表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢破れて

作者: ミシマナミ
掲載日:2026/05/22

豊臣兄弟!を見ていて、随分前に秀吉の物語を書いたことを思い出しました。

ちょうど長浜・安土時代ですので、この機会を逃すと二度と日の目を見ない気がして、思い切って投稿しました。

若気の至り、勢いに任せて書いたので気になるところは多々あるのですが、一つの「秀吉像」として読んでいただければ幸いです。

謹慎を解かれた後、すぐに呼び出された安土の城。

じらすつもりはなかったけれど、殿の考えがまったく読みきれなくて。

ずるずると引き延ばし続けた挙句の登城だったにもかかわらず、殿はすこぶる上機嫌だった。


「猿、アナグマは好きか?」

「は?」

「アナグマだよ、猿」


くく、と笑う殿は、本当は影武者ではないかと疑いたくなるくらい上機嫌だ。

普段であれば、こんなマヌケな返答などしようものならすぐさま「下がれ!」と言う罵声と共に愛用の扇が飛んできてもおかしくない。

いや飛んでくるに違いない状況で、許されるわけなんて絶対に、ない。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、すっと目を細め口許に笑を浮かべたまま、殿は世間話をするかのように軽く言った。


「今回の中国征伐はお前に任せる。毛利のアナグマめを引き摺り出してこい」


はっきりとした口調は、有無を言わせぬ響きを持っていて、まっすぐに私へと向けられたまなざしは、初めて会ったあの時と同じで、私を射すくめ、そして焦がれさせてやまなかった。


「は・・・・・・必ずや殿の御前にアナグマめを平伏させてご覧に入れまする」


殿は満足げにうなづくと、視線を外へと移し、じつと湖面を眺めていた。


側へ、と呼び寄せられ、殿と共に眼下に広がる琵琶湖を眺める。

そこには、対岸に低く垂れ込める雲を切り裂く幾筋もの光の刃が、湖面の波に反射して、同じもののふたつとないまばゆい絵画を描いていた。


「なぁ、猿」

「はい」

「俺は生まれた時から、小さいながらも守護大名の息子だ」

「はい」

「人生50年、それからはな、今までの俺とは違う俺として生きてみたいと思う。そのためには、今度の中国征伐、いや、その後の九州平定も必ずや成功させねばならん。その先の、海のむこうの大地は無限の広さと聞く」

「それは・・・・・・」

「東のちっちゃな島国の王が世界の王になるなんて、なあ、ワクワクせぬか?」


隠居などする人ではないと。この方は立ち止まる事を知らない人だと。

己がいちばんわかっているつもりだったにもかかわらず、殿の口から飛び出したことばに肝を抜かれた。


世界の、王――


まだ国内も平定してはいないのに、この人の目は、心は、もうその先へと向かっている。


「他のヤツには秘密だ」


お前ならわかるだろう?中村の水呑み百姓、足軽から一城の主に上り詰めたおまえなら。

そして今度は俺がその階段を上るんだと。

東の小国だ未開の蛮地だとバカにするバテレンどもをも薙倒し、この世の全てを己の手に、目の前に。


口には出さなかったけれども、秘密だ、と言った後にはっきりとそういう殿の声が聞こえた。 


「・・・・・・この国は、どうなさるのですか?」

「ああ、それなら日向守あたりに任せるがよかろう。あいつはな、治世の能臣じゃ」


揺らがない生き様。それを追いかけ続けて、たどり着いてしまったこの場所。

満足していた、満足なはずだった。

地位よりも名誉よりも金よりも。

人がうらやむそんなものよりも、自分にとってはさらなる高み目指して走り続ける日々の方が、こんなに胸震わせるものだと気付いたのはその瞬間。


そして。


「覚悟しておけよ―― 」


お前は、ついてこい。

言外にだが、はっきりといった殿の向こう側、いつの間にか暗褐色の雲は消え去り、薄紅色の夕焼けが広がっていた。

ゆっくり振り返った殿の表情は、逆光のせいではっきりと見えなかったけれど。

それは今まで見たことのないくらい、綺麗に笑っているに違いない。



瞳を閉じれば、まぶたの裏に浮かぶのはあの日の記憶。

その薄紅はゆらゆらと燃え上がり、やがて紅蓮の炎となり殿を覆いつくして――


そして、聞こえる夢幻のごとく、と言う声。

自分がかわりに、だなんて大それた事を思っているわけじゃない。

見たわけではない、聞いたわけでもない、見えるはずも聞こえるはずもない、殿の声、殿の希。

でも、それらがあの瞬間に魂に焼きついてしまったから。


頭では理性では無理だと。

群臣に諌められずともわかってはいるけれど、心が向かうのは遥か彼方、海の向こう。



共に見た、そんな無残な夢のあとさき。




歴史ものって究極の二次創作だと思うのです。

筋書きは、曲げようもなく決まっていて、その中でなかみを推し量るしか術がなく、そこにはいろんな秀吉像があるわけです。

私の中のオフィシャル秀吉は、ずっと善の皮を被った悪で、偽善者で、そのほうが納得行く事が多くて。

でも、どうやっても納得行かないのが朝鮮出兵。

そんな事をずっと考えていて、ふと思ったわけです。

結局は、信長の影を追い求めているのであれば、あの絢爛豪華さも、ムリな対外出兵もすべて納得がいくんじゃないかと。

心から尊敬していた人への追いつけない憧憬と、共に歩めると信じていた道。

そして叶えられなかった狂気。

これは、私の中での解答のひとつのかたちなのかなと思ってます。


なんというか、この人の中にある光と影というか、理性と狂気というか、その2面性に惹かれます。

この時代の他の武将と違って、信じるモノ、彼の根底にあるものがちっとも見えない、にもかかわらず、頂点に登りつめたその力の源はどこから来てるのかなぁと。

考えれば考えるほど面白い人です。


読んでいただいて、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ