睥睨する女
窓ガラスを通して差し込んできた光に目を細めると、女は何気なく、手元にあった地球儀を回した。
くるくると回転する地球儀をよそに、女がいつもの場所に戻ると、壁に日差しがあたって模様ができているのに気付いた。
ちらちらと動くその日差しをじっと見つめてから、女はビニール袋の中にあった菓子パンをほおばった。
日差しはまるで何事かを語りかける顔のような形をしており、外に干した洗濯物が晩秋の風に揺れるたびに、口元がぱくぱくと動くのであった。
まあ、なんと悪魔的なことか──。
オニオンチーズパンを食べながら、女は現実で見えている世界に想像を重ねてみる。
壁にあたった日差しがしゃべりかけてくるなどと言ったら、余人には頭がおかしくなったかと疑われることだろう。
小さい子供や猫などが、ときどき何もない壁に見入ることがあるらしいが、意外と真相は似ているかもしれない。
大人にとって「なにもない」だけで、子供や動物には何かが見えている。
それは大人の考えるような、死んだ人の霊や怨念のような恐ろしいものに限らず、光やプリズムであったり、小さな虫であったり、自分の眼球を滑り落ちていく埃の影であったりもするのだろう。
大人は「なにもない」と認識しているから恐れるだけで、実際に話を聞くことができれば、案外「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なのではないか。
小さな子供や猫に理由を聞けるわけではないから、幽霊のままになってしまうというだけのことだ。
女は壁から話しかけてくる日差しをただじっとながめて、そのようにどうでもいい理屈を与えた。
すると、壁にあたった日差しはその考えに抗議するように、ぱくぱくと激しく動くのだった。
光や風、季節など、自然現象はときに自己主張をするが、その一つだろう。
パンを食べ終えて唇をぬぐうと、女はとうに回転の止まった地球儀をながめた。
まわる地球をながめているようなものである。
別れ話のこじれた相手に「待っている」と人伝に言われたことを思い出す。
待たれても困る。なにより、本当に「待っている」のか、真相もわかりはしない。
決して許すことはないが、女の存在を忘れたのであれば、彼を恨むことはしないだろう。
それは、相手にとっては「なにもない」壁に恨みを映し、恐れさせるようなものだ。
覚えていない相手に言っても仕方あるまい。
しかし万が一、覚えているならば──と、女は再び目を細めた。
彼が覚えているならば、恨む。
だから「待っている」というのが本当でも、女が会いにいくことは、決してないだろう。
ともにあった日々の中には楽しかったこともありはしたが、それ以上の不快な出来事や被害が、あまりにも多くなってしまった。
直接かどうかは知らないが、原因ではある。
なにより、交際中はさんざん待たせて何度もデートをすっぽかしておいて、今になって「待っている」とは──。
壁にあたっていた日差しを見ると、風で洗濯物の向きが変わったのか、すでに顔は消えていた。
「遠いところで、お幸せに」
これは情なのかもしれないなと女は薄く笑って、自分の見ている世界を睥睨した。




