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進藤麻耶登場『知恵』

Ragdollのチームリーダーとなる進藤麻耶の登場です。

経験と知恵を持つ彼女の仕事における日常を描いています。

第4章【進藤麻耶】『知恵』

<朝の街と静かな火種>

東京郊外、駅前にある小さな不動産屋「幸栄ホーム」。

大手不動産フランチャイズ店の黄色い看板が目立つ、地域NO.1の店として知られている。

その理由はひとつ。

営業マン、進藤麻耶――43歳。

名刺の肩書きは平凡だが、彼女の名前は同業者の間では少しは知れていた。

10年以上、数字で地域ナンバーワンを維持してきた実績。

麻耶の得意は飛び込み営業である。それを賃貸業でやる腕前を持っていた。


朝の開店準備が終わると、進藤麻耶は一息ついてデスクに腰を下ろした。

制服代わりの白いシャツにベージュのカーディガン、髪はきっちりとまとめている。

43歳になった今、接客中の笑顔も自然に板についてきたが、心のどこかに昔の「戦う自分」を封印した空洞がある。

「おはよう、進藤さん。」

渋く低い声と共に、背後から加瀬正樹が入って来る。52歳の年齢よりも若々しく見えるが、白髪がこめかみに少し混じっている。スーツはいつもびしっとしていて、顧客の前では完璧な営業マンだが、たびたび「外回り」と称して2時間ほど姿を消すことがあった。


麻耶も特に突っ込んで聞いたことはなく、ただ、どこか彼の背中に、別の人生を抱えているような影を感じることがあった。

昼前になると、大家の田野倉のおばあちゃんが慌てて店に飛び込んでくる。

「大変よー、103号のおじいさん、きっと死んでるかも!」

「どういうことですか?」

「ちょっと用事でピンポンしたけど出て来ないの、中からはテレビの音は聞こえるのよ!カギ渡すから進藤さん見てきて!」

「いや、大家さん開けて確認してくださいよー」

「やーよー、怖いわ、行ってきて!」

麻耶はとりあえず往きがてら途中の交番により立会をお願いした。

だが、交番の中にいた警官二人は、ちょうど店屋物の丼ぶりを手にしていた。

麻耶の話を聞いた警官は、面倒くさそうに眉を上げると、「内容はわかりました。ちょうどこれから食事なので、あなたが様子を見て、何かあれば連絡してね。」

「は、はい・・・。」

まったくヒドい話だ。若い女性一人で老人の安否を確認しに行かせるなんて。

麻耶は心の中で憤慨しつつも、不安を抱えアパートへ向かった。

玄関ポストを開けて覗くがよく見えない、鼻を近づけ匂いを嗅ぐがよくわからない。

「おじいさーん!」

ピンポンしてもノックをしても何も応答がない。


麻耶は覚悟してカギを差し込んだ。

玄関をゆっくりカッティングパイの要領で開けると、暗い玄関に陽が差し込み、黒い床が室内へとゾワゾワと動いているように見える。

これは何かヤバい、麻耶は身構えながら中に入って行った。

カーテンが閉められていて玄関からDKまで薄暗い、手探りするように歩いていくとブチブチと何かを踏む音がする。

浴室があった、ゆっくり開けて見る、いない。

次はトイレを開けて見る。汚い、さーっと何か床が動く。

DKに進むと腐った食べ物、無数のゴキブリ――恐怖を押し殺して進む。

引き戸を開けるとベッドがあった。タオルケットの端から腐ったような足がのぞいていた。

(もう、ダメだ……。)

絶望した瞬間、ミイラのような顔がこちらを向き、かすかな声が漏れる。

「……水……。」

生きている――麻耶は腰が抜けそうになりながらも、「生きてる!」麻耶は叫んだ。おじいさんと少し会話しすぐに市役所に連絡を入れた。

________________________________________

交番に状況を説明し、店に戻り加瀬に事の顛末を一気に話した。

「大変だったな、でも生きてて良かった。」

「さて、俺はちょっと外回り行ってくるから。」

麻耶は笑顔を作りながらも、心の中には冷たい波紋が広がる。

(加瀬さんの「外回り」は一体……。)

疑念は小さな棘のように胸に刺さり続けていた

老人は救急車で病院へ搬送され、足は壊疽のため切断されたが、命は助かった。

麻耶は深い安堵とともに、小さな達成感を抱いていた。

________________________________________

老人の部屋は解約された。

次の入居者を迎える準備に追われるが、部屋の状態は想像を絶していた。

リフォームを引き受けたのは評判の悪い「岩谷インテリア」だけだった。

料金は高額で仕上がりも雑だが、他に選択肢はなかった。

現場を見に行くと、あの汚かった浴室は信じられないほど綺麗に。

初老の清掃員が一人黙々と作業していた。

「費用を弾んでくれたからキレイにするよ」と親方は笑う。

(かなりの高額よね……。)

麻耶は苦々しい思いを抱えながらも、問題を処理するには「毒をもって毒を制す」しかないと悟った。

________________________________________

<損して徳を取れ>

ある日の午前中、麻耶が事務所で書類整理をしていると、一本の電話が鳴った。

「もしもし、幸栄ホームです。進藤が承ります。」

受話器の向こうは、大手電機工場の不動産部の担当者だった。

「今日中に引っ越せる3LDKの賃貸物件を探してほしいんです。至急です。」

(今日中に……!?)

麻耶は頭の中で、これまでの物件情報を総ざらいした。

どの条件にも合う物件はほとんどなく、焦りが走る。

だが、最後に一件だけヒットした。

ただ、その物件は「客付け不可」扱いになるため、手数料は一切入らない。つまりタダ働きだ。

通常なら、会社としても紹介はしない。

(でも……大手電機工場の依頼。入居者は工場長とその家族……。)

麻耶は決断した。

「物件、ございます。すぐに内見の段取りをつけます。」

その後、麻耶は息つく間もなく手続きを進め、内見、申込準備まで一気に進めた。

気づけばもう終業間近。机に戻る暇さえなかった。

________________________________________

その時、店の前に黒塗りの高級車が止まった。

降りてきたのは、わざわざ千葉から来たという電機工場の不動産部の専務だった。

「本当にありがとうございます。ここまで迅速に、しかも誠実に対応してくださるとは……。」

深々と頭を下げる専務の姿に、麻耶は軽く会釈を返した。

________________________________________

それから一ヶ月後、入居した工場長から連絡が入った。

「実は、社員寮用にアパート1棟を借り上げたいんだが……。」

麻耶はすぐに新築のアパートを探し出し、交渉を重ね、見事契約をまとめあげた。

損して徳を取れとはこういうことね……。)

胸の奥に、小さく確かな光が灯った。


<クレーム処理>

「第三駐車場を借りてる青木だけど…」

午後の静かな店内に、怒声が響いた。

進藤麻耶は受付のカウンターで資料整理をしていたが、その声に全身が硬直した。

「前に電話で話したけど、隣の車が線いっぱいに停めるの、何とかならないかなぁ…」

「あ、あの…何度もお話ししてるんですが…まだ直らないですか?…」

声がうわずる。だが中年男の表情は険しくなる一方だ。

「ちょっと今、一緒に見てくれ!」

「えっ…今ですか?」

「目の前に車あるから乗せてくよ!」


突き出された太い腕に促され、店の外に出た麻耶は、道端に停められたワゴン車を見た瞬間、ゾクリとした。

車体には大量の犬のイラストが描かれている。

「……ヤバい!…」

麻耶は犬が嫌いなのだ。言い知れぬ不安でいっぱいだ。

男は振り返りもせず「早く乗れ!」と一喝。

意を決して助手席に乗り込むと、そこには何匹ものダルメシアンが待ち構えていた。

吠える声が耳を突き、口から心臓が飛び出しそうだった。

「泣きたい…」

そう思った瞬間、男がさらに怒りの矛先を麻耶に向ける。

「だから言ってんだよ!何回言わせんだよ!何やってんだ!」

「は、はい…あの、申し訳ございません…」

犬の唾が顔にかかり、麻耶は震えながら謝り続けるしかなかった。

車内の熱気、男の怒声、犬の吠え声…すべてが渾然一体となり、麻耶を押しつぶそうとしていた。


<第三駐車場の修羅場>

すぐに駐車場に到着した。

さわやかな青空駐車場に、男は真っ先に飛び出した。

「見ろ!これだよ!」

指差した先には、白い線ギリギリに停められた真っ赤のスポーツカー。

車体はピカピカに磨かれ、周囲に無言の威圧感を放っていた。

「なるほど…ドアを開けやすいように線に沿わせて…」

麻耶は一瞬で理由を理解したが、男の怒りは頂点に達していた。

「今すぐ所有者を呼べ!!」

命令に従うしかなく、麻耶は所有者に電話をかける。

現れたのは、20代前半の青年。

「僕は線の中に停めてますよ?」

その涼しい一言に、男の顔は真っ赤に染まった。

「ふざけんな!常識をわかってねぇのか!ここに来い!」

駐車場の空気が張りつめる。

男と青年は数歩の距離を詰め、互いに睨み合う。

「別に問題ないでしょ、車に傷もないし…」

「てめぇ…もういい!俺の事務所に来いや!俺は銀座の青木だ!!」

その言葉を聞いても青年はまったく動じない。

むしろ麻耶の顔が引きつった。

ヤバい、やはりこの人、一般の方ではない!

麻耶は咄嗟に、二人の間に割って入った。

「と、とにかく、車を中心に停め直していただけませんか!お願いします!」

その必死の一言で、青年は渋々車に乗り込み、車を少しだけ移動させた。

一触即発の空気が、かろうじて緩む。

「……ふん、俺が間違っているか?」

「次から中心に置くんだぞ!」

男が言い放つ

「帰りも送ろうか?」

「と、とんでもないです!歩いて帰りますので!」

全身に冷や汗をかきながら、麻耶は走るようにその場を後にした。

事務所に戻り、事の顛末を年長者の同僚に話すと、「クレームのあの人、3丁目の貸家に住んでるんだが、出るらいしよ、ウワサだけど・・・」

「えーっ!本当ですか?」

「事故物件だから安いんだよ。」

麻耶は絶句した。


<サバゲの顧客> 

ある日の午後、店内は珍しく静かだった。

書類を整理していた麻耶の前に、控えめな鈴の音とともにドアが開く。

「すみません……」

入ってきたのは若い男だった。

黒いパーカーに動きやすそうなパンツ。大きめのリュックを背負っている。

「いらっしゃいませ。ご用件は?」

「あの……賃貸の相談なんですけど」

対面の席に座った男は、少し言いづらそうに視線を落とし、そして意を決したように口を開いた。

「サバイバルゲーム用のフィールドに使える物件を探していて」

麻耶は瞬き一つせず、相手の言葉を受け止めた。

「サバイバルゲーム、ですか」

「はい。屋外で、できれば広くて、音が出ても問題にならない場所で……」

条件は、次々と追加されていく。

・かなりの広さ

・周囲に民家がない

・駐車スペースが確保できる

・長期で借りられること

話を聞きながら、麻耶は頭の中で資料棚を一つずつ閉じていった。

通常の物件情報では、該当するものはほとんどない。

(これは……特殊案件ね)

表情には出さず、彼女は最後まで話を聞いた。

「正直に言うと、すぐにご紹介できる物件は少ないです」

男は少しだけ肩を落とした。

「ただ、全くゼロではありません。時間をいただければ、探してみます」

「本当ですか?」

「ええ。良さそうな物件が見つかったら、こちらからご連絡します」

その言葉に、男は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。待ってます」

男が店を出ていくと、麻耶は小さく息を吐いた。

「……また、難しい顧客リストが増えたわね」

だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

その日の夕方、空き時間を見つけて、彼女は一本の電話をかけた。

相手はツノダホームの社長、ツノダ。

古参の不動産業者で、癖は強いが腕は確か。

表に出ない土地や、扱いづらい物件を引っ張ってくるのが得意な男だ。

「ツノダさん、ちょっと変わった相談があって」

『お、麻耶ちゃんから“変わった”って出るのは珍しいな』

「サバゲ用地。山でも原野でもいいんです」

電話の向こうで、低い笑い声がした。

『なるほどね。面白いじゃないか。探してみるよ』

それから数日後。

事務所にFAXが届いた。

山の中、五千坪の土地。

周囲に民家はなく、簡易的な駐車スペースも確保可能。

賃料は、若者の予算よりやや高い。

だが――

(条件は、ほぼ理想)

麻耶はすぐに若者へ連絡を入れた。

「一度、現地を見てみませんか?」

見学当日、二人は駅前で落ち合い、車で山へ向かった。

舗装路を外れ、木々に囲まれた土地に立った瞬間、若者の目が変わる。

「……ここ、いいですね」

風が枝葉を揺らし、静かな山の空気が流れている。

「賃料は安くないわ。でも、条件としてはかなり良いと思います。」

「分かってます」

「でわ、申込を入れますか?」

「お願いします。」

即答だった。

その横顔を見ながら、麻耶は思う。

(また、何か起きそうな気がする)

五千坪の静かな山は、これから人の声と物語を受け入れる場所になる。

そしてそれは、進藤麻耶自身の人生にも、静かな変化をもたらそうとしていた。

麻耶は頭の中で契約までの段取りをまとめながら、小さく微笑んだ。

________________________________________

夕方社長室に呼ばれ「進藤さん、加瀬君とは仲良いよね?」

「悪いが暫くお店が終わったら加瀬君を自宅に送り届けてくれないか?」

「加瀬君ちょっとおイタしすぎたから」

________________________________________

その夜、麻耶はスタバの席に座り、加瀬の姿を思い返していた。

笑顔、背中、2時間の外出――全てが一つの線につながる。

(何を信じていたんだろう……。)

<静かな帳>

翌日、麻耶は書類に追われていた。

オーナー対応、物件案内、クレーム対応――現実は容赦なく押し寄せてくる。

「進藤さん、この件お願いできますか?」

「はい、大丈夫です。」

麻耶は淡い笑顔を浮かべ、黙々と書類に向かう。

ふと横を見ると、加瀬の席は空だった。

(またか、止めるって言ってたのに……。)

夕方、加瀬が戻ってきて軽く手を上げると、麻耶も小さく頷くだけだった。

問い詰める気持ちはもうなかった。

________________________________________

麻耶は定時を終え、静かに帰路についた。

夜風が頬をかすめ、空には街の灯りがちらほらと瞬いていた。

家に着き、スマホを開くと、入院している103号室の老人の写真が届いていた。

笑顔で看護師と握手するその姿に、胸の奥が温かくなる。

(生きてる。それだけでいい。)

その半年後に老人が松葉杖で新たな賃貸を探しに来るとは麻耶は思いもしなかった。

窓の外を見つめながら、麻耶は心の奥にそっと問いかける。

(私には、私の知恵がある。それでいいんだ。)

そのとき、LINEの通知音が鳴った。

《マスター(喫茶店Ayuzoroy)》

「明日、お店に来て!」

麻耶は静かに微笑み、スマホをそっとテーブルに置いた。

明日はまた、新しい一日が始まる――。


不動産の中でも賃貸は地味でクレームの多い産業の一つと言われてます。

それは日常社会と密接な繋がりがあるからこそ多いのです。

売買のような花形ではないが、毎日の積み重ねで不動産業は成り立っています。

そんな地味な仕事を進藤麻耶は熟すことで、冷静な判断を下していく。

Ragdollをどう引っ張っていくのか今後の活躍に期待する。

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