第73話 モテない宇宙人
「あと、これは『遼州人』が宇宙に誇っていい最大の『文化的功績』なんだけどね。これは地球人と遼州人のハーフであるかなめちゃんから言わせると『遼州人の恥』だとか言ってその話題に触れようとするとすぐに銃を抜いて大暴れするし、隊長にその話題を振ると『俺はそんな遼州人の例外であって証拠もある』とかニヤニヤ笑って近づいてきて娘さんの写真を見せてきて妙な反応をして気持ちが悪いからあの二人にはそのことについては内緒にしておいた方が良いと思うけど……」
いつの間にかアメリアの顔は『女芸人』のそれに戻っていた。
彼女は話の流れをちゃめっ気で切り替えることで、誠の不安を和らげようとしているのがわかった。
これからアメリアが語ろうとしている『遼州人の良いところ』はこれまでの悪夢にしか聞こえない内容とはかなりかけ離れた平和的なものなのだろうと安心したものの、かなめが怒り狂い、嵯峨が珍妙な反応を示す『遼州人の長所』があまり威張れたものではないような不安な気持ちも誠は捨てきれずにいた。
「僕達に『文化的功績』なんてあるんですか?確かにさっき聞いた『アナログ式量子コンピュータ』による平和は驚異的というか狂気を感じるほどで、僕達が豊かに暮らせるのにその狂気の錬金術である『戦時国債』があるなんてことは怖い話ですけど……それ以外はただ地球の真似ばかりしているだけじゃないですか……この国の在り方もどうせ20世紀末の地球の真似なんでしょ?しかも『サンマ』とか『サバ』とか『アジ』が食べたいから地球から運んで来たり20世紀末日本を再現するためにどう考えても無駄な土木工事をするなんてもうそこまで行くと僕達東和の人間は『馬鹿』としか言えないじゃないですか?そんな『馬鹿』である僕たち『遼州人』にどんな『文化的功績』なんてできるんですか?それはなんですか?どうせろくでもないことなんでしょ?」
誠もこの『東和共和国』が20世紀末の日本の『よくできたコピー』にすぎないことは知っていた。机の引き出しに入っている古ぼけた切符やレシート、20世紀の映画の断片的記憶が、彼の中の『模倣』感を強める。
誠は文化的功績とやらがろくなものでないことは察しがついていた。そもそもかなめと嵯峨の反応を予想して見ればそれがどちらかと言えば誇るべきものと言うよりも恥ずべきものにしか感じないのは想像がついた。
そして地球人の遺伝子から作られたアメリアにとって、純血の『遼州人』である誠がその事実をどう受け止めるかは、しょせん他人事なのだ。アメリア自身には関係がないから、ここまで無邪気に言えるのだろうと誠は思った。
「『デジタル』が進歩しないことによってメディアの質が『アナログ的』に進化した……より20世紀末の日本を進化させることに成功した……結果、きわめて愛が生まれにくい環境を実現したのよ!まあ、これは元々『遼州人』の思考回路の特性がより積極的に拡大した成果なんだけどね。ともかくひたすら愛が生まれない事だけを願い愛を完全否定する『遼州人』の特徴がこの400年の間により強化されたわけ♪」
アメリアは高らかにそう宣言すると誠に向けて指を突きつけてまるでその愛が生まれない人間の象徴そのものが誠自身であるということを証明したというようないい笑顔を浮かべていた。
「!!」
誠はあまりのアメリアのすっとぼけた対応に呆然とするばかりだった。アメリアの語る『文化的功績』は、どこか皮肉混じりで、しかし致命的に本気だ。
そして誠にはその事実にこれまで生きてきてうんざりするほど覚えがあるだけに何も言い返すことが出来なかった。
そもそもこれまで女子とは運動会のフォークダンスの時にしか手を握ったことが誠には無かった。
女子と食事をしたのは高校時代にマネージャーの女子と大会前の練習の後にたまたま会ってファーストフードに言ったのが初めてで、この前アメリア達と飲んだのが女性と食事をする人生二回目の行事だった。
「それだけじゃないわ、『モテない宇宙人』の『遼州人』はそのモテない力により、本来は『殺人狂の地球人でも平和になれる方法』を提案しそれを地球圏や遼州圏に示してるわ。地球圏の地球人は『馬鹿馬鹿しい!』とその方法を拒否しているけど、遼州圏の元地球人は『遼州人』の『人との愛を意地でも阻止し自分もモテないと言う自覚をもって一生モテない』と言う生き方に大いに共感を示したから6年前に遼州同盟が発足したんじゃないかなあと言うのが私の意見なんだけど。その『殺人狂の地球人でも平和になれる方法』で人類に平和をもたらす方法を編み出した……精神科医が研究したところによると『遼州人』には恋愛感情というものが地球人と比べて圧倒的に少ないらしいわよ……それが平和をもたらす鍵!すべての知的生命体がモテなければ戦争は起きない!」
精神科医の研究結果を持ち出すのは『理系脳』の誠に対しては効果的だった。彼は数字と研究に弱いわけではない。だが『恋愛感情の少なさ』を『文明の防波堤』に結びつける発想は、彼の世界観を大きく揺さぶるものだった。そしてそんな目の前でアメリアは力強く右腕を振り上げて熱弁した。
ただし熱さを帯びるアメリアの演説に反して『モテない宇宙人』扱いされた遼州人である誠の心は冷めていった。
「アメリアさん。モテないことは自慢になりませんよ。そんな力による『平和』は僕には必要ありません。それに僕にも恋愛感情くらいあります。その精神科医はちょっと怪しげなマッドサイエンティストなんじゃないですか?」
誠のそんなむなしい願いをよそにアメリアは話題を続けた。彼女は笑いながら、だがその笑顔の端に鋭い刃が見える。自分がずっと個人的な不器用さだと思っていたものを、民族的特性みたいに言われるのは、誠には耐え難かった。
でも、言い返せるほど自分が『モテていた』記憶も無い。
「地球人の『モテる』と言う過信が常に戦争を引き起こしてきたの……すべての争いは人口の増加が原因と言ってもいいわ。地球人が『殺人狂』で『戦争大好き』なのもすべては愛があるから!」
ぐっと力を込めて右手を握りしめているアメリアは自分はいいことを言ったと満足そうな顔をしていた。
「歴史を見れば分かるわ!古くはトロイの木馬で知られたトロイ戦争に始まり地球人は愛ゆえに殺し合いを続けてついには完全な『殺人狂』に成り下がったの!つまり『愛は地球を滅ぼす』と言うのが今地球で起きている現象よ!」
アメリアは右手を握りしめて熱い口調でそう断言した。
「それに戦争嫌いな『遼州人』の誠ちゃんには理解不能かもしれないけど地球では戦争で活躍した人殺しは『モテる』のよ!戦場で活躍する人殺しのエースパイロットなんて毎日のように新聞に書きたてられて毎日のようにラブレターが届くのよ!人殺しが『モテる』ってことは地球人の愛は人を殺すことを称賛する感情だと言い切れるわ!私は何度でもいうわ!『愛は人類を滅ぼすのよ』!そうよ、もしすべての宇宙の人々が『遼州人』の『自分はモテないんだ。一生異性とまともに会話なんて成立しないんだ』という恋愛と背を向けた魂を持てば、人口が爆発的に増え少ない資源を奪い合うような争いごとは起きずに平和に暮らせるようになる。それってすごい『功績』じゃない?隣の遼州人の国『遼帝国』はこの40年の内乱で人口が半分になったけど、遼州人はモテないから人口が元の水準に戻るまであと五千万年かかるらしいわね……まあ1億年かけても人口が倍にしかならなかった遼州人なら当然のことかもしれないけど」
冗談かもしれない。だがアメリアの声は本気に満ちていて、話の終わりに微笑みが残る。誠にはそれが皮肉であるのか信念であるのか判断がつかない。
そう言ってアメリアはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まず!地球人も遼州人のように『モテない』を極めれば平和になるのよ!地球人も『モテない』を極めて恋愛を完全否定して一生を一人でモテない自分と向き合って生きる真の悟りの境地に達した求道者たる『遼州人』の生き方を学ぶべきなんだわ!」
はっきりと、力強くアメリアは言い切った。窓の近くで紙屑が小さく舞い、誠はそれを見つめたまま自分の胸にある穴を意識する。
誠は自分がモテないことは『胃弱』からだと思っていたが、周りの女子も男子も『モテなかった』と言う事実を知らされて唖然とした。
「モテないこと……それ自慢になります?というか、僕はアメリアさん曰く『モテない宇宙人』の『遼州人』ですけどそもそも好きで『モテない』わけじゃないんで。機会があれば『モテたい』んで。と言うかそんなことで『モテる』なら僕はいっそのこと地球人に生まれたかったです」
そう言うのが誠には精一杯だった。
誠の『モテたい』という切羽詰まった願いがそう言わせていた。彼の胸には、いつか誰かに選ばれるという単純な希望が残っていた。
「自慢になるわよ。まず、『愛』が非常に生まれにくい!人口統計とか誠ちゃんには無縁の社会的なデータを見ればその効果は絶大だって誰にでも分かるわ!生涯未婚率80%!しかも婚外子がほとんどいないから人口が1億2千万もいるのに、年間出生数は20万人を切っている!まあ、死亡する人数はもっと少ないんだけどね」
さらに誠は目が点になった。数字は無慈悲で、ユーモアを許さない。彼の頭の中で、未来の人口ピラミッドがざわつく。
全然自慢ができる話ではない。
『愛』がフィクションだという説は友人ともよく話し合ったが、きっとあるんだろうとあこがれていた『童貞』の誠にとってそれは認めがたい現実だった。
むしろ実在を信じている方が危ない人扱いだった。
事実、モテている島田は危険人物そのものだし、嵯峨は完全に人間失格の『駄目人間』である。
この隊に来てから、誠の中で『モテる人間は全員どこかおかしい』という疑念は日に日に大きくなっていた。
「もっとはっきり言うわね。『愛』の発生を『全力で阻止』する民族性だから、『愛』の結晶である『子供』があまり生まれないのよ!誠ちゃんの家はどうか知らないけど、整備班の男子たちに聞くと運よく下心満載で女子を家に連れて来るといいタイミングでお母さんや妹が邪魔に入って絶対にその関係が上手くいくことはあり得ないって。『遼州人』には男女の愛を見ると嫉妬に駆られてそれを意地でも阻害する宿命的本能が仕組まれているのよ!それに元々脳科学者の研究論文では遼州人には『愛』をつかさどる部位が異常に小さいと結論が出ているわ!この星は『愛』無き星なのよ!」
その言葉はどこか滑稽だが、同時に重たい。誠は自分の生き方の根幹が否定されたような気分になった。愛の存在が小さければ、生も小さくなるのか。
誠は地球の似たような国で起きた『少子高齢化』と言う現象を思い出した。教室で聞いた統計と、アメリアが語る刻々とした数値が混ざり合う。
「子供が増えないと社会が発展しないじゃないですか。だからこの国はいつまでたっても20世紀末状態なんですよ」
子供のころから社会を非難する常套句『世紀末状態』と言う、誠にしては珍しい文系の言葉を使ってアメリアをいさめた。図書館で拾った断片的知識を総動員しての抗弁だ。アメリアはくすりと笑い、目を細める。
「ほら、そういう『普通の感覚』があるから誠ちゃんはまだ正常なのよ……ちゃんと『モテることを完全にあきらめる境地』にまで達して見なさい。そうすれば宇宙は平和になるわ!」
朗らかにそう言い切るアメリアの糸目が、誠には先ほどの戦争と死の話よりも怖かった。




