耳を澄まして
その1 姿を消す都市の緑
妻が休暇を取って、関東在住の子供たちや孫に会いに行った。
一〇年ぶりに「第二の故郷」を訪れたことになる。思い出の地を巡ったらしい。
妻も筆者も四国の山奥に生まれ育ったせいか、関東でも田舎に居を構えた。休日には子供を連れ、魚釣りやザリガニ獲り、昆虫採集に出かけたものだった。そこはいまだ『となりのトトロ』(宮崎駿監督・スタジオジブリ・一九八八年)の世界をとどめていた。
「あのバーべキュー屋さん、昔のままだったのよ。全然、改装もしてなくて」
妻は感激していた。
(あそこは、我が家の思い出が詰まっている)
筆者は喜怒哀楽の日々を思い出していた。
「だけど、近くにはコンビニもできていてね」
妻は周囲の変容ぶりに愕然としていた。
「こんなところにまで家が建っている!」
子供たちが通っていた小学校の裏山は宅地に姿を変えていた。
さらに、I市では家の周囲にわずかに残っていた茶畑にも、家が建ち並んでいたらしい。
開発の速度はますます加速しているようだ。
その2 どこも人・人・人
妻の今回の旅行は、四泊五日に及ぶものだった。筆者は二女と留守を預かった。
時間を持て余した筆者は、SNS(会員制交流サイト)のライブトークに参加した。
しきりにため息をついている女性がいた。
「どこに行っても、人がいっぱいなの。どうしてこんなに人が多いんでしょうね」
疲れている様子だった。
「店があちこちにオープンしてるの。それでいて、どの店も混んでるのよ」
その3 地方は野生の王国
筆者の脳裏にかつて通勤していた都内の喧騒が蘇って来た。
「都内にお住まいですか」
訊くと、都内ではなかった。
「近くに新幹線の駅がありますけど」
という。
筆者は地方の実態を話した。
「野生動物が家の近くに出没します。最近も、イノシシに襲われ、二人が命を落としました。民家はあってもほとんどは空き家。私の住む地域では商店街はシャッター通りになり、日曜はほとんどの店が定休日ですよ」
「え、お店って日曜に買い物に行くもんでしょう」
都会人の彼女は、にわかには信じられない様子だった。
その4 嗚呼「世界№1」
トークで郊外の近況を耳にしても、長く田舎に引きこもっている筆者には、実はピンと来なかった。しかし、妻の報告は認識を改めさせるのに十分だった。
都知事が「東京を世界№1の都市にする」と気炎を吐いていた。都内で都市再開発が進むのは容易に想像できた。どうもこの余波が周辺都市にまで及んでいる気がしてならない。さらに悪いことには、地方の中核都市にまで感染が広がっているのではないか。
消滅寸前の地方からますます人口を吸い上げ、巨大化する都市部。人いきれに疲れ果てた都会人のため息が、政治家には聞こえないのだろうか。