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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第六章 『特殊な部隊』のお姉さん達と飲み会

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第19話 魔法少女と、僕の知らない家の話

「それにしてもかなめちゃん」

挿絵(By みてみん)

 アメリアの声が、カウンターのざわめきに溶け込まないほど明瞭に響いた。言葉の先には軽い皮肉が乗っている。酒の湯気、炭の匂い、笑い声。月島屋の空気はいつもと変わらず熱く、その中で彼女たちの声だけが細い刃のように切れ込む。


「なんだよアメリア……オメエの事だ。どうせろくでもねえことを言うんだろ?今アタシは神前と言う見どころのある後輩が出来て機嫌がいい。聞いてやる……なんでも言え」


 細い目をさらに細めてアメリアがかなめに顔を近づける。


 アメリアの顔つきは普段どおり穏やかだが、その穏やかさに隠れた好奇心は狡猾な猫のようだ。かなめは本能的に身構えるが、そこに戸惑い以上の楽しげな緊張が混じるのを誠は見逃さない。


 間に挟まった誠は二人の胸に体を当てまいとジョッキを持ったままのけぞるように反り返った。


 誠の反応は純粋だ。先輩二人の距離感に慣れていない素直さが、肩越しに微かな居心地の悪さと好奇心を同時に添える。ジョッキの中の生ビールが小さく揺れる。


「勤務中、誠ちゃんと随分親しげだったじゃない……いろいろ調べたんじゃないの?誠ちゃんのこと……かなめちゃんも『誠ちゃんは見所がある』って言ったじゃ無いの。それなりに……興味あるんじゃないの?」


 イヤらしい笑みを浮かべつつアメリアはビールを飲み干してジョッキをカウンターに叩きつけた。


 その仕草がやけに鮮やかで、カウンターの木目に一瞬だけ光が跳ねる。アメリアの言葉は軽いが、同時に情報を確かめる目がある。誠は胸の奥で小さな緊張を感じた……他の誰かが自分を見ている、という感覚。


「なんだよ……調べちゃ悪いのかよ。アタシはサイボーグだ。東和や遼州圏内のネットとはいつも脳がつながってる……まあ、地球圏のネットは一度見てみたが……みるに堪えねえから止めた。アイツ等の脳内はどうかしている。前の戦争で甲武とゲルパルトの核で絶滅しなかったのはアタシの生まれた国の甲武の罪の一つだな……。まあ、そんな死んで当然の地球圏の人間の話は置いておいて神前の記録に残ってる記録ぐらいすぐに分かる……どれもアタシには興味深いものばかりだったがな」

挿絵(By みてみん)

 ラムのグラスを傾けてかなめがアメリアをにらみつける。


 かなめの顔には素直な怒りと、どこか誇らしげな色が混ざる。誠は彼女の拳銃のホルスターの輪郭をチラリと見て、いつもとは違う強さを感じた。かなめの『どうでもいい』ような面が、彼女の本気を際立たせる。


「それなら誠ちゃんに初対面の時に誠ちゃんの顔で検索すればそんなデータいくつも出てきたんじゃないの?もしかして、それを見てうちに引き込みたくてかなめちゃんは模擬戦だってわざと負けてあげたんじゃないの?実は。まあね、誠ちゃんもあれだけ派手な活躍をしたなんて実績があれば地球人の女だったらほっとかないわね……まあ、ここは『モテない宇宙人』遼州人の国の東和共和国で、遼州人のアイドルが『彼氏がいない』と言ったら本当に生まれてこのかた父親以外の男と話をしたことが無いなんて言うのが当たり前の国だから……かなめちゃんの生まれた元地球人の国の甲武国じゃどうか知らないけど」


 にやけた調子のアメリアの言葉にかなめはグラスをカウンターに叩きつけた。


 店の奥で串を返す老人の手が一瞬だけ止まり、客席の笑い声がぎこちなく沈むが、すぐにいつものざわめきに戻った。ここでは冗談と本気の境界が薄い。誠はその『薄さ』にまだ慣れない。


「テレビもラジオも電気もガスもねえ甲武じゃアイドルなんて居ねえんだ!居るのは噂に流れる花魁や女郎ぐらいのもんだ!それにアタシが神前に気があるからうちに引き込んだ?馬鹿言ってんじゃねえよ!今回もつまらねえ人間が来たくらいにしか思ってなかったアタシはそんなことしてねえ!アタシは今回はマジだった!こいつが格闘戦以外は並み以下ってのは知ってたけどあれほどとは思わなかった!そんだけだ!」


 いかにも彼女らしいアメリアの勘ぐりを迷惑だというようにかなめはそう言って目を逸らした。


 かなめの口調は荒っぽいが、目はどこか柔らかい。誠はその柔らかさが、自分への興味と嫌悪の間を揺れる何かであることをなんとなく理解した。


「でも、模擬戦の最中に西園寺さんの攻撃を防いだあの不思議な板みたいなのが無ければ僕はあの一撃で負けてたと思うんですけど……。アメリアさん、教えてください。あれは何なんですか?」


 誠は真剣な表情でアメリアを見据えた。


 言葉に混じる緊張は、勝負の偶然では揺らがない何かを示唆していた。板——あの不可解な「障壁」は誠の胸にくっきりと刻まれ、彼は理由を知りたがっている。


 そんな誠を見ながら相変わらず何を考えているか分からないアルカイックスマイルを浮かべていたアメリアただビールを一口飲んで語りだした。


「あれねえ……誠ちゃんの私生活が監視されていたことと関係があるのは分かるわよね?しかも生まれた時からどこの誰かも知らない連中に」


 少しまじめな表情を作っているアメリアの言葉に誠は静かにうなづいた。


 アメリアの語り口はかすかな抑揚を持ち、場の空気を引き締める。誠はその抑揚の奥に、言ってはいけないことを飲み込む技巧を感じた。


「つまり、誠ちゃんには普通の遼州人とは違う『力』があるのよ……これから除隊するかもしれない覚悟の決まってない誠ちゃんには詳しくは言えない。それを誠ちゃんが知ればこのままうちを出て同じように監視される生活に戻った時に命取りになるかもしれない。そんなの私は嫌だもの」


 そう言うとアメリアは焼鳥盛り合わせに手を伸ばした。


 言葉の輪郭は厳しい。誠は『命取り』という単語にぎくりとする。家族、出自、監視……胸の内でいくつもの小さな疑問符が踊る。


「オメエには……『法術師』の素質があるかも知れねえんだ。叔父貴や……あの自称『魔法少女』で化け物クラスに強くて地球人類を3年もかければ絶滅させられると公言しているランの姐御と同じようにな」


 かなめはそれだけ言うとグラスに残っていたわずかなラム酒を飲み干した。要するに、アニメでいうところの『超能力者』みたいなものか、と誠は雑に理解したが、誠はその法術師に『人外』のランが含まれるかどうかが気になるところだった。


 その一言がカウンターの空気を凍らせる。『法術師』……この場では忌避と畏敬の混じった言葉だ。誠は自分の名を呼ばれたように軽く肩をすくめる。


「『法術師』?なんですそれ?地球人を3年で絶滅?地球には前の戦争で減ったとはいえ100億人の人間が居るんですよ?それを3年で絶滅って……どう考えても無理でしょ?盛ってません?」


 かなめが突然言い出した『法術師』と言う言葉に誠は戸惑いつつアメリアを見つめた。


 かなめの無邪気な問いは、場にある危うさを一層際立たせる。ここにいる誰もが、その「力」の存在を知っているが、語ると事態が動くことを恐れている——それが自然なタブーになっている。


「確かにランちゃんならそのくらいのことは出来るわね……なんと言っても『現存する魔法少女』だから。それ以前に誠ちゃん。そんな『人外』のランちゃんがなんであんなにちっちゃいのに『人類最強』とか『魔法少女』なんて平然と自称して一切照れる様子もない理由はわかる?」


 急に誠に向き直ったアメリアはそう切り出した。


 ランの名が出るだけで、周囲の状況が一瞬静まる。ラン……彼女はどう見ても幼女で、しかし確かな強さを放つ存在だ。誠はその言葉の裏にある解説を待つ。


「なんでそこでクバルカ中佐が出てくるんですか?僕の話でしょ?今しているのは。確かに……『自分は光の速さで走れる』とか平気で言いだすのは『人外』しかできない発言ですけど」


 話題を逸らされたと思った誠がそうアメリアに詰め寄るが、彼女の顔は真剣だった。


「そりゃあ……僕の理解の範囲内で言うと……天才的な勘とか、反射神経とか、力でなくてなにか凄いところがあって……いや、クバルカ中佐が『法術師』だから……ですか?でもそんなものでも3年で100億人の人間を殺すなんて不可能ですよ!地球の大国の大統領とか首相とかには屈強なSPが張り付いているんですよ!それを難なく殺すなんて……無茶も良いところですよ!確かに本当にアニメに出てくるような魔法少女で光の速さで走れるのが本当ならできるかもしれませんけど……というか、そんな人と一緒に出撃するんですか?もし隣で光速まで瞬時に加速されたら僕は吹き飛んで死にますよ」


 誠はそう言ってアメリアの顔をのぞき見た。


 会話の断片から、誠は少しずつ仕組みを推測しようとする。『身体強化』、『法術師』……言葉は抽象だが、現場の体験は具体的だ。誠はその齟齬に戸惑う。


「そう。中佐には自分の身体を動かす意志で筋肉以外の力でパワーを補助する『身体強化』と言う力が常に発動しているの。だから速さだけでなく力も『人類最強』なのは間違いないわね。プロレスラーだって中佐と腕相撲したら完敗するわよ。もっとも中佐はちっちゃいから握り合うことができないでしょうけどね。まあ、これは本当にサイボーグのかなめちゃんと小指で腕相撲して面倒くさいという顔だけ浮かべて圧勝したのを目撃したから確実ね」


 アメリアはとんでもないことを口にした。戦闘用サイボーグの腕力は島田のバイクなど軽く止めてしまうほどのものである。それを小指で圧倒したということからランが『人外の魔法少女』であることは誠の脳内で確定した。


「それとランちゃんは光の速さで走れるって言ってたんだ……私は見たことが無いけどランちゃんが言うんなら出来るんじゃない?……そもそもうちの整備部にシュツルム・パンツァーの備品として置いてある炭素の棒を隊長がお金が欲しい一心で握ってくれと言われてダイヤモンドに変えて見せるなんて言うことが出来るなんて地球人の怪力男にできる?」


 ここでも誠はそのこれまでの常識が完全に塗り替えられるのを感じていた。教科書通りなら、もし人工ダイヤモンドを作ろうとすれば高温高圧をかけて……なんて工程が必要なはずだ。それを『握るだけ』で済ませる生物を、もはや同じ物理法則の中に分類していいのかどうか、誠には自信が無かった。


 そんな驚愕する誠の表情が面白いようでアメリアは笑顔で話を続けた。


「他にも色々分かってくるわよ、うちに居ると。ランちゃん系は第二次遼州大戦でそもそもランちゃん系は、第二次遼州大戦の話を聞けばよく分かるわよ」


 誠もアメリアが言うまでもなくランはそもそもシュツルム・パンツァーという人型兵器に乗る必要があるのか疑わしいレベルの『人外』であると認識していた。

 

「それにそもそもランちゃんが所属していた『祖国同盟』なんて、ランちゃん一人を素手で地球に落とすだけで、地球の国家は全部滅亡しただろうってレベルの話ばかりだから。まあ、危険性で言えばランちゃんは宇宙最凶クラス……地球圏もランちゃんの監視はしていないみたいよ。それがバレるとその国は数日後にはその国民が絶滅するから」

挿絵(By みてみん)

 第二次遼州大戦。ランが所属していた遼南共和国は第二次遼州大戦の敗色が濃厚になった段階で『祖国同盟』の加盟三国のうちの遼帝国がその敗戦の責任を皇帝であった霊帝に押し付けてこれを追放して成立した国だということは社会常識に疎い誠も知っていた。誠にとっては教科書の中の単語だったはずの名前が、急に目の前のちび中佐と結びつき始めていた。


 そして平然とその遼帝国の皇帝追放の立役者の一人であるランを『魔法少女』のレベルを超えた『最終兵器』扱いして平然としているあたりに誠はアメリアの神経を疑わざるを得なくなりここが『特殊な部隊』と呼ばれる理由を半分理解した。


「まあ、あんな危険性の高い『魔法少女』の話は別として、最初に分かってくるのはひよこちゃんのそれだと思ったんだけど……島田君と喧嘩になればすぐに分かると思ったんだけど……島田君はキレると本当に何をするか分からないから殴る蹴るでボコボコにされて瀕死の誠ちゃんが医務室に運び込まれれば嫌でもひよこちゃんの力は分かる。でも、誠ちゃんは島田君の舎弟になっちゃったものね。ひよこちゃんの力を知るのはしばらく先になるかも」


 そう言ってアメリアはビールのジョッキを手に持った。


 説明は断片的だが濃密だ。誠はあのちっちゃな『将棋少女』が星を滅ぼすクラスのアニメの『ラスボス』クラスの破壊力を持った本当の『魔法少女』らしい事実に驚愕していた。


 誠は周りを見回した。


 店内は『特殊な部隊』の隊員達ばかりで占められている。彼等はランがいかに地球人自慢の『核兵器』以上に危険な存在かを語るアメリアの言葉を聞いても当たり前のことだというように見向きもしない。こんな話、本当なら軍の地下施設の会議室でやるべきじゃないのか……と、誠はぼんじりの串をかじりながらぼんやりと思った。


 秘密が漏れる心配が無いので誠に真実を話しているんだろう。それにしても信じられないことがある。誠は頭に浮かんだ質問をぶつけることにした。


「でも……そんな力があるならなんで発表されないんですか?それにそんなに簡単にダイヤモンドが作れるならダイヤの価値なんかないじゃないですか。それと『祖国同盟』はそんな一人で地球を亡ぼせるクバルカ中佐をなんで第二次遼州大戦に投入しなかったんですか?それにクバルカ中佐が活躍した遼南内戦ではあの人の活躍はそんな『人外』レベルじゃなくっては昔の地球の戦争で活躍したエースと同じように聞いてますよ。それが『法術師』としての力によるものだと分かったら……」


 地球人に無い力を持つ異星人である遼州人の存在。それがなぜ公にならないのか、そしてそのことを政府はなぜ発表しないのか。いくら理系脳で社会常識ゼロの誠でも、そこには疑問しかなかった。


「ああ、第二次遼州大戦では遼帝国は一人の『法術師』も戦争に参加させていないから。だから『法術師』のランちゃんも一切戦っていない。それに遼州人に『法術師』という存在がいると分かったら何なの?その力を地球人に利用されるだけよ。ランちゃんも第二次遼州大戦が始まったときは一人で地球圏の全人類を絶滅させるつもりでいたけど元地球人の上司に許されなかったと飲むと愚痴るのよ……それが面倒くさくって……まあ、その一件を見てわかるように地球人は遼州人の『力』を利用しようとしている。『力』があってもそれが意志を持つものでなければ何の意味もない。遼州にしても、地球圏と距離を保つには『法術』があるのかないのかはっきりしない状態の方が都合がいいの。だからその存在には勘づいていても地球も遼州も誰も発表しない……まあ、誠ちゃんはあまりに『法術』が普通の環境で育ったからよくわからないかもしれないけど……なんと言っても母親があの人だもの当然だわよね」


 アメリアはそう言うと口の渇きをいやすべくビールを飲み始めた。


 アメリアの『母親』の一言は、誠の胸に重く落ちる。誠の脳裏に、竹刀を握った母の横顔が一瞬だけよぎった。幼いころ、ふざけて斬りかかった誠の竹刀を指先二本で受け止めたときの光景もアメリアの言葉を聴けば何となく自然に感じられた。


「『法術』が普通の環境ってどういう意味なんですか?僕は普通の高校教師の父と剣術師範の母の息子ですよ。そんな変わった環境にいた自覚はありません」

挿絵(By みてみん)

 目の前の糸目の大女が言う『法術が普通の環境』の意味が分からず、誠はそう聞き返した。


 誠の語り口には純粋さがあり、彼の無自覚さが場の人物たちには逆に鮮烈に見える。アメリアはその純粋さを慈しむように見つめた。


「いずれ、貴様も知ることになる。だが、酒に酔って聞くような話では無いんだ。ただ貴様は普通の家庭に育ったわけではない。そのことだけは隊長から聞いている……たぶんその家庭環境の真実を知れば貴様もクバルカ中佐を『魔法少女』だの『人外』だの言わずに自分の運命を受け入れるだろう」

挿絵(By みてみん)

 それまで黙っていたカウラがそう言って焼き鳥の並んでいる皿を誠に差し出した。


 カウラの声音は冷静で、情報を出す時のリミッターを自然にかける。不用意な暴露を避ける統制がここにはある。


「確かに飲んで話す話題じゃ無いですよね。でも僕の母さんが何者なのか……いつか教えてくださいますよね?母さんも……『魔法少女』なんですか?見た目は確かに若く見えて僕の姉だと初対面の人には言われますけどおばさんですよ?『少女』ではないです」


 誠はカウラの差し出した皿から砂肝を取ると口にくわえた。


「見た目が成熟した女性かどうかは問題ではないんだ。ただ、約束する。貴様が覚悟を決めた時、うちに確実に残ると決めた時に話すように隊長から言われている」


 誠はほっとするような、けれど重い約束を受け取る。口に含んだ砂肝の塩気が、その場の現実を優しく押し戻す。


「僕が……特殊な環境で育ったなんて……」


 そんな自覚は誠にはまるで無かった。自分の家庭が普通の核家族だと思っていた。


「いいじゃねえか、『法術師』であろうがなかろうがオメエはオメエだろ?それで良いってアタシが言ってんだから。アタシがそう言うんだ。それが事実。神前、それだけを信じろ!それとアタシのお袋と言うランの姐御も顔をしかめる化け物がこの世にはいるんだ。別に気にする事じゃねえ」


 ラムのグラスを傾けながらかなめはそう言ってニヤリと笑った。乱暴な言葉のくせに、それがいちばん欲しかった答えだと誠は思った。


 かなめの言葉はぶっきらぼうだが、そこには救済がある。誠はその救いに何度も助けられてきた。


 誠は自分に何かしらの秘密があるらしいことだけは理解できた。


 四人の座ったカウンターは深刻な雰囲気に包まれていた。一方でテーブル席の整備班や運航部の隊員達は誠達の話題など聞いていないというように大声で談笑していた。


 外側の喧騒と内側の密やかな会話。この対比が、誠という個人の位置をはっきりさせる。彼は今、二つの世界の端境に立っているのだ。


「なんか変な方向に話題が行っちゃったわね。これじゃあ酒がおいしくなくなるじゃないの。じゃあ、これまで来た5人のうちを出ていったパイロットの話をしましょう!連中に比べて誠ちゃんがどれだけマシか……今日一日でよくわかったから」


 それまでの深刻な表情を満面の笑みで染めてアメリアはそう言って誠達を見渡した。


 場の空気が明るさに切り替わる。誰かが緊張を解き、笑いを取り戻すことで輪は保たれる。誠はその中で、自分への期待と懸念が混ざったまま、眉間のしわをゆるめた。


「えー、あの馬鹿どもの話か?それこそ酒がまずくなるぜ……同盟司法局の偉いさんがうちに力を持たせまいと送り込んだただシュツルム・パンツァーの操縦が並なだけの一般人なんて……興味ねえや」


 アメリアの提案にかなめは嫌な顔をしながらラムの入ったグラスをすすっている。


 かなめの顔には軽い嫌悪が見えるが、それもまた彼女の愛情表現だったりする。誠はその種の照れ隠しを学んでいく。


 カウラはと言うと特に関心が無いというように静かに烏龍茶を啜っていた。


「その『法術師』の可能性が無いパイロットの中で、一番最初に来たのは……」


 烏龍茶のグラスを置いたカウラはそう言って首をひねった。


「オミズよ!オミズ!」


 嬉しそうにアメリアが叫んだ。


 その表情は喜色満面と言う言葉を絵にかいたようなそれだった。


「ああ、居たなそんな奴。印象薄くて顔も名前も憶えてねえけど……アイツが最初だったか……そうだ、アイツが最初だ。うんうん」


 かなめは自分自身を納得させる為にそう言ってラム酒のグラスを傾けた。


「オミズ……女性だったんですか?元キャバ嬢とか。あの隊長の趣味ならあり得る話ですけど」


 取り残されていた誠はそう言って、なぜか嬉しそうな表情を浮かべているアメリアに尋ねた。


「違うわよ。男の子……400年に渡り提唱されつつこの15年くらいまでその準備さえ話題にならなかった遼州同盟の締結を最初から提案していた遼州の月の『ハンミン国』は知ってるわよね?」


 アメリアは社会知識ゼロの誠を試すかのようにそう言った。


 会話は軽いが、時折歴史と地政学が顔を出す。誠は自分の無知を自覚して少し赤面するが、それがまた学びの入口となる。


「知ってますよ。毎晩空に浮かんでる月に人が住んでるって子供のころは驚いたもんです。確かあそこの公用語は韓国語でしたよね?まあ、街では普通に日常的に日本語をしゃべってるとかあそこに観光に言った友達が言ってましたけど」


 珍しく見つかった社会知識の引き出しを引っ張り出して誠はアメリアにそう言った。


「『ハンミン国』の第一公用語は確かに韓国語で合ってるわ。でも第二公用語は日本語。というか遼州同盟で日常会話が日本語で無い国なんて無いわよ。あの国は意地でもその事実を認めたくないからそう言ってるだけ。同盟会議の演説とかテレビで見ないの?各国の代表が日本語で演説してるじゃないの。まったく社会常識が無いのね、誠ちゃんは。まあ、あの国は資源に乏しいから主にナノマシン関係の技術と観光で食ってるのよ。『ハン流』の芸能人の歌とかドラマとか見たこと無い……わよね、誠ちゃんは。アニメとエロゲ一筋だから。それに恋愛ドラマって東和じゃ視聴率は取れないのよね……私の生まれた国のゲルパルトでは大人気らしいわよ」


 呆れたようにアメリアはそう言ってビールを一口飲んだ。


 冗談と現実が交差する会話。誠はそのリズムに少しずつ合わせ、肩の力を抜く。


「知ってますよ!あの国のナノテクノロジーは東和と並んで地球を凌駕してますからね。西園寺さんの義体にもかすり傷とかを修復するための機能としてあの国のナノテクノロジーを利用した技術が使われてると思いますよ。理系の大学出てますからそれくらい分かります。まあ、たしかに『ハン流』のドラマとかは見たこと無いですけど……確かに男と女が近づいたり遠ざかったりするだけでつまらなかったって友達も言ってましたから見ませんでしたけど」


 誠は自分の偏った趣味を指摘されてうつむきがちにそう言った。


「あの国のお国柄なのか、その子も真面目そうな子でね……角刈りで目つきが鋭くて典型的な『軍人』って感じだったわよね。まあ、見た目に反してメンタルの方は弱かったみたいだけど」


 いぶかしげに尋ねる誠の言葉をアメリアはビールを飲みながら軽く否定した。


「オメエが初対面のアイツに水ぶっかけるからだろ?オメエのいたずらはいつでも度が過ぎるんだよ。運航部の入り口でドジャーって……ドアを開けたら上から仕掛けられていたバケツで仕込んだオメエの部下のあの馬鹿女達の神経を疑うよ」


 かなめは呆れたようにそうつぶやいた。


 誠は一瞬顔が赤くなり、記憶がフラッシュバックする。あの『金ダライで歓迎事件』は、この部隊における歓迎儀礼の粗野さを象徴している。彼は場の空気に呑まれながら、自分の過去の小さな失敗を笑い飛ばす術を学びつつあった。


「水ですか!いきなり失礼じゃないですか!」


 かなめの言い出した言葉で誠は運航部の入り口で逢った『金ダライで歓迎事件』のことを思い出した。


 マイク片手にカラオケでロックを熱唱して馬鹿騒ぎしている運航部の女子隊員の様子を見ればそれくらいのことはやりかねないと誠にも察しがついた。


 誠は呆然としてアメリアの底知れない不気味な笑顔をのぞき見た。


「かなり怒っていたわね……水くらい拭けばいいのに」


 何事も無かったかのようにアメリアはさらりと一言でその自分の悪質ないたずらを処理して見せた。


「そりゃあ初対面の人の頭に水をぶっかければ普通怒りますよ!」


 常識人に見えて完全に『特殊な部隊』に染まっているカウラの薄い反応に、誠は思わず強めに叫んでいた。


「つうわけで、水をぶっかけられて激怒したそいつはせっかくアタシ等がここでなだめる為の宴会を開いてやったというのに、そのまま次の日に叔父貴にタクシー券を渡されて豊川駅からさようならしたわけだ……この店でもずっと黙り込んだままで……ああ、つまらねえ酒だったなあの日の酒は。あの国は東和にあんまりいい感情を抱いていねえからな。日本語をしゃべる人間は嫌いだと言いながら日常的に日本語を使ってるって事実はどうするんだよ!どうせ東和の『アナログ式量子コンピュータ』の秘密を探れとか上から言われてきたんだろ?アタシも甲武国出身で甲武陸軍上層部には東和共和国の極秘技術である『アナログ式量子コンピュータ』の実物を持ってこいなんて命令も受けてるが……こうしてこの国では普通に売ってるし任務に必要だから使ってるけど……アタシはランの姐御みたいな『魔法少女』じゃねえんだ!ランの姐御は出来て当然というような瞬間移動ができるわけじゃねえんだ!この端末を持って空港に言った時点で没収されて終わりだ!そんなもん真面目にやってられるかよ!」


 薄ら笑いを浮かべながらかなめそう言って笑った。


 地域の政治と部隊の雑事が軽口の中で混ざり合う。この店ではそうした雑多が人間関係をつくる肥料になっている。誠は遠くからその香りを嗅ぐ。


「僕は……残るつもりですから……」


 明日の朝になったらやっぱり逃げ出したくなるかもしれない。それでも、少なくとも今この瞬間だけは、あの五人の背中とは別の方角を向いていた。


「本当に?本当に?」


 冷やかしてくるアメリアを冷めた目で見つめながら誠は砂肝を平らげた。


 誠の宣言は、夜のざわめきの中で小さく、しかし確かに響いた。周囲の会話が一瞬途切れて、四人の視線が彼に注がれる。答えはすでに用意されているかのように、温かい賛同と慎重な警告が混ざる。誠はこの場に残ることを、少しだけ自分に許したのだ。

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