【0-5】やり返すって気持ちいいのです!
アーサーに心のなかに閉じ込めていた物を打ち明けて、泣いていたアテーナは冷静さを取り戻していた。
落ち着いて息を整えると、アーサーの手を掴んだまま立ち上がる。
「次の授業は何かしら」
「東大陸史ですよ、行けますか?」
頷いて立ち上がると、地面に転がった教本を拾い上げる。
その際にまだ自分がアーサーの手を握っていることを気づいて、咄嗟に離した。
その際に体が揺れて倒れそうになると、アーサーの手が咄嗟にアテーナの体を支える。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ。それよりも教室に案内して」
「は、はい」
手を引かれて教室に案内されながら、廊下で周囲の視線や声が気にならないほどにアテーナは集中していた。
どうして彼は私にこんなに優しいのか。それが分からないけれど、話しかけてくれて、気を使ってくれる。
そんな彼を見ると、思わず口の端が上がっている気がした。
アテーナも案内して前を向いているアーサーも気がついていなかったが、今の彼女の表情は屈託のない明るい笑顔をしていた。
(なんだろう…これは、初めての気持ち。胸がドキドキするの)
教室の前に着くと、二人で席に座り教師が来るまで待っていた。
授業では、東大陸の歴史が話されていく。産業の話や、賢王八雄といった主な話が続いていった。
「ええ、賢王八雄についてだが。よく勘違いされるのは、今代剣神である」
今代の剣神の話になった途端、アーサーの顔が変わった。
食い入るような目で教卓を見て、教師の話を聞いている。
キラキラとした笑みを浮かべて、嬉しそうに興奮していた。
「知っていますか!?アテーナさん!今代剣神はですね!今でこそ〈神代の剣神〉なんて呼ばれてますけど、実は一時期は〈救国の聖女〉と呼ばれていたんですよ!」
「へ、へぇ?そうなんだぁ」
「はい!僕も彼女に助けられた一人で!あの時の彼女みたいに、誰かを救える人になれたらって思ってるんです!憧れの人なんですよ!」
心臓の音が高鳴るのが分かった。
ドクドクと鼓動が激しくなって、胸に当てた手に振動が奔る。
今アーサーが話しているのは、他でもない自分の事だ。それを嬉しそうに話して、憧れだって言ってくれるなんて。
唇を閉じて、瞳をあちこちに動かしていたアテーナは、アーサーが話しかけると大袈裟に反応する。
「き、聞いてる?アテーナさん。僕の話、つまらなかった…?」
「い、いや!そそ、そんな事ないわよ!剣神の話!もだと、もっと聞かせてよ」
噛んでしまったと顔を赤らめるアテーナに、アーサーは微笑んで口に手を添える。
「そう?そしたら色々教えてあげるよ。僕、魔剣学と東大陸史は得意なんだ!」
「ほんと?そしたらよろしく頼むわよ」
魔剣学はともかく、他の科目は一切出来ないアテーナは胸を撫で下ろすのだった。
わざわざ編入したのに成績足らずで退学になっては元も子もないのである。
そこでようやくアテーナは思い出した。なぜ編入したのかを。
この青年を鍛えるために来たのに、なぜか自分はこの青年に励まされ、あろう事か逆に教わっているのだ。
現状に焦りを覚え始めると共に、アテーナは今の生活が続くといいなと思ってしまっていた。
「それと、アテーナでいいわ」
「でも、僕は平民で本来なら殿下と呼ばなければならないのにさんまで外すと」
「いいって言ったらいいのよ」
本当にいいのかと悩んでいたアーサーだったが、悩みを打ち払うかのように首を振る。
「アテーナ、今日からよろしくね」
「ええ、よろしく頼むわね」
■ ■ ■
アーサーにアテーナと呼ぶことを許した日の夜。アラカルナ伯爵領に剣神として足を踏み入れていた。
帝国軍の斥候部隊が入り込んでいるかもしれないということで、警戒に当たっているが、魔力反応は感じないし、探知にも引っかからない。
敵のいない平和な時間が流れていると、奥の山の向こうから何やら魔力反応があった。しかもこの反応にアテーナは見覚えがある。
一気に現場まで向かうと、倒れている帝国兵たちと一人の金髪の少女が立っていた。帝国兵たちの死体の山に、無慈悲にも踏みつけている少女。アテーナにとって彼女はつい最近会ったことがある。
「遅かったね剣神様。もう帝国兵は片付いたよ」
「そう、感謝するわ」
目の前に立つ少女はレアーナ・フォン・アラカルナ。学園で私を威圧した女だ。〈紅の魔女〉と呼ばれる魔法使いで、この光景を見るにその実力に偽りは無いのだろう。
レアーナは好戦的な目で剣神を見ていた。うっとりとした顔で、今にも飛びかかりそうなほど膝を曲げている。
「剣神様にお願いがあるんですけど、聞いて頂けますか?」
「帝国兵を片付けてくれたお礼に聞いてあげる」
「今の自分の実力が知りたいのです。一手の指南をお願いしても?」
もう待ち切れないとレアーナは歯を覗かせている。その姿はまるで獲物を前にした獣さながらだ。
本来なら受けるはずのない勝負だったが、アテーナは今機嫌が良かった。故に、剣を引き抜き中段に構える。
「いつでもどうぞ、お嬢さん」
■ ■ ■
賢王八雄は東の魔剣士と魔法使いのトップである。それ故に、多くの挑戦を受けることが多い。
今回がいい例だ。実力を持った者は、賢王八雄に挑む。
自身の実力を確かめる為、賢王八雄の席にとって変わる為、様々な目的の野心ある者達がいる。
そんな簡単に賢王八雄というのは挑んでいいものでは無いのだが、今代は事情が異なっていた。
先代の賢王八雄の殆どが変死した。そこにとって代わるように今の面々がなった為、成り上がりと思われているのだ。
そんな事情から厄介な事になっているのだが、未だに賢王八雄の代替わりは起こっていない。
それが全てであり、今代の実力を示すものなのだが、まだ愚か者はいるようだ。
剣神は飛んでくる魔法を全て剣で斬る。四方八方からくる魔法を、その場から動く事無く流れるように回って斬った。
「炎に血液を混ぜているわね。魔力を込めた血液が炎の火力を上げている」
「すぐに見抜くなんて、流石は剣神様かな!」
自身の魔法が全く通用しないのに、レアーナは口端を釣り上げて笑っていた。
興奮しているようで、ぞっとするような女の子がしちゃいけない顔をしている。
レアーナが炎の槍と蛇を放つ。
飛んでくる二つの槍を横に避ければ、炎の槍は旋回し後ろから背中へ迫る。
正面では炎の蛇がうねり、大きな口を開いて飛びかかる。
剣神はまだ動かない。
ただ静かに剣を構えるばかりで、背後の槍にも目を向けずに正面だけを見ていた。
レアーナは剣神の動きを注意深く見ていた。絶対に何か動きを見せると確信していたからだ。
突然、木々が倒れた。円形に剣神を中心として。
レアーナが剣神を見るが、彼女は何一つ動きを見せていない。
「何が……」
レアーナの口から血が溢れる。
驚いて体を見れば、腹に一筋の斬撃が奔っていた。
痛みが遅れてやってきて、膝をついて口を抑える。溢れる血の温もりと、腹の傷が斬られたことを示していた。
いつ斬られたのか、いつ動いたのか。レアーナの頭は恐怖と疑問でいっぱいだった。
「魔法と魔力操作は及第点で、他は欠点といったところかしら。賢王八雄に挑むにはまだ早かったわね」
淡々と剣神はレアーナへ評価を告げていった。
最初に炎の槍で相手を動かし、避けたと思わせたところに不意打ち。
さらに正面からの炎の蛇で三段階の攻撃自体は悪くはない。
ただ、レアーナは単純に剣神への警戒を怠りすぎていた。
剣神が使用したのは、魔剣による魔力斬撃。
極小まで薄くした斬撃を剣神を中心として円形に放った。
手加減しているとはいえ、剣神の斬撃を腹への傷だけで抑えたのはレアーナの魔力防護あってのものだった。
ゆえに魔力操作と魔法については高く評価したが、その他がなっていない。
一番は剣神を注視しながら、一切魔力探知をしなかったこと。
魔剣を扱うのだから、魔力の起こりを見るべきだったが、それを怠った。
痛みに膝をついているレアーナの元に剣神は近づくと、傷跡に手を添えた。
傷跡が光、みるみるうちに元の状態へと戻っていく。光が消えた時には、痛みもなかった。
「戦いもしてあげたし、傷も治してあげた。私から一つお願いがあるのだけれど、いいかしら?」
「敗者に拒否権はありません。ましてや傷まで治してもらっては」
清々しい顔をしているレアーナは、剣神が何を聞いてくるのか探るような目を見せていた。
そんなレアーナを鼻で笑い、剣神は手に握った剣をしまった。
「学生のうちは戦場に出ないこと。いいわね」
「……承知しました」
なにか言いたげに口をモゴモゴとさせるレアーナだが、有無を言わせない剣神の言葉に渋々頷いた。
剣神は満足したように頷くと、その場から去っていく。
残されたレアーナだが、手の甲で口を押さえて固まっている。目をつむり、人差し指で太ももを叩く。
「何であの人私が学園に通っている事知っているの?」
些細な事だったが、どうして剣神様が自分の様な若輩の事を知っているのか。
とっかかりを覚えたが、首をふって何事も無く歩き出すのだった。
■ ■ ■
学園寮の部屋の中でアテーナは手を握りしめながら、これでもかと喜びに身を委ねていた。
鼻歌を歌いながら、ベッドの上で大の字に広がる。
「あの女を一方的に戦えた。ああ、凄い気持ちがいいわ」
つい先程にレアーナを下した事で、アテーナは昼間の恨みから解放されていた。
泣いていた少女の姿は既に無く、イキリ立って調子に乗るアテーナの姿があった。
拳を掲げ、鼻高々に目を開いている姿は輝かしい。
勢いは止まらずに部屋の中で拳を突き出し、右足で回し蹴りをしたり、意味もないシャドーボクシングをする始末。
しかも突き出す拳は芯があっていないし、回し蹴りはただの蹴りとあまり変わらない癖に、距離も届いていない。
見る人が見れば嘲笑してしまう様な姿だが、アテーナからすればこれでも上手く出来ていたのだ。
何度か繰り返した後に、フラフラとした足取りでベッドに倒れ込むと、枕を抱きしめそのまま動かなくなってしまった。




