1.断罪ってくだらない
久しぶりの投稿です
よろしくお願いします
侯爵令嬢のサーシャ・ルクナリアの美貌を疑う者など誰もいない。それ程に、白く小さい卵型の顔、整った目鼻立ち、桜色の唇。
今、彼女の目の前にいる肉感的で、桃色の巻き髪、こぼれ落ちそうなルビー色の瞳の、庇護欲を掻き立てるような令嬢とはまた違うが、氷のような透き通った青い瞳は何も写していないようで、けれど自分をその目に写して欲しいと思う程の魅力がある。
ああ、面倒くさい。
彼女は今、彼女の婚約者であるマキシム第2王子から、その腕に縋り付く令嬢を甚振る振る舞いに対し、叱責を受けていた。
長いなぁ、ネチネチ、ネチネチ。
サーシャ・ルクナリアは、表情の乏しい令嬢で、王子は美しいとは言うものの、笑顔を見せることの無い彼女の事を疎んでいた。
彼女は優秀で、淑女の鑑と言われるが、彼が喜びそうな事を口にする事も、彼に寄り添うこともしてくれなかった。
そう、今、この状況にあるのは全て彼女の罪なのだ。
はぁ、ええと我慢して15年、もう良くない?
「サーシャ、返事もせず、聞いているのか?」
「はい、殿下。」
王子は彼女と婚約を解消したいと思っている訳では無い。彼女程優秀で強い後ろ盾を持つ令嬢は他に居ない。今彼の隣にいるシルビア・ランステア男爵令嬢は彼の心を癒してはくれるが、それだけだ。側室にするつもりだった。彼女は自分が未来の王妃になるつもりのようだが、彼にはそんなつもりは無かった。
ちょっとだけ、そうほんの少しだけ、サーシャが嫉妬して、彼に許しをこい、態度を改めればそれでよかった。
うん、もう良い。クロゼットに荷物も作ってあるし、部屋に戻ってすぐに出れば問題ない。
本当に今までよく我慢したわ。
「それで、殿下、お話の要約をお願いできますか?長々と聞かされてうんざりとして参りました。」
「は?」
王子は目を見開いてサーシャを見つめた。
今、なんと言った?うんざり?え?私の事か?
「……もう一度、言ってくれるか?」
「はぁ、ネチネチと脈絡もない話し方にうんざりとしております。貴方が賢くない方だと言うのは理解しているつもりでしたので、我慢して参りましたが、そろそろ、いささか、辛くなってまいりました。」
周りもザワザワとし始めた。それもそうだろう、今までの彼女はそんな口調であんな失敬な言葉を発した事などなかったのだから。
今この場には父王もその姿を見せている。この彼女への叱責も父と母に了解を得て行っているものだ。
決して隙を見せず、ミスもなく、けれど、表情の変わらない彼女を両親も少しだけ不愉快に感じていたのだろう。少し可愛げが出ればと思ったらしい。
「もうお話が終わられたのなら、失礼しても宜しいですか?」
「ま、待て!まだこのシルビアに謝罪もしていないだろうが!彼女に嫉妬したのだろう?それを認め、謝罪し、もう少し態度を改めれば、今回は許してやろうと言っているのだ。」
こいつ何様?あ、王子様だった。
「冗談は貴方様の存在だけで十分です。」
「サーシャ!!」
「では失礼しますね。あ、婚約破棄上等ですわ。よろしくお願いしますね。」
見とれるようなカーテシーを披露して、くるりと背を向け、サーシャは流れるような足取りで出口に向かっていく。
「衛兵!止めろ!」
サーシャはチラリと後ろを振り返ると、王子が初めて目にする笑顔を見せた。その美しさに驚いている間にも彼女は出口に向かってしまう。
衛兵が5人、彼らの仕事を思い出して、出口の前に立ち塞がった。
サーシャはふうとため息をつくと、腰を落とし、その華奢な右腕を振り上げた。
全く、お父様もお母様もこんな事になると分かっていたなら、一言言って下されば良かったのに。
きっと今頃転移陣の支度でもして笑ってるのでしょうね。
ズガーーーン
重い音と共に王宮の広間が地震のようにゆれ、周りが悲鳴をあげながら、倒れていく。粉塵が舞い、埃に噎せ返る人々が我に返ったとき、広間の出口には大穴が空いていて、サーシャの姿はそこには無かった。