タクトレ『個人技能』
チームRagdoll結成から最初のタクトレの物語。
門外不出と言われるタクトレが垣間見える。
第8章 【タクトレ】『個人技能』
「――今日から“戦える女子”にするぞ!」
カウンター越しに丁寧にハンドドリップしていた龍崎が、最後の一滴を注ぎ終え、静かに声をかけた。
喫茶店「Ayuzoroy」。近代的な照明と、ジャズの流れる穏やかな空間。だが、その奥のレンガ壁の裏にある隠し鉄扉が開かれた瞬間、空気は一変する。
鉄階段を下りた先にあるのは、暗く広大なコンクリート空間。人工的に作られたインドアバトルフィールド。
パーテーションの奥に市街地を模した区画、バリケード、木製のドア、ターゲット人形。全てが実戦を想定して組まれている。
ガチゲーマーだった龍崎猛。フライトスーツにチェストリグでガンベルト、タクティカルベスト姿は昔ながらの戦闘装備だった。
「なんか教官っぽいけど、今風じゃないような・・・」凛が不思議そうな顔で言う。
「ランボーよりは特殊部隊って感じじゃない?」未来が言う。
「乱暴?」葵が素っ頓狂な声で言った。
だが、彼が立つだけで、空気は緊張を帯びる。
「最初に覚えるのは安全管理だ、一番大事だからよく覚えておくこと。」
1.銃の安全管理
「銃口を意識しろ。銃は常に弾が入っているものとして扱え」龍崎の声が低く響く。
・指の管理:撃つ瞬間まで、人差し指はフレームに。
・マズルコントロール:決して仲間に向けない。
・アンロード:セーフティではマガジンを外し、弾抜きをすること。
2.レディ状態(三つの待機姿勢)
・ストレートレディ:銃口を真っ直ぐ地面に向ける。待機などの銃を撃たない姿勢だ。
・ローレディ(コンバットレディ):銃口を斜め下に。視界を確保しつつ、味方を撃たない配慮。
・ハイポート:銃口を上に向け、サブマシンガンを小脇に保持。室内戦闘(CQB)で一番使う。
「以上は常に意識を心掛けるように、慣れてくるとうっかりミスが起きるからな。」
「ある映画で俺の安全装置はこれだ」とトリガーを引く様子を見せる。
「ブラックホークダウンね」未来が即座に答えた。
「なに、それ?」凛がポカンとする。
「それではハンドガンの持ち方からだ」
4人の女性たちが横一列に並ぶ。
LIVE配信者駆け出しの石見凛(27)、
女子プロボウラー10年の一番合戦葵(36)、
不動産賃貸営業の進藤麻耶(43)、
シングルマザーでワイン商社営業部長の渡辺未来(52)。
皆、銃器は素人だ。だが、この地下空間ではその肩書きも年齢も意味を持たない。
「右手でグリップをしっかり握る。できるだけ上、ハイグリップだ。スライドに指が触れる寸前くらいでいい。反動を殺すための基本だ。で、左手でその右手を包み込む。……そう、鍋掴みのミトンみたいにな」
「ミトンかぁ」と凛がくすっと笑う。
「グリップの下の方に添えるのってダメなんですか?」と未来が首をかしげる。「刑事ドラマでよく見ますけど」
龍崎は眉をひとつ動かしただけで答える。
「あれは“ティーカップ”だ。古い構え方だ。今の主流は“ダブルホールド”。両手で一体にして反動を抑える。……腕は真っ直ぐ伸ばせ、肘を曲げるな。構え!」
4人がぎこちなくハンドガンを構える。
龍崎はそれぞれの銃口を下から押し上げる。
「これはリコイル。撃った瞬間に銃は跳ね上がる。今のは空気圧で再現しただけだが、実弾なら肘から持っていかれる。抑えるには、筋肉じゃない。構えと握り方、つまり“型”だ」
「実銃ではないがガスガンもそれなりにブローバックで強いキックがあるからな」
葵が食い入るように自分のグリップを見つめる。
麻耶は肩を少しすくめて姿勢を修正した。
龍崎は全員の姿勢を確認しながら、次の説明に入った。
「次に、“狙い”を教える。標準教本では、フロントサイトとリアサイトを目線と一直線に揃えろと書いてある。これが『サイト・アライメント』だ。今から全員、狙ってみろ」
4人がターゲットを見据え、両目を細めてサイトに視線を合わせる。
「だが、実戦じゃそんなことをやってるヒマはない。敵が構えて撃つ前に、お前らが撃たなきゃ死ぬ。だから実戦で使うのは――ポイントシューティングだ」
そう言うと、龍崎は自らの銃を軽く持ち上げて片手で構える。もう片方の指で空中にスッと直線を描いた。
「焦点は相手に置いたまま、視線と銃の延長線を意識する。フロントサイトは“感じる”だけ。ターゲットと銃口が一直線になるように腕を構える。それだけでいい」
「……つまり、銃を見ないで撃つってことですか?」と凛。
「ああ。目は相手の眉間か心臓に。銃は“おまけ”だ。躊躇すれば、相手に撃たれる。お前たちは戦いに来た。それを忘れるな」
静まり返った空間に、照明のブーンという低音が響く。
未来がハンドガンを少しだけ上に向け、うっすら笑みを浮かべる。
「この歳になって、本気で撃つ覚悟をするなんて思ってなかったな」
「私も銃に触れるとは思ってなかったわ、まずは構えから」
「はい、撃てる身体を作るには、型からですもんね」と葵が肩をほぐす。
凛はただ、前を見据えていた。
ターゲットの頭。そこに焦点を置いたまま、ゆっくりと両手を伸ばしていく。
「なんか狙い難いな」凛は違和感を感じた。
「凛、利き手は右だな? 利き目はどっちだ?」
「え!?知らない、右じゃないの?」
「人差し指を目の前に立てて両目で見て、次に片方の目を閉じるんだ」
「指の位置がズレないほうが利き目だ」
「あー右目で見るとズレる」
弾を当てやすいのは左手で撃つほうが良いという龍崎のアドバイスだった。
左手で銃を持つとぎこちなさはあったが、右手で撃つより命中率は高かった。
自ずとハンドガンホルスターの装備は左側が良いことがわかった。
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<戦う立ち方>
バン――!
乾いた音とともに、ターゲットの紙が揺れた。
まだ空砲にも満たない訓練用スライドブローだったが、撃鉄の音は静寂を裂くのに十分だった。
「よし、次はスタンスだ」
龍崎は目を細め、4人の構えを一瞥する。
「撃ち方を覚える前に、“立ち方”を覚えろ。構えが崩れてれば、撃っても当たらん。いや――撃ったあとに殺される」
石見凛が小さく息を呑んだ。
それが、どこかで聞いていた“スポーツ”ではないことを、体が理解し始めていた。
龍崎がゆっくりと足を開く。
「まず基本。足は肩幅より、少し広めに。重心は土踏まずの内側――ここで踏ん張れ。両膝はわずかに曲げて、衝撃を吸収できるようにする」
一同が従い、足幅を調整しながら構え直す。
「で、次に――“ウィーバー・スタンス”。ジョン・ウィーバーって男が、まだ防弾チョッキが発達してなかった時代に考案した構え方だ」
そう言いながら、龍崎は右足を半歩下げ、体を斜めに向ける。
「利き足を後ろに下げて半身になる。相手から見れば、的が小さくなる。実戦では理にかなっている。……ただし、欠点もある」
葵が手を上げた。「振り向き射撃、ですか?」
龍崎はにやりと笑う。
「いい読みだ。利き足側に振り向いて撃つとき、身体をひねる必要がある。それが一瞬の遅れになる。命を削る一瞬だ」
進藤麻耶は頷きながら、実際に構えをとってみる。
「確かに、背中に引っ張られる感覚があるわね……不動産営業でも同じ。姿勢で客の反応が変わる」
「どこでそれ使うつもりなんですか」と凛が笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。
「もうひとつ。アソセレス・スタンス。最近の主流だ」
龍崎は、正面に足を開いて、両手を突き出すように銃を構える。
「両足を肩幅に広げ、相手と正対する構え。正面180度への素早い射撃が可能だ。左右の振りに強く、チームでの連携にも向く」
未来が目を細めた。
「でも、真正面から撃たれやすくなりますよね」
「そのとおりだ。被弾面積が広くなるのが欠点だ。だがな、近年の防弾チョッキは正面に集中して設計されている。脇や背中よりも、前面で弾を受けた方が生き残れる。だからこのスタンスが選ばれてるんだ」
4人が一斉に正対の姿勢を試す。
凛が拳を握り直しながら口を開く。
「サバゲーだったら、どこに当たってもヒットですよね」
「その通り」龍崎が鋭くうなずいた。「だからお前らはウィーバーもアソセレスも両方覚えろ。場面によって使い分けられるかどうかが、実力の差だ」
その言葉に、全員の動きが止まる。
指導というより、生存のための告知だった。
生半可な“ゲーム感覚”では生き残れない。そういう重さが、今やっと皮膚から染み込んでくる。
「立て。そして構えろ。目標を捉えた状態で、ウィーバー、アソセレス、両方すぐに切り替えろ。頭で考えてる間に、敵は撃ってくる」
誰も言葉を返さず、ただ構え直す。
インドアの模擬空間。静かだが、確実に“戦い”の空気が満ちていた。
その中で、凛がふと口元を緩めた。
「どっちが死ににくいかって話なら、私は迷わずこっちだな」
そう言って、半身のウィーバースタンスを選んだ。
彼女の目は、ターゲットの向こうに、何か別のものを見ているようだった。
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<5カウントの呼吸>
空調の音すら止まったかのような静寂の中、龍崎の低い声が響いた。
「次は――ハンドガンのホルスタードローだ」
4人がそれぞれ自分の腰や太ももに視線を落とす。
装備されたホルスターは人によって異なっていた。
•麻耶と未来は、太ももにストラップで固定されたレッグホルスター。
•凛と葵は、ベルトに装着されたヒップホルスター。
その違いを一瞥した龍崎が、無駄のない動きで自らのホルスターを軽く叩いた。
「俺のやり方では**“5カウント式”**で覚える。これが基本だ。だが、その前に――お前らのホルスターに合った抜き方を教える」
凛と葵が目を見開く。
麻耶と未来はすでに視線を鋭くしていた。
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<ホルスターの種類とモードの違い>
「まず――レッグホルスター。麻耶、未来、お前らのタイプだ」
龍崎はスッと太ももを指しながら、右手で空中に円を描いた。
「この位置は低く、斜めに固定されてる。だから、手を円を描くように滑らせてグリップに沿って握る。これを**“サークルモード”**と呼ぶ」
麻耶が静かに試し、未来は営業用バッグのように丁寧に手を滑らせた。
「この動きは、視線を前に保ちながら自然にグリップを探れる。レッグホルスターは深く差し込まれるから、真上から押しても引っかかる」
未来が小さくうなずいた。「なるほど、確かに……押すと抜けない」
「次、ヒップホルスター。凛、葵、お前たちのタイプだ」
龍崎は腰のラインに沿って、手を真っ直ぐ添えた。
「ヒップは腰のベルトに沿って装着されている。ここは“押して掴む”のが正解だ。つまり――“バーティカルモード”」
凛がすかさず動作を真似てみた。「……確かに、これなら真上から直線でいける」
「サークルモードだと、手がもたつくのよね」と葵が独り言のように呟いた。
龍崎は4人を見回しながら、低く、静かに言った。
「道具によって、戦い方は変わる。お前らの“装備”に合った抜き方を、身体に叩き込め。命を預ける動きなんだ」
その言葉の重みに、誰も口を挟まなかった。
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<実技:両モードの体験>
「全員、両方のモードを試せ。サークルとバーティカル。両方体に覚えさせろ。使い分けができて初めて“自由”になれる」
まずは麻耶と未来が、自分のレッグホルスターに対してバーティカルモードを試みた。
グリップに指が入りにくく、ほんのわずかなタイムラグが生じる。
「……違和感、あるな」と麻耶。
「グリップの角度が合わない。これは…確かに理屈に合わない」と未来も頷いた。
逆に、凛と葵がヒップホルスターにサークルモードを試す。
指がグリップに届きにくく、引き抜きに横滑りが生じた。
「……変な風に力が逃げる。遅い」と葵が呟く。
「私、今まで何となくで抜いてた……でも、これ体に入ると早い」
凛が初めて見るような目で、龍崎を見つめた。
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龍崎は無言で立ち、黒いベストを脱ぎ、ゆっくりと自分のレッグホルスターに手を添える。
目線を一切下げず、手を滑らせ、グリップを掴み、抜き、腰だめ、突き出し、構える――
流れるような一連の動作。すべてが無駄なく、静かに、鋭い。
「……」
4人は言葉を失った。
もはや喫茶店のマスターではない。
この男は、“戦場の動き”を知る人間だ。
その所作だけが物語っていた。
まるで空気が張り詰め、時が止まったような動作だった。
4人は息を飲み、その無駄のない流れに目を奪われた。
「1から5まで、すべての動作が一体になったとき――初めて、お前らは“撃てる”」
沈黙の中、龍崎がふと口元を緩めた。
「だがな――これは、銃がなくても練習できる」
全員が一瞬、眉をひそめる。
銃がなくても? 何を言い出すんだこのマスターは、という空気が一瞬漂う。
「……想像してみろ。お前ら、ズボンの後ろポケットに長財布を入れてるとする。スーパーのレジに並んでる状況だ」
突然の例え話に、凛が首をかしげた。
「え? 財布……ですか?」
「そうだ。レジの店員を正対する敵とする。長財布は銃、後ろポケットがホルスター。やることは、こうだ」
龍崎は右手を腰に持っていき、想像上の長財布を抜く動作をしながら、淡々とカウントする。
「1、財布に手をかける
2、抜く
3、腰だめ――中身を見る
4、金額確認――周囲を確認する
5、しまう。目線は前。手は自然に胸へ戻る」
「……ほら、5カウントだろ」
麻耶が目を丸くし、未来は口元を覆って笑いをこらえる。
凛が「確かに……似てる」と呟いたかと思えば、葵は真面目な顔で「身体が覚えてます、たしかに」と納得していた。
龍崎が腕を組み、真顔のまま、ひと言付け加える。
「……男ならな」
その瞬間、場の空気がふっと緩む。
全員が一斉に、吹き出した。
無表情な麻耶までが「男の動きか……なるほど」と小さく笑った。
龍崎は、唖然とした彼女たちの表情を見て、ついに苦笑いした。
「冗談半分だが、本質は変わらん。日常の所作を訓練に変える奴が、本物になる」
コーヒーを淹れていた喫茶店のマスターは、今や完全に“師匠”と呼ぶべき存在になっていた。
彼の一挙手一投足から滲み出るのは、理論だけじゃない――実戦の匂いだった。
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<リロード>
「弾を撃ち切ったらリロードだ。」
ハンドガンもサブマシンガンも似た動作だ。
「リロードにはエマージェンシーリロードとタクティカルリロードの二つがある」
要は弾を撃ち切った時とまだ弾が残ってるが交換する時のことだ。
龍崎はゆっくり実演した。
「これを早くやるとこうなる」
あっという間に交換した姿を見て、4人はまるでマジックを見るような目になった。
MP5の時はボルトを後退させ引っかける、新しいマガジンを今装填されてるマガジンに沿わせるようにして交換、古いマガジンはダンプポーチに入れ、ボルトを解放する。
いわゆるHKスラップだ。M4とかならチャージングハンドル(チャーハン)を引くんだ。
凛がHKスラップを試して「おー!かっちょいー!」と叫ぶ。
他の3人もぎこちなくも試してみる。
<足で戦え>
金属の床にブーツの音が響いた。
訓練所の一角に白線で描かれた“L字の通路”が即席のステージになる。
「次は、足のステップ――いや、足捌きだ」
龍崎が手を腰に当てながら、4人に問いかける。
「いいか、みんなに聞くぞ。咄嗟に後ろを振り向くとき、どう動く?」
一瞬の沈黙ののち、4人がそれぞれ動いた。
•葵は両足を踏み直しながら上体をひねる。
•凛は右足を軸に体をねじるようにして振り返る。
•未来は明確なピポットターンを行いながら銃を構える仕草。
•麻耶はバックステップで距離を取る動きに近かった。
「……バラバラだな」
龍崎が腕を組み、微かに口角を上げた。
「体育の授業で教わったはずだが、みんな違う動きをした。つまり、学校ですら統一されてなかったってことだ」
凛が苦笑いしながら手を挙げた。
「いや、あたし平成生まれですから……授業でこんなの、やってないです」
「……だろうな」
龍崎の横で、未来が小さくため息をつくように笑った。
「昭和の体育は、まだ軍隊の影が残ってたのよね。右向けー右、とか。あの頃は“整列”と“号令”が訓練だったわ」
「今の子は、“自由な体育”ですから」と麻耶が肩をすくめた。
「だが現場じゃ、“自由”より“型”が命を救う」
龍崎は足を開き、重心を下げながら、地面に線を引いた。
「足捌きは3種類ある。どれが正解じゃない。状況で使い分けるのが正解だ」
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<1. ピポットターン(前回り)>
「まず、基本形。左足を軸にして、左前に180度回転する。いわゆるバスケのピポットターンだ」
龍崎はその場でクルリと前回りにターンし、銃を構える形を取った。
「利点は、背後の敵に素早く対処でき、かつ自身の的を小さくできる。しかも視線を常に維持しやすい」
麻耶が腕を組みながらうなずいた。
「……後ろにいる仲間を邪魔しないという意味でも、有効ですよね?」
「そうだ。バディやマンセルを組んでるとき、真後ろに回るとラインが崩れる。これはそうならないよう設計されてる」
「ただし――スペースが必要だ。狭い通路じゃ使えん」
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<2. インステップターン(その場回り)>
「次、その場で左足を後ろに下げ、軸にして回転する。」
スッと、わずかな空間で龍崎が方向転換する。無駄がない。
「利点は狭い場所でもその場で素早く後ろを向けること。ドア前、角、障害物の裏――使いどころは多い」
「でも……」と葵が手を挙げた。
「縦列フォーメーションだと、後ろの人にぶつかりますよね」
「そうだ。縦に並んでる時はこの動きはNG。仲間の射線を潰す動きになる。使いどころを間違えたら、それが死因になる」
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<3. クロスターン(瞬間回転)>
「最後に……これは俺はあまり推奨しないが、一応覚えておけ」
龍崎がスッと足を交差させて体を回転させる。足をクロスし、腰を切るように後ろを向いた。
「これは瞬間的には速い。だが軸が中央に寄るため、ふらつくし安定性に欠ける。危険な手だ」
凛が興味深そうに真似をして、よろけた。
「わ、難しいな……確かに安定しない」
「通路の角から、横の通路を覗くような時だけ。一瞬だけ視界を取る。……たとえば、ドラマでよくある“壁際から背中を貼り付けて覗くやつ”な」
「……あぶデカ、みたいなやつですか?」と龍崎が何気なく言った瞬間、凛と葵が顔を見合わせた。
「えっ、あぶ……?」
「私たち平成生まれです…」と葵がやや遠慮がちに言う。
「……でしょうね」と未来が静かに笑う。
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龍崎は咳払いして、話を戻した。
「いいか、この3つを状況で使い分けるんだ。基本は前に足を出して回る。これなら万が一、何かにぶつかっても前なら対処できる。後ろ回りは死角を背負う。なるべく避けろ」
麻耶が軽くうなずいた。
「つまり、“見える向き”に身体を回すってことですね。……足を前に出すことで、視界を確保しながらターンできる」
「そのとおりだ。理屈で覚えろ。そして、繰り返して身体で覚えろ」
全員がその場でターンを繰り返す。空気が少しずつ熱を帯びていく。
型を磨く――それはただの動きではなく、
**「死なないための設計」**であることを、4人は少しずつ理解し始めていた。
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<動く射線、撃てる身体>
鉄のシャッターが開いた。
訓練施設の一角、ダクト付きの小射撃レーンが顔を出す。
標的は人体シルエットのペーパーパネル。距離はおよそ7メートル。
手渡されたのは、ガスブローバック式エアガン。リアルなリコイルと重量感が訓練には十分だった。
龍崎がホルスターから抜いたハンドガンを手に取り、構えた。
「よし。では、実際に射撃をしながら、これまでの足捌きやステップを体で叩き込んでもらう」
空気がぴしっと張り詰めた。
「まず覚えておけ――基本はダブルホールド。両手で握って撃つ。それが最も安定する」
龍崎はモデルを示すように、胸元からまっすぐ銃を突き出す。
「だが、状況によっては片手撃ちも必要になる。右手撃ちも左手撃ちも、どちらも使えるようにする」
凛が口を開きかけたが、龍崎の低い声が続いた。
「“利き手しか使えない奴”は、利き手を撃たれたら終わりだ」
4人が一瞬息を呑んだ。
「順にやってみろ。まずは、利き手で正面に真っ直ぐ突き出して射撃」
パンッ!
葵が撃った。狙点からわずかに右にズレる。
「次、右に敵!」
「えっ、あ、はい!」
銃を胸元に戻し、顔を右へ向ける。右手を右方向へ伸ばして射撃。
パンッ!
少し遅れて凛が続いた。「あっちか! 右ね、右!」
「左に敵!」
全員が動く。手を胸に戻し、顔を左へ、左足を軸に90度ピポットターン。そこから素早く突き出して撃つ。
バシッ、パンッ!
一瞬、足と手が噛み合わず、銃口が目標を外れる。
「背後に敵!」
4人の動きが一瞬止まる。
龍崎の声が重なる。
「顔を左後方へ、左足を軸に180度ターン! 銃は反対の手に持ち替えて、伸ばして撃て!」
「なっ……!?」凛が戸惑う間に、未来が素早く反転、左手で銃を握り直し、ターゲットにエイムする。
パンッ!
未来の一発が中心を捉えた。
「……っ! 左でも撃てるようにならないとダメってことね」葵が額の汗を拭った。
「ピポット90度か180度で半身と正対が切り替わる。それも頭に入れておけ」
龍崎は一歩踏み出し、全員を見回す。
「この動きは、実戦では“考える前に出る”ようにしなければならん。だが……号令がないと、今は難しいな」
その通りだった。全員があっちを向きこっちを向き、汗だくで悪戦苦闘していた。
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数セットを終えたところで、ようやく一息。
息を切らしながら、それぞれが初めての“動きながらの射撃”に驚いていた。
「射撃だけでこんなに技があるなんて……」葵がため息を漏らした。「ボウリングも技があるけど、それ以上かも」
「僕はね、被写体にレンズを向ける感覚で標的を捉えるのは慣れてるんだけど……」凛が悔しげに笑う。
「身体が全然ついてこない!」
未来はグローブを握り直しながら言った。
「CQB(近接戦闘)をやる以前の課題だわ……ここまで身体が動かないとは」
麻耶はふと、小さく呟いた。
「……さっきの師匠の足捌き。異常な速さだったけど、それだけじゃない」
3人が振り向く。
「なんか……動き方そのものが違う気がした。あれは“見たことがない動き”」
龍崎は何も言わず、手元のガスガンの弾倉を静かに装填していた。
冷たい金属音だけが、空気に鋭さを残していた。
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「……師匠、さっきのターンをもう一度見せていただけませんか?」
エアガンをホルスターに戻した麻耶が、汗をぬぐいながら静かに声をかけた。
龍崎は眉をひとつ上げてから、無造作に応える。
「ん? これか?」
その瞬間だった。
ヒールを少し引いた構えから、スッと左足を引いて――
空気を切り裂くように一閃、視界が追いつかないほど滑らかに180度のターン。
そして、もとの位置に寸分のズレもなく立っていた。
「……ッ!」
麻耶は自分の目を疑った。
すぐに真似をしようとするが――できない。
「……おかしい。私、ちゃんと左足を引いたはず……なのに、位置がずれてる」
凛がぽつりと呟いた。
「なんか……空中で回ったみたいでしたよね、師匠」
未来が目を細めて言った。
「普通の人には無理ですよ……だって、足を引いてるのに回転して元の位置に戻るなんて、あり得ない」
麻耶はなおも数回トライしてみたが、回れば回るほど軸がズレ、姿勢も崩れていく。
「これ、回ってるんじゃない。すべってる……いや、消えてる?」
その言葉に、凛が笑いながら言った。
「師匠は宇宙人ですね(笑)」
「ああ、確かに。」未来が手を腰に当てながら笑う。
「教官というよりもはや師匠ね」麻耶が言う。
「喫茶店で珈琲持ってきたとき、いつの間にか真横にいたことある。声も足音もない。気配もない」
「私、**“サバゲの神様”って呼ばれるゲーマーを何人か知ってるけど……**宇宙人は初めてだわ」
その間も、龍崎はどこ吹く風といった顔でホルスターのベルトを直していた。
何かを教えるでも、説明するでもない。
だが――その動き一つが“語ってしまう”。
4人はただ、黙って見ていた。
「……くそ、悔しいな」麻耶がポツリと呟いた。
その足取りは確かに重く、まだその「先」に届いていなかった。
彼女が“本物の足捌き”を身につけるのは、まだ少し先の話である――。
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<長物>
屋内のフィールドに、カチャカチャと金属音が響いていた。
4人は、MP5を手にしながら猛の指導を受けている。
「いいか、安全第一だ」
龍崎の声はいつもよりも一段と硬かった。
「基本は銃はストレートダウンだ。暴発させるなら地面ということだ。……いや、そもそも暴発は絶対にダメだ! 大概は銃に慣れた頃にやらかすからな」
彼の視線が鋭く走ると、4人は一斉に背筋を正した。
「それを知った上で、君たちはハイポートの構えを覚えるんだ。サバゲでは常に攻撃的にいく」
未来が真剣な顔でMP5を構え、ストレートダウンの姿勢から狙いをつける。
「こんな感じかな……」
凛は同じようにやってみるが、銃口がゆらついて的を捉えられない。
「直ぐに狙えなーい!」
龍崎が次の指示を出す。
「今度はハイポートからエイミングしてみろ」
葵が素早く銃を下ろすと、サイトがピタリと標的に重なった。
「あ、ピタっと止まる」
麻耶も同じように試して、感嘆の声を上げる。
「ほんとだ、狙いやすい!」
「そうだ」龍崎が頷く。
「下から振り上げるより、上から下ろすほうが素早く狙える。だから攻撃的なんだ。前に仲間がいたら振り上げはやりにくいが、上からなら邪魔にならないだろ」
凛が手を挙げた。
「もしストレートダウンで前に仲間いたらどうするんですか?」
「仕方ないなら仲間を押し退ける」猛は真顔で言い切る。
「それがあくまで緊急対応だ。……そういうのを応用という」
彼の口癖だった。特別なことや現場判断は、すべて「応用」で片付ける。
「君たちは特殊部隊系だから、新兵の要領はしない。だが、本来は新兵のように扱い方を学んでる前提でやるんだ」
龍崎は自らの右手を掲げて、人差し指を曲げてみせる。
「俺達のセーフティはこれだ」
4人の目がその指先に吸い寄せられる。
「ブラック・ホーク・ダウンのくだりのようにな。ハンドガンも撃つ時以外は指をトリガーにかけない。……いいか、これが命を守る」
沈黙の中、4人はひたすらトリガーから指を外す動作を繰り返した。
それは単純な所作だが、反復しなければ身体に染み込まない。
安全と攻撃性、その両方を兼ね備えるために――。
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<ピザを切るように>
ガスの抜ける音が、空になったマガジンから静かに漏れた。
龍崎はカチャリとホルスターに銃を収め、4人を一列に並ばせた。
「次は――カッティングパイだ」
一同、顔を見合わせる。
「敵に見つかりにくく、かつ先に見つけるための索敵技術。コーナーやドアエントリーで必ず使う。しっかり見ておけ」
龍崎は施設内のコンクリート柱を指差した。
「まずはイメージを掴む。柱や壁の角を“軸”に、ゆっくりと覗きながら死角を削っていく。これが基本だ」
彼は目線の高さを変えず、スーッと腰を低くして柱に寄る。
「**凛! 通路に普通に立ってくれ。**身体まっすぐな。敵役だ」
「はいっ」
凛が通路の中央に立ち、銃を下げた状態で構える。
「他の3人――コーナーに隠れて、そこから覗いてみろ。凛の身体の一部が見えたら“ストップ”だ」
未来、麻耶、葵が静かに移動する。
スリ足で角に近づき、各自が柱の“影”に隠れる。
しばらく沈黙の時間が流れた――その時、
「……見えた!」と葵が小声で言った。
「よし」龍崎がうなずく。「凛、葵のこと見えるか?」
凛がキョロキョロしてから、「見えないでーす!」と声を上げる。
麻耶が目を丸くした。「え、でも葵の位置から凛は丸見えだった……なんで?」
未来が眉をひそめ、考え込むように言った。
「そうか。目は身体の中心にあるから……。肩や腕が先に見えても、相手の視線はまだ向いてない」
「その通りだ!」
龍崎が声を上げる。
「“肩”や“腕”が先に露出しても、目が隠れていれば敵はこちらを認識できない。つまり、先に“視覚”を通した者が勝つ」
未来と麻耶が頷く。
この理屈は、理論ではなく“見た瞬間に理解できた”ものだった。
「一気に覗くと、お互い同時に視線がぶつかる。そうなると撃ち合いになる。だから――“少しずつ、円を切るように見る”」
龍崎は空中に半円を描いてみせた。
「この技術を、カッティングパイって言うんだ。ピザを切るように、スライスして視界を取るからだ」
「お、おいしそうな名前の割に……」凛が笑いながら小声で呟いた。
龍崎は聞こえていたのかいないのか、淡々と続ける。
「この技はバディ以上でも使う。部屋を複数でクリアリングするとき、“誰がどの角度を担当するか”が生命線になる。だから一人でも正しくやれなきゃ、チームは壊れる」
「でも、やってみると不思議と分かるね」と麻耶。
「なんか……お化け屋敷で角を覗くとき、自然にこうなる」
未来が笑って付け加えた。
「何気に皆、怖いときはゆっくり覗くんだよね。“何かいるかも”って思ったら……身体って自然に防御の動きになる」
「そういうことだ」龍崎がふっと笑った。
「お化け屋敷での本能的な動き、それが正解に近い。理論じゃなく、恐怖が正しいフォームを教えてくれる。人間ってのはそうできてる」
その時、未来が手を上げて尋ねた。
「師匠、クイックピークはやらないんですか?」
龍崎は柱に片手を置いたまま、少しだけ頷いた。
「テクニックとしては必要だ。だが、今この段階では――カッティングパイを先に覚えた方がいい」
「私も最初にタクトレを受けたとき、“クイックピーク”から入った。だがな……初心者には難しすぎる」
「難しい……ですか?」
未来が意外そうに聞き返す。
「あれは“動きの速さ”で視界を取って、“撃たれる前に下がる”技術だ。反射神経と経験が必要になる」
龍崎は無言で柱の陰から一瞬だけ顔を出すような素早い動きを見せた。
あっという間で、どこをどう動かしたのか、目が追いつかない。
「**見た時には、もういない。**それがクイックピークだ。だが、“顔を出して見つけられてからでは遅い”。タイミングを間違えたら撃たれる。そういう動きだ」
未来はゆっくり頷いた。
「……なるほど。今は“確実に見る”技術を先に身につけるべきですね」
「そうだ。今は**“先に見る”ための戦い方”を覚えろ。見ることが、生き延びる第一歩だ**」
その言葉に、全員が無言でうなずいた。
カッティングパイ――一見地味で、派手さもない。
だがそこには、撃ち勝つための静かな技術があった。
そしてそれは、“敵より1秒早く見る”ための技術であることを、誰もが体で理解し始めていた。
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<姿勢は命の形>
訓練所の床に、銀色のマスキングラインがいくつも引かれている。
それは「どこに立ち、どこに伏せ、どこを制圧するか」を示すライン。
龍崎がその中央に立ち、ハンドガンを携えた姿勢で言った。
「単独技術のラストだ。射撃姿勢――つまり“スタンス”だ」
彼の声は、いつになく重く聞こえた。
「動き回るだけが戦いじゃない。止まった時の姿勢ひとつで、“死ぬかどうか”が決まる。しっかり覚えろ」
4人は並んで構える。
銃はすでにそれぞれの手に馴染んできている。
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【スタンディング】
「まずはスタンディング。立った姿勢で撃つ。」
龍崎が言うと、全員が足を肩幅よりやや広く取り、銃を前に突き出す。
「両足は肩幅より少し広く。膝をわずかに曲げ、重心は土踏まずに。これが最も基本だ」
「この姿勢、思ったより揺れるんですよね」と葵。
「**当たり前だ。安定は“低さ”と“支点”で決まる。**次にそれをやる」
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【ハイニーリング】
「ハイニーリング。片膝を立ててしゃがむ姿勢だ」
龍崎が片膝を立てた姿勢をとる。4人も見よう見まねでしゃがむ。
「高さを抑えて、敵からの的を小さく見せる。遮蔽物が低いときに有効だ」
凛が顔をしかめながら言う。
「腕だけで銃を支える感じ、結構キツいです」
「そうだ。これは長時間の撃ち合いには向かない。支点は腕だけ。だが、咄嗟には使える」
「つまり、一瞬だけ“小さくなる”技術ね」と麻耶。
「その通りだ」
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【ローニーリング】
「ローニーリング。ハイニーリングより更に低く、より安定した構え」
龍崎が膝を深く折り、膝頭の前に肘を乗せる。
「ここを支点にして撃つ。腕だけでなく骨格で銃を支えられるから、安定性が格段に上がる」
未来が構えてみて、すぐに「これは安定する」と呟いた。
「遮蔽物のすぐ裏に張りつきながら、持久的に構えるときに使える。スタティックな交戦で有利だ」
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【モディファイド・プローン】
「そして、モディファイド・プローン」
龍崎がローニーリングから滑り込むように横たわる。
「これは“伏せ”の派生だが、完全にうつ伏せにはならない。遮蔽物の真横に寝そべり、顔と銃口だけをコーナーから出す」
凛が驚いたように目を見開く。
「……そんな構え、映画でも見たことないです」
「使える人がそんなにいないだけだが、“知っていると有利な展開になる”技だ」
葵が試してみたが、肩の位置が上手く取れず、バランスを崩す。
「体柔らかくないと、これキツいですね……」
「その通り。だが、この体勢で“自分だけは見えず、敵だけが見える”位置に入れたら勝ちだ」
龍崎が実演し、敵対位置に一人ずつを銃を構えさせて立たせた。
「どうだ、俺が見えるか?」
「あー!師匠が見えない!目の前なのに!」
所謂トンネルビジョンだった。
「バリケードの下からこんな感じで顔と銃しか出ないとわかりにくいだろ」
「注意点は一人でこれやって敵が突っ込んで来ると、見えてないから顔を蹴られるかもな。」龍崎は笑って言った。
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【プローン/アーバンプローン/タックプローン】
龍崎は姿勢を整え、床に完全に伏せた。
「これはプローン――**いわゆる“伏せ撃ち”**だ。最も安定するが、視界と動きが制限される。これはもう説明不要だな」
4人がそれぞれ頷く。
「次に――アーバンプローン。車の下から狙うときに使う構えだ」
そう言うと、龍崎は身体を横に寝かせ、地面に沿って銃を構える。
「車体と平行に地面に寝て、足をこうする。片足は真っ直ぐ、もう片方は膝をくの字に折り、足首を交差させて絡ませる」
麻耶がじっと見ながら首をひねる。
「……妙に安定してる……? なんで?」
「身体が三点で接地してるからだ。動かない。狙える。車下から射線を通すにはこれが最適」
凛が真似してみたが、足がつりかけてうめき声をあげた。
「いたっ……足絡ませるのって地味にキツいっすね……」
「それが無理な場合は、“絡ませない”で構える――それがタックプローンだ」
龍崎がすっと足を解き、両足を開いた状態で構える。
「こちらは素早く移動できるが、安定性に欠ける。つまり“即応と安定”を天秤にかける構え方だ」
未来が感心したようにうなずいた。
「状況によって、どちらを選ぶか……ですね」
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龍崎が全員に目を向ける。
「戦いは“動”だけじゃない。止まるときの“型”が正しくなければ、射撃は外れ、隠れても見つかる。それが“姿勢”の意味だ」
麻耶が静かに呟く。
「……姿勢って、撃つための形じゃなくて、“生き残るための形”なんですね」
龍崎がわずかにうなずいた。
「そうだ。覚えろ――姿勢は、命の形だ」
そしてこの日、彼女たちは初めて、「止まっているのに、戦っている」という感覚を知った。
<スイッチングとトランジッション>
「――次は、スイッチングだ」
龍崎の声が射座に響いた。
冷たいコンクリートの訓練場で、4人は一斉に背筋を伸ばす。
「バリケードの右から出るなら右撃ち、左からなら左撃ちに切り替える。理由は単純だ」
龍崎はバリケードの影に身を沈め、最小限だけ身体をずらす。
「露出するのは、頭と銃口だけでいい。それ以上は“的”になる」
言葉と同時に、動きは淀みがなかった。
右肩にあった銃を一度身体の中心へ落とし、滑るように左肩へ。続いて持ち手を切り替える。無駄がない。
「順番は、肩を替えてから手だ。これが一番シンプルだ」
スリングがわずかに擦れる音がした。
「慣れるまでは、これが引っかかって気になる。だが――」
「3点スリングにしたのはいろんな使い方が出来るからだが、ワンポイントの方がよければ各自で使いやすい物を選ぶと良い。」
龍崎は視線だけで4人を見渡す。
「慣れるしかない」
当然のように左肩構えになった龍崎は、左目でサイトを捉えていた。
「スイッチしたら、利き目も変わる。そこを誤魔化すな」
凛は思わず自分の頬に手を当てた。
彼女は左目が利き目だ。右構えのときは問題ないが、右から左へ切り替えると、無意識に“見やすい位置”を探してしまう。
(……顔が、外に出てる)
その癖を自覚した瞬間、背中に冷たいものが走った。
出ている、ということは――撃たれる、ということだ。
「次、トランジッション」
龍崎の声が緊張を断ち切る。
「弾切れした。だがリロードする余裕がない。そういう時は、銃を替える」
メインからサブへ。あるいは、その逆。
「切り替えたほうが、即座に反撃できる場合がある。リロードは安全な位置についてからでいい」
一瞬、間を置いてから付け加える。
「インストラクターによっては“その場でリロードしろ”と言うだろう。だが、俺はトランジッションを勧める」
断言だった。
「これは知識じゃない。身体に叩き込むものだ。普段の射撃訓練メニューに必ず入れろ」
凛、葵、麻耶、未来。
四人は無言で繰り返した。
スイッチング。
トランジッション。
スタンディング。
ニーリング。
モディファイド。
姿勢が変わるたび、手順も感覚も微妙に狂う。
頭の中は、バラバラになったパズルのピースのようだった。
「……あたし、左はどうも上手くいかないなぁ」
麻耶が眉をしかめる。
「基礎だ。逃げるな」
龍崎は即答した。
「――もっとも」
一拍置いて、彼は続けた。
「俺自身は、スイッチングを多用するわけじゃない」
四人の視線が集まる。
「余裕があればやる。だが咄嗟の場面では、そんな余裕はない」
そう言うと、龍崎は突然、左側のバリケードへ踏み込んだ。
左から――だが、右撃ち。
身体を沈め、跳ね上がるように銃口が現れる。
一瞬。
乾いた音。
的の中心が、正確に穿たれていた。
「これは実戦で役立つ方法だ」
龍崎は何事もなかったように戻る。
「だが、あくまで“基本ができてから”だ。順序を間違えるな」
凛は息を呑んだ。
(今の……)
あれが、龍崎の技。
ライジングシュート。
速さと正確さが、異常なほど噛み合っていた。
誰も言葉を発せなかった。
ただ、的を見つめる。
――やはり。
(この人、宇宙人だ)
4人の胸に、同じ感想が浮かんでいた。
「これが個人技能のテキストだ、拙い図解や写真入りだがこれで復習してくれ」
30ページ近いマニュアルを4人は渡されちょっと呆気にとられた。
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トレーニングが済んでコーヒーとホットサンドとザクギリフルーツをほうばりながら
女子トークがさく裂していた。花より団子である。
「次回はバディ技能だ」という龍崎の言葉は4人の耳には届かなかった。
タクトレも大別して個人技能、バディ技能、チーム技能に分かれます。
各技能は次へのステップに連動しているので、先ずは個人技能に精通しないといけないです。
基礎を知り応用を学ぶ、それがタクトレだ。




