第66話 銃にも性格がある
「それでは私の銃を見せようとしよう。西園寺のこだわりは理解できるが、私としてはそれでは足りないと考えているし、アメリアの銃の選択理由はそもそも理解不能だ。その点この銃を私が選んだ理由ははっきりしているし、この銃が開発以来600年以上にわたり最前線にあっても基本構造をほとんど変えられずに生き延びてきた……そして今もこうして私の手にあることがこの銃がいかに正しい選択であるかと言う事実を示している」
カウラの言葉が聞こえて誠が振り返ると、カウラは左腰に下がる武骨な銃に手を伸ばしていた。
かなめが実戦の泥臭さで銃を選び、アメリアが機構の面白さで銃を選ぶのに対し、カウラはただ『長く使われ続けた事実』を信じていた。
流行でも趣味でもない。
生き残ったものだけが持つ、無言の正しさ。
それがカウラの選択だった。
彼女のどこかで見慣れた存在感のある銃には誠はある種の安心感を覚えた。重厚で、過去の戦闘の匂いをまとっている。
「あのー……カウラさん。それ……『ガバメント』ですね!この銃は知ってます!僕も小さい時この銃の水鉄砲を持ってました!でもそれが何で正しい選択なんです?確かにこの銃はおもちゃの銃と言えば『ガバメント』と言われるくらい僕が子供の頃によく買った銀玉でっぽうでもこれがモデルになったものばかりだったのは事実なんですけど、そんなに長く何の改良も無しに使われた理由には何かあるんですか?」
誠は初めて見覚えのある銃をそう呼んだ。
子供の頃の遊びと現実の接点が、誠の胸を温かくする。銃という道具が文化に浸透していることを実感する瞬間だ。
「『コルト・ガバメント』はこの銃を最初に販売したコルト社の商品名だ。正式には1911と呼ぶ。コルト社が開発後、特許が切れた後はほとんどすべてのアメリカの銃器メーカー、そして非合法では地球圏のほとんどの武装組織がこのコピーを作ったような定番の傑作拳銃だ。私の銃は二十世紀初頭のフレームに二十三世紀に製造されたスライドを組んである。細かい部品は主にうちの火器管理室で削り出した部品を調整してつけたものだ。現在でも地球圏の軍人たち……特にベテランのアメリカ海兵隊の下士官などは私費で戦場に持ち込んで愛用しているらしいな」
カウラはそう言ってホルスターから銃を引き抜いた。
銃の白い金属面が朝の光を受けて鈍く光る。カウラの動作は無駄がなく、誠はその佇まいに尊敬を覚えた。
「1911。こいつも安全な作動方式と単純な構造で優れた銃だったからこいつも模倣品が大量に出回ったからな。いまだに地球圏だけじゃなくて遼州圏の紛争地帯じゃ普通に手に入る。銃規制の緩いゲルパルトじゃこの銃だけ限定の射撃大会すらあるくらいの銃で今でもコピーが作られ続けてるからな」
かなめはそう言って呆れたような表情で銃を構えるカウラを見上げた。
コピーの多さはその銃の普遍性を示す。信頼性と単純さは、戦場で最も尊ばれる特性だ。
「なによりこの銃に使用される45ACP弾は突撃して来る敵兵の動きを一撃で止めると言うストッピングパワーが特徴だ。室内戦闘で刃物を振り回している相手や薬物でトリップしているターゲットにもその打撃力で反撃を阻止することができる。まあ、代表的なこの銃のコピーであるトカレフTT1933では銃弾として当時帝政ロシアが大量に保有していてそれがいまだ使いきれずにあったモーゼルC96の7.62mm弾を使用していたからその小口径で貫通力だけが自慢の弾にはストッピングパワーは期待できない。命中したとしても貫通してしまうから敵は一切突撃をやめずにそのままもしその敵が銃剣や刀で武装していれば撃ったこちらもただでは済まない。ああ、隊長はその7.62mm弾を使用するVZ52というこれまた奇妙な銃を使用しているから機会があったら見せてもらうがいい。隊長は室内戦闘では日本刀を使うから問題ないと言う話らしいがな」
カウラはそう言って一発だけターゲットに発砲した。一発だけ、それで十分というカウラならではの撃ち方だった……と誠は思った。
銃声が低く響き、的の中心に黒い薄い痕が浮かぶ。誠の胸に『力の現実』が落ちる。
「相撲取りがぶちかましをしてくるわけじゃねえんだからストッピングパワーなんて40S&W弾で十分だって言うの……まあ確かに薬でラリってる相手ならアメリアの9パラじゃあ頭を貫通しても勢い余って反撃されるのは事実だけどさ」
かなめはあくまで冷静なカウラに向けて冷ややかにそう言って笑った。
「かなめちゃん……私は一撃で額をぶち抜くから大丈夫よ。さすがに額を撃ち抜いたらそんな人間でも死んじゃうもの」
そう言ってアメリアは珍銃P7M13を抜く。
冗談交じりの会話だが、彼女たちの間にある安全のための厳しさが伝わる。誠はその温度差を冷静に受け止める。
「私にはアメリアのように9ミリパラベラムバレットで致命的一撃を与えられると考えるほど自分を過信していないし、西園寺の40S&W弾の中途半端なストッピングパワーを信用していない。現在でも45ACP弾が使用されている歴史を私は信用してその為に開発された最上の銃を選んだ。それだけだ」
そう言って再び一発撃ってすぐに銃口を下ろすカウラの動きには少しの無駄も無いのが誠にも一目でわかった。
かなめは呆れたようにその様子をうかがっていた。
かなめとアメリアの雑談を聞きながら誠はカウラが安全装置をかけてそのままホルスターに収める様子を見守っていた。
カウラの所作は、規律の象徴だ。安全第一、無駄撃ちはしない。誠はその姿から学ぶことが多い。
「なんで連射しないんですか?カウラさん。みんなたくさん撃ってるじゃないですか。見せてくださいよ、カウラさんの銃の腕」
先ほどまでの銃自慢の二人に比べてのあっさりとしたカウラの反応に戸惑いながら、誠はカウラにそう尋ねた。
彼の問いには純粋な憧れが混じる。尊敬する先輩の技を見たいという気持ちは、訓練者にとって究極の賛辞である。
「西園寺じゃあるまいし弾を無駄にしたくない。うちの予算は少ないんだ。派手好きなアメリアではあるまいし、私には小隊長としての自覚くらいある。月に課せられた消化弾数を撃てばそれで十分だ。その為の消化弾数の設定なのだからそれ以上の弾の消費は予算の無駄だ」
カウラはそう言って借りてきた猫のようなおとなしさの誠に笑いかけた。
その笑みは冷静さと温かさを同居させる。カウラは無駄を嫌うが、無駄を省くための配慮を怠らない。
その表情はいつもよりも冷たく、まるで機械のような印象を誠に与えた。
機械のような冷静さは戦場で生き残るための必須素養だ。誠はその冷たさに真理を見る。
「カウラちゃんは私達『ラスト・バタリオン』の中でも後期生産型だから……銃を持つとテンションが変わるのよ……それにしてもカウラちゃんたら妙に冷静に落ち着いちゃって。まあ戦場では落ち着きが何より大切だから……それが正解と言えば正解なんでしょうけど」
アメリアのフォローに誠は静かにうなずきながら、カウラを少し畏れるような目で見つめていた。
人は見かけで計れない。カウラの中にある過去と訓練は、銃の一撃一撃に宿る。
「じゃあ、射撃訓練だな。一応、うちでは拳銃は百発。ショルダーウェポンは千発が月のノルマだ。東和陸軍とかじゃもっと撃ち込んでるがうちは予算が無いからな。まあ、アタシは金はあるから自費で弾を買って射撃練習をするけどな。アタシはまだ死ぬ気はねえから」
かなめはそう言うと段ボールから自動小銃を取り出した。
誠はその数字にめまいがした。百発、千発……訓練の量は熟練を作る。だが量だけでなく、品質が問い直される。
「拳銃、百発……ショルダーウェポン、千発……。ショルダーウェポンって……長い銃のことですか?」
誠の間抜けな問いにかなめは明らかに軽蔑のまなざしを誠に向けてきた。
『走るのも嫌いだし、銃も絶望的に下手……でも、ここでやっていくなら、どっちからも逃げられないんだろうな』
そんな思いが誠に引きつった笑みを作っていた。そんな誠にかなめは軽蔑の視線を浴びせてくる。
「長い銃って……ライフルって言えよ。まあ、いいや。うちの長物の基本はHK33なんだよ。まあ、パイロットはHK33のカービンタイプのHK53を使うんだけどな」
そう言ってかなめは黒くて短い小銃を誠に手渡す。
手にすると銃の冷たさが掌に伝わる。誠はその冷たさを心地よく感じ、次第に集中していった。
誠には銃の型番も作動方式も半分以上分からなかった。
ただ、誰が何を大事にしているかだけは分かった。
カウラは歴史を信じる。
かなめは実戦を信じる。
アメリアは面白さを信じる。
そして自分は、まだ引き金を引く手順すら怪しい。
「やっぱり銃器はドイツ製よね……こいつはローラーロッキングシステムなんていうH&Kお得意の特殊システムで独特の撃ち味なのよね……ドイツ製はメカが凝ってるだけで使い物にならないから意地でもSTV‐40を使う誰かさんには耳が痛いでしょうけど……ああ、わたしはこっちのMSG-90を使うの。一応、かなめちゃんに次ぐ二番狙撃手なんで。これはHK33の元になったG3を戦術狙撃銃に改修したモデルなのよ。確かに命中精度から言うとこのバリエーションにはPSG-1なんていうオートマチックスナイパーライフルでは驚異的な命中精度を誇る銃もあるんだけど、あんなに重い銃で最前線にいるなんて私は死んでも嫌!」
アメリアはそう言うと誠のHK53の2倍以上の長さを誇る物のどこか似た雰囲気のあるセミオートマチックの狙撃銃を構えた。
「うるせえ!アメリア!銃なんざ弾が出て当たればみんな一緒だ!」
MSG-90という名の誠のHK53より大型の銃弾が入ったマガジンを取り出したアメリアは銃にそれを叩き込むとボルトを引いて遠方の照準をスコープで狙い始める。そして、一発、一発と銃弾を丁寧に撃ち込んでいく。
その姿は華麗だ。重めのリズムで的を刻み、的の中心がひとつ、またひとつと埋まっていく。
誠には、正直なところ型番の半分も頭に入ってこなかった。
HK33、HK53、MSG-90。
名前だけ聞けば呪文のようだ。
ただ、かなめ達の口ぶりから分かったことは一つだけだった。
この部隊では、銃にも性格がある。
アメリアもまた戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』である。誠の狙うはるか先、かなめの狙っている誠には見えない地点にある的をかなめに対抗するように撃ち続けていた。
「僕も今度こそ当てるぞ!」
誠はそう叫ぶとそのままかなめやアメリアの五分の一ぐらいの距離にある的に向けて狙いをつけた。
彼の声は自己鼓舞の呪文だ。小さな決意が体を突き動かす。
引き金を引くが弾が出ない。
「マガジンが入ってないな。ボルトも引いていない。普通それでは弾は出るわけがない」
誠と同じHK53を手にしたカウラの言葉に誠は照れながらマガジンを差し込んでボルトを引く。さすがにセレクターを安全状態からセミオート射撃に切り替えることを忘れるほど誠は間抜けでは無かった。
確認の儀式を一つ一つ経て、誠はようやく射撃を行う準備が整った。緊張が現実味を帯びる。
「さっきのは銃に慣れて無いからの偶然です!今度こそ当てますよ……」
そう言いながら誠は引き金を引いた。
アメリアの銃の上げる断続的な射撃音に紛れて一発の銃声が鳴るが、弾は的のはるか上を越えていった。
標的を外した弾道を見て、誠は一瞬吐き気を覚えた。だがそれは恥の叫びでもあり、次の学びを促す疼きでもある。
「オメエはホント……銃は向いてねえな。当たらねえのは弾だけにしとけよ。人生全部外してどうすんだ」
かなめはそう言うとかなめのライフルであるSTV-40で視線のはるか先のターゲットを狙う。
射場の二極化が顕著になる。熟練者の静かな精度と、新人のぎこちなさが並列する光景は、ここではごく普通だ。
「便利ねえ、かなめちゃんは。光学機器無しでこの距離を狙えるんだもの」
誠から見ても見るからに重そうなMSG-90を置いたアメリアはそう言って自分の銃の上部にあるスコープを指さした。
光学機器に頼るのは確かに有利だが、肉眼で狙える技術は場数の証だ。かなめの眼は長年の訓練で磨かれている。
「当たりめえだろ?銃の弾道は全部頭ん中で計算済み。当たって当然って奴だ」
そう言って十発射撃を終えたかなめはさらにマガジンを交換して射撃を続ける。
連射の律動が射場に反響するたび、誠は自分がいかに遠い位置にいるかを思い知らされる。しかし、同時に小さな向上の芽も見えはじめていた……トリガーを引くときの余計な力が少し減った、構えの角度が微かに安定してきた、など。
「拳銃百発……長物は千発……そんなに撃つの?それこそ一日中走ってる方がマシだよ」
かなめの言葉に誠は少し落ち込みながら見事に的を外しつつ射撃訓練を続けることにした。
「なあに、ランの姐御は徹底的にオメエを走らせるが、アタシはオメエに徹底的に銃を撃たせるだけだ。オメエは下手だ。だが、下手な奴ほど叩き込み甲斐がある……楽しみだろ?」
かなめの見上げるような視線と冷たい笑みに誠はランの狂気に満ちた鬼教官の笑みと同じものを見て心が冷えるのを感じた。
走ることも、撃つことも、どちらも『反復』がものを言う。誠は遼州人としての精神を胸に、無理はしないが諦めもしない、そんな姿勢で弾を積み重ねていくしかないと心に決めた。




