プロイデンベルク軍来襲
長い冬も終わりの兆しが表れ、春の息吹が北の荒れ地になびくころ。
「エルウィン軍東上中!」
定期便に出かけた爆撃騎隊からもたらされた一報に、駐屯地内に緊張が走った。
「迎撃します、準備急いでください」
椿は開口一番指示を出すと、各部隊に向け伝令が飛んで行く。
各駐屯地の前面には、通り抜けできる回廊を除き地雷が大量に埋められており、左右にも部分的に地雷原となっており、地図が無いと容易に迷い込むようになっている。
迎撃態勢は元々配置していた通りとし、南東に少し行ったところにある台地に第5師団を置き、その下に第15師団を配置し本陣との間に第16師団、本陣の前に第6師団、となりに第038師団、最右翼に第26師団を置き、本陣との間に第18師団を配置して、エナホトにいる第1師団に連絡し不意の事態に備えされる。
「がんばれー」
「頼んだぞー」
第3飛行師団の航空隊が少しでも敵の数を削ろうと引っ切り無しに攻撃に向かっていってその度に爆音が頭の上を通り過ぎていく。
飛行場では、蓄魔石や爆弾の装着、離陸、着陸でよくぞ事故が起きないなと言う位てんやわんやとしており、各部署の練度と連携の高さに驚くばかりだ。
「行程では、約2日の距離。急いだとしても明日の夕方……」
椿は非常に悩んだ、カール王国が1月程度で併合された電撃戦、ラムセスのヘラクレンドリアを落とした電撃戦、前項は前線司令官、後項は方面軍司令官、エルウィンは両方に関わっている。
「奇襲で来るか、それとも……」
兵に徹夜で警戒させると、確実に疲労が残り作戦に影響する。
「今は航空騎が襲撃している最中だ、行軍は遅れる。今日の夜襲は無い!」
椿は今晩の夜襲はないので英気を養うように指示を出し、その日は早々に休むことにし夜間にあるかもしれぬ不意の報告に備える。
「衛兵、私は夜にあるかもしれない連絡に備えて少し休みます。何か緊急事態があったら起こしなさい。配慮は不要です」
「はっ畏まりました」
言付けをした後、毛布にくるまれるとウトウトと夢に落ちてゆく。
「おい、下級生。女のくせに気に入らないんだよ!」
椿が廊下を歩いていると、3人の上級生に行く先を阻まれた。
ピシン
ビンタの音が廊下に響く。
「……女性に負けるのがそんなに怖いのですか?」
「あんっ。貴様ぁ~なんて言った、今ぁ」
ピシン・ピシン
「お前、何だその目はぁ、先輩を何だと心得てるんだぁ貴様は」
ピシン・ピシン
「しつけのなっていない女はこれだから嫌なんだよ」
「秋川家も落ちたもんだ!」
「あっははは」
「違いない!」
「真好閣下もお年を召したんで判断力が落ちゃったんじゃないか」
「ははははは」
椿は自分の事ならともかく、祖父の事を馬鹿にされ怒りのため殴り掛からん形相で相手を睨んだ。
「だから、その目が気に入らねぇんだよ」
ピシン・ピシン
「なんなら犯してやろうか? ああん」
「おい、取りあえず1回やめろ、シャレにならんぞ!」
横で笑っていた1人が真顔になり、2人の間に体を入れて止めに入った。
「そうだな、特権階級の権力で一家そろって憲兵に世話になるのは御免だ」
「本当に気を付けてくれよ。巻き込まれるのは御免だからな」
もう1人が困ったような顔を浮かべ、男にその場を離れるように促す。
「ああ、すまんすまん、はっはっはっ」
男はまるで面白いことをやったかのように笑い飛ばした。
(こんな屑共に負けるわけにはいかない! あらゆる面で!)
椿は歯を食いしばり怒りを押し殺した。
「帰って宿題をやらんといかんからな、帰ろう」
「そうだな」
ガバ
椿は身を起こし左右を見回す。
(テントの中……夢、か)
右手で両方の頬をさする。当たり前だが痛みはない。
シャツは汗でぐっしょりと湿り気を帯びて、夢の内容と合わせ不快な感覚が体を支配する。
喉の渇きを覚え、水筒の水を飲むと多少は落ち着いて来た。
「……」
椿は夢と決別するためなのか本人も分らぬままに、リュックを開けて下着とタオルを取り出すと、汗を丁寧にふき取り素早く着替える。
「……ふぅ」
風にあたるためにテントから出ると、西の空にわずかに光を残し太陽が地平に潜った所だった。
普段は冷たい夜風だが、その日に限っては涼しく感じた。
「私は、自分を高めるために頑張ってきた。理不尽を跳ね返せる実力を備えるために頑張ってきた……」
第038師団の方へ目を向ける。そこでは、若き女性たちが懸命に防御の備えの作業を行っていた。
「彼女たちは、どうして私を担ぎ上げて戦うのだろうか? 私にその価値はあるのだろうか?」
「そうだな、特権階級の権力で一家そろって憲兵に世話になるのは御免だ」
夢に見た、かつての上級生の言葉を思い出す。
「私は自分の実力ではなく、特権で特別に取り計らってもらっているだけなのだろうか」
本来は士官学校に入れないのは分かっている。
「この子、利津子は貴方の事を慕ってたんですよ。女性なのに凄いって。利津子自身は小説家になりたくて、進学しないと見合いをさせられるからって進学し、でも普通の大学は親が許してくれないからって教員育成の学校に行って、学校の教員の傍ら執筆しようとそこまでして夢を叶えようとしていたんですよ」
三木の言葉を思い出す。
「祖父が英雄でなかったら、私はどのような人生を送っていたのだろうか?」
「いや、今はプロイデンベルクとの戦いに集中しないと!」
その日の夜は椿の予想通り敵襲は無かった。
翌日
未明から周囲の静寂を切り裂いて、航空騎が爆音を鳴り響かせ離陸していく。
航空騎の整備兵は夜通しで整備を行い、輜重隊の非戦闘員は腰が曲がる程の屈み作業で飛行場の小さな石までもを取り除いて、夜間の離着陸に備えていた。
飛行場は懐中魔灯を持った兵が等間隔で地面を照らしており、慣れたもんで大型騎すらも滑走路をはみ出すことなしに飛び立っていく。
第1波が飛び立つと、すぐさま第2派の発進準備が着々と行われて、爆弾や蓄魔石が騎体に装着され、その横でパイロットたちがギラギラした視線で空を睨んでいた。
その2派が敵に向け飛び立つ頃、先に発った航空隊からの通信が入る。飛行場は第3波の準備を始めている。
「敵部隊、魔動歩兵および速射魔砲を優先的に攻撃す」
「敵位置――」
椿は急いで地図を広げ、定規を当て位置を割り出す。
(思ったより進んでいる)
直掩隊の魔力を補充し再び飛び立ったころ、プロイデンベルクの攻撃隊が向かっているとの連絡が入った。
「第3派は即離陸、大きく迂回し進軍せよ」
椿が時計を見やると、何時の間に10時を回っている。
ウィ――――ン
サイレンの音がこだますると対空魔銃隊が血走った目で敵を探しだす。
「敵騎だぁ」
魔銃の射撃音が空をつんざくも、敵はするりと間を抜けて爆弾を投下し、こちらの備えを破壊してゆく。
ドカン、ドカンと続けざまに音が鳴ると、魔銃陣地が吹き飛ばされ、銃手が空に舞い上がってゆくのが見えた。
それ以外の大多数の爆撃騎は飛行場に殺到して爆弾を投下すると激しい土埃が舞ってその辺一帯が見えなくなった。
土煙が収まると、そこら中穴ぼこだらけである。
上では直掩騎が敵騎と交戦し、1騎また1騎地表へ消えていく。
爆撃が終わったのか敵が帰路に着くと、束の間の静寂が訪れた。
「飛行場を直すぞ、手伝ってくれ」
「空いてるやつは昼飯でも食え! 敵が来たら食えなくなるぞ」
第1波の飛行隊が戻ってきたのは、それからすぐのことだった。




