【0-1】学園なんて、学園なんていきたくないの
地平線の見える海の向こうには、海鳥が鳴きながら飛び去っている。太陽が更に燦々と輝いて照らす中、砂浜には多くの帝国兵が上陸し、浜辺に多くの軍船が停泊していた。
待ち構えていた東大陸の連合軍がそれを防ごうと陣をはっている。
二つの軍が激しい戦闘をし、あちこちで合戦が続いていた。怒号が響き渡り、剣と剣がぶつかる高い音が耳に届く。
戦況は帝国兵から大陸を守る連合軍が押されていた。圧倒的な兵力と装備や練兵差、そして連携の修練の差が出ていた。
連合軍の将軍達が焦った顔をして、このままではまずいと撤退するか、抗戦するかの判断をしている。
将軍たちが顔を顰めている天幕に、白いフードを被った人物が入ってきた。
顔は白いベールで鼻から下が隠れ、フードを被っているからかほとんど顔は見えない。白いローブを着て白一色の、神々しさを感じさせる存在だった。
将軍達は突然現れた人物に驚きはしつつも、咎めるような事も問いただす事もしなかった。むしろ、皆揃って頭を下げ、感極まった表情で何度も頭を下げている。
「〝剣神〟である貴女が来たのならば、もう戦場は勝利も同然!」
「今すぐ兵を引かせましょう」
将軍の一人が天幕から出ていき、外からは将軍が撤退の指示をしているのが聞こえる。
段々と戦火の音が小さくなり、逆に兵士の足音が大きくなってきた。
白の人物はおもむろに天幕から出ると、追撃しようと部隊を再編している帝国軍を見下ろす。
兵士達下がった中に何やら誰かいる事に気づいたのか、帝国兵達がこっちを見ている。帝国兵は最初こそ何をしているのかという、嘲笑じみた視線だったが、すぐに帝国兵達の顔が変わった。
遠目では顔までは分からない白い人物も、帝国軍が急に隊列を乱し、兵士たちが我先にと海へ向かって走っていくのが見えた。
「賢王八雄だ!東が誇る最強戦力が出てきたぞぉ!!」
「剣神だ、逃げろ、逃げろ!!」
賢王八雄とは、簡単に言えば東が誇る最強の八人の魔剣士、魔法使いの事を指す。彼らは圧倒的な力を持ち、東では武の象徴、西では恐怖の象徴だった。
そんな中でも最強の二人。魔法使いで最も位の高い者を『魔神』と呼び、魔剣士にて最も位の高い者を『剣神』という。
そしてその剣神が今ここに現れていたのだ。帝国兵からすれば悪夢でしか無い。
「魔剣召喚『神隠』」
白と黒が横に別れた刀身を持つ剣が白の人物の手に握られる。
白の人物は、魔力を刀身に込めると、横に大きく一閃振り抜き、そこから白い斬撃が放たれた。
帝国兵の背を覆う斬撃は大きく膨張し、突然黒い塊へと変化する。
軍船に乗る帝国兵も、まだ逃げていた帝国兵も将軍も足を止め、頭上を覆う闇を見ていた。
足を止め、全員がただ頭上を呆然と見つめている。誰もが立ち尽くす姿は不気味で、妙な静けさがそこに漂った。
闇は拡大し、一気に帝国軍を覆っていく。
帝国軍全てを闇が覆い、彼らの全てを包み込むと闇は白へと色を変えた。
覆われた白が崩れていき、中には海と砂浜が広がっている。何人も何もない、自然ありのままの姿だ。
「任務終了」
無機質な声で呟いた白の人物は、連合軍の陣へ一瞬で戻ると、将軍の隣に立った。
またも突然現れた人物に、将軍達は目を見開いて感嘆の声を出す。
「戻られたという事は」
「殲滅したわ。後処理は任せるわよ」
「はっ、聖女様の仰せのとおりに」
聖女と呼ばれた女は、その場から去ると、音すら置いていく速さで駆けていた。
戦場では見せなかった冷や汗をかきながら、歯を鳴らしている。
駆けた先には、巨大な城と城下町があった。
空から一気に降下すると、彼女は城に入り込み、廊下を走っていく。
人の気配に注意しながらも、侍女や貴族を避け、駆け足で部屋に入った。
ベッドに腰を下ろしたと思えば、来ていた服全てを脱いだ。ジタバタとして、歯を噛みしめながら部屋から服を探している。
服や本が大量に積み重なり、床に踏み場が無い部屋で投げては捨てるを繰り返し、目的の服を見つけた。
女は整えていた艶のある黒髪を両手で乱すと、お気に入りなのか綺麗に収納された箱から眼鏡を取りだして付ける。
しわがたくさんの服を着ると、自分の姿を確認するように鏡を見ていた。
顎を上げ、顔を回しながらじっくりと自身の容姿を見ている。笑ったり目を細めたり、普段の興味なさげな少し閉じた目と閉じた口にした。
眼鏡をかけ、ボサボサだが様になっている黒髪の少女。聖女と呼ばれた時の服装のように白く、艶のある肌に知性を感じさせる青い瞳をしている。
淀んだ空気を放っているが、話しかけにくいだけで確かな美貌の少女がそこにいた。
「死ね、死ね、死ね、あのシスコン、日陰者の気持ちも分からないで」
少女が周囲に聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟きながら歩いていれば、城ですれ違う人々は彼女を見て笑っている。
どれもが嘲笑の視線であり、誰もが彼女を見下した目で見下ろして、くすくすと少女を見下している。
城の廊下を歩いて右に曲がると、一人の少女が道を塞いでいた。ブツブツと物憂げに呟く少女を見るなら、口端を上げて目を細めた。
「あらあら恥晒しがこんなところに何の用で?この先に行くのなら父上や他の家族の迷惑になりまして?」
「シルビア、邪魔」
下を向いていた顔を上げて、目の前に立ちふさがるシルビアを見る。少し開いた目がシルビアと壁を交互に見ていた。
青を基調とした派手なドレスに、いくつもの金細工がつけられている。小さめの丸い目に黒い髪、青い瞳は自分と同じく理知的な感じだが、派手に装飾や差し色が印象とかけ離れてあっていない。
その服装をしたいなら、もっと色を変えれば似合うのに、なぜわざわざ私が好きな色にしてくるのか。どんな服を着ても可愛く見える容姿はあるのに勿体ない。
だが何よりも目を惹くのは、彼女の髪飾りだ。そこには城のいくつかで見られる紋章がついている。
王家の紋章。つまり彼女は王族であり、少女も敬わなければならないのだが、少しこの少女は勝手が違った。
よく見れば、少女の付けている服にも胸の辺りに王家の紋章が刺繍されていた。それはつまり、この少女も王族であることを指していた。
「姉様とはもう読んでくれないのね」
「あら、アテーナ姉様。まだそんな尊敬されたかったのですか?ガラティア王家に名を連ねながら、勉学もだめ、魔法もだめ。かといって剣術に優れる訳でも無ければ、馬術も作法も未熟。国中で出来損ない王女と呼ばれ、部屋に引きこもる情けない姉様が一体何の用でしょうか?昼食ならいつも私が部屋の前に置いているでしょう?」
高笑いをし、扇子で口元を隠しながら、だるそうにしているアテーナを見ていた。
明確に自身を馬鹿にしている妹に、アテーナは何も言わない。
実際に自分が出来損ないと呼ばれているのは事実だからだ。城での周囲の態度も、自身が下を向いて歩くのも全てそのせいだ。
「サテナから今日の昼食の後に話があるからと言われたの。分かったら通して」
「へぇぇ?」
口元を扇子で隠したまま、シルビアはアテーナを視線で追いながら、アテーナの前からどける。
扉を開くと、既にテーブルには家族が多く並んでいて、アテーナも空いていた席に腰をかけた。
何で自分が家族と食卓を共にしなければならないのか。
というより、なぜ王族が全員集まっているのか。それぞれが要職についていたり、領地経営をしている筈だが。
周りに兄妹がいる中で肩を落としていると、隣にシルビアが座った。
シルビアは隣に座っている私を見ると、またも口端を上げてアテーナを見下してくる。
居心地の悪いここにいても仕方が無いので、早々に食事を口に入れていく。
肉をナイフで切って、口に入れる。その筈だが、ナイフが中々切れない。
他の家族からはナイフもまともに扱えないのかと、侮蔑の視線が向けられている。
肉の筋が邪魔して中々切れないでいると、シルビアが鼻で笑い、自身のナイフで私の肉を切った。
「あら姉様に肉料理早かったのかしら?」
アテーナは何も言い返せずに肉を頬張る。
飲み込んではまた他の料理に手をつけると、早々に席を立ち上がり去るのだった。
■ ■ ■
廊下を出て目的の部屋につくと、アテーナは勝手に上がり込み、部屋に置かれた椅子に腰掛ける。
弟はまだ食事をしていた。
まだ時間がかかるので、最近巷で流行りの小説家『ラディアン』の恋愛小説でも読んでいると、扉がノックされた。
本に夢中になりながら、どうぞと言えば扉が開かれ、一人の少年が笑顔を浮かべて入ってきた。
「姉様!」
「で、何の用なの?」
「急かさないでくださいよぉ。もっと雑談に花を咲かせましょ?さっきの料理どうでした?僕が姉様の好みを完璧に把握して、たっぷりと用意したんですよ」
目を輝かせて、頬を赤くしながら体を震わせているのはサテナ。
私の弟でガラティア王国第四王子、兄妹の中では一番若いが能力は優秀。
魔法・剣術、学問に全てを完璧にこなして見せるのがこの弟で、アテーナとは真反対の存在であり、将来を期待された時期国王ともされている。
あざやかな金色の髪に、美しい翡翠の瞳。端正な顔は憧憬の眼差しをアテーナに向けて、キラキラと星のように輝いていた。
「私、ナイフ使えないの。テーブルマナーも最低限は出来るけど、正直難しいし」
「駄目ですよ姉様。賢王八雄は各国の王族との接待もあるのですから、食事の作法は基本ですよ」
アテーナは無言で本を読みながら、耳の痛い話しから本の世界に没頭していた。
平民出身の青年が貴族だらけの学園で虐げられながらもお姫様と結ばれる物語。私もこんな青年と結ばれて幸せになれるならなりたいものだ。
サテナは話を聞いていないのを見ると、アテーナの頬をつねり、本の世界からアテーナを引き剥がす。
「まぁ本題なのですが、僕が通うフィアレス学園で逸材を見つけてね?姉様に指導して欲しいんだ」
「嫌だ、日陰者に貴族の学園なんて似合わないのよ」
布団に包まると、アテーナはミノムシのようになって完全に閉じこもってしまった。
閉じこもったアテーナから布団を奪うと、サテナはアテーナの手を掴み、口端を上げて首を傾けた。
「剣神の正体は姉様って、バラすよ」
口元は笑っているが、眼光からは有無を言わせない圧力が向けられ、アテーナはもはや自分は学園にいかなければならない事を理解した。
「学園なんて大嫌い!」
アテーナの泣くような叫びは聞き入れられず、懐からサテナは編入手続きの紙を出すのだった。




