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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる  作者: コナン・綺堂異流


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第四十五話:三つの声の研究 〜 A Study in Three Voices 〜

一部AIにより作成


挿絵(By みてみん)


【冒頭:ロンドン時代】


一八九四年、十月の夜明け前のことである。


ベイカー街二百二十一番地Bの居間では、シャーロック・ホームズがまたしても眠っていなかった。


暖炉の火は落ちて灰になり、ガス灯だけが青白く卓上を照らしていた。ホームズは山積みになった新聞の切り抜きと向き合いながら、煙草を三本立て続けに吸い、空になったパイプを机に叩きつけ、また別のパイプに詰め直すという作業を、私が眠っている間ずっと繰り返していたらしい。


私が目を覚ましたのは、彼の低い独り言のせいだった。


「声だ」とホームズは言った。独り言なのか私への語りかけなのか、判然としない口調で。「人間の声というものは、驚くほど多くの情報を含んでいる。音程、強弱、間合い、息継ぎの位置——これだけで、その人物の感情状態、身体条件、さらには意図までが読み取れる。ワトソン、君は起きているか」


「今起きた」と私は毛布の中から答えた。「何時だ」


「四時と少し前だ。ちょうどいい。君に聞いてもらいたいことがある」


ホームズは机の上のシリンダー型の録音機——エジソンが発明した、あの蝋管式の装置——を指差した。


「昨夜、スコットランド・ヤードのレストレードが持ち込んできたものだ。とある事件の関係者三名の声を録音した蝋管がある。三人のうち一人が嘘をついている。声の分析でそれを特定できるかどうか、私は試みている」


「声で嘘がわかるのか」


「百パーセントとは言わない」ホームズは珍しく慎重な言い方をした。「しかし声には、人間が意識的に隠そうとしても隠しきれない何かがある。声帯は感情に正直だ。どんな役者でも、完璧には制御できない——」


そのとき、ガス管が何かの拍子に破裂した。


爆発は小さかったが、居間の窓ガラスを吹き飛ばし、ホームズと私は衝撃で室内を転がった。ガスの青白い炎が一瞬、部屋全体を覆った。


そして——闇の中に落ちていった。


落ちながら、私の耳には不思議なことにホームズの声が聞こえた気がした。


《《「声には、嘘をつけない何かがある——」》》




******




【本編:江戸での事件】


——和登三太の語り——


目を覚ましたとき、耳に届いたのは、朝の物売りの声だった。


「豆腐ィ——、豆腐——」


のびやかで、しかし節のある、あの独特の呼び声である。江戸の朝は音から始まる。豆腐売り、納豆売り、魚売り——それぞれが独自の節回しを持ち、声だけで何を売っているかがわかる。ロンドンでも行商人が呼び声を上げるが、江戸ほど声の種類が豊かではない。


私は神田の長屋の縁側に横たわっていた。


今回の転生は、ガスの爆発によるものだった——そう思いながら、私は体を起こした。


隣には、すでに捕霧七が正座して、煙管を膝の上に置き、朝霧の立ち込める路地を静かに眺めていた。紺染めの着物に灰色の羽織。腰に十手。どこから見ても、江戸の岡っ引きだった。


「三太」と彼は言った。振り向きもせずに。「今朝は面白い一件が持ち込まれそうだ」


「なぜわかるのですか」


「あそこを見ろ」


指さした先に、路地の入り口で足踏みしている若い女の姿があった。ためらいがちに、しかし一歩ずつ、こちらへ近づいてくる。




******




女の名は、おきん——二十二、三歳の、小柄でよく気の利きそうな娘だった。神田の旅籠はたご、「丸屋まるや」で働く女中奉公である。


旅籠というのは、江戸では宿屋のことだ。ロンドンのインにあたる施設で、旅人に寝床と食事を提供する。規模は様々で、大きな街道沿いには大旅籠もあるが、神田あたりの旅籠は中ほどの規模が多い。


おきんは私たちの前に座ると、まず深々と頭を下げた。


「捕霧七さんのことは、近所の方から聞いて参りました。折り入ってお耳に入れたいことがございまして——」


「話してみなさい」と捕霧七は穏やかに言った。


おきんが語ったのは、三つの声についての話だった。


丸屋には三人の宿泊客がいた。一階の奥の間に泊まる越後えちごの商人・源兵衛げんべえ、二階の角部屋に泊まる旅絵師・喜三郎きさぶろう、そして同じ二階の別の部屋に泊まる薬種問屋の手代・惣吉そうきち——この三人が、数日前から長逗留ながとうりゅうを続けているという。


「それ自体は珍しいことではございませんが——三日前の夜更け、私が雨戸を閉めに廊下を歩いておりますと、声が聞こえてまいりました」


「どこから」


「はっきりとはわかりませんでした。三人のお客様がそれぞれのお部屋におられまして——そのどこかから、声が」


「どんな声でしたか」


「一つは低く、苦しそうな声。もう一つは、誰かを宥めるような声。そして三つ目は——泣いているような声でございました」


捕霧七の煙管が、くるくると指の上で回り始めた。


「三つの声が、同時に聞こえたのですか」


「いいえ。一つずつ——順に聞こえてきたように思いました。しかし廊下を歩いている最中でございましたから、どのお部屋から聞こえたのかが——」


「それからどうしました」


「翌朝、三人のお客様の様子をそれとなく見ておりましたが、どなたも変わったご様子はなく——ただ、源兵衛様の首のあたりに、細いあざのようなものが見えた気がしました」


捕霧七の目が、わずかに細まった。


「気がした——というのは?」


「高い衿の着物をお召しでしたので、はっきりとは。ただ、何か、細長いものが首を巻いたような——」


おきんは小さく身震いした。


「それが気になって、お話に伺いました。お騒がせでしたら申し訳ございませんが——」


「よく話してくれた」と捕霧七は言った。「今日中に、その旅籠に伺う。おきんさん、丸屋の主人には先に話しておいてもらえるかな」




******




神田の旅籠というのは、宿場しゅくばの旅籠とはまた趣が違う。


宿場——江戸を出発して各地へ向かう街道筋に設けられた宿泊地点——の旅籠は、旅人の往来に合わせて多くの客を捌く。一方、神田のような町場の旅籠は、商用で江戸に来た者や、仕事の都合で数日逗留する者が利用することが多い。客と旅籠の関係が、ロンドンのボーディングハウスに近い、もう少し親密なものになる。


丸屋に着いたのは昼過ぎだった。


店の主人は五十がらみの、如才ない男で、私たちを奥の間に通してくれた。部屋の仕切りはふすま——木の框に和紙を貼った引き戸——で、音はそれなりに通る。ロンドンの石壁と異なり、木と紙で仕切られた江戸の部屋は、隣の声が聞こえやすい構造になっている。


捕霧七はまず、主人に三人の客について聞いた。


越後の商人・源兵衛は五十過ぎで、布を扱う行商人だという。一人旅で、荷物は少なく、毎日どこかへ出かけては夜遅くに戻ってくる。


旅絵師の喜三郎は三十前後。絵を描いて生計を立てているらしいが、仕事の依頼があって江戸に来たとのことで、絵の道具を大量に持ち込んでいる。


薬種問屋の手代・惣吉は二十五、六歳。薬を仕入れに来たとのことで、日本橋にほんばしの薬種問屋街を毎日訪れているという。


「三人の間に、何か交流はありましたか」と捕霧七は訊いた。


主人は少し考えて、「特段には」と言いかけて止まった。


「そういえば——二日前の夕方、三人のお客様が廊下で立ち話をしているのを見かけました。短い話でしたが——何か言い争うような雰囲気ではなく、むしろ顔見知りのような……」


「顔見知り」


「それが、不思議なのですが。来たのは別々の日でしたし、互いに知り合いだとは言っておりませんでした」


捕霧七は主人に礼を言って、その場を辞した。




******




旅籠の前の路地に出たところで、捕霧七は立ち止まって空を仰いだ。


江戸の町の空は、広い。高い建物がないため、空が遠くまで開けている。秋の昼の光が、板塀の上に白く差していた。


「三太」と彼は言った。「三つの声の正体を、どう考えるか」


「酔った客の声ではないですか」と私は正直に答えた。「夜更けに旅籠で声がするなど、珍しくはないでしょう」


「それが普通の判断だ」捕霧七はわずかに笑った。「しかしおきんという女中は、そう感じなかった。なぜか」


「……声の質が、普通の酔客と違った」


「その通り。女中というのは、旅籠で毎夜多くの声を聞く。酔った声、怒った声、眠る前の話し声——その中で、おきんが気になったのは、声が『苦しそう』で、『宥める』ようで、『泣いている』ようだったからだ。つまり、三つの声の間に、明らかな感情の不均衡があった」


「感情の不均衡」


「一人は苦しんでいる。一人は宥めている。一人は泣いている。この三つが同じ夜に、同じ場所で起きていた——そして三人の客は、互いに知らないふりをしている」


私はそこで、はっとした。


「もしや三人は、もともと知り合いなのでは」


「少なくとも二人は、そうだろう」捕霧七は歩き始めた。「そして源兵衛の首の痣だ——細長いものが巻いた跡。それが何を意味するかを考えながら、もう少し調べよう」




******




調べは、予想外の方向から進んだ。


捕霧七が向かったのは、日本橋の薬種問屋街やくしゅとんやがいだった。


薬種問屋というのは、薬の材料——朝鮮人参、附子ぶし麝香じゃこうなど——を扱う問屋である。江戸時代の医療はまだ漢方が中心で、薬種問屋は医師や薬屋に材料を卸す重要な商売だった。ロンドンの薬剤師に相当するが、扱う品物の種類はより広い。


捕霧七は薬種問屋街をいくつか回りながら、惣吉という手代の名前を出してさりげなく尋ねた。


三軒目の問屋の番頭が、眉をひそめた。


「惣吉……。ああ、あの方ですか。三日ほど前に来られましたが、うちとは取引がないと申し上げたのですが——」


「それでも来た」


「何度か。そのたびに、うちの主人に会いたいと言って。ただ、うちの主人は今、体を壊しておりまして——」


「主人の名は」


「……米屋こめや清左衛門せいざえもん、と申します」


捕霧七は静かに頷いた。その目に、何かが定まった光が宿った。


「三太」と彼は小声で言った。「今夜、丸屋に戻る。夜が更けてから」




******




秋の夜の丸屋は、静かだった。


提灯の明かりが暖かく廊下を照らし、宿泊客のものらしいいびきの声がどこかから聞こえてくる。私と捕霧七は、主人の許しを得て、廊下の陰に身を潜めた。


江戸の旅籠の夜の廊下は、ロンドンのホテルとはまるで違う感触だ。板張りの床は、慣れた足取りで歩けば音がしない。しかし不用意に踏めば、きしきしと鳴る。廊下の端には行灯あんどんが一つ置かれており、その油が燃え尽きれば廊下は闇になる。


四つよつどき——午後十時頃——を過ぎた頃だった。


二階の角部屋——旅絵師・喜三郎の部屋——から、かすかな声が聞こえた。


低い声だった。続いて、別の声。そして三つ目が——確かに聞こえた。


捕霧七は私に目配せした。そして音もなく、二階へ上がっていった。


二階の廊下で、捕霧七は立ち止まり、耳を澄ました。声は喜三郎の部屋からではなかった。となりの部屋——源兵衛の部屋から漏れていた。


捕霧七はすっと手を上げ、私を制した。そして自分は隣の惣吉の部屋の前に立つと、軽く襖を叩いた。


「惣吉さん、おられますか」


しばらく間があった。それから、中から声がした。低く、しかし落ち着いた声だった。


「……はい」


「少し話を聞かせてください。十手を持つ者です。怖れることはない」


また間があった。それから、ゆっくりと襖が開いた。


惣吉は、確かに起きていた。しかし部屋の明かりは消えており、行灯に火も入っていなかった。暗い部屋の中で、何かを待っていたような——そういう気配だった。


「源兵衛さんと喜三郎さんのことは、もうわかっています」と捕霧七は静かに言った。「あなたも同じ事情をご存知のはずだ」


惣吉の体が、ゆっくりと壁に沿って崩れた。




******




話は、こうだった。


三人は、もともと知り合いではなかった。しかしある一点で、深く繋がっていた。


日本橋の薬種問屋・米屋の清左衛門——その男が、三人に共通していた。


源兵衛は、清左衛門に大金を貸していた。越後からの旅商いで蓄えた全財産に近い額を。証文しょうもん——金銭の貸し借りを記した証明書——があったが、清左衛門は今や病気を口実に返済を逃げ、証文を手元で握り続けていた。


喜三郎は、清左衛門に身内を傷つけられた男だった。詳細は喜三郎が語ろうとしなかったが、かつて清左衛門の口利きで江戸に呼び込まれた妹が、結局は清左衛門の商売の道具にされ、消えてしまったという。


惣吉は——清左衛門のもとで働いていた手代だった。主人の不正を知りすぎた結果、口封じに証文や書き付けを奪われ、今や主人の脅しの下に置かれていた。江戸を出ることも、声を上げることも、できない状態だった。


三人は偶然、丸屋で顔を合わせた。最初は互いに知らない者として過ごしたが、やがて廊下での短い立ち話の中で、それぞれが清左衛門に繋がっていることに気づいた。


「あの夜の三つの声は」と私は言った。


「源兵衛さんが苦しんでいた。首に痣ができるほど——おそらく自ら何か思い詰めたのだろう。喜三郎さんが宥めていた。惣吉さんが泣いていた」


捕霧七は惣吉を見た。


「三人で、清左衛門をどうしようとしていたのですか」


惣吉は長い沈黙の後に言った。


「……証文を取り返そうと、思っておりました。話し合いで、とは思っていましたが——源兵衛さんは、それ以上のことを考えていたかもしれません」


「首の痣は」


「——縄の痕だと思います。あの夜、源兵衛さんは……」


惣吉は続きを言えなかった。


捕霧七は小さく息を吐いた。


「わかった。源兵衛さんのことは、私が話しに行きましょう。あなたは今夜、ここにいなさい」




******




源兵衛の部屋に捕霧七が入ったのを、私は廊下から見ていた。


部屋の中は暗く、源兵衛は布団の上に正座して、何かをじっと手の中で見ていた。捕霧七が行灯に火を入れると、その手の中にあるものが見えた——細い縄だった。


「源兵衛さん」と捕霧七は言った。静かに、しかし明確に。「私は岡っ引きです。十手を持つ者が、あなたに話しかけています。聞いてください」


源兵衛は顔を上げなかった。


「証文は取り戻せます。清左衛門のやったことは、奉行所ぶぎょうしょに訴えれば、きちんと裁かれます。しかし——あなたが今夜ここでそれを使えば」捕霧七は縄を静かに指差した。「証文は永遠に取り戻せない。越後にいる人たちも、知らせを受けることになる」


源兵衛がはじめて顔を上げた。老いた商人の目が、赤く腫れていた。


「……奉行所に、話を聞いてもらえるでしょうか」


「聞いてもらえます。証文がなくても、貸した事実を証言できる者が三人いる。それは強い」


源兵衛は長い息を吐いた。手の縄が、畳の上に落ちた。


捕霧七はそれを静かに拾い、懐に入れた。




******




翌朝、私と捕霧七は、三人を連れて南町奉行所みなみまちぶぎょうしょへ向かった。


町奉行所というのは、ロンドンで言えばスコットランド・ヤードと治安判事裁判所を合わせたような機関だ。江戸には南北に二つあり、月交代で業務を行う。刑事事件から民事の訴えまで、江戸の法的な問題の多くをここが扱う。長官である町奉行は、幕府から任命された旗本はたもとが務める。


奉行所の門は、朝の早い時刻から人が行き交っていた。江戸の庶民にとって、奉行所はロンドンの警察署より身近な存在だ——特に金銭や土地に関する争いは、奉行所の「公事方くじかた」と呼ばれる部署が扱い、訴えを持ち込むことができる。


三人の証言は丁寧に記録された。


清左衛門の不正は、三人の証言が揃ったことで、取り調べの対象となった。証文の問題は複雑だったが、与力よりき——奉行所の中堅役人——が一件として受け付けてくれた。


全てが解決するまでには時がかかった。しかし源兵衛が奉行所の門を出るとき、その背が初めて少し伸びたように見えた。




******




その夜、私と捕霧七は長屋の縁側に並んだ。


秋の夜は早い。空には星が白く広がり、どこかの寺の鐘が、遠くで夜を告げた。江戸では、一日を六つの時刻の鐘で区切る。朝の明け六つから夜の暮れ六つまで——鐘の音は時計代わりでもあり、町の呼吸でもある。


「捕霧七さん」と私は言った。「三つの声というのは、最初からそれぞれ別の部屋から聞こえていたのですか」


「そうだ。おきんさんは廊下を歩きながら聞いたから、声が混ざって聞こえた。しかし実際には、三人はそれぞれの部屋で、別々に——苦しみ、宥め、泣いていた。同じ問題を抱えながら、まだ互いを信じきれていなかったんだ」


「それが、薬種問屋の番頭への聞き込みで繋がったのですか」


「惣吉さんが何度も番頭のところへ来たのは、清左衛門を告発するための証人を探していたからだ。清左衛門の側近くにいた自分だけでは信用されにくい——もう一人、証人が必要だった。そして源兵衛さんは、清左衛門への怒りが極限に達していた。首の痣は、何かを試みて止めた痕だった」


「声を聞いていなければ、源兵衛さんは……」


「おきんさんがよく話してくれた」捕霧七は静かに言った。「声に敏感な人間が、あの旅籠にいてくれた」


私はしばらく黙って、星を見上げた。


「声というのは、本当に多くのことを語りますね」


「ああ」捕霧七は煙管をゆっくりと吹かした。「人は口で嘘をつけても、声でまでは嘘をつけない。声は意志よりも正直だ」


私はその言葉を、どこかで聞いたことがある気がした。


——四時過ぎのベイカー街で、ガスが爆発する前に。


「ロンドンにいたころ、あなたがそれと同じことを言っていたような気がします」と私は言った。


捕霧七は不思議そうな顔をした。


「ロンドン? 三太、また夢でも見たか」


「——そうかもしれません」


秋の夜は深く、星は動かず、寺の鐘の余韻が長く空に溶けていった。




******




【結末:ロンドン時代】


気づくと、私はベイカー街の居間にいた。


窓ガラスはなかった。吹き飛んだのだ。十月の夜気が、冷たく部屋に流れ込んでいた。ホームズは壊れた窓枠の前に立ち、ロンドンの夜を眺めていた。


「ワトソン」と彼は言った。「気がついたか」


「ついた」と私は答えた。「あのガス管の爆発、私はてっきり——」


「死にかけた、と言いたいのだろう」ホームズは振り向かずに言った。「そうかもしれない。しかし今、われわれはここにいる。それで充分だ」


「今度の夢は、三つの声の話だった」


「三つの声」ホームズは少し考えるように間を置いた。「どんな声だ」


「苦しんでいる声、宥める声、泣いている声——三人の人間が、同じ問題を抱えながら別々に苦しんでいた。それが一夜の旅籠の廊下に、三つの声として漏れていた」


ホームズはゆっくりと振り返った。その顔に、珍しく柔らかい表情があった。


「声が、人を救ったのか」


「声を聞いた者が、救った。聞こえた声を、普通の声ではないと判断した女中が。声に敏感だったから」


ホームズはしばらく黙っていた。


それから机の上の蝋管を手に取った。エジソンの録音機に載せ、再生した。


居間に、三つの声が流れた。


「この三人のうち、誰が嘘をついているか——私はまだ結論を出していなかった」とホームズは言った。「しかし今、もう少しわかる気がする。声は、意志より正直だ。どれほど巧みに演じようとしても、声帯が全てを覚えている」


窓の外で、ロンドンの秋風が鳴った。


破れた窓から、十月の夜の冷たい空気が入ってきた。


ホームズはコートを羽織って、またしても机に向かった。三つの声の分析を、続けるために。


私は暖炉の灰を掻き起こし、新しい薪をくべた。火が小さく蘇り、居間を温め始めた。


外では、ロンドンの夜が静かに流れていた。




******




本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。




著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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