虎児を得られず
オドルス
朝から会議が始まり、昼休憩をはさみ午後からの会議が始まる。
会議を開くことになった理由は一本の通信からだった。
その日の朝も相変わらず晴れていた。
冬は晴れている方が放射冷却のせいで気温が落ちる。ましてや砂漠となると熱を保持する建造物が無いせいでなおさらである。
椿は地図に目を落とし拠点を眺めていた。
「航空騎の航続距離を考えるとプロイデンベルクの楼湖には距離がありすぎる」
戦闘騎隊が着いていくのがやっとで戦闘どころではなく、それどころか航続距離の短い騎体に乗る天空騎士では辿り着けない。飛行時間も長く体力を消耗する。
また、傷ついて不時着した航空兵を救助するのに困難を極め、あげくの果てに帰還が難しいと思われる兵が敵に自爆する例が続発して航空参謀達の悩みの種となっていた。
攻撃を誘導する偵察騎や帰還の際に避難できそうな場所を探すようには話しているのだが、途中の湖や岩窟には敵兵が駐屯しており蹴散らす必要があった。
「前進する必要があるかしら」
椿が頭を悩ますのには理由がある。国家の命令で、東秦帝国とは揉めることは避けるよう言明されているからである。
ここで難しいのは、東秦はある程度峠を越えたとはいえ、反乱軍と戦闘中であり北の大地まで手を出す余裕が無く、なすがままに放置しているに等しい状態なのだが、かつては東秦の勢力圏にあった。
ただ、厳密にいえばこの辺の地域は基本モキタルや東遼、北清、ティルコ、契談の諸勢力が入り混じって争い、落ち着かず、東秦に下ったかと思うと反乱を起こす勢力が混在し、東秦自体手を焼いていた。
ゆえにどこまで現在の東秦の勢力圏か、またそこを通過、利用しようとするのに当然外務省を経由して東秦外交部に交渉するには時間がかかりすぎるので、この地域を治めている官僚と交渉するにも現場管理者は誰なのか探すのも苦労しそうだった。
ただ、翔陽にとって助かったのは大小の部族が静観している事だった。
久方ぶりのコーヒーを啜りながら、地図に再び目を降ろして考え事をし始めた所だった。
「お休みのところ申し訳ございません」
通信兵が広いテントの前で大声を出すと、少しは熱気が伝わり温かくなったような錯覚に陥った。
「休んでおりません。お入りなさい」
「失礼します」
そう答えて入った通信兵を見ると、酷く焦ったような空気を行動や口上から嗅ぎ取れた。
「参謀本部より通信が入っております」
椿は通信兵を一瞥すると「貸しなさい、その紙を」と言って手を伸ばした。
「はっどうぞ」
両手で差し出した紙を受け取り、目の前にそれを置いた。
素早く内容を把握すると「わかりました、ご苦労様です」と言って兵を引き取らせる。
「この情報は正しいのかしら?」
椿はすぐに、情報源を見ると正しそうだと思い直した。
通信にはこう書いてある。
プロイデンベルグに増援あり。トロイヤ王国軍3~5師団、航空騎および補充兵の模様。スチューザン諜報より。
「司令のおっしゃられることは存じております。増援の来る前に叩く、そうですね」
阿垣中佐が力強く主張すると、場の雰囲気は沈んだ。
「はい、その通りです、合流する前に叩けるのでしたら叩きたい」
乃本は椿の方を見やり意見を述べる。
「恐らくは、スチューザンの諜報なら間違いないであろう」
「そうだろうな」
石川も同じ見解を述べた。
スチューザンは、翔陽よりも人口が少ない位のあまり大きくない国である。あるにもかかわらず7つの海を制圧できたのは、技術力ともう一つの能力『諜報力』である。
諜報というのは、スパイ活動をさすことが多いが、今回もその例に漏れないであろう。
スパイ活動と言っても色々あり、情報を掴むのは序の口で、敵を買収したり、敵同士を仲たがいさせたり、反乱をそそのかしたり、敵の部下を寝返らせたり、テロ行為を行ったり、あげくの果てには敵の指導者を暗殺したり本当に色々である。
かの国は、時には2枚舌、3枚舌と揶揄されながらも巧みな外交をこなし、敵の仲間を切り崩し、時には軍事力を誇示して従わせたりと様々な手を使うスチューザンに比べると翔陽の諜報は児戯に等しい。
「増援と合流する前に敵を叩くというのは、道理として至極ごもっともなことながら、数々の煮え湯を飲ませてきたエルウィンの事、こちらの動きを予想していないわけがないと思われます」
石川の指摘にみな頷くも、阿垣はなおも食い下がり「虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うではありませんか」と主張した。
それを伊賀は笑い「たしかにその格言は西域でのことでしたな」と言うと、椿以外の者はドット笑った。
「なら、この度も成功するでしょう」
阿垣は強気に主張する。
「2000年近く前の事と今を一緒にされても困りますな」
石川の毒を含んだ言動に阿垣は思わず机を叩く。
ドンという乾いた音が響き渡るも、百戦錬磨の男たちは微動だにせずに阿垣に侮蔑の視線を投げかけた。
「くっ」
「この議題は後程検証しましょう」
椿は話を引き取り議題を変えることにした。
「以前より議題に上がっておりました、敵の前線基地が遠く航空騎隊の負担になっていると言う問題です」
ここに待っていましたとばかりに航空師団の師団長と参謀が口角を飛ばす。
「楼湖まで距離がかなり離れており、往復で飛べるものは少なく、航続距離の長い騎体も数が足りておらず消耗も激しい」
たたでさえ強い口調の2人の発言に熱がどんどんと帯びてきた。
「傷つき、不時着したものも生還できる確率は低く、また主要な場所には少数ながら敵兵が居りとても近づけない」
参謀は興奮のあまりドンと立ち上がった。
「近くに基地があれば迎えに行くなりして死なずに済む部下を助けられないのは誠に慚愧に耐えない」
場の雰囲気が二人に流され、前線を押し出そうという話に変わった。
(何故そっちはあっさり通るの?)
椿は頭ではわかっている、でも納得できない。
「では、前線は何処に移す」
石川の問いに皆答えを窮す。
「大水などはどうか」
昔町が発言するも、椿が「東秦帝国を刺激するような作戦行動を避けるようにとは参謀本部より申しつかっております」と牽制した。
「ならば文威もダメか」
白武は小さく呟く。
「それならば、酒湖はどうだろうか?」
長老の乃本の発言にみな妥協案としてそこしかあるまいと思いつつ確認のため周囲を見回す。
「しかし、物資の保存はどうする?前回みたいに撤退したらすべて相手にとられるのだぞ!」
どうやら石川だけはそれに納得せず、持久戦を主張していた。
「相手の補給線は長い、無理せずとも行き詰まる」
石川の発言は多勢に無勢にて周囲に黙殺され、酒湖進出が決まった。




