2.面倒事はお断りします
ルクナリア公爵家に戻ったサーシャは、のんびりと夫婦でお茶を楽しむ両親の元に向かった。
「ただ今戻りました。」
「お疲れ様。で、どうだった?」
「あー、陛下ご公認の茶番ですか?ありましたよ。」
ニヤニヤと悪い顔で笑うのは父親のルクナリア侯爵だ。元々侯爵の情報網には今日の茶番の件は随分前から入ってきていた。あの体は大人だが、頭の軽いお嬢さんは随分と口も軽く、貞操観念も軽い。
どうやら王子はそれすらご存じないようだと、彼は王子の事も見限っていた。
「それで、うちのお嬢さんはどう対応したのかな?」
「面倒くさくなったので、帰ってきました。」
「まさか黙って?」
「余りにもお話が長くてねちっこくて、婚約破棄をお願いして出てきました。あ、」
「あ?」
「少し、ほんの少しですけど、広間の床を壊してしまいましたので、弁償しておいて頂けますか?」
「それ、要る?」
「要らないですね。で、出発の準備は?」
「もちろんできてるよ。私達が最後だね。」
「道理で静かだと思いました。」
広い侯爵家の中が、随分と静かだと思った。
王家は忘れているようだが、ルクナリア侯爵家は王家よりも古い家柄だ。そして、この王家が誕生したはるか昔、王家とひとつの約束をした。
王家が正しくある限り、共にあろう
ルクナリア侯爵家は、その力を細かくこの国に行き渡らせながらも、表向きは他の侯爵家と同じ立場でいるように振舞ってきた。
けれど、王家のレベルは年々下がるばかり。それでサーシャを王家に入れて、少しテコ入れも考えたのだが……
勿体なくなってしまった
え?テコ入れ要る?
潰れても良くないか?
どうせ隣国がこの国を狙ってるし、隣国の王は中々の賢王だ。
と、言う事で、面倒事はお隣の王様に全振りして、彼らは国を出ることを選んだのだった。
彼らがお茶を飲み終え、そのカップをソーサーに置く頃、俄に屋敷が慌ただしい物音に包まれた。
「こちらには誰もおりません。」
「こちらもです。」
「2階も確認しろ!」
「庭園も探せ!」
「おや、間に合ってしまいましたね。」
「そうですわね。」
涼しい顔で待つこと暫し。
「いた!庭園です。ご夫妻も、ご令嬢も揃っておられます。」
一人の騎士が大声をあげ、すぐにワラワラと他の人間も現れた。
「おや、陛下と殿下ですわね。」
扇で口元を隠しながら、侯爵夫人が呟くとおり、顔色を変えて走ってくるのは、この国の王と王子だった。
「こ、侯爵、これはどういう事だ。」
日頃は鷹揚に見える王の顔が、今はどこか必死さを伺わせる。どうやらルクナリアと王家の繋がりを少しは思い出したようだと、クスリと侯爵は笑った。
「国を出る用意をしておりましたが、それが?」
「ま、待て。待ってくれ。」
「何故です?」
心底分からないと首を傾げれば、王は息を呑んで侯爵の顔を凝視する。
「この国を捨てるのか?」
「はい。」
後ろに立つ王子は王と侯爵の顔を交互に見る。急に焦り始めた王に連れられてここまで来たが、彼には事情が分かっていなかった。
「説明を……何が起きているのか私にも教えて下さい。私とサーシャの婚約の話では無いのですか?」
「そんな小さな話ではない!」
では何だと言うのだと、王子は言いたかった。けれど、王の必死の形相を見てしまうと、言葉が出てこないのだ。