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人嫌いの聖女様  作者: 天羽
第一章 学園入学編
4/8

【0-4】初めて

 寮の部屋で目覚めたアテーナはカーテンを開ける。

 朝日の眩しさに目を閉じる。眠い目をこすりながら、洗面台に置かれた鏡を見る。

 髪はいつもどおり整えずに、最低限の身だしなみだけを整えると、鏡に移った自分を見て頷いた。


 「ご飯はいらないや」


 朝食をとるのは面倒と、アテーナは食事を放棄する。口とお腹が寂しい思いをしているが、気力がないので仕方ない。

 準備を整えた事をアテーナは注意深く確認し、部屋を見回すのだった。


 ■ ■ ■


 教室で自分の席に座ると、背もたれに寄りかかりながら眠っていた。

 アテーナが小さく寝息を立てながら目を瞑っていると、肩がトントンと叩かれた。

 くぐもった声を出して振り向けば、編入してからずっと見る青年、アーサーが立っていた。


 「ねぇアテーナさん」

 「どうかした?」


 たじたじとしながら、アーサーは何度も口を開いては閉じる。せわしなく体が小刻みに動いて、何かを言おうとしているみたいだった。

 アテーナは遮る事をせずに、アーサーが何を言いたいのか冷静に待った。


 「か、髪の毛ボサボサだけど、大丈夫」

 「……」


 アテーナは黙りこくったまま、アーサーに鋭い視線を向ける。

 アーサーはアテーナの視線に怯み、情けない声と後ろに少しのけぞった。


 「別に興味ないからいいの」

 「で、でも。周りの皆馬鹿にしてるから、その、」

 

 アーサーは震えた声で周囲から悪く言われているのを心配し、弱々しい声で話していた。

 アテーナは嫌々そうに舌打ちをし、アーサーから目を離す。

 アーサーは震えた声で「ごめんなさい」と言って、アテーナの隣の席に座った。

 目を伏せ誰とも合わないようにして俯いていたアーサーは、その場で黙っていた。

 アーサーが静かにしていると、隣のアテーナが再度舌打ちをし、ゴソゴソと頭をいじり始めた。

 何をしているのだろうか、アーサーは気になっていながらも、俯いている。

 アテーナはアーサーの腕を指で叩いた。アーサーが隣に顔を向ければ、ボサボサだった髪から一転、後ろで結んだポニーテールになっている。

 これで満足かとアーサーを見れば、彼は目を開いてアテーナを見ていた。


 「は、はい。その、とってもいいと思います!」

 「そ……」


 面倒くさそうにため息をつきながら、アテーナはそっけない返事だけをする。

 アテーナは後ろに結んだ髪を触りながら、朝の時間を過ごすのだった。


 ■ ■ ■


 朝の連絡が終わり、それぞれが授業の準備を進めていた。アテーナもいくつかの教本を取り出して、読み進めていた。

 魔剣学なら出来るアテーナだが、それ以外については素人も同然だった。

 文字や数列の羅列を見ながら歩いていくと、壁にぶつかりそうになる。何を書いてあるのかあまり理解できないし、集中したら周囲への対応が疎かになる。

 教室につくと、素早く席に座って教本を読んでいた。

 周りと雑談することもせずに学ぶ姿は熱心な生徒なのだが、実際は内容を何も理解していないのだった。

 指を何度も頭こねくり回しながら、神妙な眼差しで文字を読んでいる。


 「魔法式、分かんない」

 「当然よ。貴女はただ読んでいるだけで何も理解してない」


 アテーナが四苦八苦していると、自分に話しかけるような声がした。

 アーサーでは無い、女の声。誰だろうと思って振り返ると、金髪の少女が立っていた。

 少女は失礼と言うと、アテーナの隣に座る。頬杖をつきながら、教本を奪い取ると開いていたページにペンで書き足していく。

 返された教本を見れば、いくつかの項目に解説と線が引かれていた。


 「この魔法は線をひいたそことそこが重要よ。特に形成魔力についてで……」

 「はふ?あぃ、あぅ」


 ちっとも話している内容が分からなくて混乱していると、少女は悪戯めいた笑いを見せた。

 少女が手を前に出すと、机の上魔力が集まり、花びらがヒラヒラと散っていく。

 アテーナが突然に出来事にポカンと口を開けていると、少女は面白いのか声にだして笑う。


 「これがこのページに乗っていた魔法だよ」

 「すごい……」


 アテーナに褒められたのが嬉しいのか、少女は照れくさそうに頬をかいた。

 机の上に散らばった花びらをアテーナが見つめていれば、今度は風が吹いて、花びらを攫っていく。


 「お片付けはしないとね」

 「へ?今の、どうやって」


 目を剥いてアテーナは少女を見ていた。

 少女は首をかしげて、さも平然とした態度で何かおかしい事をしたのか、目を瞬かせて固まっていた。

 花びらの魔法。目の前で披露してくれたが、とんでもない違和感が一つだけ残っていた。

 魔法は魔力で魔法を生成するものであり、それは魔力の塊である。

 魔力の塊である魔法は徐々に魔力が離散していき、多くは一分以内には消えるのだが、花びらはまるで本物のように残っていた。

 勿論例外もあるのだが、アテーナがそんな例外の魔法を扱えるのは自身の同僚達といった者達だけだ。


 「あれ、気づいちゃった?魔法の勉強は苦手なのに、勘は鋭いね」


 朗らかな顔で少女はアテーナを褒める。まさか見抜かれるとは思っていなかったのか、驚きも混じった声で称賛していた。


 「流石はガラティア王家に連ねる者だね」

 「王家、か」


 ガラティア王家は代々魔法に長けた一族だ。

 古い時代、我が王家の祖は魔法によりこの地を平定した。

 魔帝と恐れられる程の力を持ったガラティア王家は、多くが豊富な魔力と生まれ持ったセンスを併せ持つ。

 私の兄妹で言えば、シルビアは最年少最上級魔法使いとしての位を持ち、サテナは賢王八雄の一人だ。

 かくいう私も魔力量は別格。今でこそ出来損ないなどと呼ばれているが、昔の私は神童と称される程に魔力量が多かった。

 それこそ、一般的な魔法使いの魔力がコップ一杯と例えるならば、私の魔力は地平線の彼方まで広がる大海の様に果てしない。

 それに加えて、常時魔力が回復する過剰マナ体質。魔力を消費する度に、10秒もあれば魔力を0から万全まで回復できる特異体質を持っている。

 これで魔法の才能があれば、私は初代の再来とまで呼ばれる天才として語り継がれた事だろう。

 まぁ、今は魔法どころか何の才能もないと見なされている訳だが。実際には剣神としての力はあるが、それを広める事はあるまい。

 だって私は王家が嫌いだし。

 ガラティア王家なんてとっとと滅べばいい。身分の低い女から生まれたと言って私を疎む父や兄妹に、鬱陶しい貴族共。いつ滅ぶか楽しみにしているのだが、サテナやシルビアと言った優秀な連中がいる限りは滅びはしないのも事実だ。


 「王家の者として扱われるのは心外だわ」

 「それは君が出来損ないと呼ばれているからかな?」


 アテーナは表情に影を落とし、少女を睨む。

 どこが可笑しいのか、少女は睨まれると、クスクスと笑った。


 「ごめんなさい、つい挑発してしまったわ。そんなつもりは無いから、今の無礼は見逃してほしいわ」

 「それよりも、貴女は誰なのかしら?いきなり現れたと思えば、人を侮辱して。名を名乗りなさい」

 「これは失礼でしたわ。私はレアーナ・フォン・アラカルナと申します」


 思いもよらない名前に、アテーナは睨んでいた視線を普段の表情に戻す。

 アラカルナと言えば、ここガラティア王国西方に位置するアラカルナ伯爵家だ。

 国内有数の港町にして、軍事拠点を領地とし、西大陸からの海上侵攻を幾度となく食い止めてきた王国の盾とも呼ばれる。

 その影響力は凄まじく、ガラティア王家に連なる者でも気軽に相手にできる者ではない。

 そしてアラカルナ伯爵家の子息と言えば、よく耳にする名前がある。

 〈紅の魔女〉。昨年、西からの帝国軍の侵攻があったのだが、帝国軍一万を単独で撃破した令嬢がいたという。

 その様は凄惨で、一人の生き残りも出す事なく、帝国軍は血の池に沈んだと言われている。


 「レアーナ、そう」

 「よろしくね?アテーナ殿下。今日は少し言いたい事があって来たのよ」

 「何かしら」


 レアーナから発せられる静かな圧に、アテーナは唾を飲み、何がくるのか身構える。

 ニコニコと笑っていたレアーナだが、一転してゴミを見るような目でアテーナを見た。


 「王族として生まれながら、その責務を果たさない。私はそんな王族を認めませんの」

 

 冷たい目でアテーナを見下ろすレアーナだったが、アテーナの肩が震えているのが見えた。

 事実を言っているのだから何が悪いのか、レアーナはさらに視線を冷たくする。


 「うる…さい、うるさい…」

 「どうしたのかしら?殿下は何か王族として成し遂げた事がありまして?」

 「王族としての待遇なんて一度たりとも受けたことは無い!!私が王族としての責務を果たす謂れは無い!」


 目に涙を浮かべて、教室中に響く大きな声でアテーナは叫ぶ。

 周囲の者達は何事かとざわめき、二人を見ていた。

 レアーナが驚き何も言えずにいれば、アテーナはレアーナを押しのけて教室から出ていく。

 怒りをぶつけられたレアーナは、何も言う事なくアテーナの背中を見つめるのだった。


 ■ ■ ■


 「うるさい…うるさい…うるさい…うるさい…うるさい…!!!」


 寮の部屋に戻ってもアテーナは叫び続けていた。

 布団に包まり、小刻みに震えた体で怯えるように叫んでいる。

 何かに怯えるような様で、一度閉じこもったアテーナはただ叫び散らかすだけだった。

 部屋は散乱し、本や服が投げ捨てられていく。

 錯乱していたアテーナだが、突然部屋がノックされた。物を投げていた手を止め、また布団の中に籠もる。


 「来るな!!」

 「あ、あの…大丈夫ですか?その…心配で」


 扉の向こうから帰ってきたのは弱々しい男の声。聞き覚えのある声で、この声は同じクラスのアーサーだ。

 一体何の用で来たのか、どうせお前もとアテーナは拒絶し叫ぶ。


 「うるさい!くるな!くるな!」 


 必死に叫び続けるアテーナは、さらに周りを拒絶するように布団に籠もっていた。

 何かもを拒絶する状態で、アテーナは周りの話を聞こうともしない。

 ただ殻にこもるように布団に包まって、小さく縮こまってしまった。

 扉が開く音がした。

 アーサーが入ってきた。アテーナは布団を掴む手に力を込め、叫ぶ声を大きくする。


 「大丈夫です、僕は敵じゃないから」

 「黙れ黙れ黙れ!!!」

 「聞いたよ。アテーナさんが出来損ないって言われて、周りから酷い扱いを受けてる事」


 アーサーはアテーナが教室から去った後、周囲の声を聞いた。

 どれもアテーナを馬鹿にするもので、度の過ぎた侮辱や彼女に対する言葉は酷いものだった。

 平民出身でこの学園にいたアーサーにとって、アテーナは初めて丁寧に接してくれた人で、自分を人として扱ってくれた人だ。

 だから彼はとにかく彼女が心配で仕方なかった。自分が周囲から蔑まれるように、彼女が周りから蔑まれる様子はアーサーの心にも刺さるものがあった。


 「でも僕は知ってるから。アテーナさんは優しい人で、周りがいうような人とは違うって」


 アテーナが優しいかといえば、それは間違いであるのだが、アーサーは初めてこの学園で人に優しくされた事で勘違いしている。

 だが、その勘違いはここでは有利に働いていた。布団の中から青い瞳がアーサーを覗いていた。


 「……」

 「その、この学園で僕に初めて接してくれた君に、恩返しがしたい。だから、話を聞かせてほしい」


 清々しい程に真っ直ぐな瞳だった。そこには邪念も打算も何の思惑も絡まない。

 ただ一心に善意だけが向けられた視線に、初めてアテーナは布団から出てきた。


 「話、してもいいの?」

 「何でも聞きますよ」


 視線を下に向けて少し悩んだ後、アテーナはゆっくりと口を開く。

 震えた声のまま、辿々しくもはっきりと話を始めた。


 アテーナは妾との間に生まれた子だった。

 隣国から講和交渉として送られてきた娘、隣国の王家に連なる公爵の令嬢だった。

 当然愛のある結婚ではなく、政略結婚でさえない体の良い生贄の女だ。

 そんな女との間に生まれた子がアテーナである。勿論王宮での立場は低く、隣国の介入を受ける可能性のある存在として、周囲の貴族からの視線は常に冷たいものだった。

 そしてさらに立場を悪くする出来事が起きる。

 アテーナが4歳の頃、彼女の母が死んだ。そしてその時に、彼女の母が隣国の王家に連なる者ではなく、ただの平民の奴隷であった事が判明した。

 国内ではすぐに隣国へ侵攻すべしとの声が上がった。さらにはアテーナを見せしめに処刑しろなどの声さえもが出ていた。

 第一妃が何とかアテーナを守り、処刑は免れたがそれでも疑惑や侮蔑の視線が無くなることはなかった。

 結局そんな状況は変わらず、アテーナには何の才能もないと分かれば、周囲の視線はさらに厳しいものへと変貌していく。

 第一妃が死んだのを皮切りに、彼女は周囲に醜聞を広めないように最低限の服や道具は与えられたが、それっきり何かを受ける事は無かった。

 王族でありながら王族として扱われない。

 奴隷との娘を外に出さないように、城に部屋を与えられほとんどを孤独に過ごしたアテーナは、捻くれていくだけだった。

 唯一の例外は、第一妃の娘であり彼女の忘れ形見と思わされるような少女シルビアだったが、彼女も10歳になったのを皮切りに、関係は一変した。

 親しくしてくれていたのから一変し、徹底的に差別され、時には折檻と言って鞭で打たれることまでもがあった。


 だからアテーナは王族として扱われるのが嫌いだった。

 自分何か王族じゃない。なのに出来損ない王女と呼ばれ貴族や平民からも非難の目を浴びる。

 アテーナにとってそれは苦痛でしかなかった。

 声をひそめながら、泣いているアテーナにアーサーは優しく手を握る。


 「僕にとってそれがどれくらい辛い事なのかは分からないけど、アテーナさんは、良くここまで頑張ったね」

 「……!!」


 手を握ったまま労ってくれたアーサーに、アテーナは顔を合わせた。 

 誰も何も言ってくれなかったのに、どうして彼は私にこんな事を言ってくれるのか。

 知らない事で、頭の中で理解が出来なかった。けれど、涙は止まっていた。


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