俺のこの心は、思考は。

他人に会っていなかったから、ずっと独りで考えていたから、こんなことになってしまったのか。



本を閉じた。針は一周半しかすぎてないが、もう充分だった。



「また、来てくださいね」


彼女は既に、客の対応をしていた。貸し出す本を聞く声が聞こえたから。


それでもその言葉が聞こえな。幻聴だろうか。

俺は出るのを惜しんだが、開いてしまった自動ドアに後押しされ、足を出した。



……


そうして、晴れた日に行った図書館は、人で溢れかえっていた。

彼女はもういなかった。ほかの司書に尋ねても、「そんな人は存在しない」の一点張り。

俺は何を見たのだろう。


でも、人がいるのは嬉しかった。何故だろう。分からないが、その日はずっとそこに居た。




そうして、そんな日があったから、また角を曲がった。いつもは曲がらない、違う道。

今日は曇りだったから、傘は持っていない。



でも、あの晴れの日のような、人はいない。


まただ、またこうだ。

どうして、こうなんだ。俺だけが、俺の周りだけ、人がいなくて……

みんな、死んだように消えて。

世界にはこんなに人が溢れているのに。昨日たしかに、人を沢山見たのに……


あの雨の日だけ、こんな、暗い日は人がいないんだ……


……思えば。

図書館に父と行った日。あの時も、雨が降っていた。


『雨は、人を隠してしまうのか。

雨という存在を認識しなければ、人は現れるのでは?…………では、耳だけではなく、目も無くさないといけないな』



そうして、少し歩いた。その先には、墓があった。████と書かれた、たくさんの人の墓が。


不意に直面してしまった事実に俺は吐き気がした。

目がチカチカする。口を塞いだ。耳を被った。

けど、足は前へと進んだ。そこに、導かれるように。人はいないのだと、証明するように。




「こんち██」


雨が降った。視覚的に認知した。

土砂降りだ。身体には冷たい水が打ち付けられ、風が耳を襲った。

その耳に一瞬だけ届いた一節は、ほとんど聞こえなかった。


「█墓参█です█?」


姿が見えない。何も聞こえない。ただ、人がいるんだと思った。


俺は叫んだ。俺の叫び声も、聞こえなかった。


ただ、そこに存在してればよかった。あの人でも、誰でも、俺の、近くにいれば……



『これが、お前が求めていたものだ。目も耳も見えず、聞こえず。結局は、人に縋るんだ』



「近くにいないのは、あなたでは?」



は―――



……

なぜか、自宅で目が覚めた。

テーブルの上には手紙が置いてあった。


『墓の近くの住民が通報してくれた。「人が倒れている」』


空いたカーテンから見える空は、雲ひとつない快晴だった。



そんなことがあった。


そんなことが起きたから、俺はまた外へ出るだろう。雨でも晴れでも、竜巻が起こっていても。


『何を持たないことを選んだ』

『でも、人は何も持っていなかったら、人に縋ってしまう』

『それは、何かを持つことに、該当するのでは?』


けれど、続くのは雨ばかり。梅雨でもないのに、台風でもないのに。

目が覚める時には、必ず雨が降っていた。眠らなくても、雨が続いた。大学は休講になって、回線はエラーになった。



また、傘を差す。足を進める。

忘れられない、耳から離れない一文。

それは誰しもが言う言葉であり、人にはそれが必要である。



あの、「こんにちは」を耳で聞くために。

人に、他人に会うために。



あの部屋の一角で、出会いましょう。

短編です。これで終わり。

不意に書きたくなって、衝動で書きました。だから超短いです……


そして、人には人が必要だと思った。

なので感想あったらお願いします。私も人なんで。

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― 新着の感想 ―
不思議なお話しですね。。。 図書館の女性は幽霊だったのでしょうかね? 知らず知らずに人とふれあいたくて何かを体験してしまった、という感じでしょうか。 私も図書館は好きです。 まぁ、もうほとんど行く…
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