【0-7】友達
授業も終わり、寮の部屋で寛いでいるアテーナは、何か忘れていることがあるような気がして、中々に寝付けなかった。
ベッドの上で右往左往に転がり、頭を悩ませていると額に本の角が当たる。
顔をしかめながら、本を手にとって開き始めると、のめり込んでページを捲り始めた。
本の世界にのめり込み、文字の列を追いながら頭の中で世界を想像する。集中しているアテーナには、もはや余計な考えは生まれなかった。
ふと、本を読んでいる手が止まった。物語は、剣の師匠である主人公が弟子と戦い、認めるシーンだ。
師匠、弟子、剣。
アテーナはそれらの言葉にハッと息を呑んだ。そう言えば、自分はアーサーを弟子にするのだ。
最近はアーサーと仲を深め、昼食を共にしたり授業は常に共に出ているのだが、すっかり忘れていた。
「でもアーサーは魔剣を出さないんだよなぁ」
魔剣学や実践魔剣学の授業でもあの魔剣を出しているところを見たことが無い。
アーサーはなぜあの魔剣を隠しているのか、この前のブローチみたいに取られる事を恐れているのか。
だとしても、自分に見せてくれないのはどういう事なのか。
それがアテーナにとって一番悔しいところだった。隠し事をされているような気がして、イライラする。
今度聞いてみるのが良いだろうか、きっとそうだろう。
心に決めると、明日は絶対に聞くと言い聞かせながら眠るのだった。
■ ■ ■
カーテンの締め切った暗い部屋の中で、布団をどかして起き上がる。重い瞼を上げながら、カーテンを開ける。
隙間から徐々に広がる朝日に目を細めるが、次第に光になれてくる。
寝癖のついた髪をブラシでとかし、ホコリやゴミを落としていく。
ゴムで後ろに髪を一纏めにすると、鏡で自分の顔を色んな角度で見ていた。
「我ながら完璧ね」
机の上の菓子を頬張って、モグモグと口を動かす。
また一つ、また一つと口に頬張っていった。
こうやって自分を綺麗にして、好きなものを食べたのはいつ以来だろうか。
――アテーナ姉、ほら早く!
いつかの記憶が蘇り、頭の中で声がする。
目を伏せて懐かしみながら、また一つお菓子を頬張っていく。
(あの頃みたいで、少し楽しいな)
学園生活に恐れを抱いていた時とは違い、今のアテーナは少し楽しみを見出していた。
人との関わりも久しぶりで、自分を見てくれる人がいる。
アテーナは微笑むと、冊子をもって教室に向かった。
■ ■ ■
レアーナ・フォン・アラカルナは教室で一人手元で魔法を使い、退屈を紛らわせていた。
口元が引き締まっていて、手元の魔法を興味も無いように見ていた。
アテーナはレアーナの下に近づいて、彼女の隣に立つ。
「レアーナさん」
「なに」
ぶっきらぼうに答えるレアーナは、顔だけアテーナの方へと向ける。
手元の魔法も止めてアテーナを見た顔は、口が小さく開いていた。
「き、昨日は感謝するわ。ありがとう」
ありがとうと言うだけで顔を真っ赤に染めて、歯を噛んでいるアテーナに口端が上がる。
小刻みに体が震え、次第に大きくなるのを抑えながら口元に手を当てる。
「あはは、何王女様、貴女って感謝の度にそうなの?」
「違うわ!」
堪えきれずに声を出して笑うレアーナに、歯ぎしりして掴みかかろうとするアテーナを、アーサーは脇に腕を入れる。
止めてもなお掴みかかろうとするアテーナは、アーサーに抑えられてようやく止まった。
「あ、落ち着いた?フフ、どういたしまして」
「どうも」
アテーナが恥ずかしそうにそっぽを向ければ、レアーナは面白がって目を合わせる。
また向きを変えれば、レアーナはわざわざ移動して正面に立った。
「もう!わざわざ正面にこないで!」
「はいはい、ごめんなさいね」
キッと睨むアテーナに、閉じた口をもじもじさせながら席に戻った。
アテーナは鼻を鳴らして、席に着く。
担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
ほとんどが興味のない事なので、手遊びしながら聞いていた。
担任が去った後、各々が席を立っていく。アテーナもアーサーの元に道具をもって立つ。
二人で次の授業へ向かおうとしていると、肩に温かい感触が広がって、重さを感じる。
「やぁやぁ、アテーナ殿下にアーサー君。君は昨日の一件で完全にボッチになった私を一人にするつもりかな?」
「元々貴女一人でいること多かったでしょうが」
両手を広げてとぼけると、彼女はゆっくりと息を整えた。
大きく息を吐くと、ウインクして呟く。
「一人ぼっちは…不安なのよ」
「分かったわよ、一緒に授業受けましょ?」
「貴女がそれを言ってくれるなんてね。アーサーが言ってくれるかと思っていたわ」
実際アーサーの方が言いそうな言葉だが、今はアテーナが誘っていた。
レアーナは驚いて口が開き、目をほんの少し見開いている。
「一々一言多い!大人しくしてなさいよ」
「そうね、それじゃあお言葉に甘えて。でも、アテーナ。貴女さっきの担任の話聞いていないわね、次は魔法の実践授業だから、ローブ持っていくのよ」
急いで鞄の中を漁るが、ローブなんて当然持ってきていない。
あれこれと冊子やお菓子にアクセサリーを出していくが、結局ローブは無く、ガックリと肩を落とす。
「やらかした、やらかしちゃった」
「アンタの彼女、いつもこうなの?」
「彼女なんて、そんな。でも、アテーナはどこか抜けているというか」
空になった鞄をを抱きしめながら、アテーナは二人の顔を潤んだ目で凝視する。
苦笑交じりに頬を引きつらせる二人だが、互いに顔を見合わせる。どうにかしてくれと互いに合図を取るが、仕方なくアーサーが手を差し出した。
「僕のローブで良ければ、使います?」
「え、いいの?嬉しいな」
「凄いわね、何というか思っていたより我儘王女様ね」
アテーナが唇をすぼめて見れば、レアーナは息を吐いて肩を落とす。
口元を引きつらせながら、これからすぐ先で言われることを想像して、苦い笑いを浮かべるのだった。
■ ■ ■
「アテーナ殿下!貴女はこの国の王族としての自覚がないのですか!?」
魔法学の講師の怒鳴り声が部屋中に響いた。
バツの悪そうな顔で下を見るアテーナは、大声に身震いする。
後ろには同じく震えるアーサーが、目を泳がせていた。
他の生徒達は冷ややかに見て、笑っている。彼らの笑い声がさらにアテーナの心を抉っていく。
「ガラティア王国では魔導士のローブは命ともされています!文字通り個々にあった装飾と魔法効果が付与された専用の魔道具!それを忘れ、あまつさえ他人に借りるなど!」
魔法使いに与えられるローブは、見習いから上級者まで、特注のものを与えられる。
魔法国家であるガラティア王国特有の文化ではあるのだが、理に適っているものでもあり、魔法の上達や威力向上を補助してくれる。
さらに王家の者ともなれば上級以上の魔法使いが施したローブを与えられる。それはアテーナも例外は無く、今着ているアーサーのローブよりも遥かに良いものだ。
王家の者が平民の纏うローブを着るなど、普通では考えられない事であり、講師はアテーナを糾弾していた。
「あ、あんなローブよりもこっちのローブがいいもん!私が…彼に命令して奪ったんだから!」
「え、いやそれ」
後ろを振り向いたアテーナは人差し指を唇に当てると、小さく口角を上げて目尻を下げた。
ゆっくり首を振り、講師の方に向き直る。
アーサーは自分のローブが無いことを、アテーナが自分だけの責任にしようとしている事を悟る。
手を伸ばして、自分の意思で貸したと言おうとするが、横から伸びてきたレアーナの腕に掴まれてしまう。
「黙っておきなさい、アーサー」
「で、でも…」
鋭い目突きで威嚇され、怯んだアーサーは手を下ろした。
講師は怒鳴り終えた後、アテーナを席に戻す。アーサーも、お咎めなしということで席に戻された。
「あ、あの…そこまで思慮が回らなくて、貸してしまってごめんなさい」
「貴方が何で謝るのよ。借りたのは私でしょ」
ぶっきらぼうにアテーナが言えば、両手をモジモジとさせて、アーサーは俯きながら小さく口を開ける。
「いや、僕が貸したから怒られてしまって」
「アーサー、それ禁止!貴方弱気過ぎるわよ!自分は悪くないんだから、もっと堂々として!」
しっかりと開いた目で、アテーナはアーサーの手を握る。
アーサーは何を言っていいのか分からずに、あちこちに瞳を動かす。
「友達なんでしょ?その、さっきは我儘で悪かったわね。お陰で気分悪くして、ごめんなさい」
「友達、友達でいいのですか?」
「ええ、いいわよ!正式に認めてあげるわ」
口角を上げて満足そうにするアテーナに、アーサーは嬉しそうに笑った。
それを隣で見ていたレアーナは、息を吐いて、少しだけ口端を上げている。
「我儘な王女様にはこういう経験、楽しいでしょう?」
「言い方は憎たらしいけど、そうね」
アテーナは昔から人との関わりが少ない上に、関わりも好かれているか嫌われているかの一辺倒。
ましてや身内や部下といった関係としか関わりの無い彼女は、新鮮な気持ちで会話をしていた。
「友達かぁ…いいな」
「何言ってんの?貴女もついでに友達だけど」
一瞬、レアーナの動きが止まった。アテーナは怪訝そうに見つめる。
口元を緩ませて、レアーナの目がどんどん開いていく。
「ありがと」
その一言を言ったレアーナは、両手で顔を覆って、目を合わせないようにするのだった。




