愛騎からの騎種変更
テントに迷い込む冷気も徐々に和らぎ、日中にはこれまでの厚着だと汗ばむような陽気に変わり、肌着を一枚脱ぐ兵も現れるころ。
「こう、ふぅ、それぇ」
今日も変わらず上官の許可を得て、三木は魔動歩兵の操作訓練を繰り返す。
「よし、今んは上手くいったわ」
「三木中尉」
島中の温和そうな声で呼ばれた三木は、慌てて1式魔動歩兵から降りる。
「調子、良さそうだな」
「はは、だいぶ慣れたもんで」
島中の誉め言葉に、三木は照れを隠さずに喜んだ。
「お前になら騎体を渡してもいいかのしれないと思ってな」
いつになく戸惑いのある言動に三木は何か重要な話なのだと直感で悟り姿勢を正す。
「私の愛騎の試作6式魔動歩兵だが、データを取り終わったこともあって返却して鹵獲したヤグアルⅡに乗り換え予定なのだが、よかったら6式に乗ってみないか」
「6式――どんな騎体なんです?」
三木は元来の好奇心から試作6式を操縦する自分を想像してみたが、遠目でしかそれを見たことが無くイマイチピンとこなかった。ただ新品では無いとはいえ試作品という特別仕様に胸を躍らせたのは確かである。
「三木、お前が今乗っているのは1式だったな」
三木の愛騎の1式魔動歩兵を見上げる。
「翔陽の魔動歩兵は、荒野の戦いをイメージして作られているので発動機はD型なのは知っているな」
「それは、理解しているであります」
D型発動機の特徴は普通の航空騎の発動機と違い馬力が出ることと炎上しにくい所にある。
そう聞くと、D型の方がいいように感じられるだろうが、普及を妨げる点が複数ある。航空騎の発動機に使う蓄魔石は低い波動の魔力で、常温でもスイッチ一つですぐに始動するが、D型は高い波動の蓄魔石を使うので発動機を始動させるためには、まず圧力で波動を抽出する必要があり圧力装置が別途必要である。また高温でないと波動が反応しないので、抽出するのに使用した圧力を再利用し空気を圧縮することで温め使用する。
当然、波動の種類が変わって来るので、蓄魔石の種類が別となり航空騎と共有化できない。また、発動機自体の大きさにも差があり、D型は圧力装置やそれを利用した空気圧縮装置を備え付けている関係で巨大化は免れない。他に部品点数が増えたことでコストが上がる点や騒音や振動が大きい点などもある。
D型の良い点は、発動機自体に耐久性があり故障しにくい点、先に述べた通り、高温でないと作動しないためその分炎上しにくくその分安全だということと、容量が大きいと言ってもただ小型化が難しいだけで、そもそも大きな馬力が欲しく容量に制限が無いような船の様な用途では基本D型である。
各国の魔動列車やプロイデンベルクの貨物魔動車などには多様されるが、こと魔動歩兵となると翔陽とスーズルカの一部以外ほぼ使用していないというものを使用したところに翔陽という国の面白さがある。
「6式の騎体が今までの物と著しく異なる点はスラスター、まあ推進器だな、これが付いている点だ」
「スラスター?」
三木の呆気にとられた問いに島中は笑いながら答える。
「そりゃー初めて聞く物なんだから分からないのは仕方がない」
島中は自騎の置いてある岩場に向かう。
「すごい偽装ですね」
空から見たら普通の岩場にしか見えないだろう。そう思わせるくらい巧妙に隠してあった。
「ちょっと待ってろ!」
偽装を1人で取り除こうとする島中を見かねて三木は手伝いを申し出る。
「ああ、すまないな」
てきぱきと偽装を取り除くと、遠目で見たあのカーキ色の騎体が現れた。
「騎の後ろへ来い」
「はっ」
「あれを見て見ろ」
島中が指さした先には、まるでランドセルを背負っているような膨らみが付いており、そこから後方に向けて臼砲の砲身のようなものが5つ程くっついていた。
「あれが……スラスター」
三木は突然我に返る。
「推進器とも言っておりましたが、何かエネルギーを出して進むものなのでありますか?」
島中は少し驚いた顔を見せ「よく気付いた」とニヤッと歯を見せた。
「それは、これから見せる」
騎体にエネルギーが入り発動機に圧力がかかり始めるとD型独特のぶるるっという揺れの後に発動機はリズミカルな音を奏で始める。
「さあ発動機が回ったから、こちらに上って来てみろ」
「やはり1式とは違いますね」
三木はコクピットを眺めると、魔力残量計や圧力計、速度計など姿形が一緒のおなじみのメーターがほとんどだったが、計器が数点、レバーにスイッチなど見慣れない機器がついていた。
「これが、スラスターを使用できるようにするスイッチ。これがスラスター発動するレバー。この見慣れぬ計器が上からスラスター使用時のジャイロ計、スラスターの出力計、そしてスラスターの魔力残量計」
「スラスターは魔力を出して進む……航空騎と同じ原理でありますか?」
「おお、よくそこに気付いた。まったく素晴らしいよ」
「そう、これは航空用発動機を後ろにくっつけたことで、ジャンプした後滑空したり、滑空最中落下位置を変えたり、走るスピードを上げたりするものだ」
「では、二種類の蓄魔石を使用するのでありますか」
「ああ、そうだ」
(役に立つのかな? 無駄ではないのかな?)
「必要なさそうって顔をしているな」
島中は三木の顔から考えを読み、にこやかに答える。
「申し訳ございません」
「ああ、気にするな、気持ちは分かる。俺も使うまではそうだった」
「なら、何故騎種を変更するのでありますか?」
「三木、1式・ヴィルトカッツェ・ヤグアル・M4テムカセ・M5クロウフォードを性能順に並べて見ろ!」
「大体ですが、ヤグアルが最高、次いでM5クロウフォード・ヴィルトカッツェ・M4テムカセ最後に1式魔歩であります」
三木は言われた通りに順番だてて並べてゆく。
「残念ながらその通りだ。ヤグアルはヴィルトカッツェの2倍近い重量がある。M5クロウフォードが1.5倍、M4テムカセは同じくらい、1式は半分だ。装甲の厚くして魔砲の口径を拡げれば、それは重量が増える事を意味するからな」
「ヤグアルは別格なので、燃料不足で廃棄されたものや撃破されたものを修理した騎体を集めて部隊を作ることになり、その部隊に俺の隊が選ばれた」
三木には島中が少し誇らしげに胸を張っているように見えた。
「6式はどの位置にある騎体でありますか」
「6式はヴィルトカッツェやテムカセと同位置だ」
「ヤグアルやクロウフォードとまではいかなかったのでありますね」
「はは、それが国力ってやつだ」
仕方ないと言えば仕方ないのだが、聞いているとなんだか無理して背伸びをしているようで何とも言えない寂しさが襲ってきた。
「だからこそ、それを補うためのスラスターだ」
「はっ」
「そんな顔をするな。使えば良さが分かる」
「これから俺が使い方を教える。頑張って着いてきてくれ」
その日を境にしばらくの間、スラスターの猛訓練が開始された。




