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荒野の椿  作者: クワ


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18/42

陛下行幸①

「うう、寒い」

 女中はガタガタと歯を鳴らしつつ敷居を潜った。

「家の中も寒い」

 翔陽は湿気が多く、それゆえ油断すると家の中にカビが生えてしまう。

 必然的に家屋は通気性を重視し、防熱・防寒対策は後回しとなって居住スペース以外は室内でもかなり冷える構造の家が多かった。

「夕餉の支度を済ませないと」

 台所に行くと真っ先に鍋に水を汲む。

「冷たいィ」

 窯に火の魔法を放つと、炎が勢いよく燃え上がり部屋の空気を温めてゆく。

 買ってきた野菜などを切り始め、茹った鍋に放り込み蓋をした。

「ふんふふん♪」

 その時、魔法通信機がベルをけたたましく鳴らした。

「あら、何かしら」

 空気を遮断し火力を弱めると、魔法通信機の方へ急いだ。

「もしもし、こちら秋川家ですが」

 通信機の先の男は近衛庁の長官と名乗り、真好閣下おられますかと聞いて来た。

「ええと、少々お待ちくださいませ」

 音の出ないようゆっくりと傍らに受話器を置くと、女中は書斎へと急いだ。

「旦那様、旦那様」

「どうした? 誰からの通信だ?」

 ベル音や女中の態度からただならぬものを感じ、素早くふすまを開いた。

「申し訳ございません。近衛庁の長官と名乗られる方から旦那様につないでくださいと……」

 真好は顎に手を当て首を捻ると呟く。

「近衛庁……わかった出る」

 女中は深々と頭を下げる。

「あっ夕餉の支度の最中なら戻って続けてくれ」

「はっはい」

 廊下を歩くと冷たい感触が足より伝わって来る。

「お電話変わりました。秋川です」

「これはこれはお休みのところ突然連絡いたしまして申し訳ございません」

「……して、どうなされました」

 どうやらただ事ではなさそうな様子が相手の口調から伝わる。

「それなのですが、陛下が是非ともお話がしたいとの事でして……」

(孫娘の事かな)

「それは、大変光栄なことでありますが、この老骨に陛下のお相手が勤まるかどうか……」

「いやいや何をおっしゃいます。陛下たってのお願いとの事でございます」

 上手くかわそうと話を持っていくが、そこは相手が回り込んで逃げ道をふさいでくる。

「はは、では、いつ参内すればよろしいのですか?」

「それが、陛下は秋川様のご自宅にお伺いしたいとの事です」

「む、むう、我があばら家に来て陛下の身に何かあっては……」

 流石に陛下をお迎えするには準備を考えても荷が重く、断ろうとしたのだが、それも逃げ道をふさがれた。

「警備の方は抜かりなく行わせていただきますゆえお気になさらずに」

「……本当によろしいのですな。我が家は何もございませんぞ」

「陛下たってのお願いですから気づかい無用との事です」

「日時は、行事などございまして、申し訳ございませんが1週間後にお伺いできればとの事でございます」

「わかりました。では来週お待ちしております」

「よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 通信機を切ると、真好は体の芯まで冷え切っていた。

「この寒さをどうにかせんとな」

「旦那様、お通信が終わられたようですので夕餉をお持ちいたしました」

「おお、有難い、これなら体が温まりそうじゃ」

 そう言い食事を取り始めた。

 

 数日後には、近衛庁の職員および憲兵隊長官、警察署長らが数人訪れ、家の見取り図、警備の近衛兵の配置、外の道路状況、辻に立つ憲兵や警察の位置や取り決めなど事細かく突き詰めては積み上げてゆく。

 その日の夕方には、沢山の火鉢やストーブなどが運び込まれてきた。

「お父様、これはいったい何のお祭りですか?」

 息子の嫁である梢が駆けこんできた。

(陛下の名は出せんな)

「祭りではないぞ。名の知れたお客さんが来るからそのために借りたのじゃ」

 梢は胸の前で両手を合わせて言った。

「こんなに買い物をしてきたかと思いまして驚きましたわ。違うようで何よりです」

「梢さん、人を呆けた老人みたいな言い方はせんで欲しい」

 ちょっとばかり額にしわを寄せそう言うと、梢はしゅんとして謝り始めた。

「あら、ごめんなさい。そのようなつもりでは……」

「あ、いや、言いすぎた」

 焦る真好の言葉も馬の耳に何とやら、梢の視線はストーブに釘付けになった。

「ところで、こちらのストーブ、お客さんが来るまで使っててもよろしいかしら?」

「あ、いや、そっれは、いかん」

「何故?」

「何でもじゃ」

「……いけず」

 恨みのこもった視線を残し、ゆっくりと歩いては視線を後方にチロチロ流して歩いては流してしまいに部屋を出て行った。

「やれやれじゃわい」


行幸当日


 その日は朝から積もる程ではない位の雪がチラつき、前日よりもグッと冷え込んでいた。

 あらかじめ、軍の気象班から情報を得ていた近衛庁の長官は一足先に秋川家へと詰め、指揮を取る。

 それは徹底したものだった。

「ご近所さんは一日外出禁止、仕事は強制休業、学校は休校、道路は近場は通行禁止、離れた所は通行規制、何が起こるのかしら?」

 梢は窓を開け外を興味津々に覗き見る。

 外では、凍えた警察官がはぁっと手に白い吐息を吐きかけていた。

「寒そう、そうだ!」

 そう言って台所へ駆け出す。

 真好は暖房器具の作動や一酸化炭素中毒を警戒したパイプなどの臨時の煙突を使った空気の入れ替えの手配などを終わらせる。

「ふう、次は」

 家族や使用人を部屋に入れて出て来ないようにしないとなどと考えて台所に行くと。

 お茶の匂いと共に、かまどからゴボゴボと水分が大量に沸だった音が聞こえた。

「梢さん、何をしているのじゃ」

 梢はニコニコと笑いながら振り返って「外のおまわりさんが寒そうだからお茶を一杯出そうと思いまして」とのたまう。

「いや、いいから! やめなさい」

「だって、寒いですよ」

「はぁ、寒いのは分かるが、今水分を与えて腹痛を催したらどうする? 尿意を催したらどうする?」

 梢はハッとした顔になり「確かに、そうだわ」と呟く。

「そのお茶を急須に入れて2階へ持っていきなさい。お客人が帰るまで下りないように」

「お茶を飲んで、尿意が来たらどうしましょう?」

 真好は心配する梢にため息をついて呆れ口調で話す。

「はあ、お茶は飲まんでよい」

梢は、2階に上がる前に「トイレに行って来なくっちゃ」や「お腹空くと困るから食べ物持っていきましょ」などまるでピクニック気分でわあわあ騒ぐとやっと上がっていった。

「やれやれ」

 玄関に控えている長官と目が合う。

「お疲れ様です」

 そう労ってくれた。

 ボーン・ボーン・ボーン

 時計が10時を指すと、どこからともなく魔動車のエンジン音が聞こえてきた。

 慌てて再度支度の確認をする。

 エンジン音は徐々に近づき、家の前あたりで停止した。

「来られたようですな」

 真好は軽く笑い、すぐに真顔に戻った。

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