絆
大会へ向け練習に熱が入るのとゲーム会参加のRagdollの忙しない日々。
そんなチームにも亀裂が入るが・・・
第10章【絆】
<4マンセル>
「喋らずに合図を送る時は、肩に手を置いてアクションで指示を出す」
龍崎は麻耶の背後に立ち、実演してみせた。
軽く肩に手を添える。押す。麻耶が前進する。
引くと後退。
そしてグッと押さえ込むと、麻耶はしゃがんだ。
「このように、声を出さずに操作できる。密着していれば、小声で済むし、敵にも気づかれにくい」
「実際のサバゲでも、意外とみんな“声”でやり取りして、動きをバラしているんだ」
葵が手を挙げた。
「ハンドシグナルは使わないんですか?」
龍崎は頷く。
「必要に応じて使うが、今はまだ覚えなくていい」
葵は少し残念そうに、「格好いいのに……」とつぶやいた。
「映画じゃないからな。そのうち教える」
龍崎は声を引き締めて続ける。
「こないだ教えた通り、ルームエントリーだ。
左右から分かれて突入するクロスオーバーエントリー、
同じ側から順に入るフックエントリー。
広い開口部や大部屋では、バタフライも使う」
龍崎は一つ一つ、実演してみせた。
「そして、部屋に入ったら――必ず左右の壁際を進め」
「室内中央に敵がいるのと、壁際に敵がいるのと、
どっちが脅威だと思う?」
凛「中央!」
麻耶「壁際!」
葵「どっちもヤダ!」
笑いが起きる。
龍崎はうなずいた。
「中央は一見すると怖いが、左右に分かれて突入すれば包囲できるし、敵は追い撃ちになる。
だが、壁の奥に潜む敵は、こちらが真っすぐ進むしかない。だから危険だ」
未来が、ふと思い出したように言った。
「アメリカのSWAT訓練でも、“中央に入るな”って言ってたわ」
凛が目を丸くする。
「未来さん、詳しい!?」
未来は照れ笑いを浮かべた。
「いや、TVでケイン・コスギがSWAT体験したやつで見ただけよ」
葵が首をかしげる。
「ケイン・コスギって誰?」
「センチュリー21のCMの人じゃない?」
と麻耶が助け舟を出す。
未来はドヤ顔で言った。
「ファイトー! 一発!」
凛と葵は完全にポカンとしている。
世代のギャップを感じながら、場は再び笑いに包まれた。
最後に龍崎が補足する。
「ちなみに、ダイナミックエントリーでは、
奇数番手が左、偶数番手が右に入るのが基本だ。
ヨーロッパの一部部隊では前が入った反対側に入る方式もあるが――
要するに前が右に入ったら、次は左に入るということだが、
日本人は“型”を守る方が合ってる。この方式で覚えろ」
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その後はひたすらに、ドアエントリーの反復訓練。
ステルスでの進入、フックの動き、クロスオーバー、そして即時のカバーリング。
4人の身体は、動きを覚え始めていたが――
やはり、“突入”という行為には、心が追いついていなかった。
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夕暮れ、練習が終わったとき。
4人はフィールドの隅で、ぐったりと座り込んだ。
「……帰る気力もないや」凛が脱力気味に言う。
「突入って、思った以上に怖い……」麻耶が肩で息をする。
「すごい接近戦よね……現実味が湧いてきた」葵も小さく笑う。
未来が水を飲みながらつぶやいた。
「サバゲだから格闘はないけど、本物なら命がけよね……」
それでも。
誰も「やめたい」とは言わなかった。
「ひたすら練習するしかないわね!」
「うん、お疲れ様ー!」
笑顔と疲労が混じる表情で、4人はそれぞれ帰り支度を始めた。
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<フォーメーション>
初めてのトレーニングから数か月が過ぎた。
4人の表情は明らかに変わっていた。
「よし――今日はテクニックと戦術奥義を追加する」
場の空気がピリッと引き締まった。
「まずドアエントリーだ。教えた通り、奇数が左、偶数が右だな」
彼は指をさして言う。
「三番手、麻耶! お前、動きづらく感じてないか?」
「うん……なんか、スムーズに中に入れないんですよね」
「そうだろ。じゃあ、答えはフォーメーションだ」
猛は歩きながら解説した。
「一番手が左、二番手が右、三番手は再び左。そのとき、二番手の後ろを通るように入るが……」
麻耶が首をかしげた。
「それだと二番手の射線に被ることもあって、つい止まっちゃうんです」
「正解だ」
猛はうなずいた。
「じゃあどうするか。スタック状態――つまり、縦一列で密着した状態で前進するとき、
左手を前の人の肩に添え、その関節のくぼみに銃を載せる。軽くでいい」
麻耶がやってみると――
「……あっ、すごい……スムーズに動ける!」
凛と葵が慌てて近づいた。
「え? 何? 何それ!? 教えて教えて!」
「これがテクニックってやつだ。すご技だろ?」
4人は笑いながら頷いた。
「さて、未来。お前はリアセキュリティ、つまり四番手だ」
猛は指差しながら続ける。
「基本はチームの最後尾で後方を守る。
CQBではそれが仕事だ。スナイパーとしての役目とは違うが、
退却時や後進時には“先頭”にならなきゃならん」
「……信頼できる人にしか任せられない」
未来は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「麻耶、お前は三番手。チームリーダーだ」
「えっ、わ、私が……?」
「そう。バディシステムは2人で動く構造だから、4人チームは2対2に割れやすい。
だから、中央にいる“三番手”がリーダーになるのが理にかなってる」
「私の経験じゃ、3マンセルがいちばん動きやすかった。
本場SASは4人、豪SASは5人。
サバゲなら3人が理想形だ。離れにくいし、連携が濃くなる」
猛は手を挙げながら、役割を指で示した。
「一番手――前方索敵:ポイントマン
二番手――援護とカバー:セカンド
三番手――判断と命令:チームリーダー
四番手――後方警戒:リアセキュリティ」
4人が一斉にメモを取る。
「これが基本のフォーメーションだ」
「……ここまでできたら、戦術奥義を教える」
猛は、模擬廊下の角に4人を配置した。
「一番手はアーバンプローンで伏せ、二番手はハイニーリング、
三番手はスタンディング、四番手は後ろで警戒」
「こうやって構えると――角の向こうをトリプルガンでロックできる。
普通は2人だが、こっちは“数の原理”で圧をかける。高低差もつけてな」
「このやり方を教えてるインストラクター、俺以外に見たことがない。
……まぁ、普通はサバゲでここまでやらんけどな(笑)」
4人は何度も番手を交代しながら、角での制圧姿勢を繰り返した。
汗が滴り、動きが鈍ってきても、誰一人弱音を吐かなかった。
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その夜。
「……今日もグッタリ……」
葵が椅子に沈み込んだ。
「でも、なんか自信ついてきたよね」凛がパフェをすくいながら言う。
「みんなと動くの、前よりズレない」麻耶が小さく微笑む。
「私は……ちゃんと後ろを守れるように頑張るわ」未来が静かに言った。
4つのスプーンが、パフェグラスの中を音を立ててすくっていく。
龍崎も新メニューで腕をあげてた。
サバゲでも、チームでも。
甘さと苦さの混じる戦場が、少しずつ彼女たちを育てていた。
<コードネーム>
全国サバゲ大会――
その開催要項が公式に発表された。
前半はアウトドア戦、そして準々決勝からはインドア戦。
両方を戦い抜かないと、全国の頂点には立てない。
それを受けて、麻耶が言った。
「じゃあ、また野戦やろうよ! アウトドアで!」
ちょうどその時、猛が一枚のフライヤーを見せた。
「知り合いがちょっと特殊なゲーム会をやる。千葉のエリア56っていうフィールドだ。出てみるか?」
フィールド名を聞いて、未来が「聞いたことある」と小さく呟く。
「今回は、特殊部隊系のグループばかりが集まる。無線機必須の森林戦だ。練習には持ってこいだぞ」
凛が目を輝かせる。
「無線機!やったー!映画みたいにコードで呼び合うやつ!」
麻耶も便乗する。
「アルファ、ブラボー…そういうやつね?」
「私、ブラボーとベーター間違えそう…」葵がぼやいて笑いを取る。
ふと未来が提案した。
「ねぇ、私たちもコードネーム決めたらどうかしら? 本番の大会で呼び間違いが減るし、気分も上がるわよ」
凛がすぐに乗った。
「賛成ー!カッコいいやつがいい!映画っぽいの!」
猛も頷いた。
「いいと思う。呼び捨てや“さん”付けしてると、どこかで遠慮が出るだろ?
年齢も関係なく、戦う仲間として“呼びやすい”ってのは、大事なんだ」
「チーム名が“Ragdoll”なんだから、猫系で統一してみたらどうだ?」
4人はそれぞれ、自分に合った猫の名を考えることにした。
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「ところで、師匠は?」麻耶が尋ねた。
「俺は“オルカ”と呼ばれてたよ。ORCA――海の王者、シャチだな」
「マウスリーダーってのもあったけどな。BMのときは」
未来が微笑む。
「オルカ……獰猛だけど、仲間思いで、知恵があって、情にも厚い。
まさに師匠って感じですね」
その言葉に、猛の瞳がかすかに輝いた。
「……そんなふうに言われたの、初めてだな」
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全国大会まで、残り3ヶ月。
Ragdollの4人は、さらなる進化へ――。
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<猫の名を持つ戦士たち>
喫茶店「Ayuzoroy」。
いつものトレーニング前、4人はカウンター前に集合していた。
凛が胸を張る。
「コードネーム、決めてきましたっ!」
「僕は“リンクス”!オオヤマネコ!耳の毛がピンって立ってて、すっごく可愛いんだよ!」
「可愛いけど獰猛なとこが凛らしいわね」と未来が笑う。
「私は“セラ”にしたわ。セルカークレックス。
くるくる巻き毛が特徴の猫で、性格は優しくてどっしり落ち着いてるって…なんか自分に合ってる気がしたの」
「未来さん、さすが深いわねー」と凛が拍手。
麻耶が肩をすくめながら口を開く。
「私は“オセロット”で。ジャングルに生きる野性味があるの、ちょっと惹かれたのよね」
「麻耶さんっぽい!野性味あって都会でも強い女!」と葵がウケた。
そして、最後に葵が手を挙げる。
「私は“バーマン”にしたよ。白い手袋つけたみたいで、神聖な猫って呼ばれてるらしい。
ボウリングのとき手元命だし、縁がある気がして」
「バーマン!おお!覚えやすいね」
4人は、自分のコードネームを照れながらも誇らしげに呼び合った。
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「いいな。名は力になる。コードネームってのは“意識”を変えるんだ」
猛はニコリと笑った。
「これからは訓練中、それで呼び合え。無線でもだ」
そして、無線訓練が始まった。
トランシーバーの基本操作から、音量調整、送受信の間隔、そしてクリアな通話方法。
猛が言った。
「最初に“コールサイン”、次に“内容”、最後に“了解”だ。基本はそれでいい」
「リンクスよりセラ、敵影なし、東ルートクリア」
「セラ、了解」
「バーマンよりオセロット、リロード中、カバー頼む」
「オセロット、了解、前に出る!」
まるで映画の一場面のようだった。
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その日のトレーニングでは、林間の障害物コースでのバディムーブと無線支援の連携を反復した。
未来――セラは、後方支援と索敵。
麻耶――オセロットは前線の指揮。
葵――バーマンは援護と連絡。
凛――リンクスは突破役。
それぞれが“自分の任務”を持つようになっていた。
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休憩時間。リンクスが真顔で聞いた。
「師匠はORCAだったって言ってたけど……いつからその名前に?」
猛は少し黙ってから、言葉を探すように答えた。
「BMの前にORCという別チームがあってその時に付けたんだ。
オルカとOmega Rescue Corps(最終救出グループ)と引っかけてな。
BMとは違ってアウトドアフィールドが主で活動してたんだ。
ORCもBMも長年作り上げたがどちらも自然とフェードアウトしてしまった。
猛は思い出したように遠くを見つめて黙ってしまった。
空気がしんと静まる。
でも凛――リンクスが言った。
「じゃあ、僕たちは最後まで守って下さいね。」
猛はふっと小さく笑った。
「違う。
いつか、俺を置いて走り回るんだ。」
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4人の猫たちは、それぞれの役割を身につけ、
自分のコードネームを通して、“戦士”へと近づいていった。
全国大会まで、あと2ヶ月半。
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<森林戦ミッション>
千葉県――エリア56フィールド。
鬱蒼とした森林と人工のバリケードが入り混じり、迷路のような広さを誇るアウトドア戦場だ。
主催の声がけで、60名近くの猛者たちが集結していた。
麻耶たち4人は受付を済ませ、テントエリアの一角に陣取った。
「なんかみんな……ごっつい装備ね」葵が周囲を見回す。
「特殊部隊の展示会みたい」と凛が笑う。
「この中に、本職の人もいるのかな?」
麻耶が小声で言うと、未来が肩をすくめた。
「いても、見分けなんてつかないわよ」
猛が静かに口を挟む。
「いたらラッキーだ。動きや連携は、最高の教科書になる」
そして少し声を落とした。
「ただ……単独ならいても、チーム単位ではまずないだろ」
「なんでー?」凛が首をかしげる。
「公に出るのはマズい。普通はな」
そう言いながらも、猛の目はある一チームに留まっていた。
無駄口を叩かず、目立たぬように静かに準備を進める連中。
その佇まいに、現役や退役の匂いを感じ取ったが――黙っておくことにした。
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開会の挨拶で、主催者とフィールドオーナーが登場した。
「龍崎さん、お久しぶりです。まだ現役なんですか?」
「いやいや、とっくに引退だよ。今日はBMの妹チーム“Ragdoll”の子守役だ」
「こちら、エリア56オーナー。そしてこちらは龍崎さん」
「ああ、インドアの!伝説のインストラクターさんですか!」エリア56オーナーが笑顔で言った。
凛が葵に小声で囁く。
「伝説だって……師匠ってそんなにすごいの?」
「さぁ?」と葵。
麻耶が笑って言った。
「インストラクターだけじゃなく、業界のレジェンドなのね」
未来だけは黙々とマガジンにBB弾を詰めていた。
昨晩、娘との喧嘩を引きずり、心の奥が波立っていた。
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特殊ルールの説明が始まった。
「今日は司令無線の指示のもと全員が動く。映画『ブラックホーク・ダウン』のように、司令部が全体を統制する」
午前中のゲーム――
青チームとなったRagdollは、仲間との連携と無線指示に従い、見事フラッグ戦に勝利した。
昼休憩。青チームの仲間から称賛の声が飛ぶ。
「女性4人の特殊部隊だって!」
「あの装備、パチもんじゃないぞ!」
「さっきの横隊フォーメーションからの援護移動、初めて見た!しかも女性だけで!」
「俺たちでもあんな技術やったことない!」
ひとりのゲーマーが話しかけてきた。
「さっきの動き、どこで覚えたんです?もしかして本職?」
麻耶は微笑んで答える。
「ああ……コンタクトドリルですか?師匠から教わったんです」
「師匠って?」
凛が指差した。
「あの、頭がザビエルみたいなおじさんですよ」
「それ禁句!」葵が突っ込む。
すると、例の無口なチームの視線が猛に注がれた。
彼らの動きは、Ragdollと酷似していた――そして、やはり猛の勘は当たっていた。
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午後。勝敗は拮抗。
Ragdollはアウトドアコンタクトドリルを駆使し、未来の狙撃援護でガンガン前進する攻撃的戦術を展開。
時にはサークルディフェンシブで陣地を死守し、攻守の切り替えも速かった。
夕暮れ、すべてのゲームが終了。
「龍崎さんのチーム、すごいっすね!」主催者が感嘆の声を上げた。
「赤チームの猛攻を4人で耐えきるなんて!」
「無線指示が的確だったからですよ」麻耶。
「味方の援護爆撃要請を却下したのには笑った」凛。
「リアルな雰囲気が楽しめました」葵。
未来は朝と同じように静かに片付けていた。
頭の片隅には、帰宅後に待つ娘との確執がちらつき、疲れを増幅させていた。
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帰り道のワゴン車。
運転席の猛以外、4人は揃って深い眠りについていた。
森林の風、銃声、無線の声――そして一日の緊張感が、
すべて夢の中で溶けていった。
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<Ragdollの危機>
森林戦から数日後――
Ragdollの訓練日は、珍しく二人だけだった。
「……今日は凛と未来、来ないの?」葵が首をかしげる。
麻耶は短く息をついた。
「凛は連絡が取れたけど……未来さんは家庭のことで揉めてるみたい。娘さんと。
それで、チームの空気も少しギクシャクしてきちゃって」
実は前回のSEALS戦の帰り、未来は凛と小さく口論になっていた。
原因は単純――未来の家庭事情に配慮して作戦を早退モードにしたこと。
だが未来は「私のせいでチームが制限されるなんて嫌」と受け取ってしまった。
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状況はさらに悪化した。
未来は連絡を返さなくなり、凛は「未来さんに嫌われたかも」と訓練に顔を出さなくなった。
残ったのは、葵と麻耶の二人だけ。
麻耶は頭を抱えていた。全国大会まで残り2ヶ月、練習が崩壊しかねない。
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その日、喫茶店「Ayuzoroy」に猛が一人の男を連れてきた。
「紹介する。経営コンサルタントの**猫山二矢雄**さんだ」
長身で黒縁メガネ、落ち着いたスーツ姿。だが眼光は猫科のように鋭い。
「Ragdollの話は聞いています。人間関係もチームワークも“組織”の一部です」
二矢雄の声は低く、しかしどこか安心感を与える響きがあった。
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二矢雄は、二人にこう言った。
「チームとは、メンバー全員が同じ方向を見るから成立します。
ただし、全員が同じペースで走れるわけではない。
だから――速い者は後ろを振り返り、遅い者は前を信じてついていく。
その“信頼の循環”が切れたとき、崩壊は始まるんです」
麻耶は、まさに今のRagdollの現状だと思った。
「具体的にどうすれば……?」葵が尋ねる。
「まずは対話の場を設ける。直接ではなく、互いに相手の話を“最後まで”聞くルールで。
次に、チームとしての目的の再確認。
勝つためなのか、楽しむためなのか。目的が共有できれば、やるべきことは見える」
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翌日から、麻耶は奔走した。
未来の家の近くまで行き、手紙をポストに入れた。
凛には電話だけでなく、SNSのメッセージで「あなたが必要」と伝え続けた。
3日後――
喫茶店の奥のテーブルに、全員が顔をそろえた。
二矢雄が軽く頷き、ミーティングが始まった。
未来は、娘との確執で心の余裕がなかったことを正直に話した。
凛は、自分が気を遣いすぎて逆に距離を作ってしまったと謝った。
葵は、「みんなでやらなきゃ意味ない」と真っ直ぐな言葉を放った。
沈黙の後、麻耶が言った。
「全国大会で、Ragdollが4人揃って戦う姿を、みんなで見たいの。
勝っても負けても、それが私の目標」
未来が、凛を見た。
凛も、未来を見た。
そして――小さく、笑った。
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猫山二矢雄は満足げに言った。
「これで“信頼の循環”は戻りました。
あとは、皆さん次第です」
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練習再開の日。4人は以前より声を掛け合い、笑顔も増えていた。
チームは再び走り出した。
全国大会まで――残り1ヶ月半。
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<それぞれの訓練>
仕事を持つ社会人ゆえに、毎週のように4人が揃うわけではない。
だが、それぞれが「Ragdoll」の一員として、出来る限り時間を捻出し、個別に喫茶店「Ayuzoroy」地下フィールドで訓練を積んでいた。
師匠――龍崎猛の元で。
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<一番合戦葵の場合>
その日、平日午後に一人現れたのは、ボウリング帰りの葵だった。
ハンドガンのドローは上達したが、素早く正確なダブルホールドがなかなか決まらない。
猛は一言、「じゃあ、こう構えたらどうだ?」
彼は左手を胸に当てる代わりに、身体の中心で両手を合わせるポーズを取った。
「“拝み”するんだ、仏様を拝むようにな。
その拝みに銃を持った左手を持っていくと自然にダブルホールドになる」
葵が真似てみる。
あら不思議、さっきまでできなかった動作が滑らかに、そしてスムーズに繋がった。
「すごーい!目から鱗!」
猛は頷く。「トランジッションでも応用できる。
サブマシンガンを後に回して、“拝み”でハンドガンをドローすれば同じ動作になるだろ?」
ボウリングでも歩数を変え、フォームを崩さずリリースする技術がある。
葵の中で、タクトレとスポーツの感覚が一つに繋がった瞬間だった。
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<渡辺未来の場合>
夕方、仕事帰りに現れたのは未来だった。
娘との会話を引きずったまま、スナイパーライフルのVSRを手にする。
「呼吸と合わせるんだ。静かに吸ってー……吐いてー……撃つ」
猛の声が、未来の頭の中で騒がしい感情を静めていく。
「俺は古いから、“吐いて止めて撃つ”けどな。真似しなくていいよ」
未来は照準を合わせ、スコープのダイヤルをクリックで微調整し、静かに一発を放つ。
冷静と集中力が彼女の武器だと、猛は知っていた。
この時だけは、娘との確執も、職場のストレスも消えていた。
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<進藤麻耶の場合>
別の日、麻耶が現れた。
「師匠、あの“ライズアップシューティング”を教えて下さい!」
それは猛が考案した特殊な射撃法だった。
伏せた体勢からスムーズに立ち上がりつつ、サブマシンガンMP5A4で瞬時に射撃体勢に移る。
「違う!手首じゃない、肘を使うんだ。
バレルの延長線上でターゲットを捕らえるんだよ」
何度も何度も繰り返す麻耶。
出来そうで出来ない、だが確実に進歩していた。
「また時間できたら来ます」
「いつでも待ってるよ」猛は短く応えた。
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<石見凛の場合>
そして、ある夜は凛だった。
「師匠、MP5のリロードが上手くいかないんですよ〜」
猛は実演して見せた。
「新しいマガジンを取り出して、古いマガジンに添えるようにして取り出す。
抜いたらそのまま新しいマガジンを差し込むんだ」
凛は頷く。「ハンドガンのリロードも……マグポーチを左にしてますけど、なんか取りにくくて」
「右でも構わないさ。ホルスターが右にあるんだから、取りやすい方でいいんだ」
基本を知った上で、自分のスタイルに合わせてカスタムしていく。
これが猛の教えだった。
凛も、また一歩レベルアップした。
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訓練が終わった後、猛は「Ayuzoroy」の厨房で、夏の新メニュー「ロールアイス」の試作をしていた。
見た目の美しさ、口に溶ける滑らかさ、そして戦場とは違う“癒し”の味。
それは、師匠が自分自身と向き合う時間でもあった。
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大会まで、あと2回――
Ragdollの時間は、確実に進んでいた。
<アウトドア戦の心得>
「いいか、アウトドア野戦では基本は伏せるんだ」
猛の声が、静かなフィールドに響く。
凛が眉をひそめる。「戦闘服は汚れても洗濯できるけど、タクティカルベストや装備がなぁ…」
「プレートキャリアなら通気パネルを付けると良いな」
「気持ちはわかるが、勝ち抜くのに汚いとか言ってられないだろ?」猛はきっぱり言う。
「頭が高いから、みんな撃たれるんだ」
彼は少し懐かしそうに笑った。
「昔はスタートから草むらに伏せて、フラッグまで匍匐前進したもんだ」
「ダルー!」葵が笑いながら肩をすくめる。
「師匠は自然の中でゲームやってたんですね?」麻耶が興味深そうに聞く。
「今みたいに有料フィールドは無かったからな。河川敷や山の中だ。人工じゃなかったから、自然は面白かったぞ」
猛は再び真顔に戻る。
「とにかく伏せて、周りをゆっくりサーチするんだ。見えたら勝機はある」
そしてニヤリと笑って言った。
「距離もあるから、当たらなければどうってことはない!…byシャア・アズナブル」
……しかし、笑ったのは猛だけだった。
「アウトドアでは迷彩服、インドアでは黒服で、装備の色合いも合わせるのが一番だ」
「趣味にはお金かかるー」凛がため息をつく。
「ムリない範囲でな」
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<チームの新たな象徴>
「未来、例の物を…」
「はい、みんなー、出来たわよ。チームのパッチ」未来が小さなケースを開ける。
「おー!」凛の声が上がる。
「いいわね」麻耶が手に取る。
「キレイ」葵も頷く。
青く光る猫のシルエットと「Ragdoll」の文字。
「蛍光だから暗闇で青く光るの。仲間の識別に使えるわ」未来が説明する。
「逆に敵からもわかりやすいから気をつけろ」猛が現実的な注意を添えた。
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<次なる課題>
「さてと、次回はローライトテクニックだ」
「えー!暗闇もテクニックあるんだ」凛が目を丸くする。
「ラウンドワンでも照明落としてボウリングやるのあるよ」葵が軽口を叩く。
「ウェポンライトとハンドライト、両方必要ですか?」未来が確認する。
「あるほうが良いな。せっかくだから蓄光弾も使ってやろう。お財布が厳しい人は言ってくれ、俺が少しは準備しておく」
四人は、まだ真の暗闇の怖さを知らないまま、次回の訓練を楽しみにした。
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ローライトテクニック
「今日はローライトテクニックだ。」
猛の低い声が、照明を落としたフィールドに響いた。
四人の前に置かれたのは、大小さまざまなハンドライトとウェポンライト。闇の中で、金属の輪郭が鈍く光っている。
「ライトを点けるタイミングは、明るい場所から暗い場所へ入る、または覗く時だ。むやみに点けるなよ。」
まずはハンドライトの持ち方から始まった。
猛が構えを示す。
「これがハリステクニック。腕と腕を交差して銃口先を照らす。一番一般的だな。
ロジャーステクニックはダブルハンドに近い形で、トリガーの前にライトが来る。だが、どちらも銃口に近いぶん、撃たれたら自分の身体に当たる可能性が高い。」
未来が眉をひそめた。「……怖いですね。」
「ネックハンドは首の近くで照射、FBIモディファイドは身体から離して自由な位置から照らす。廊下の検索にも向くし、被弾率も下がる。だが銃は片手持ちになり、照射ラインも合わせにくい。
だから、検索ならFBIモディファイド、狙撃するならハリス。これが俺のおすすめだ。」
暗がりの中、四人は順番に試す。
凛が照準を覗き込みながら苦笑する。「ワンハンドだと狙い通り当たらないー。」
麻耶は嬉しそうに言う。「ハリステクニック、映画でよく見るやつだ。やりやすいわ。」
葵はライトのスイッチを弄びながら呟く。「ロジャースは、ライトの形状に左右されるな。」
未来が手を止めた。「リロードはどうするんですか?」
「いい質問だ。」猛が指にリングを掛けて見せる。「こうすれば手放さずに済む。」「パラコードで輪っかを作って指に掛けるのも有りだ。」
その後も猛は、天井照射による室内把握や、ライトを点けるべき場面・点けないほうが良い場面を実演して見せた。
「明暗を読むのがローライトのコツだ。例えば——葵、あの薄暗い電灯の下に立ってみろ。」
指示通り立つ葵を、他の三人は見つけられない。
「いない……」
「ここにいますよ。」
未来が目を丸くする。「影に入ってる……だから見えないのね。」
「そうだ。動かず待つほうが有利な時もある。」
休憩の合間、猛は昔の話を始めた。
「真っ暗闇の建物内で敵五人を足止めしてな。背後に忍び寄って『後ろから敵が来てます!』って言ったら、奴らは引き返して狭い通路に固まった。そこにライトを照射——一発も撃たずに一網打尽だ。」
四人は笑いながらも、その動きのイメージを頭に刻む。
訓練後半、猛は全員を闇の中で翻弄した。いつの間にか背後に回られ、横に並ばれ、正面からストロボを浴びせられ、一瞬で全員が撃ち倒される。
悔しさと興奮で、時間を忘れての訓練が続いた。
最後に猛は言った。
「どうだ? ローライトは怖いだろ? だが真っ暗闇——ノーライトは逆に怖くない。互いに見えないからな(笑)。
CQBでは、四人組——4マンセルを崩すなよ。」
四人の呼吸は乱れていたが、その瞳は、暗闇よりも強く光っていた。
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本作で第10章となります。当初よりタクティカルトレーニングでかなりボリュームが増えてしまった。
次回より全国大会予選が始まり、物語はクライマックスへと近づいていきます。




