先手を打つ
少しばかり前に遡る。
楼湖
雲一つない空に、偵察騎が旋回してゆくのが視界に捉えられ、目で追うとゆっくりと旋回を始めた。
「毎日のように来ますね」
「翔陽はやることが分かりやすいね」
「ですね」
エルウィンの言葉にナイディンガーが相槌を打つと、エルウィンはゴーグルに手をやり目を瞑った。
ブ――ン
FM199の発動機音が頭の後ろから前へと流れたかと思うと翔陽の偵察騎に速度を上げ近づいてゆく。
それに気づいた偵察騎が、これまた速度を上げて逃げてゆく。
エルウィンは帽子を上げ、手櫛で髪を整えると、音の方へ眼をやり静かに笑った。
「いつもの追いかけっこですね」
ナイディンガーの言葉に「むこうは武装が無い分軽いからね」と軽くうなずいた。
「毎回、我が軍は負けています」
ナイディンガーは冗談を一言いいながら傍らにあるコップの水を一口飲んだ。
「元帥、司令部より連絡です」
魔動2輪のサイドカーから顔を出した士官が、地面に素早く降り立ち通信を記入した紙を渡してきた。
「……」
「元帥、なんと書いてあるのでしょうか」
エルウィンが通信を読むとこう書いてあった。
バスティーリャ王国、第250師団を派兵する。準備されたし。
「今度はバスティーリャ王国ですかっと……」
エルウィンは後ろ髪をぐしゃぐしゃっと掻きながらそう呟いた。
「バスティーリャからの派兵ですか?」
「ああ、1個師団だそうだ」
「トロイヤにつられたのでしょうか?」
「かもしれない。が、内戦時の敵対勢力で投降した兵を厄介払いに送ってきたのかもしれないな」
「もし、そうだとしたらそれこそ厄介ですね」
「まったくだ。そうでないことを祈るよ」
それから数日後
早朝から乾燥した砂を蹴り上げて、ナイディンガーがテントに飛び込んで来た。
「元帥、翔陽が動きました! 前線に置いております我が軍の小隊を撃破しつつこちらに向かっております」
エルウィンは無精ひげの生えた顎をさすりながら「やれやれ、ずいぶんのんびりしたものだ」と呆れた。
「どこが攻撃を受けたかわかるかい?」
「こちらです」
ナイディンガーより落とされた拠点にバツ印を付けたメモを受け取る。
「これを見ると、今のところ5つだね」
エルウィンは、確認し終わったメモをナイディンガーに返した。
「トロイヤの軍は恐らく1月かかるでしょう、バスティーリャ軍はなおさらです」
「ナイディンガーは何か言いたいときは、いつも遠回りな物言いをするね」
エルウィンにからかわれてナイディンガーは照れ笑いを浮かべた。
「でもね、それは恐らく失敗するかな」
「えっ」
驚くナイディンガーに説明を始める。
「今回は前回のオドルスでの失敗に懲りて慎重を期して兵を進めて来ているようだね。その証拠に取りこぼしても問題ない我が方の部隊まで虱潰しに潰して進軍しているだろう?」
「……」
「偵察騎でこちらを探ったり、小さな拠点までもを綿密に調べて攻撃している以上、あの女将帥はかなりの備えを施しているはず。こちらが速度を重視した軽兵で機先を制しようと襲撃したところで反撃により兵を無駄に消耗するだけだろう」
(この人は何処まで人の思考を読むのだろう?)
「反撃を恐れて重兵を用いて叩くのなら、たしかに出鼻はくじけるだろうが、叩いた後の退却の速度を鑑みて追撃で大きな損害が出るだろう」
「もし、仕掛けるなら本戦以外に考えられないといったところだ」
「これは、差し出がましい事を言ってしまい申し訳ございません」
ナイディンガーの詫びを一笑にして、リョーマ中将を呼んでくるように命を下した。
しばらくしてリョーマが来ると「中将就任おめでとう」と笑った。
リョーマは捉えどころの無いエルウィンの言動に戸惑いつつ「私を呼んだ理由はそれだけではありますまい」と確認がてらに聞いた。
エルウィンは机の上に地図を広げ、本題を切り出す。
「カイコロードは3つのルートがあるのを知っているかな?」
「それは、大山山脈を挟んで北が大山北路、南が大山南路、そこからディルゴ砂漠を挟んで南が西域南路でありますね」
「うん、そうだね。具体的な拠点を知っているかい?」
「確実に正解かと言われますと自信が無いですが……」
そう前置きしつつリョーマは答えていく。
「大山北路は煌敦~ファントル~ムチウル~リイ~サルマカドン」
「大山南路が煌敦~ファントル南下および楼湖北上~ラルコ~チャク~アックス~カルガシュ」
「西域南路が煌敦~楼湖~チュンチェル~アニ~タンホー~マルカドン~カルガシュ」
リョーマは答え終わると、頭を掻きつつ自信なさげに笑った。
「翔陽の軍がこちらに向けて進軍しているという情報は入ったかい?」
「先ほど聞きました」
リョーマはここで合点が来たのかエルウィンへ向けて顔を向ける。
「進出するとしたら恐らく煌敦~酒湖あたりのどこかだろう」
「煌敦を先に抑えるのですね!」
「その通り。ここ楼湖では大山北路の進軍を防げない。翔陽が一部の部隊を背後に回して補給線を絶たれたら一大事だからね」
「はい、早速みなに伝達してまいります」
そう言い置き、急いで出て行くリョーマを見送りながら、エルウィンはイスに深く腰掛けた。
「ふう、椿さんとやらはどう動くかな」




