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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十二章 『特殊な部隊』の特殊な事情

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第56話 コンテナは兵士の背中——豊川ターミナルにて

 演習予定が落ちた瞬間から、うちの基地は『暇人の巣』から『仕事を思い出した武装の巣』へと表札が裏返った。

 

 普段は風の音しかいないハンガーの出入口に、今日はブザーと怒鳴り声とフォークリフトのバック音が棲みついている。黄色いフォークが『ピッ、ピッ』と下がり、白い粉塵と油の匂いが床に漂う。コンテナ壁面の白ペン字『05特戦・主装甲(2/4)』が、通りすがりの照明に一瞬だけ反射した。


 誠は、その喧噪から半歩外れた倉庫裏で足を止めた。

挿絵(By みてみん) 

 コンクリートのひび割れに、誰かが差した吸い殻が二本。そこに、うんこ座りでタバコをくゆらせている男が一人。ヤンキー整備班長こと島田である。働く部下たちの視線は、当然ながら上司には届かない。届いても弾かれる。


 ちょうどその前を、コンテナを積んだ大型トレーラーが轟いて過ぎる。サイドマーカーが連なる赤い点線が、風切り音の尾を引いた。


「島田先輩……このコンテナは『運用艦』の港まで運ぶんですか? 僕の機体を運んで来た時みたいにトレーラーで……。面倒ですね」


 誠は、手にしたマックスコーヒーの甘さに救われながら口にする。すぐ横では、笑顔のサラが、島田の吸うタバコの煙を『いい匂い』か何かみたいに眺めていた。

挿絵(By みてみん)

「トレーラー輸送?神前、やっぱりオメエは『高学歴馬鹿』だ。何にも分かってねえ。そんなコストのかかる『輸送法保なんて金持ちの金持ちによる金持ちの為の軍隊』を持ってる地球圏だって鉄路のねえ所でしかやらねえよ。兵器の輸送なんかに金をかけるくらいなら兵器の一機も用意する。それが戦争だ」


 島田は、煙を横に流して、顎だけでコンテナ群を指した。


「第一だ、トレーラーなんて短距離移動のつなぎにしか向いてねえ。一つの兵器に一つのトレーラー。トレーラーだってアレはアレで良い値段するんだぞ。それに長距離をあんなもんでやってみろ、トレーラーの鯨のように食う燃油代でコストが血を吐くことになる。オメエにはまだ言ってねえが……俺には師匠が二人いる。一人は17の時に暴走族のヘッドを気どってて事故って死にかけて倒れを見つけて俺を人間の『道』に引きずり上げたクバルカ中佐だ。もう一人は『パイロットがなぜ戦場で戦えるか』の裏側を全部叩き込んでくれた技術の師ともいえる高貴な女性だ。……オメエは前者でしごかれただけで、後者の授業は未履修だ。だから『飛ぶ』前に『届く』って概念がねえ。確かにオメエの好きなロボットアニメじゃ始まったとたんに主人公はロボットともども戦場のど真ん中に居るからな。そもそも戦場に兵器を届ける描写があるロボットアニメなんて聞いたことがねえ。だが、戦争は兵器を戦場にいかに届ける課までが勝負なんだ。相手に兵器が無けりゃあどんな戦争でも楽勝だ。そんな事も分からねえオメエは所詮アニメしか見てねえオタクってことだ」


 口は悪いが、語尾の油に熱が乗っていた。確かに誠は戦場に兵器を届けることがメインのロボットアニメなどと言うものは見たことが無かった。というか、そもそもそんなアニメに需要があるとは思えなかった。

 

 そのあいだにも、フォークが『シュツルム・パンツァー用固定武装』と書かれた長尺箱を吊り、トレーラーの荷台へ滑り込ませる。白いチョークで『左舷ラック→手前』『危・誘爆』と殴り書きが目に付く。作業員が指差呼称で拍を取り、ラッシングベルトの金具が高く鳴った。


「こいつらは『菱川重工業豊川工場』の裏にある『貨物ターミナル駅』まで行く。ここから出るトレーラーは、そこまでのつなぎだ。同じトレーラーが何往復もしてんの、ここで突っ立ってりゃ馬鹿でも分かるだろ?ここからターミナルまでは距離は5キロねえんだ。損だけの輸送だったら予算の厳しいうちの部隊でも十分対応可能なんだ」


 島田はうんこ座りのまま、教師口調で吐き捨てる。


「『貨物ターミナル駅』……聞いたことはありますけど、中で何やってるかは知らない人が多いですよね。そんなものがこの近くに?」


 誠は豊川駅の駅前までは言ったことがあるが、そこから行き先のよくわからない単線の線路が一本通っているのを見ただけでこの付近の鉄道事情には全く通じていなかった。


「あるの!東和共和国国有鉄道・豊川駅から分岐した貨物線が、隣の工場裏まで伸びてる。工場が落ち目になってからは使用頻度が落ちたが、線路は資産だ。そこでオレ達のトレーラーから貨車へ積み替えて、運用艦『ふさ』が待つ多賀港まで一気に運ぶ。だから、うちが抱えるトレーラーの台数は最小で済む。その間の運転手は全部国鉄の職員だ。うちの隊員じゃねえ。それについでに途中の目立やら梅戸やらに運ぶ定期通運便のコンテナも連結するわけだからうちの輸送代も自前でトレーラーを用意する比じゃないほど安く済むんだ。そのぐらいのことは学習しろ!」


 学校には行ったことが無いということが自慢のヤンキーの島田から『学習』などと言う言葉を聞いてさすがの誠もカチンときた。


「でも……積み替えって手間ですよね?トレーラーで一気に港まで持っていった方が、迅速で便利じゃないですか?結局、運ぶのが国鉄の職員ってことは情報が漏れる可能性もあるじゃないですか。うちの05式の性能ってそんなに周りに知られていいものなんですか?」


 誠は技術部員から受け取った缶コーヒーを、慌てて両手で受け止める。島田が、見下ろすでも見上げるでもない角度で、真正面から刺してきた。


「台数が少なくて済むってだけの話じゃねえ。総コストの問題だ。『ふさ』は常陸の多賀港に停泊中。……梅戸まで通ってる東関東自動車道で五時間、さらにそこからは一般道を六時間かけて多賀港まで行くわけだ。梅戸までの高速だって途中に二か所ある料金所ゲートを通れない寸法のやつは一般道へ迂回することになる。一般道を通るとなると陸運局への届けが必要で途中で夜間通行の申請、橋の重量制限、ドライバーの拘束時間上限……。『トレーラーで一気』は『現場で一番しんどい人』にツケを回す魔法なんだ。それにうちに05式を運べる自前のトレーラーは一両しかねえぞ。足りない車両はどうするんだ?レンタルか?そうするならそのカネは誰が出す?お前が引っ張ってくるのか?引っ張ってこれるならやってみろ。俺だってそうしたいくらいだ」


 言いながら、島田は腰を浮かせる。背中のツナギ越しに工具の重みがきしむ。


「じゃあ、鉄道なら問題は……」


 徹底的に論破されてムキになって誠はそう言い返した。


「あのなあ、兵器は『運び方』から設計するんだよ。工場で作ったはいいが戦場にたどり着けない兵器なんて作って何をするつもりだよ。兵器は戦場にあるから兵器なんだ。工場の実験室では無敵でも戦場にたどり着けなきゃただの鉄くず以下のぞんざいだ」


 島田は煙を吐き、指を一本立てた。


「海・宇宙は船が使えるから結構融通が利く。問題になる陸路の主力は鉄道だな。道路輸送には必然的に道路が完全に整備されていることが前提になる。そんな整備されてどんな馬鹿でも運転できる道路なんてドローンでの爆撃の良い標的だ。空輸なんてのは『制空権が完全にある時の贅沢』だ。そのための空が飛べるシュツルム・パンツァーだろ?制空権を取るための兵器が制空権が取れないので運べませんでしたなんて本末転倒だぞ。シュツルム・パンツァーは空も飛べる・宇宙でも戦える。だがあくまでその主たる目的は『陸に出てナンボ』の兵器なんだ。だから鉄道輸送を前提に寸法・重量・分割点が切られてる。……05式は最初の計画段階では、もっとデカく設計されてた。だけど『その寸法では鉄道で運べない』が先に来て、今の箱に収めるために機動性を削った。移動手段の制約は、性能そのものを削る。それが軍事の常識なの!そのくらい分れ!」


 ごつい指先が空中で寸法を測るように動く。

 

 誠は、頭の中にレールの幅・車体限界・プラットホームの柱を想像してみる。凹凸のある理屈が、急に面で見える瞬間がある。今がそれだ。


「神前。オメエ、幹部候補生なんだろ。『届くから撃てる』『届かないなら撃てない』……この等式すら体に落ちてねえのか?何度も言うけど隣の工場と隣の工場で戦争をするわけじゃねえんだよ!戦争は戦場でするものなの!工場でするもんじゃねえの!」


 罵倒に聞こえる言い回しで、実は一番基本の線を引いてくれるのが島田らしい。


「でも……05式、その話題の05式が、もう無いですけど……。役に立たないから捨てたんですか?」


「一番先に専用コンテナで出したわ。あれは分解しねえと鉄道に乗らねえから、夜明け前からバラして、朝イチの臨時便に積んだ。だから俺は寝不足で機嫌が悪い。馬鹿な質問、連射すんな」


「そんなの、パイロット養成課程では教わってないです!知らないものは知らないんです!」


 誠が声を荒げると、島田は灰を落として、空き缶の口に吸い殻をねじ込んだ。サラが、それを宝物みたいに受け取る。


 ちょうどその時、誘導灯の赤がひときわ強く揺れた。


「そこ! じゃま! 島田君!」

挿絵(By みてみん)

 と鋭い女性の声が響いて来た。

 

 ヘルメットに運航部の帯シール。パーラ・ラビロフだ。反射ベストの蛍光黄緑が、日陰に浮く。


「パーラさん。少しは俺にも休ませてくださいよ……今日は夜明け前に起きて05式の分解から俺は立ち会ってるんですよ……それに今頃やって来た神前はどうなんですよ!こいつさっき来たばっかりですよ!」


 島田が、サラを連れて半歩退く。パーラは体を半回転させ、誘導棒を止めた。


「積み込みは技術部の担当でしょ?深夜だろうが、早朝だろうが仕事は仕事なんだから関係ないの!それに神前君はパイロット。……あなたは技術部の部長代理の責任があるんじゃないの。そんなに仕事を部下任せにしてないでちゃっちゃと動いて!」


 ぴしゃりと言い、赤灯をまた振る。島田の眉間に、見えない親方が拳骨を落とした。


「そんな!パイロット様がそんなに偉いのかよ!俺たち整備班は、パイロット様が乗る機体を一から事故ゼロに調律してんだ!なのに手柄は全部パイロット様!そんな現実、認めねえ!俺達がいなきゃ、機体はただの鉄の塊だ!」


 ムキになったように島田はパーラにそう反論した。


「誰も『整備班は何もしてない』なんて言ってないじゃないの。『パイロットの手柄は整備班の手柄』って言葉も知らないの?これも軍の常識よ。……神前君を『高学歴馬鹿』って言う割に、島田君が常識を落としてるじゃないの!」


 パーラの声は冷たくなく、正確だった。

 

 島田は口を開き、閉じ、もう一度開き……何も言わずにサラと一緒にハンガーの奥へすごすごと消えていった。サラは去り際、振り返って誠に親指を立てた。それが何に対してなのかは誠には意味不明だった。


「パーラさん……お仕事、大変ですね。運航部って、こういう地上の段取りもやるんですね。ご苦労様です」


「珍しく仕事があるから、片付けてるだけよ。……でも島田君の言い分も半分は分かるのよ。あなたたちが戦えるのは、私たちの段取りがあるから。逆に言えば、私たちが張り切れるのは、あなたたちが命を賭けるから。相互依存ってわけ」


 パーラは手元の無線に短く応答を入れ、肩越しに苦笑した。


「それより、神前君、島田君に気に入られて相手するの、大変でしょ。あの人……馬鹿だから」


「でも、悪い人じゃないですよ」


「犯罪者一歩手前でも『悪い人じゃない』?」


 誠はつい先日を思い出して、頭をかく。


「……まあ、普通に考えたら犯罪者です。寮の水道、直結だったって話も聞きますし、電気も盗電だったとか……。あと、バイクも……」


「真似はしないで。したら、島田君みたいに東和陸軍を追放同然で、うちに島流しね。……でも、神前君、島田君と波長が合うのね。あの馬鹿なサラと島田君の腕力が怖くて従ってる整備班の人達以外で島田君と話を合わせられるなんて『特殊』だわ」


 そう言うと、パーラはまた誘導灯の先で『来い』と大きく弧を描き、次のトレーラーを引き込んだ。ホイッスルが短く鳴る。ラッシングのラチェットが連続して締まり、金属が悲鳴のような声を上げた。


 取り残された誠の耳に、逆に静けさが満ちる。

 

 耳をつんざく轟音は続いているのに、脳が戦前の静けさにチューニングを合わせ始める……そんな感覚だ。


 コンテナが一つ、二つ、フォークリフトに揚がっていく。天井のランウェイ灯の光条が、箱の角で四つに割れた。

挿絵(By みてみん) 

 誠にはそれが、出征していく兵士の背中に見えた。


『演習だ。……でも、実戦になる……隊長も、クバルカ中佐もそう言っていた』


 誠には自分を包む夏の空気がやけに冷たく感じられた。その前をコンテナを積載重量ギリギリまで積んだトレーラーが通り抜けていく。

 

『これが、戦いの前の空気……。妙に静かで、妙に平和だ』


 甘いマックスコーヒーの後味が、急に薄くなる。

 

 誠は胸の内側に小さな釘を一本、打ち込むみたいに息を吐いた。


 ハンガーの奥で、整備班の誰かが『貨タ止めよし!』と叫ぶ。

 

 線路の向こうの貨物ターミナルでは、きっと今も、留置線の青い信号が点滅を繰り返している。シュツルム・パンツァーは鉄路がまともに機能する唯一の輸送手段である遼帝国で最初に生まれた……鉄道で運ぶ兵器として。

 

 届くから、撃てる。届かないなら、撃てない。

 

 さっき島田に殴り込まれた等式が、腹のどこかに座った気がした。

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