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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第十一章 『特殊な部隊』の『特殊部隊』的性格

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第31話 機械の微笑み、血の踊り場で

 廃墟の四階、かなめが射殺したチンピラ達の死体をまたぎながら歩く誠にとって昼間でありながらここだけ時間が止まったように静かだった。割れたガラスから入る光は薄く、埃の粒が斜めに揺れる。床には古いチラシとガムの固まり、所々に血の雨が乾いた跡が残る。誠は注意深く呼吸するたびに、その匂いと湿気を胸の奥へと押し込んだ。手錠の冷たさが腕に食い込み、心拍はまだ乱れているが、身体はぎこちなくも状況に順応し始めていた――それが生き残るための本能だと、どこかで理解していた。


「これで終わりなんですかね?」


 先行して前方を警戒しているかなめに向けて誠はそう語りかけた。

 

 その瞬間、不意に誠は後ろのトイレのドアが開いたのを感じた。


 振り向くまでも無く誠の背後に立った男に腕を握られる。


 そしてこめかみに硬く冷たい感触が走った。


 誠の視界の限界地点にある鏡には彼を拉致してきた背広の男の姿が映し出されていた。


「だめじゃないか?せっかくの商売もんが外に出てきちゃあ。それじゃあ、俺達の仕事は完結しないんだよ。俺達はお前さんを商品としてクライアントに納入することを請け負った。だからお前さんには黙ってクライアントまでついて行ってもらわないと困るんだ。おい!そこの姉ちゃん!銃を捨てな!こいつの頭が無事でいて欲しいだろ?」

挿絵(By みてみん)

 背広の男はそう叫んだ。


 しかし、振り返ったかなめの拳銃の銃口は微動だにせず、逆に笑みを浮かべていた。かなめは決して銃を下ろすようなことはしない。その銃口は誠を人質にしている男の額に向けられたままだった。


 誠は恐る恐るその口元を見た。


 かなめはまだ笑っていた。まるでこうなることが分かっていたとでもいうように。


「西園寺さん!死にたくないです!僕はまだ……」

挿絵(By みてみん)

 誠は銃を突きつける誘拐犯よりも、誠が銃口を向けられても笑みを崩さないかなめの方に恐怖を感じていた。


 チンピラの銃を突きつけている手が震えているのがわかる。


 そしてかなめは楽しそうに誠の言葉に答えた。


「騒ぐんじゃねえよ、チェリー・ボーイ!オメエの代わりはいくらでも居るんだ。オメエも兵隊だろ?兵隊はこうして時々敵の奇襲を受けてあっけもない最期を迎える……たまたまそんな瞬間がオメエに来ただけの話だ……兵隊ならよくある話……アタシもさんざん見てきた光景だ……人が死ぬ?別に珍しい話じゃねえし死なねえ人間は……まあ、その話はこの場では関係ねえか、でもオメエは死ぬかもしれないなら勝手に死ねば?」


 かなめの口元は相変わらず笑っていた。かなめの人工皮膚は薄く、継ぎ目の隙間からは金属色の冷たい光がちらりと見える。完全に人間らしい柔らかさではなく、どこか機械の硬さが混じっている。その視線は冷たく、だが同時にどこか守るべき対象を見つめる温度も含んでいた。誠はその矛盾に戸惑い、同時に安心した。……彼女は敵ではなく、自分を生かす者なのだと。血の匂いと埃の残る空間で、体温の違いがはっきりと感じられた。


「こいつが死ぬかどうかより自分の心配をしたらどうだ?オメエもアタシの知ってる死なねえ人間だと聞いた覚えはねえぞ。おい、そこのチンピラ!アタシの『顔』は見たこと無いか?オメエみたいなこういう悪戯をする東和の悪党連中には十分顔を打ったつもりだが……まあ、アタシはオメエの面は覚えちゃいねえってことはあの抗争の間には先輩の後ろで震えてただけの役立たずだったという証明だな。アタシの電子の脳に記憶されていないってことはそれだけの価値しかねえ役立たずだってことだ。身の程を知りな!」


 かなめは人質を取っている相手に言う台詞ではないと思える言葉を吐いた。


 誠に銃を突きつけている男は自信たっぷりに銃を向けてくるかなめに明らかに(ひる)んでいるが、手にした人質を放すことは自分の死を意味していると言うことはわかるようだった。


 つい誠を取り押さえている腕に力が入り、誠は少しばかり痛みを感じて目をかなめに向ける。


「確かに東都戦争のときはこの世界に飛び込んだばかりだったのは事実だが、あいにくと、『特殊な部隊』には知り合いがいないんでな!それに俺も百人からの手下を抱える組織を仕切ってるんだ……あんなの5年も前の話だ!それからも東都じゃ俺達みたいな連中は東都以外でこういう仕事をうんざりするほどしてきたんだ。つまりアンタの情報が古いってことだ。それより早く銃口を下ろせ!人質救出の意味を考えたことがある人間なら当然の反応だろ?」


 凄みを利かせて言っているつもりらしいが、スーツの男の言葉があくまで銃口を自分から外そうとしないかなめに対する恐怖を帯びて語尾がひっくりかえっているのが誠にもわかった。


 誠が銃を突きつけられて人質になるのが初めてのように、この男もこの状況は初めての体験なのだろう。


 だがかなめは違う。


 誠にもそれだけは理解できた。


 彼を見つめているかなめの目は何度も同じ状況を体験してきたように落ち着いていた。


「ほう、銃を捨てろから、銃口を下ろせか?弱気になったもんだねえ……東都戦争のときは人質を取ることがいかに無意味かってことをアタシは散々アタシに銃口を向けてきた連中に教えてやったはずだが……その怯えた面、こういう状況は初めてって面だ……人質解放が任務?アタシ等は『特殊な部隊』だぞ?そんな甘っちょろい常識がアタシ等に通用すると思ってんのか?甘ちゃんだな……オメエみたいに上の命令で何でもする馬鹿を東和から消せ。それがアタシの叔父貴から受けた命令だ。ついでにそのデカ物の救出が出来れば御の字……そんな叔父貴を敵に回す怖さを知らねえとは……見ていて哀れを感じて来るよ」


 かなめの表情には張り付いたように相変わらず笑顔が絶えなかった。男は相変わらず銃口を誠の額に向けているが、場合によっては作動不良を起こして発砲が出来なくなるほど強烈に誠の額に銃口を突き付けて来る。オート拳銃は銃口を対象物に押し付けるとバレルが後退しすぎて弾が出ないことがあることは軍で拳銃の作動システムの教育を受けた誠も知っているところだった。男はそんな銃を扱ったことがある人間なら誰でも知っている常識すら忘れるほどに動揺している事だけは誠も理解できた。


「東都戦争の頃、鉄火場でアタシに喧嘩を教えてくれた先輩から言わせてもらうぞ。相手を脅す時はより強力な言葉を出して相手より常に上の立場に立ち続けることが必要なんだ。もしそこで弱気を勘づかれるような言葉を使えばあっという間に立場は逆転して相手に舐められる。こういう非正規戦闘のプロがのオメエが死ぬ前に残した言葉だ。感謝しろよ……」


 笑みさえ浮かべて勝利を確信するようにかなめはそう言った。


「うるせえ!早くしろ!こいつの頭が……」


 ごつん、ごつんと何度も誠のこめかみを銃のスライドの先端部が叩く。誠もかなめの言葉通りこの男の行動は自滅への一本道にしか見えなかった。


「ああ、そんなに銃口を押し付けるとそもそもその拳銃は弾が出ないぞ。それよりそいつを殺したいんだろ?オメエのクライアントがどう思うかは知らねえけど。好きにすれば?未覚醒の『法術師』なんざ……この東和じゃいくらでも都合がつくから……ああ、そうだったな。アンタはこいつをなんでアンタの飼い主が欲しがってるか知らねえんだったな。アンタのクライアントがなんであんな破格の報酬でそのデカ物を拉致するだけで用意するって言いだしたのはその身長だけの野郎が『法術師』と呼ばれる地球人には居ない存在だからだ。良かったな……死ぬ前に自分がなんで殺されるのか理由を知ることができて……いつ死ぬ?アタシはいつでもオメエを殺せるぞ?死にたくなったら合図をしてくれや。そしたら引き金を引くから」


 明らかに誠を人質にとる男より情報量が多いんだと誇るようにかなめはそう言った。


「使い捨ての駒なんてどこでもそんな扱いだわな……同情するぜ。アンタの境遇には。何にも知らされずにアタシ等みたいな本物の『特殊部隊』の隊員達と言う一般人を銃で脅せば金になるというレベルの悪党からしたら化け物にしか見えない連中の相手をさせられる。その相手の正体も知らずに……ひでえ話じゃねえか……同情するぜ」


 かなめは吐き捨てるようにそう言うと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


 彼女の手にある銃の銃口は正確に男の額を照準している。


 誠を抱えている男は、その一言に怯んだ様に誠を抱えている腕の力を緩めた。


 誠は体に力を入れようとするが、緊張と恐怖のあまり体がコントロールを失ったようで、そこから抜け出すことが出来ずにいた。


「どうせどこかの事情通の上部組織にでも頼まれたんだろ?どこの指揮下聞き出したいが……オメエの『兄貴』と慕う組事務所の椅子でふんぞり返ってる人間しかその人物の名は知らねえって仕掛けなんだろ?おい、チンピラ。しかし、喧嘩を売るなら相手を見てからにしろってうちでもけんかっ早いことで知られる整備班長も言ってたぜ?アタシの『顔』を知らねえってことは、やくざ稼業じゃあ駆け出しだな?まったくそいつの言う通りだ。オメエは喧嘩を売る相手を間違えてる。その事実……どうやらその命で知ることになるらしいや」


 かなめの顔は誠にはあまりに冷酷に過ぎた。男はさらに誠に激しく銃を突き付けてくる。もう、男には銃が動くかどうかなどと言うことは関係ないらしかった。ただ、自分が一番大切な人質に銃口を向けているから有利に違いない。かなめの言葉で自分が使い捨ての駒だった事実を知らされてもそれだけが男の生きる頼りと言える状況になっていた。


「撃つんだ……でも、今撃つとその銃は弾が出ない。もう少し銃口を離してゆっくりを引き金を引かねえと弾が出ないんだが……やめときな、こんなところで死にたかねえだろ?何も知らずに誰だか分からねえ奴を誘拐し訳も分からず死んでく……哀れな人生だ……オメエに取引を持ち掛けてきた連中に言わせればオメエの組織にしては大金だが、その連中から言わせれば必要経費程度で飲み込めるはした金なんだ。そんな上の上の連中が笑ってお前さんが手にする予定のわずかな金が欲しくて死んでいく運命……同情してえところだが、その間抜けには同情なんてするような心の広さはあいにくアタシには無くってね」


 明らかに誠の額に銃を突きつける男の手がかなめの余裕の態度に恐怖を感じて震えているのが誠にもわかる。


 それを見てかなめは大きくため息をついた。


「まったくアタシが知ってるそのデカ物の身柄を手にした国家が払う金から言わせたらはした金とすら呼べない小銭が欲しくて死にたがる自殺志願者の思考回路は理解不能だ。じゃあどうしても死にたいならモノは試しだ、その引き金引いてみなよ?そうしたらどうなるか……アンタに想像つくかな?非正規戦闘って奴をやくざの出入りと区別がつかねえお前さんには無理な話か」


 かなめは男を挑発するようにそう言い放った。


「そんなー!西園寺さん!僕を見殺しにする気ですか?」


 まるで男に誠を殺させようとしているかなめに、誠は無駄と知りつつ助けを求めるように叫んだ。


『喚くんじゃねえよ!馬鹿野郎!奴は『生きたい』一心でオメエを人質に取ってる。銃器の扱いに詳しいはずのこのレベルのやくざがその作動不良が起きるかもしれねえ扱い方をするってことはもうすでにコイツの理性は飛んでるってことだ。とりあえず人質さえいれば正規の兵隊相手には何とかなる……そうすれば生きられると信じている。そんな事は甘ちゃんの妄想なのによ……武器さえあれば生き延びられる?そんなのは頭の悪い素人の考えでしかねえんだ』


 耳の中でかなめの声が響いて誠は驚いた。


 来る時に嵯峨に渡されたコミュニケーションツールからそれは聞こえた。


『気づかれるんじゃねえぞ、今はとにかく喚いて時間を稼げ。それと合図をしたら強引に床に伏せろ。それがアイツの終わりの瞬間だ。もうこいつの人生は詰んでるんだ。オメエを拉致した瞬間からこいつ等は今ここで死ぬ運命にあった。そしてこんな状況に来てもこいつはその事実を知らずにいる。戦場じゃあそんな死ぬ運命の兵隊は死ぬのが当然のこと。そんな事も知らねえなんてこいつは戦闘に関しちゃアマチュアだよ。まあ戦闘の上級者であるアタシを信じろ。こいつ等はただの何も知らねえ駒だ。そんなある程度ものを知っている連中から見ればいくらでも替えの効く駒にオメエの貴重な『力』を消させるほどアタシは甘い女じゃねえよ』


 交信はそれだけで切れた。耳の中のかなめの声だけが、妙に人間らしく思えた。


 気がついたように誠が見た先には、相変わらずサディスティックな笑みを浮かべたかなめの姿があった。


「西園寺さん!本気なんですか?僕、まだ死にたくないですよ!」


 演技など誠には必要なかった。かなめの慰めに近い言葉を聞いても誠の心臓の鼓動は高鳴り、感情は恐怖に支配されたままだった。


 ただ口を突いて出る本音を叫べば命乞いの言葉がいくらでも出てくる。


「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!だとよ姉ちゃん。こいつを見殺しにしたら、寝つき悪くなるんじゃねえのか?それともこんなことは慣れっこだというのか?それこそひどい人生じゃねえか……俺には理解できないないねえ」


 誠の叫び声に気分を良くした男が荒れた息をしながら声を上げる。


 だが、かなめの表情は変わらない。ただ銃を握り直す態度と余裕の笑みだけが変わらず誠の目の前にある。


「こいつが死ぬ?なんでコイツとこの前会ったばかりのアタシがこいつの心配なんかしなきゃなんねえんだ?そんなこと知ったことかよ。そいつだって東和宇宙軍に志願したんだ。新兵の仕事は上官の弾避けとなって名誉の戦死を遂げることが仕事だ。死ぬことくらい覚悟してるんじゃねえの?」


 そう言うとかなめはまるでタバコを吸っている時のような大きな息を吐いた。


「それよりアンタだ。アンタは死ぬ覚悟は出来てるか?見てみると……その面はそんな覚悟ができてねえ面だな……じゃあアンタが最初に銃を捨てな。そしたらアタシもアンタを撃たずにいてやる。まあ、それでオメエが生きてここを出られる保証はねえが。下から上がってきているアタシの同僚達が問答無用でアンタを射殺しない保証はねえからな」


「西園寺さん!それって……」


 誠は頭の中ではかなめの演技だと信じてはいるが、彼女がこの状況を楽しんでいるように見えて恐怖を覚えた。


「残念だねえ。この姉ちゃん、君を見殺しにするつもりだぜ。まあ、あの世で恨むならあの姉ちゃんにしてくれよ。俺はただ自分の身が守りたいだけだからな!」


 緩んでいた男の誠を押さえつける力が再び戻った。


 だが、誠はさすがにこれだけ命に関わる状況が続いていると、体も馴染んできたようで軽く両腕に力を入れた。


『これは振りほどけるな』


 そんな誠の心の声が聞こえたとでも言うようにかなめが軽くうなずいた。


「おい、チンピラ。そいつの頭が吹っ飛んだら人質はいなくなるんだぜ?そのこと考えたことあるのか?」


 かなめのその一言は明らかに男の動揺を誘っていた。


 それを見透かすようにかなめは銃口をちらつかせながら後を続けた。


「つまりだ。お前みたいな脳無しでもわかるように説明してやる。その役立たずの頭が吹き飛んだ次の瞬間には、テメエの額に『でかい穴』が開いている仕組みになってるってわけだ?死ぬ前に一つお勉強ができたな……アタシは親切だろ?感謝しろよ」


 ここまでかなめが言った時に男もようやく自分が相手にしている女サイボーグの正体に気付いたようだった。


「つまり、テメエはどう転んでも何も出来ずにここでくたばる運命なんだよ!それ以外にテメエの死ぬパターンは数百パターンとアタシの電子の脳には刻まれてるんだ?ヒントはやったぜ……あとはテメエ次第だ」


 男の腕の力が再び緩んだ。


 誠はかなめの合図を待ったがまだかなめは何も合図をよこさない。


「うるせえ!そんなのハッタリだ!テメエにこいつを見捨てるようなことが出来るはずがねえ!正規の司法執行機関でそんなことをやったら隊長の責任問題だ!役人の偉い人が責任を取る事なんかあり得るわけがねえ!」


 既に完全にかなめのペースに乗せられている男は叫びながら拳銃のハンマーが上がっていることを確認したり、視線をかなめから離して階段の方を見つめたりと落ち着かなくなった。


 完全に男はかなめの術中にはまっていた。


「やっぱりオメエは馬鹿だ。アタシ等『特殊な部隊』に喧嘩売ろうって言うならもう少し勉強しとけ。オメエに指示した組織も完全に人選ミスだな。オメエじゃアタシ等をどうにかできる実力はねえ」


 かなめはそう言うと、死刑宣告をする死神を思わせる笑みを浮かべた。


「良いことを教えてやる。そのなりだけはデカいアタシの後輩をうちに引き抜いた嵯峨と名乗ってるアタシの『叔父貴』……オメエの言うアタシ等の上司である『特殊な部隊』の隊長が、どんだけ味方を(おとり)に使って『諜報活動』や『治安維持活動』をしたぐらい、少し『諜報戦』と言うものを学んだ、『情報通の人間』ならみんな知ってるはずだぜ?オメエはそんな闇の世界の常識も知らねえみたいだな……銃を持つにはオメエは場数が少なすぎる。あと何度か死んで戦闘レベルを上げることだな……まあ、現実はテレビゲームみたいに死んでも復活なんて便利な機能はないわけだが……残念だったな」


 誠は初めて知るかなめが語る嵯峨の過去に動揺が隠せなかった。


「まあそう言うのはプロの諜報部員的な初級の教科書の記載事項だったな。オメエみたいな駆け出しのチンピラには無縁な話か。まあ、こうしてお話している間もテメエの死の時は刻一刻と近づいてきてるんだがな……最期の瞬間が近づいている気持ちはどんな感じなんだ?アタシも死を覚悟するような作戦は何度もやって来たがそん時との違いを知りたくなった。話してみ?聞いてやるから」


 余裕を持ってかなめはそう言った。


 その口調に、誠は自分は助かるという確信を持つに至った。


 そして機械の体のかなめが、あの『駄目人間』の嵯峨を『叔父貴』と呼んだことに誠は気づいていた。男にはすでにかなめの言葉を理解する余裕はなかった。誠に銃を突き付けてその引き金を引けば自分は助かる。そんな信念だけで男はそこに立っているだけだった。


「なんだよ、黙りこんで。神にでも祈ってるのか?この世に神なんて居ねえよ?宗教は戦争を起こす理由の為だけに存在するってのは地球を見ていればよく分かってる事だろ?まったく人の話の一つも聞けねえのか?どんな状況でも常に冷静であれ。市街地での戦闘の訓練を受けた兵隊なら当たり前の常識だぜ?まあ、上部組織が払う金とそのリスクを見比べるしか能のねえ自分の頭でものを考えたことのないオメエみたいなチンピラの……関知することじゃあねえだろうがな……使い捨ての駒は使い捨ての駒の死に方がある……まもなくアンタにもそれが訪れる」


 かなめはそう言うと銃のグリップを握り直した。


「それだけの話だ。今その瞬間に近づいたが……運が良かったなアンタの寿命が5秒伸びた。まあそれもそんなに長くは無いかな……」


 死の恐怖に震える男の手が震えている。


 誠は銃を突き付けられながらそのことに気づいた。


 楽しそうに二人の運命をもてあそぶかなめの言葉に、二人の男の心臓の鼓動が次第に早くなっていく。


「うるせえ!撃つぞ!ホントに撃つぞ!」


 理性を失った男に比べて誠はかなめの長話が続くたびにはっきりと理性を回復していく。かなめの狙いはそこにあったのだと悟った誠はそれが戦闘に慣れたかなめなりの心遣いなのだと理解した。


「だから、さっきから言ってるだろ?撃てるもんなら撃ってみろって。撃てねえだろ?撃てねえよな?所詮アマチュアだもんな……まもなくアンタは地上から消える。運が悪かったな」


 その言葉に男はようやく決心がついたようで、ガチリと誠のこめかみに銃口をあわせた。


 かなめの長話で既に完全に混乱状態から脱した誠には、かなめが自分を助けてくれるという確信があった。


『伏せろ!』


 嵯峨の補聴器から響くかなめの合図と同時に、誠は男の手を振りほどいて地面に体を叩きつけた。


 轟音が響き、肉のちぎれる音が、誠の上で響いた。


 誠が振り向くと、壁の破片と一緒に男の上半身が吹き飛ばされ、踊り場の方に飛んでいった最中だった。


 階段下の三下はそれを誠達と勘違いして、サブマシンガンでの掃射を浴びせかけ、男の上半身は一瞬でひき肉になった。


 誠はそのかつて人間だったものから目を反らして後ろの壁を見た。


 そこには、人の頭ほどの大きさの弾丸が貫通した跡が残り、コンクリートの破片が散乱していた。床に散った破片の陰で、かなめは短く息を吐き、無言で誠の手を取って立ち上がらせた。廃墟の隅からは小型ドローンのプロペラ音がかすかに戻ってくる。彼女が遠隔で操作した装置が先ほどの一撃を可能にしたのだ。誠の耳には嵯峨の機転とかなめの計算がまだ反芻されている。命の綱が、ぎりぎりのプロフェッショナリズムによって結び直された瞬間だった。嵯峨がこの部隊にばらまいておいた通信機と装備、そしてかなめの計算が、先ほどの一撃を可能にしたのだ。


「神前、なに驚いてんだよ。これが、アタシ等『特殊な部隊』のやり方。そいつの胴体がアタシが設置したドローンのアンチマテリアルライフルの射線に入ったから壁越しに撃った。そんだけ……シンプルな話だろ?別に驚くほどのことじゃねえ。アタシはサイボーグでコイツから知られずにドローンを操作できる。その状況を生かしただけの話だ。こんな素人、別にアタシみたいなサイボーグじゃなくても……カウラ当たりでもオメエの救出ぐらいできたんじゃねえの?まあ、アタシもこの身体の性能確認の良い機会だったと割り切るよ」


 かなめの冷徹な一言で、誠は今起きた出来事を把握した。かなめは誠を抱える仕草をするでもなく、ただ淡々と彼の袖を掴んで歩き出す。外の廊下には頼りない足音と、遠くで瓦礫を踏む別働隊の靴音が混じっていた。誠の中で先ほどまでの震えがだんだんと静まっていく。身体の震えは、恐怖というよりも興奮に似た別の感覚へと変わっていた。彼は自分が今、何か大きな装置の一部になったような錯覚を覚える……それが、この『特殊な部隊』のやり方であり、彼らが選ばれし者の論理でもあるのだと。


 かなめが男を挑発していたのは、かなめが設置した壁をぶち破るほどの威力の対物ライフルの射線に男を追い込むためだったのだと。


 誠が正気を取り戻してかなめの指示に間違いなく従う状況になり、男の腕を振りほどけば、もうかなめがその『砲』を撃たない理由は無い。


 そして、かなめの『電子の脳』による遠隔操作で男はコンクリートの壁ごと撃ち抜かれて肉片となった。


 肉片と化した男の残骸の前に座り込む誠にかなめは手を伸ばす。


 かなめはサイボーグ用の光学迷彩の戦闘服に愛銃『スプリングフィールドXDM40』を右手に持っているだけだった。


 よく見れば、かなめの戦闘服の隙間から覗く二の腕には、人工皮膚の継ぎ目のラインが見えた。


 かなめは歩きながら、ふと誠の顔を見下ろした。微かな光が彼の頬を照らし、埃の粒がまるで星屑のように見える。彼女は短くつぶやいた。


「覚悟しろ。オメエのこれからの毎日はこういうのが日常になる……うちは『特殊な部隊』とか呼ばれてるが……本当の意味で『特殊部隊』なんだ。東和宇宙軍の平和なパイロット生活なんか諦めろ。オメエの毎日はこんな血塗られたものが続くことになる」


 その言葉は残酷でありながらも、どこか救いに満ちていた。誠は答えを返す余裕すらなかったが、胸の奥に小さな決意が生まれた。それは恐怖に対する反発であり、生き延びたいという純粋な欲求だった。それでも誠は、自分がもう引き返せないところまで来ていることだけは、はっきりと分かっていた。

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