一番合戦葵(イチマカセアオイ)登場【挑戦】
二人目の主人公、一番合戦葵の登場です。
プロでも珍しいバックアッパーという投法で人気の女子プロボウラー。
敵を狙うようにピンを狙う、常に挑戦し続けるプロの姿勢。
第3章【一番合戦葵(イチマカセアオイ】『挑戦』
<昼のレーンにて>
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レーンに立つ一番合戦葵は、いつもより少しだけ肩の力を抜いていた。
黒のセミロングを耳にかけ、助走位置を確かめる。右手投げ――だが、立ち位置はレーンの左端。観客席がざわめくのは、その独特な構えを見た瞬間だ。
「皆様、準備はよろしいでしょうか!本日のメインイベント、一番合戦プロの登場です!さあ、この後の熱戦を占う運命の始球式。皆様、ぜひ大きな拍手と、応援の掛け声でお迎えください!
ターゲットは10本のピン、ただ一つ!一番合戦プロ、お願いします!レッツ・ゴー!」
「バックアッパー、来るぞ……」
誰かが小声で言う。
右手で内側から外へ、ボールに逆回転を与える投法。理論も感覚も要求される、簡単には真似できないスタイルだ。
「素晴らしいストライクです!さすがプロ!この勢いのまま、皆様もハイスコア目指して頑張りましょう!」
今日はプロチャレンジマッチ。
公式戦での優勝経験こそ少ないが、一番合戦葵は紛れもなく“36歳現役の女子プロボウラー”。参加しているファンたちも、それをよく分かっている。だからこそ、空気は和やかでありながら、どこか張り詰めていた。
「第5フレーム、一番合戦プロです」
アナウンスが入る。
すでに1ゲーム目は中盤。葵は静かに深呼吸し、助走に入った。
――トン。
ボールがレーンに置かれる音は軽い。だが、そこからの加速は鋭かった。
左側を進んだボールは、外へ逃げるように見えて、オイルの切れ目で一気に内へ戻る。
ガシャン!
10本のピンが一斉に弾け飛ぶ。
ストライク。
「おおおっ!」
5フレームまでストライクが続いた。
「さすがプロ!」
拍手と歓声が重なる。葵は小さく両手でストライクのマークを作り、客席に向かって会釈した。
だが――。
「ナイスボールです、一番合戦プロ!」
隣のレーンから声が飛ぶ。
声の主は、会社帰りに練習を重ねてきたという常連ファン。今ゲーム、驚くほどの高アベレージを叩き出していた。
「……ありがとうございます」
葵は微笑みながらも、スコアボードに視線を走らせる。
ファンとの差は、わずか。
(今日は、簡単には終わらせてくれないか)
2ゲーム目、オイルが削れ、レーンコンディションが変わり始める。
ファンの一人がターキーを決め、場内が再びどよめいた。
「一番合戦プロ、プレッシャーですね!」
冗談めかした声に、葵は首を振る。
「いいえ。楽しいですよ、こういうの」
それは本音だった。
勝負の緊張、歓声、ピンが倒れる音。そのすべてが、彼女をプロにしてきた。
最終の3ゲーム目。
トータルスコアは、ほぼ横並び。最後のフレームが勝負を決める。
葵はラインをほんの数センチ、板の目を一枚修正した。
助走、リリース。指先で回転を操る。
ボールは一瞬ヒヤリとする軌道を描いたが――
「戻れっ!」葵が叫ぶ!
ボールは戻って、突き刺さる。
ストライク。
会場が沸いた。
続くファンの投球も見事だったが、わずかに7番ピンが残る。
結果発表。
一番合戦葵、トータルスコアで首位。
大きな差ではない。だが、確かな差だ。
「ありがとうございました!」
葵は深く一礼する。
勝った安堵よりも、胸に残るのは心地よい熱だった。
(公式戦の優勝はまだ。でも――)
こうして真剣に投げ、真剣に応えてくれる人たちがいる。
それだけで、レーンに立つ理由は十分だった。
<夜のレーンにて>
午後6時を回った頃、都心にそびえる「ストライク・スター」ボウリングセンター。照明は一層きらびやかに光を放ち、夜の空気と混ざって艶やかな雰囲気が漂っていた。フロアには仕事帰りの客や、賑やかなグループの声が混じり、日中とは違う熱気が満ちている。
「夏ちゃーん! 今日も一緒に練習しよー!」
葵は小柄な体にオリジナルのシャツをまとい、髪は左右でピンクとパープルに染め、高い位置でポニーテールにまとめていた。見るからに陽気で無邪気な笑顔を浮かべ、ボールバッグを転がす姿は、どこか子供のようだ。
「おつかれ、葵ちゃん。もうそんなに投げてたの?」
スコア画面にはストライクが並んでいた。
静かに歩いてきたのは、女性プロボウラーの鳴海夏子――通称「夏ちゃん」。細身の体に黒とグレーのシンプルなユニフォームをまとい、長い黒髪をひとつに束ねている。柔らかい声と落ち着いた微笑みが、彼女の冷静さと知的さを引き立てていた。
「ふふっ、もう17ゲーム投げちゃった!」
葵は無邪気に笑いながらスコア画面を読む。鳴海は少しだけ目を丸くして、それからやさしく微笑んだ。
「……さすがだね。でも、無理しないでよ。」
「だいじょーぶ! まだまだいけるよっ!」
葵は無邪気にボールを抱え、レーンに立った。彼女の投法は珍しい「バックアップ」。右投げながら、ボールは左から右へと鋭く曲がり、一番ピンと二番ピンのポケットを狙う。弧を描いて突き刺さるようにピンを弾き飛ばすたび、葵の瞳はきらめいた。
そんな中、隣のレーンに四人組の男性たちが現れた。迷彩柄のパンツやアウトドアジャケットを着こみ、肘や膝にはサバゲ用のプロテクター跡が残る。彼らは今日のサバイバルゲームを終え、その帰りにボウリングセンターに立ち寄ったのだ。
「マジでインドアフィールド、あれは痺れたな!」
「最後の一撃、完全に勝ったと思ったのに……!」
「いやぁ、相手の索敵能力すげーよ! 完敗だわ!」
賑やかに笑いながらボールを選んでいる彼らの耳に、葵のストライク音が響いた。自然と視線が引き寄せられ、挑むような眼差しに変わる。
「……なんか、対抗してるみたいだね。」
鳴海が口元に手を添えて小さく笑うと、葵は嬉しそうに頷いた。
「そっかー! なら私も負けないよー!」
二人と四人組、夜のレーンはまるで別の戦場のように熱を帯び始めていた。
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<スプリットの奇跡>
ゲームは思わぬ熱気を帯びていた。葵と鳴海は互いにストライクを連発し、隣の四人組もサバゲ帰りの疲れも忘れて本気で投げ込み始めた。
「うわー、あの二人ガチすぎ……」
「でも、見てると燃えるよな……!」
男性たちの羨望の視線が、二人の背中に注がれる。鳴海は葵を見つめる目が一層優しく、しかし鋭さを帯びていた。
――絶対、夏ちゃんに勝ちたい!
葵の胸には、ただ楽しいだけじゃない熱い気持ちが渦巻いていた。
そして運命の7フレーム目。
「いっくよー!」
葵が投げたボールは左に大きく出てから右に鋭く戻る――が、わずかに厚かった。ガシャッ! 4・6・7ピンが残るスプリット、いわゆるビッグフォーだ。
「うわぁ、やっちゃったぁ!」
葵は笑いながら頭をかくが、場の空気は一気に緊張感を増す。4-6-7スプリットはプロでもスペア率わずか0.6%。葵自身も成功したことがない。
「なあ、あれスナイパーでいうヘッドショット級だよな……」
「狙って撃つ!狙って投げる!」
「サバゲもボウリングも、結局は“狙う”ゲームなんだよな!」
四人組の言葉が、葵の心に響く。
「ここで決めれば……新しい自分を超えられるかも!」
真剣な目に変わった葵は、ゆっくりと呼吸を整える。鳴海がそっと見守る横顔には、信頼と期待が混じっていた。
葵が放ったボールは、まるで意思を持ったかのように滑り、途中で鋭く右へ曲がった。
「……!」
ボールは6番ピンの右端を弾き、跳ね返ったピンが4番と7番をまとめて吹き飛ばす――
「やったぁーーーっ!!!」
場内が爆発したような歓声に包まれ、男性たちがハイタッチを求めて駆け寄る。鳴海も拍手を送り、柔らかく微笑んだ。
「……最高の一投だったよ、葵ちゃん。」
「えへへっ、夏ちゃんにそう言われると、なんか照れる!」
笑い合う二人に、四人組の男性たちが「サバゲもこんな風に決めたいわー!」と声をかける。勝負の緊張と歓喜が、ボウリングとサバゲを繋ぐように場を包んだ。
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<狙え、ストライク!>
歓声が収まると、四人組の男性たちが葵と鳴海のところへ寄って
「マジですごかったっす! でも、全然ストライク取れないんですよ……!」
「そうそう、たまにピンが残っちゃって……スペアも難しくて……!」
葵は楽しそうに両手を振った。
「じゃあ、ちょっとアドバイスするよ!」
「おおっ、お願いします!!」
葵はボールを片手に軽くスキップして見せる。
「まず、ストライクを取るコツは、ポケットを狙うことだよ! 右投げなら一番ピンと三番ピンの間! 私のバックアップ投法なら、一番ピンと二番ピンの間を突くんだ!」
「そして遠くのピンではなく、手前のマーク(スパット)を狙うこと。」
「スパット……なるほど……!」
鳴海が静かに後ろから補足する。
「大事なのは、立ち位置を固定する。足元の丸い印を目安にするの。そしてスタンスと助走のバランス。リリースの瞬間に力を入れすぎず、自然に握手するように腕を振るの。」
「スパットは通っているのにボールがピンの左にズレる時は立ち位置をミスした方向に板目1~2枚分ずらすの。」
「それ、サバゲで敵に狙いをつける(エイミング)ときの感覚と似てるよ。」男の一人が言った。
「おおおーっ! めっちゃ分かりやすい!」
男性たちは顔を見合わせて盛り上がった。
「スペアはどうしたらいいっすか?」
鳴海が少し前に出て、指でレーンをなぞるように動かした。
「スペアは“当てる角度”が全て。残ったピンを細かく見て、薄く当てるか厚く当てるかを考えるの。右に残ったピンには左から、左に残ったピンには右から角度をつけて狙うといいよ。」
「スプリットは……?」
葵がにこっと笑って、両手を広げた。
「スプリットはね……運と根性と気合いと、あと奇跡っ!」
全員が吹き出し、笑い声が響いた。鳴海も思わず口元を押さえて笑った。
「でも、今日の葵ちゃんみたいに、攻める気持ちを忘れないのが一番大事だよ。」
「……夏ちゃん、かっこよすぎる!」
葵がぽつりと言うと、鳴海は少しだけ頬を赤くし、そっと視線を逸らした。
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<ファンデーションの攻防>
そして、迎えた9フレーム――「ファンデーションフレーム」と呼ばれる勝負の決め所。ここでストライクを決めるかどうかが、ラストフレームの流れを左右する。
葵の顔に緊張と高揚が混ざった笑顔が浮かぶ。
「よーし……いっくよーー!!」
助走、そしてスムーズなリリース。ボールは左に膨らみながら右へ切れ込み、ポケットをえぐる。
ガシャァァァン!
「よっしゃーーー!!!」
鳴海も深呼吸をしてから歩みを進める。その優雅さは静かな戦士のようで、観客の息が止まる。
ボールがレーンを滑り、最後の瞬間に切り込む。
ガシャァァァン!
鳴海は小さくガッツポーズをした。
「さすが、夏ちゃんー!!」
「ふふっ、葵ちゃんも負けてないよ。」
その頃、四人組の男性たちも、まるでシューティングマッチの決勝のような集中で投げ込んでいた。
「外せない……ここで決める!!」
「当たれ……!」
全員の体からは汗がにじみ、呼吸は浅くなる。
ボウリングもサバゲも、究極は「狙う」ゲーム。
熱気と鼓動が、フロアを一つにしていた。
「夏ちゃん、次で決まるね!」
「うん、最後まで全力でいこう!」
勝負は、最終フレームへ――。
<挑戦者の絆>
ついに、最後のフレームが始まった。
「よーし……これが最後だよ、夏ちゃん!!」
葵は深く息を吸い込み、指先に全神経を集中させる。視線は真っ直ぐピンの先へ向かい、その笑顔には強い決意が宿っていた。
助走から放たれたボールは、華麗な曲線を描き、ポケットへ勢いよく突き刺さる。
ガシャァァァン!
「よっしゃーーーっ!!!」
歓声が沸き起こる中、葵は続けて二投目を投げる。ボールは迷いなくレーンを駆け抜け、再びポケットを射抜いた。
ガシャァァァン!
「いける……!」
そして、三投目。葵の目には光が宿り、指先が震えるほどの緊張感が走る。助走、リリース――しかし、そのボールはわずかにラインを外し、7ピンが残った。
「うわっ、9本……!」
葵は思わず口を押さえたが、すぐに顔を上げ、誇らしげに笑った。
スコアは276点。あともう少し――しかし、その表情には達成感と挑戦者の誇りが輝いていた。
「……最高だったよ、葵ちゃん。」
鳴海が静かに声をかけ、葵の肩に手を置く。葵は嬉しそうに頷き、大きく息を吐いた。
「夏ちゃん、次はあなたの番だよ!」
鳴海は無言でうなずき、ゆっくりとボールを持ち上げる。場内の空気は一気に張り詰め、誰もが息を止める。
一投目――流れるようなフォーム、美しくしなやかなスイング、鋭く切り込むボール。
ガシャァァァン!
二投目――完璧な軌道、静かな集中、無駄のない動き。
ガシャァァン!
三投目、最後の一球。鳴海の瞳は研ぎ澄まされ、氷のような冷静さと炎のような情熱が同時に宿る。
助走、リリース――そのボールは、究極のラインを描いてポケットを突き刺した。
ガシャァァン!
「……パンチアウト!」
鳴海は静かに拳を握り、微笑みながら小さく頷いた。
場内は爆発したような歓声に包まれ、誰もが叫び、拍手を惜しまなかった。
「夏ちゃん……パーフェクト、おめでとう!!」
葵が涙交じりの声で叫ぶ。鳴海はその言葉を受け止め、そっと微笑んだ。
「ありがとう、葵ちゃん。全力で投げ切れた。」
力強く手を握り合う二人。そこには勝ち負けを超えた絆と、互いを高め合う友情があった。
四人組の男性たちも大声で叫び、仲間同士で抱き合い、笑いと涙でいっぱいだった。
「やったー!! オレらも最高点出たぞ!!」
「これ……一生忘れられねぇな!!」
場内は笑顔と熱気に包まれ、誰もが幸福な余韻に浸っていた。
葵はふとバッグをまとめようとし、スマホが震えた。
――LINEの通知。
^《マスター((喫茶店Ayuzoroy))》
「明日、お店に来て!」
「……あ、マスターだ!」
鳴海がスマホを覗き込み、首をかしげる。
「誰?」
「いや、知り合いから。」
鳴海は小さく微笑む。
「何か面白い話じゃない?」
そう言って、二人は顔を見合わせ、笑い合った。
挑戦者たちの物語は、まだ続く――。
主には個人技を鍛えるが、時にはチーム戦もある。そこで養われる戦い方はサバゲと変わらない。
葵がプロボウラーとして腕を磨く別の方法、サバゲとどう向き合っていくか。




