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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第五章 『特殊な部隊』に認められた誠

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第17話 特別機と、こだわりだらけの女たち

 いかにもお役所らしく終業を知らせるチャイムが鳴った。


 それと同時に機動部隊詰め所のドアが開けられた。


 空気は一瞬にして切り替わった。蛍光灯の白さが鋭くなり、箱状の詰め所の隅に積んであった古いマニュアルや工具箱が生活の証として鳴く。仕事の終わりはいつも、何かが抜け落ちるような解放感を伴う。誠は椅子に寄りかかりながら、安堵と緊張の微かな揺れを感じていた。


「はい!お仕事はおしまい!行くわよ!飲みに!」

挿絵(By みてみん)

 そう言って入ってきたのは、紺色の長い髪と糸目が目印のアメリアその人だった。


 満面の笑みはこれかと言う表情がそのモデル体型の小さめの顔に浮かんでいる。そして誠はそんなアメリアの格好に衝撃を受けていた。


 アメリアの一挙手一投足には余裕がある。仕立てのいいブーツの甲が床を滑る音、襟元の布地がわずかに擦れる音さえ、何かの演出のようだ。誠はその佇まいを眺めながら、なぜか自分の胸の奥にぽっと火がつくのを自覚した。美しさは軍の規律より重力を持ち、空気を引き締める。


 明らかに場違いなショッキングピンクのTシャツに、デニムのタイトスカート。


 しかもTシャツには『浪花節(なにわぶし)』と毛筆体で書いてある。


 アメリアのTシャツは意図的な違和感だ。糸目が笑うと、そのピンクが一層饒舌になる。毛筆の太い線は昔気質の浪花節を示唆しているが、そこにピンクのカジュアルが重なることで、彼女の『遊び心』と『強さ』が一度に表れる。誠はその絶妙なミスマッチに苦笑しながらも、妙に納得してしまう。


 誠はこういう意味不明なTシャツが売られているのは知っていたが、こういう服を日常的に着ている人が目の前にいる。


「少佐……なんです?その恰好?ギャグですか?かなり滑ってるように見えるんですけど……」


 唖然とする誠の前でアメリアは細い目をさらに細くしてほほ笑む。


「そんな階級で呼ぶのはダメ!そうねえ、これからはアメリアさんで行きましょう。私、誠ちゃんより年上だし。そうしましょう」


 アメリアの声は澄んでいて、冗談めいた命令はどこか母性的な柔らかさを含む。誠はぎこちなくも快さを感じ、思わず頬が熱くなる。彼の体温はいつものように低めだが、周囲の熱が伝播してくる。


 アメリアは立て板に水でそう言うと機動部隊室の他の三人の女パイロットに目をやる。


 誠も振り返ってすっかり気の抜けた表情の三人の女上司達を眺めた。三人ともアメリアの珍妙なTシャツに全く無反応であるところからアメリアは常にこういったTシャツで歩き回っていることが誠にも理解できた。


 静けさの中で、二人三人の瞬間的な視線の交換がある。人は群れると面倒だが、同時に守られる。詰め所という小宇宙の中で彼らは互いに距離を測り、立ち位置を再確認する。


「アメリアがさっきそんなこと言ってたな。オメー等が好きな有志の歓迎会の前にやるんだろ?アタシは車があるから、飲めねーし、アタシの悪口でも言うんだろ?言いたきゃ言えば?アタシは聞きたくないから行かない」

挿絵(By みてみん)

 気の乗らない調子でランはそう言った。


 誠がこの部屋に戻ってきてから彼女がしていたのは将棋盤をじっと見つめて考え事をしていることだけで、仕事らしい仕事は何1つしていなかった。


 ランの言葉は砕けているが、不可侵の安心感を含んでいる。将棋盤の駒を指で弾く小さな音だけが、彼女の機微を語る。誠はその横顔を見て、彼女が自分にとっての『掟』の一端であることを漠然と感じる。


「それにだ。どうせオメー等が行くのは『月島屋』に決まってるよな?あそこならアタシのツケで飲める。なーに、勘定の方はアタシが払うってことにしときな。ただし、西園寺が飲んだ分は西園寺が払え。あれはアタシの管轄外だ」


 机に置かれた将棋盤を前にしてクバルカ・ラン中佐は手に銀将を持ちながらそう言った。


 ランの『払う』という提案は一種の社交劇だ。彼女は金を出すことで場を作り、同時に境界線を引く。誰が何を期待し、誰を許すのかをランは無言で決めている。誠はそのやり取りを見ながら、自分がたまたまそこにいて良いのだろうかと再び胸の奥で自問する。


 誠はこんな出来た上司が実在するという事に感動すると同時にこの可愛らしい上司が結果的に一日中将棋しかしていないことに呆れた。


「まあ、あれはアタシの為だけに地球から密輸してキープしている酒だから。アタシが払うのが筋ってのは分かるよ。でも……せっかくの新人の歓迎会だぜ?五割くらいは……」


 そう言って泣き言を言って来るかなめに視線を向けられたランだが、プイと横を向いて手にした銀将に目をやるばかりだった。


「びた一文だって出すもんか!あんな高い酒でアタシの趣味じゃねえ!アタシは純粋な日本酒党で通してるんだ!洋酒なんか興味はねー!オメーは金は有るんだからそのくらいなんとかしろ!馬鹿!」


 かなめの提案をピシャリと断るランにかなめは呆れたように両手を広げてみせると端末の電源を落として立ち上がった。


 ランの『びた一文』には根っからの体育会系の豪快さがある。財布の紐は性格の鏡だ。誠は彼女の勢いに気圧されながら、同時に彼女の単純明快さにどこか救われる。


「西園寺。貴様の収入ならあの酒の代金ぐらいは大したことが無いのは事実なんだろ?つまらないことを言っても仕方ないだろう。もう店は開いているはずだ……急ぐぞ」


 手を止めたカウラはそう言って立ち上がる。


 カウラはしっかりとした口調でそう言った。彼女の歩き方には確かな重心があり、誠は無意識にその後を追うようにまぶたを細める。存在そのものが安定の象徴だ。


「神前は本部の前でこの変な文字がプリントされたオバサンと一緒に待ってろ。アタシ等は着替えて裏道通ってカウラの車で二人を拾いに行く」


 かなめはそう言うと誠の脇を抜けて、ドアの前に立つアメリアに近づいていく。


 誠は軽く頭を下げ、置いていかれないように気を張る。胸の奥の静けさとアメリアの放つ『宴会』と言う言葉の騒がしいイメージが宴会前の心の隅で穏やかに息をしている。彼はこの静を失いたくないが、同時に馴染む必要も感じていた。どちらが勝つのかは、まだ分からない。


「ちょっと……かなめちゃん。聞き違いでなければ『オバサン』とか言わなかった?たぶん私の気のせいじゃないと思うのよね……私達の聴覚は遺伝子レベルで強化されてるから聞き間違いなんてあり得ないもの」


 相変わらず、見えているのかどうかよくわからない細い目でアメリアはかなめをにらみつけた。


「あの……僕は別にオバサンだとは……」


 誠はかなめが言うほどはアメリアを自分より年上と意識していなかったのでフォローの言葉を口にしようとしたが、アメリアは鋭い糸目で誠をにらみつけて黙らせた。

 

「黙ってて誠ちゃん!ここはお姉さんの自尊心の問題だから!」


 そこにはアメリアの女のプライドを賭けた顔があった。その様子がさらにかなめのつぼにはまったようでその笑顔が凶悪な肉食動物を思わせるモノへと変わっていく。


 そしてかなめはさらにアメリアのプライドを切り刻もうと言葉を続けた。


「アタシは28歳、オメエは30歳。女のその年齢は貴重なんだ……オメエの婚活が上手くいかねえ理由もその珍妙なファッションセンスばかりではなくその二歳の年齢差に有るわけだ。世の中の男は残酷だよな。そんなアタシの年でも、そこら歩いてるガキには『オバサン』と呼ばれることがある。オメエは年上だから十分オバサンじゃん。ちゃんと現実を見ろ。100回見合いを初回で断られたという実績が何よりもオメエにその残酷な現実を教えているはずだ」


『100回……。西園寺さんはかなり物事を大げさに言いそうだけど……そう西園寺さんに言わせるってことはそれなりの回数初回で断られたのは事実……というかまさかそのTシャツを着ていったんですか?そしたら……100回も事実かも知れない……』


 誠は、数字のインパクトのせいでかなめの話の半分しか頭に入ってこなかった。そして、当然『カモ』となっている誠にその火の粉は降ってくるのは予見できた。こめかみを引く付かせながらかなめの暴論を聞き流していたアメリアの視線が時々誠に向いているのは嫌でも分かる。そしてかなめの暴論が明らかにここに誠がいるという現実が生み出したものなのも推測がついた。


 かなめの挑発は陽気な暴力だ。誠は笑ってかわすか、それとも本当に言葉を吐くかの二者択一を迫られる。


 かなめは誠に目を向けて指さして話を続ける。


「しかも付け加えて言うとだ、今ここにいる神前。こいつは現在23歳だ。つまり、オメエより7歳若いってことになる。つまり、こいつはオメエを『オバサン』と言う権利があるわけだ。神前、この変なTシャツを着た馬鹿をオバサンと言え。言わなきゃ『射殺する』。アタシが実弾入りのマガジンポーチを持ち歩いているのはこういう時に使うんだ。オバサンと言うか、死ぬか。選べ。心の広いアタシはそのくらいの選択権くらい部下には与えるようにしているんだ」


 そう言ってかなめは愛銃スプリングフィールドXDM40をホルスターから抜いて実弾入りのマガジンを叩きこんでにんまりと笑う。


 その笑いは本気半分、冗談半分。だが本気で撃ちそうな緊張感があるから侮れない。誠は一瞬で選択を済ませる。ここではより過激なかなめの提案である『言う』方が波風が少ないだろうと計算した。


 ギラギラと光る眼で銃口を向けるかなめならやりかねない。


 そう思いながら、たれ目のかなめの視線を外すタイミングを誠は探していた。


「神前、安心しろ。西園寺は撃たない……と思う。こういったケースはこれまでも日常的にあるが、今まで西園寺は撃ったことが無い。まあ、初めての被害者が神前の可能性は否定できないが」


 身の回りの物でも入っているのだろう、ハンドバックを引き出しから取り出したカウラはまったく関心がないというような顔でそのまま二人の間を通って部屋を出ていった。


 カウラの一瞥は誠の背中に小さな盾を貼るような働きをした。彼女は場の秩序を保つ係だ。誠はその背中の安心感をありがたく思いながら、あまり深刻にならずに発話の瞬間を迎える。


「さあて、神前。アタシはオメエに十分時間をやった。オバサンと言うか死ぬか。選びな」


 相変わらずかなめはそう言いながら銃を手にニヤニヤ笑っている。


「わかったわよ!私はオバサン!誠ちゃんの脳みそぶちまけるのを見たくないから!私が自分で言えば丸く収まるんでしょ!かなめちゃんは撃つときは本当に撃つから嫌なのよ!配属初日に上官から撃たれて殉職なんて現場を私も見たくないから!」


 そう叫んだアメリアは誠のそばまで行った。かなめはアメリアの独白で満足したような加虐的な笑みを浮かべると銃を仕舞った。


 アメリアの一喝は場を一変させる。誠は照れ笑いを浮かべ、胸の奥の安堵が膨らむ。

 

「まあ、そんな暴力しか能の無い馬鹿サイボーグは置いておいて……いろいろ、誠ちゃんに聞きたいことがあるのよねえ。仕事関係じゃなくて『趣味』のこと。私は『趣味』で人を判断することを基準にしている女だから」


 誠の手を握ってアメリアはにっこりとほほ笑む。


 年上の女が手を取ると、世界は一瞬甘くなる。誠はその温もりに戸惑うが、やはり心地よい。彼は自分の内側で『これは大切にしておこう』と思う何かに気付いた。


「趣味だ?野球以外の趣味あるんだ。アメリアの馬鹿に染まって変な方向に行くんならアタシの管轄外だ。まあ、好きにしな。お先!」


 そう言うとかなめはドアを開けて出ていった。


「アメリアさん……」


 誠が名を呼ぶと。嬉しそうにアメリアは微笑む。


「お姉さんも色々多趣味だから。合うと良いなあなんて思ってるわけ、『趣味』が……ね?特にエロ関係で……」


 年上からの承認は、誠にとって予期せぬ宝だった。年上の女性、しかも美人からこう言われてうれしいのは事実だが、ここの隊員は全員どこか規格外なので、どんな結末になるのやら。ただ、誠は深く考えず場当たり的に生きていくことの必要性を実感していた。


 短絡的に場に合わせることは遼州人にとって悪ではない。むしろ足るを知る者は、余計な野心を抱かず、与えられた場所を愛する。誠はその小さな哲学を車での移動中にも繰り返し反芻するだろう。



 

 部隊の本部棟の玄関前でアメリアと誠は雑談をしていた。


 誠はその中で自分の口にした発言を反芻(はんすう)しながら、これからしばらくお世話になる本部の入口の車止めの前にアメリアと並んで立っていた。


 好きなアニメ(30代の女性が好きなものジャンルでまずアニメが出てくるところからして異常なことだとは自覚した)。


 アメリアの語るアニメ論は独特だ。時代のずれた趣味が混じると、話は突然饒舌になる。誠は聞きながら、時折頷き、時折苦笑いを浮かべる。自分の器を測りつつ、ここで生きていく道筋をほんのりと想像する。


 好きなゲーム(ここでも違和感を感じた。しかもメジャーな専用ゲーム機の話題が出るのかと思えばそんなものは1つも出ず、ひたすらアングラサイトで出回っている同人系エロゲームの話しかしなかった。しかも誠の好きな調教物過激シミュレーションエロゲームについては自分達運航部でも作っているという意外な運航部の一面も知ることが出来た)のことについて話した。


 能弁に過ぎるアメリアに誠は明らかに警戒して思わず口をつぐんだ。結果、分かったことはアメリアの方が誠より多趣味だということだけだった。


 会話が深まると、誠は自分の無口さが一種の資産であると理解する。ここは喋る女たちの王国だが、誠には彼独自の存在価値があると、内心でじわりと確信する。


「来たみたいね」


 そう言ってアメリアは誠背後の誰かに向けて手を振る。誠はアメリアの視線の先を確認しようと振り向いた。


 アスファルト舗装された道を暗い銀色の車が近づいてきていた。恐らくはかなめかカウラが運転している。


「初めて見る車ですね……なんだかレトロな車」


 その銀色のスポーツカー。運転席にはカウラ、隣の助手席にはかなめが座っている。


 車の姿は、ヘッドライトの丸みに始まる年代の匂いを放つ。金属の塗膜はマットに近く、角ばったフォルムが低い。誠は一瞬で、それがただの移動具ではなく『物語』を載せていると感じた。


「そうよね。たぶんこの実物が走ってるなんて東和共和国でもこの一台くらいなんじゃないかしら?なんと言ってもうちの整備班でフルスクラッチした車だからね。まあ、オリジナルは地球の日本だっけ?この東和の元ネタの国で博物館にでもあるんじゃない。東和共和国の環境基準が二十世紀の地球並みにユルユルだからこうして走れるけど、地球じゃ今時ガソリン車なんて二酸化炭素規制で絶対走れないわね、公道は」


 アメリアの言葉の意味を考えながら悩んでいる誠の目の前で車は停まった。


「乗れ……あと、アメリア……余計なことは言わなかったろうな?貴様には羞恥心という物が欠けている……そう神前が理解するのも事実だから、そこはもう仕方がないが、私達に関することまで変な先入観を受け付けられても迷惑なだけだ」


 そのカウラの目は鋭い視線を向けていた。


「言ってないって!誠ちゃんのゲームや映像の趣味に引っかかるものがあったら……その時はその時で考えるわよ」


 アメリアはそう言って後部座席のドアを開けた。


「じゃあ、王子様。どうぞ」


 そう言ってアメリアは開けたドアの前で手招きする。


 隊の皆に受け入れられて少しいい気分になっている誠はそう広くはない後部座席に体をねじ込んだ。


 後部座席の革はやや硬く、長時間は疲れるだろう。誠はその狭さを不満に思うより、その時間を誰かと共有できることを選ぶ。車内の空気が金属的に震え、エンジンの気配が床を伝う。


 身長187cm誠に匹敵するその目の高さから180センチ以上なのはわかるアメリアがその隣に座る。


 当然後部座席は大柄の二人が座るのには狭すぎるという事だけは誠にもわかった。


「出すぞ」

挿絵(By みてみん)

 それだけ言うとカウラは自動車を発進させた。


 発進の瞬間、タイヤがアスファルトを掴む音が明確に耳に届く。誠はシートの背に頭を預け、窓の外に過ぎ去る夕暮れをぼんやりと見つめる。車は喋らずに道を切り開く。誠はその静けさに、自分の内側のささやかな平穏を重ねた。


「エンジン音……ガソリンエンジン車。……フルスクラッチしたって誰が作ったんですか?」


 誠は変わった車に乗っている以上、それについては普通の反応が期待できると思ってそう言った。


「ああ、島田だ。なんでも島田の師匠に教えられた技術を腐らせないための神聖な行事なんだと。有名な旧車で気に入ったの作ってやるって奴が言ったらこれが候補の中に入ってた。そして部品とかの都合がついて、島田が作れると言ってきた中のうち、この緑髪の選んだのがこの『スカイラインGTR』まあ、この車種はそのメーカーでもシリーズ化されてて三代目に当たる車だそうだ」


 かなめは進行方向を向いてそう言った。


「島田先輩が作ったんですか?って一人で?」


 誠は島田が自動車を作れるという技術を持っていることに驚きつつそう言った。


「なんでも、暇なんで兵隊の技術維持のために毎回そんな趣味的な車を作るんだよ、島田は。こいつがその三台目。一台目はマニアしか知らないような日本車で運用艦の操舵手の常にマスクをしている姉ちゃんが乗ってる。二台目はイタリア車で、オークションに出したら、地球の大金持ちがとんでもない金額で落札して大変な騒ぎになった。その後がこれ。通称『スカイラインGTR』」


 そう言うかなめは一切誠には目を向けず、誠に見えるのはかなめのおかっぱ頭だった。


 車はゲートを抜け、工場内を出口に向かう道路を進んだ。


 走行中、足元を小さな振動が伝う。エンジンの鼓動が体の芯に触れ、それが誠の胸拍と微かに同期する。彼は何も期待していないようで、しかし心のどこかでこの先の雑多な時間を楽しみにしている自分を見つける。


「『スカイラインGTR』正式名称ですか」


 ちょっと話題が盛り上がりそうなので、誠はそう言ってみた。


「正式名称は『日産スカイラインGT-R・BRN32』。まあ内装とかは現代の最新型だ。エンジンも設計図を元に最高のスペックが出せるように島田がチューンした特別製だ。この車が作られた20世紀では不可能だった技術を満載することで、最高800馬力くらいは出る。当然、ブレーキ、ハンドリングもそれに合わせての島田カスタムしたものだ。まあ、島田の部下の兵隊が班長の島田が満足するものができるまで、不眠不休で作り上げた血と汗と涙が篭っているものだ。私はそれにふさわしいように大事に乗っている」


 カウラは上手な運転の見本のような運転をしながらそう言った。


「そうですか……こだわってますね……」


 誠は感心したようにカーナビの無い車のコンソールに目をやった。


「そして、ちゃんとカセットデッキまで内蔵している。今時、カセットなんてと思うが甲武じゃカセットデッキは貴族の最新メディアだからな。西園寺、いつもの曲をかけるのか?」


「当たりめえだろ?アタシは『みゆき』の曲を聞いてこそアタシなんだ」

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言うとダッシュボードからカセットを取り出して誠の見慣れないコンソールのスリットに差し込んだ。


 低いドラムの音がしばらく続いた後、語り掛けるような女性のボーカルが響く。


 車内に流れる音楽は、世代を超えた時間を呼び寄せる。誠も知っているこの東和共和国の元ネタとなった日本と言う国の昭和と平成と言う時代を代表する中島みゆきの歌が、遠い地の人々の琴線に触れるように、ここでも誰かの胸に響く。窓の外を流れる景色は速いが、歌はゆっくりと時間を遅らせる。誠は目を閉じ、その声に身を任せる。


「西園寺さん……この曲は……」


 誠はアニソンしか聞かないので、切々と語り掛けるように歌う女性ボーカルの歌声に少し違和感を感じた。


「地球の日本の歌だ。昭和から平成、令和にかけて活躍した歌手『中島みゆき』の曲だ。ああ、日本と言う国は21世紀に起きた2度にわたる東アジア限定核戦争で滅んだんだったよな。今のアメリカ信託領ジャパンのこと。そこで20世紀の後半に流行った歌だ……心に響く歌だろ?」


 かなめは淡々と説明する。過去は遠く、しかし人間は過去を引きずる。歌はその索として人々をつなぐ。アニソンと野球応援歌以外の音楽に興味を持ったことのない誠には、その声はやけに胸に刺さった。


「へー……」


 そのかなめの独特な歌の趣味に感心しながら、誠は歌に聞き入った。


 アメリアはアニメとエロゲーム、カウラは車、かなめは歌にこだわりを持っている。


 どうやらこの三人の女性は何かに『こだわる』ところがあるらしい。


 誠は自分の小さなこだわり……たとえばプラモデルや古い滅んだ国、日本の剣道の形と遼州の技を取り入れた実家の剣術……が誰にも恥じるものではないと、改めて思う。この部隊に居続けるというわがままだけは、許されてもいいのかもしれない……誠はそんなふうに、自分勝手な希望をこっそり胸にしまい込んだ。


 誠はカウラの運転とこの車への島田の真っ直ぐな思いに感心しながら黙って車に揺られていた。


 車は工場のゲートを抜けた。


「これからオメエを連れていく店は男子下士官寮の近くなんだわ、……まあこれまでの五人もそこに連れて行ったが、基本的にオメエはこれまでの『乙型』の能力を引き出せねえ連中とは違う扱いをしろって叔父貴に言われてるが……同じ店でも飲み方を変えれば問題ねえだろ」


「違う扱い?」


 かなめの言葉に誠はどこか引っかかるものを感じていた。


「そう、誠ちゃんは特別なの……今は今度うちに搬入される予定の『乙型』の能力を引き出せるより他は理由は言えないけど」


 そう言ってアメリアはその糸のような目をさらに細めた。


 アメリアの含み笑いは謎を運ぶ。その謎は重すぎず、しかし決して軽くない。誠は『特別』という言葉を聞いて、一瞬居心地悪さをおぼえるが、同時にその役割が自分を肯定してくれることを知る。


()めたからですか?みんなで寄ってたかってここに来るしかないように仕向けたから……」


 誠は隊長と言う言葉に出会って一目で悪印象しか持たなかった『駄目人間』である整理整頓能力ゼロの男嵯峨の顔を思い出して嫌な顔をした。


「それもあるけどそうしなければならなかった理由もあるのよ。そこが他の五人とは違う所。他の五人はうちがあまりに『特殊』だから同盟司法局の偉いさんが監視のために差し向けた……まあ『招かれざる客』ってところかしら……それにその五人にはどう頑張っても『乙型』の能力は引き出せない。誠ちゃんじゃ無きゃ駄目なことにはちゃんとした理由があるの。今は言えないけど」


 アメリアはそう言って笑った。


「僕は歓迎されているんですか?それとそんなに強いんですか?『05(まるご)式特戦乙型』って」


 誠は嬉しさと同時に『乙型』のヤバさを直感した。


「歓迎してるよ……まあ、初対面の時にぶっきらぼうだったのは悪かったけど……貴重な『ツッコミ』がいないとうちは旨く回らないんだ。それと『乙型』についてはこれ以上話すな。あれは本当に軍事機密を超えた宇宙全体の秘密が詰まってる機体だ」


 かなめはそう言って自分の後ろに座る誠を見ていたずらっぽく笑う。


「もしかして僕の才能って『ツッコミ』じゃないですよね?僕と他の人と何が違うんです?他の人でもあそこに座れば……」


 誠は戸惑いの色を浮かべながらかなめを見つめた。


 ありきたりであることをまず一番に望む遼州人の誠は『特別』に選ばれることに戸惑いを覚える。


「とりあえず誠ちゃんは特別なの……確かに他の五人にツッコミの役割は期待してなかったし、誠ちゃんなら見事にツッコミを入れてくれそうだし」


 そう言ってアメリアは笑った。


「僕は特別……どうしてですか?」


 誠は笑顔を浮かべつつ、これまで去っていった過去に去っていったパイロット候補生たちに思いをはせながらそう尋ねた。


「だから言えねえって言ってんだろうが!頭の固い野郎だな」


 薄ら笑いの誠の表情が気に入らないらしく、助手席のかなめがそう言って後部座席の誠に振り返った。


「言えないんですか?何かいけない理由でも……」


「誠ちゃん。今は言えないの。今、誠ちゃんはうちに残るかどうか迷ってるでしょ?そのことはうちの隊以外では今は言ってはならないとされてることだから。もし誠ちゃんがうちを辞めてそのことを話して回ったら私達も困るの。そのうち時が来れば……うちに本当に残ることを誠ちゃんが決意する様になれば言えるようになるわ」


 戸惑う誠にアメリアは優しく話しかける。


 その優しさは保護と計画の混合だ。誠はそれを受け取りつつ、焦らずに行こうと心に決める。今は「分からない」を受け入れることも選択肢だ。


「時が来ればですか……」


 誠は今1つ事情を呑み込めずにそうつぶやいた。


「そうだ、時が来れば嫌でも思い知らされる……どんなに嫌がっても貴様は逃げられなくなるんだ……その『運命』から」


 運転席のカウラは静かにそう言うと右に大きくハンドルを切った。


 夕暮れの風が窓の隙間から流れ込み、車内の会話を静かに押し流す。誠はその風を頬に受けながら、今ここにある穏やかさを静かに味わった。

挿絵(By みてみん)

 誠はハンドルを握って正面を見つめて運転に集中しているエメラルドグリーンの髪のカウラから『逃げられない運命』と自分の行き着く先を言われた時、本当は少しだけ、胸のどこかが嬉しかった……そんな自分に、誠は気づかないふりをした。進歩を望まないと言われる遼州人の誠にも、変化は訪れるだろう。しかしその変化を無理に追わず、与えられた場所で足るを知ることが、彼の流儀なのだと再確認した。

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