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荒野の椿  作者: クワ


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39/42

伝わる思い 真好から椿へ

 エルウィンは前線の動きが止まったことにこの作戦が失敗したことを悟り、目を閉じ自分の身の処し方を思案した。

「錐の動きが停止したことからかき集めた魔動歩兵は壊滅したのだろう。我が命運もこれまでのようだ」

 ゆっくりと瞼を上げで清々しい面持ち朝焼けを浴びるエルウィンにナイディンガーは励ましの言葉をかけ離脱を促す。

「残念なことに煌敦の会戦では女神が微笑んでくれませんでした。しかしながらここで人生を諦めるのはどうなのでしょうか? 今戦っている部下を無責任に敵の前に放逐することになります。彼らの事を思うのなら撤退し安全な場所まで導き再起を図りましょう」

「……そうだな、わかった」

 エルウィンは決断すると果敢な男である。全軍に指示を出し、翔陽軍の後ろの蓋へ向けて旋回を始めた。

 その指示が意外な結果をもたらした。すなわちトロイヤ軍の主力が降伏したのである。

 それだけではなく、プロイデンベルク軍の一部も降伏し、翔陽軍は確認と受け入れに手間取った。

 降伏した軍に銃を向けるわけにはいかない。今まで戦っていた敵がトロイヤなのかプロイデンベルクなのかそれともバスティーリャなのか分からない上に情報が錯綜して翔陽軍は混乱を起こし攻撃が鈍った。

 殿を務めていた第9師団は砲を集めた精鋭であり、両翼から伸びてきた羽々をその魔砲の連射で吹き飛ばし強引に道を開けた。

「退路が出来たぞ! あと少しだ」

 閉じ込められた蜂が飛び立つように、解き放たれたプロイデンベルク軍は西側の複数ある思い思いのカイコロード目指して走り出した。

「とりあえず、煌敦に寄り魔動車を確保しよう」

 エルウィンはたとえそこで時間を使っても、疲労と時間を考えればそちらの方が良いと考え針路を変更した。

 煌敦の駐屯地に近づくと、魔銃が降ってきた。

「翔陽軍が回り込んで制圧してしまったようです」

「楼湖まで退却するぞ」

 伊賀の混成旅団が占領して敵が来るのを今か今かと待っていた。そこに戻ってきた魔が悪いプロイデンベルク軍は、帰還を諦めた一部が白旗を上げ、残りは楼湖目指して落ちていった。

「司令、ここからでは大山北路よりのルートは難しいです。大山南路か西域南路をお選びください」

 ナイディンガーに対しエルウィンは疲れた声を出す。

「西域南路は廃れてから長い、なにがあるか分からない。今まで使ってきた大山南路を往こう」

 幸いなことに楼湖に残していた守備軍に魔動車が数十台あり、そのほかに輜重隊の魔動車の荷台にある弾薬などは最低限の物を残して廃棄し食料品などはみな配って荷台を開け兵を積み込んでゆく。

「サルマカドンで体制を立て直そう」

 エルウィンは疲労した声を振り絞りみなにそう伝えた。

 楼湖は今までと何も変わらず、水を湛えてそこにある。

(おそらく今日が見納めかな)

 西域に突入した時にいた覇気に満ちていた軍は、今や見る影もなく、我先と荷台に飛び乗り、乗り切れなくなると屋根やら支柱やらにしがみつき、置いて行かれないよう必死になっている。

 続々と魔動車が出発しだすとエルウィンの魔動車の発動機に魔力が注入されていく。

「司令!」

 通信兵が走りながら大声でエルウィンに呼びかける。

「ちょっと待ってくれ」

 エルウィンが出発を留め、魔動車の窓を開けると、通信兵が紙を差し出した。

「司令すみません。参謀本部より通信です」

「ありがとう。君はどうする?」

 車のスペースに余裕があるので乗るかと声をかけた所、通信兵は意図を察しかぶりをふって微笑んだ。

「では司令、お元気で」

 素早く敬礼をすると、エルウィンの姿を目に焼き付けようとしたのだろうか、一瞬視線を合わせるとそのまま踵を返して走り去った。

「……すまん」

「司令……」

 出発した魔動車の中で通信に目を通す。

「司令、参謀本部は何と?」

 エルウィンはナイディンガーに通信を手渡した。

 ナイディンガーが通信を読むとこう書いてあった。

【東秦帝国、プロイデンベルクに対し宣戦布告】

「もし、この報告が1週間早かったら煌敦撤退の許可が出ていただろう。いや会戦の結果を見て東秦が判断したのか」

 

 翔陽軍

 

 翔陽の各師団は、多量の降伏兵を抱えとても追撃などできる状況ではない、それどころか食料の確保すら怪しくなってきた。

「捕虜を至急本土に送りましょう。取り急ぎ空で帰る輜重の魔動車に乗せて帰りましょう」

 椿の発言に皆賛同した。本土と連絡を取り合い、船便の手配から魔列車の時刻計算、それよりも捕虜の砂漠越えである。

 各師団のあらゆる魔動車は一時的に取り上げられ、輜重隊の車と共に捕虜をすし詰めにして近衛師団を護衛に出発をすることとなった。

 

 その夜

 

 椿が書き物をしていると真好がひょっこりと尋ねてきた。

「椿はいるかな?」

「おじい様、どうなさりました?」

 椿は音を立てずにペンを置き、振り返った。

「椿、私は陛下と共に帰る事となった。今いる捕虜の残りは輜重隊の帰りに乗せればじきに片付くだろう」

「では、おじい様たちが持っていった車が戻ったら進軍ですね」

「そうなるな。パルサポリス周辺は良い魔石を産出する地ゆえプロイデンベルクからそこを取り返すと今後の見通しが明るくなる」

 真好の言葉が終わると椿は姿勢を正し、少しばかり恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

「……おじい様」

「ん、どうした」

「私は若いころ、おじい様に戦術論などを戦わせて勝ったことなどから何やら一流の戦術家と自称しておりましたが、どうやら間違いだったようです」

「椿……」

「まだまだ及びません。おじい様どころかエルウィンにも、そして諸将にも、まだまだ及びません。それがこの一連の戦いで分かりました」

 独りよがりの椿のために信頼を寄せて我が身を犠牲にしてくれる人間はいるのだろうか? 銀葉師団の面々も、これまでの椿を知って命を賭して戦ってくれるのだろうか。椿はそのことにようやく思いが至った。

 真好はニコリと笑い、椿に若者を諭すような口調で語り掛けた。

「椿がこのまま軍人を続けるか、それとも他の道を見つけるかはわからん。わからんが今の初心に帰っている気持ちを忘れてはならんぞ! 人は誰しも感情を持っているのを肝に命じなさい。そしてその感情によって動くことも少なくないことも覚えておきなさい」

 真好は椿を慕うお嬢さんたちの事にも触れようとしたが、それは椿自身の宿題だと思い言及しないことにした。

「はい」

「では、私は行くよ。元気でな」

「おじい様もお元気で。母や海にもよろしくと伝えていただけますか」

 真好は手を上げて別れの挨拶をすると静かにテントを後にした。

 

 出発当日

 

「陛下、陛下が親征をなさっていただいたおかげで、無事に勝利できることと相成りました。感謝の言葉もございません」

 椿の司令官としての別れのあいさつに皇帝は満足そうに微笑み、しかるのち言葉を発した。

「東秦帝国がプロイデンベルクに対し宣戦布告をしたとの事だ。一段落つけようが油断はならん。戦いはまだ道半ばである。今後も苦労があると思うが一層の努力でそれを打ち砕き邁進して欲しい」

 言葉が終わると、居並ぶ諸将が腰まで頭を下げる。

 皇帝はそのまま退出し煌敦を後にした。

「ありがとうございました」

 椿は近衛師団の後ろ姿が砂漠の塵に紛れて見えなくなるまで頭を下げつづけた。

 

 1月後

 

 捕虜を満載して行った車たちは荷台に食料や軍需物資を満載し戻ってきた。

 その間にも、兵員の欠員が順次補充され会戦前よりも兵は充実して、作戦の開始を指折り数えているような状態だった。

「西域攻撃作戦を発令します」

 椿の声に一同活気ずく。

「先の作戦にあった編成とし、左翼の第1師団、第16師団、第18師団を西域南路。右翼の第5師団、第6師団、第15師団、混成旅団を大山北路。中央の第26師団、第28師団、第038師団を大山南路とし、司令官は左翼は乃本元帥。右翼が昔町中将。中央は私、秋川が指揮をし出撃します」

「ここ煌敦の守備は酒湖の守備隊が行います。酒湖は東秦帝国の部隊が接収するとのことです」

 各師団の面々がおおよそ予想通りと言う笑みを浮かべる。

「以上。解散」

 それぞれ急いでテントを出ると自分のやるべき仕事をこなすため駆け出した。

「おじい様。おじい様がいなくともやり遂げてみせます。

 春風と言うには生ぬるい風が砂を巻き上げ吹き付けてくる。

「うっ」

 椿は思わず目を閉じた。風が思いを運ぶのならこの思いを母の元へ届けて欲しいと思いながら。

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