第49話 当たり前の異常
「『法術師』?なんですそれ?地球人を3年で絶滅?地球には前の戦争で減ったとはいえ、100億人の人間がいるんですよ?それを3年で絶滅って……どう考えても無理でしょ?盛ってません?」
かなめが突然言い出した『法術師』と言う言葉に誠は戸惑いつつアメリアを見つめた。
かなめの無邪気な問いは、場にある危うさを一層際立たせる。ここにいる誰もが、その「力」の存在を知っているが、語ると事態が動くことを恐れている——それが自然なタブーになっている。
「確かにランちゃんならそのくらいのことは出来るわね……なんと言っても『現存する魔法少女』だから。それ以前に誠ちゃん。そんな『人外』のランちゃんがなんであんなにちっちゃいのに『人類最強』とか『魔法少女』なんて平然と自称して一切照れる様子もない理由はわかる?」
急に誠に向き直ったアメリアはそう切り出した。
ランの名が出るだけで、周囲の状況が一瞬静まる。ラン……彼女はどう見ても幼女で、しかし確かな強さを放つ存在だ。誠はその言葉の裏にある解説を待つ。
「なんでそこでクバルカ中佐が出てくるんですか?僕の話でしょ?今しているのは。確かに……『自分は光の速さで走れる』とかいかにもできて当然というように平気で言いだすのは『人外魔法少女』しかできない発言ですけど」
話題を逸らされたと思った誠がそうアメリアに詰め寄るが、彼女の顔は真剣だった。
「そりゃあ……僕の理解の範囲内で言うと……天才的な勘とか、反射神経とか、力でなくてなにか凄いところがあって……いや、クバルカ中佐が『法術師』だから……ですか?でもそんなものでも3年で100億人の人間を殺すなんて不可能ですよ!地球の大国の大統領とか首相とかには屈強なSPが張り付いているんですよ!それを難なく殺すなんて……無茶もいいところですよ!確かに本当にアニメに出てくるような『魔法少女』で光の速さで走れるのが本当ならできるかもしれませんけど……というか、そんな人と一緒に出撃するんですか?もし隣で光速まで瞬時に加速されたら僕は吹き飛んで死にますよ」
誠はそう言ってアメリアの顔をのぞき見た。ランの口から同じ言葉が吐かれるとなんとなく納得できるところがあったが、いかにも嘘をつくのが好きそうなアメリアの口からその言葉が出ると誠の目はどんよりと曇って糸目で得意げに語るアメリアを見つめ返すことしかできなかった。
会話の断片から、誠は少しずつ仕組みを推測しようとする。『身体強化』、『法術師』……言葉は抽象だが、現場の体験は具体的だ。誠はその齟齬に戸惑う。
「ああ、一緒に出動した時は誠ちゃんは死なないと思うわよ。ランちゃんもいつも『アタシが本気を出すのは地球を滅ぼす時だけだ』と常日頃言ってるから、いつも手を抜いてるから誠ちゃんの理解している物理法則に反した操縦はしないから。そもそも、そんなことができるシュツルム・パンツァーなんて存在しないし」
相変わらずふざけた調子でそう言った後、急にアメリアの顔が厳しくなる。
「中佐には自分の身体を動かす意志で筋肉以外の力でパワーを補助する『身体強化』と言う力が常に発動しているの。だからたぶん本当に光の速度で走れるんじゃない?まあ、そうしたら着ている服は吹き飛ぶし、音速を超えた段階で発生するソニックウェイブで周囲が焦土と化して大変なことになるけど。まあそんな速さだけでなく力もランちゃんがこの銀河に存在する知的存在で最強なのは間違いないわね。プロレスラーだってランちゃんと腕相撲したら完敗するわよ。もっともランちゃんはちっちゃいから握り合うことができないでしょうけどね。まあ、これは私の目の前でランちゃんが本当にサイボーグのかなめちゃんと小指で腕相撲しても面倒くさいという顔だけ浮かべて圧勝したのを目撃したから確実ね」
アメリアはとんでもないことを口にした。
戦闘用サイボーグの腕力は島田のバイクなど軽く止めてしまうほどのものである。
それを小指で圧倒したということからランが『人外の魔法少女』であることは誠の脳内で確定した。
「……そもそもうちの整備部にシュツルム・パンツァーの備品として置いてある炭素の棒を隊長がお金が欲しい一心で握ってくれと言われてダイヤモンドに変えて見せるなんて言うことが出来るなんて地球人の怪力男にできる?出来ないわよね?」
ここでも誠はそのこれまでの常識が完全に塗り替えられるのを感じていた。教科書通りなら、もし人工ダイヤモンドを作ろうとすれば高温高圧をかけて……なんて工程が必要なはずだ。それを『握るだけ』で済ませる生物を、もはや同じ物理法則の中に分類していいのかどうか、誠には自信が無かった。
そんな驚愕する誠の表情が面白いようでアメリアは笑顔で話を続けた。
「他にも色々分かってくるわよ、うちに居ると。ランちゃんの異常さは、第二次遼州大戦の話を聞けばよく分かるわよ」
誠もアメリアが言うまでもなくランはそもそもシュツルム・パンツァーという人型兵器に乗る必要があるのか疑わしいレベルの『人外』であると認識していた。
「それにそもそもランちゃんが所属していた『祖国同盟』なんて、ランちゃん一人を素手で地球に落とすだけで、地球の国家は全部滅亡しただろうってレベルの話ばかりだから。まあ、危険性で言えばランちゃんは宇宙最凶クラス……地球圏もランちゃんの監視はしていないみたいよ。それがバレたら、地球圏の国なら指導者は数分後にはこの世とサヨナラ。最悪、数日後には国ごと消えてるわ。ランちゃんに隠れて監視できる存在なんて、この宇宙にはいないから。それがバレたらその地球圏の国の指導者は数分後にはこの世とサヨナラしてるだろうし、遼州圏の国はランちゃんの怖さを知ってるからどこの国も手を出さないから」
第二次遼州大戦。ランが所属していた遼南共和国は第二次遼州大戦の敗色が濃厚になった段階で『祖国同盟』の加盟三国のうちの遼帝国がその敗戦の責任を皇帝であった霊帝に押し付けてこれを追放して成立した国だということは社会常識に疎い誠も知っていた。誠にとっては教科書の中の単語だったはずの名前が、急に目の前のちび中佐と結びつき始めていた。
そして平然とその遼帝国の皇帝追放の立役者の一人であるランを『魔法少女』のレベルを超えた『最終兵器』扱いして平然としているあたりに誠はアメリアの神経を疑わざるを得なくなりここが『特殊な部隊』と呼ばれる理由を半分理解した。
「まあ、あんな存在そのものが対消滅爆弾クラスの危険性の高い『魔法少女』の話は別として、最初に分かってくるのはひよこちゃんのそれだと思ったんだけど……島田君と喧嘩になればすぐに分かると思ったんだけど……島田君はキレると本当に何をするか分からないから殴る蹴るでボコボコにされて瀕死の誠ちゃんが医務室に運び込まれれば嫌でもひよこちゃんの力は分かる。でも、誠ちゃんは島田君の舎弟になっちゃったものね。ひよこちゃんの力を知るのはしばらく先になるかも」
そう言ってアメリアはビールのジョッキを手に持った。
説明は断片的だが濃密だ。誠はあのちっちゃな『将棋少女』が星を滅ぼすクラスのアニメの『ラスボス』クラスの破壊力を持った本当の『魔法少女』らしい事実に驚愕していた。
誠は周りを見回した。
店内は『特殊な部隊』の隊員達ばかりで占められている。彼等はランがいかに地球人自慢の『核兵器』以上に危険な存在かを語るアメリアの言葉を聞いても当たり前のことだというように見向きもしない。こんな話、本当なら軍の地下施設の会議室でやるべきじゃないのか……と、誠はぼんじりの串をかじりながらぼんやりと思った。
秘密が漏れる心配が無いので誠に真実を話しているんだろう。それにしても信じられないことがある。誠は頭に浮かんだ質問をぶつけることにした。
「でも……そんな力があるならどうして発表されないんですか?それにそんなに簡単にダイヤモンドが作れるならダイヤの価値なんかないじゃないですか。それと『祖国同盟』はそんな一人で地球を滅ぼせるクバルカ中佐をなんで第二次遼州大戦に投入しなかったんですか?それにクバルカ中佐が活躍した遼南内戦ではあの人の活躍はそんな『人外』レベルではなくて、昔の地球の戦争で活躍したエースと同じように聞いてますよ。それが『法術師』としての力によるものだと分かったら……」
地球人に無い力を持つ異星人である遼州人の存在。それがなぜ公にならないのか、そしてそのことを政府はなぜ発表しないのか。いくら理系脳で社会常識ゼロの誠でも、そこには疑問しかなかった。
「ああ、第二次遼州大戦では遼帝国は一人の『法術師』も戦争に参加させていないから。だから『法術師』のランちゃんも一切戦っていない。それに遼州人に『法術師』という存在がいると分かったら何なの?その力を地球人に利用されるだけよ。ランちゃんも第二次遼州大戦が始まったときは一人で地球圏の全人類を絶滅させるつもりでいたけど元地球人のランちゃんがいつも『外道』と呼んでる上司に許されなかったと飲むと愚痴るのよ……それが面倒くさくって……まあ、その一件を見てわかるように地球は『力』を利用しようとする。遼州圏は『力』を隠したがる。……だから、どっちも公表しないのよ。まあ、誠ちゃんはあまりに『法術』が普通の環境で育ったからよくわからないかもしれないけど……なんと言っても母親があの人だもの当然だわよね」
アメリアはそう言うと口の渇きをいやすべくビールを飲み始めた。
アメリアの『母親』の一言は、誠の胸に重く落ちる。誠の脳裏に、竹刀を握った母の横顔が一瞬だけよぎった。幼いころ、ふざけて斬りかかった誠の竹刀を指先二本で受け止めたときの光景もアメリアの言葉を聴けば何となく自然に感じられた。
「『法術』が普通の環境ってどういう意味なんですか?僕は普通の高校教師の父と、剣術師範の母の息子ですよ。……ああ、母さんは昔から全然年を取らないですけど、それは体質みたいなもので……でもそういう体質の人って珍しくないって母さんも言ってましたし、母さんの知り合いにも別に珍しくないって言ってましたけど……それって変なことなんですか?」
目の前の糸目の大女が言う『法術が普通の環境』の意味が分からず、誠はそう聞き返した。
子供の頃からそうだった。
写真の中の母も、今とまったく同じ顔をしている。
……それをおかしいと思ったことは、一度もなかった。
誠にとって『年を取らない母』は、朝食に味噌汁が出るのと同じくらい当たり前だった。
事実、母の友人の中にもそんな人物は珍しいことではないので、誠にとっては逆に年を取ると姿が変わっていく父の方が不思議に思えていたほどだった。
誠の語り口には純粋さがあり、彼の無自覚さが場の人物たちには逆に鮮烈に見える。アメリアはその純粋さを慈しむように見つめた。
「いずれ、貴様も知ることになる。だが、酒に酔って聞くような話では無いんだ。ただ貴様は普通の家庭に育ったわけではない。そのことだけは隊長から聞いている……たぶんその家庭環境の真実を知れば貴様もクバルカ中佐を『魔法少女』だの『人外』だの言わずに自分の運命を受け入れるだろう」
それまで黙っていたカウラがそう言って焼き鳥の並んでいる皿を誠に差し出した。
カウラの声音は冷静で、情報を出す時のリミッターを自然にかける。不用意な暴露を避ける統制がここにはある。
「確かに飲んで話す話題じゃないですよね。でも僕の母さんが何者なのか……いつか教えてくださいますよね?母さんも……『魔法少女』なんですか?見た目は確かに若く見えて僕の姉だと初対面の人には言われますけどおばさんですよ?『少女』ではないです」
誠はカウラの差し出した皿から砂肝を取ると口にくわえた。
「見た目が成熟した女性かどうかは問題ではないんだ。ただ、約束する。貴様が覚悟を決めた時、うちに確実に残ると決めた時に話すように隊長から言われている」
誠はほっとするような、けれど重いカウラの約束を受け取る。口に含んだ砂肝の塩気が、その場の現実を優しく押し戻す。
「僕が……特殊な環境で育ったなんて……」
そんな自覚は誠にはまるで無かった。自分の家庭が普通の核家族だと思っていた。
「いいじゃねえか、『法術師』であろうがなかろうがオメエはオメエだろ?それで良いってアタシが言ってんだから。アタシがそう言うんだ。それが事実。神前、それだけを信じろ!それとアタシのお袋と言うランの姐御も顔をしかめる化け物がこの世にはいるんだ。……アタシは違うけどな」
その一言だけ、かなめの声は少しだけ低かった。
すぐに彼女は、いつもの乱暴な笑みを作った。
かなめの言葉はぶっきらぼうだが、そこには救済がある。誠はその救いに何度も助けられてきた。
誠は自分に何かしらの秘密があるらしいことだけは理解できた。




