第15話 専用ゲージと誠の一刀
誠は指定されたシミュレータに乗り込んだのだが、アメリアの糸目を見ているうちに、この筐体には『神前誠専用』という張り紙が貼られていたことを思い出していた。
シミュレータの座席に腰を下ろすと、狭いがぎゅっと詰まったコックピットの感触が身体に伝わる。真空状態にも耐える合成皮革の擦れる匂い、金属のひんやりとした手触り、わずかな電気の匂い。全天周囲のモニターはすでに薄暗く点灯し、外界と切り離された別世界がそこに整えられている。そのとき、誠はふと視界の脇にある小さなゲージに気づいた。淡い光を帯びたバーが、彼が座った瞬間にふわっとはね上がり、すぐに戻る。
これまでの旧式のシュツルム・パンツァーとは異なる、最新の精神感応式オペレーションシステム特有の精神負荷を感じながら、誠は全天周囲モニターの脇に奇妙なゲージがあることに気づいた。
そのゲージは誠の搭乗と同時に一時的に跳ね上がり、そしてすぐに元に戻った。ゲージはただの表示ではなかった。彼の搭乗に応じて、何かが起動している。それだけは誠にも理解できた。
「何このゲージ……東和宇宙軍のどの機体にも無かったゲージなんですけど……僕専用だから?だったら僕って何なの?それとどうしてこのシミュレータに誘導したんです?鈍い僕にだってわかりますよ。整備班の人達はこのシミュレータに僕が乗るように誘導しましたよね?乗り物酔いが強いとそんなに既存のシミュレータに乗らせるのが嫌なんですか?僕は要らない子なんですね、やっぱり。そんなに僕に吐瀉物を吐かれるのが嫌だったんですか?だったら僕なんかここに呼ばなければよかったのに……」
そんな独り言ともつかない言葉を吐きながら誠は指先でゲージの表示を追う。数値や色の変化……それらはどれも見慣れないものだった。機械に詳しくないわけではない。だが、その表示が何を意味するのか、これまで乗ったどの旧式の89式教習用シュツルム・パンツァーに乗った感覚として馴染まない。胸の奥がふわりと落ち着かない。普段は冷静な誠の皮膚の下で、久しぶりに緊張がざわついた。
明らかにおかしいこの誠に確認してほしいという位置に配置されたゲージの存在が誠には気になってこれまで経験した乗機経験に無い緊張を強いられてならなかった。そして画面の中で笑顔を絶やさないアメリアにその疑問をぶつけた。
「なんですか?このゲージ。まるでこれを見ながら僕は戦わなきゃいけない位置に配置されてますよね?何か特別な意味でもあるんですか?僕がこれまで乗った機体には無かったですけど……05式には何か新式のシステムが入ってるんですか?」
誠の問いに、モノトーンのモニター越しにアメリアが柔らかく微笑み、落ち着いた声で答える。
「そうねえ……まあ、まだ来ていない誠ちゃんの専用機のコックピットはその配置なの。まあ実物を見たらその時に説明の許可が隊長から私に降りる……かもしれない。まあ、隊長のことだからその時にも『あっても邪魔にならないんだから良いんじゃない?』って言うに決まってるわけ。だから今は言わないでおくの」
アメリアのあからさまな秘密の言葉が逆に誠の精神を苛立たせた。アメリアのふっと笑うような糸目は、言葉に余計な緊張をほぐす効果がある。だが『隊長に言うな』とだけ言う言葉には、どこか含みがあった。軍事機密というよりは、部隊内部の『理由』があって秘密が作られているらしい。
誠はとりあえず理解不能なゲージは無視してそれ以外のこれまでの教習用シュツルム・パンツァーでは見慣れた計器を眺めながら全天周囲モニター中央に見慣れぬゲージを拡大して見せた。
それでも誠の意識は見てくれと言わんばかりのゲージに目が行った。モニターに映るそのバーは、まるで生体の鼓動のように揺れている。色は普段の警報色ではなく、むしろ暖色系のうねりを見せる。機体側のセンサーが『人』と『機体』の境界線を曖昧に捉えているかのような、不穏な温度感だ。
『ああ、それは……別に誠ちゃんが『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質だからとかじゃなくて、そのシミュレータは今のところ誠ちゃん専用だからなのよね♪そのシミュレータは誠ちゃんが乗ってこそ意味があるものなの。今のところかなめちゃんが乗っても意味がないみたいだし。そもそも地球人の遺伝子しか持たないカウラちゃんもそのシミュレータは使ってもしょうがないし意味が無いの。その理由は今のところ誠ちゃんには秘密なのよね……言いたいけど隊長がどうしても言うなって言うから仕方ないわ。私も隊長に逆らって解雇にはなりたくないし』
アメリアは言葉を濁すが、その口ぶりには悪戯めいた温度が残る。誠の胸には、彼を特別扱いする視線が重くのしかかる。特別は必ずしも好意ではない。期待や使用価値、あるいは『運命』めいた何かの前触れかもしれないと誠は思った。
「秘密って……軍事機密かなんかですか?なんで僕の機体に?僕は普通の遼州人ですよ……クバルカ中佐みたいな魔法少女じゃありません」
誠の問いに、アメリアは顔の角度を少しだけ変えて機械的にその場を濁すように微笑むだけだった。説明はしないが、モニターの向こうで幼い見た目の割に鋭く戦場を見回すような『魔法少女』のランの目がじっとこちらを捉える。ランの顔は小さく、子供めいているが瞳は年輪を刻むようだ。彼女の目は『計算された安心』を誠に与える。誠はその目で見られている限りはどうやら『特殊な部隊』の一員でいてもいいらしい。そんな事を誠は考えていた。
『それより、誠ちゃん。勝算は……今の誠ちゃんには無いわよね。地上戦なら格闘戦が得意な誠ちゃんにも物陰に隠れて奇襲攻撃で一撃と言う誠ちゃんの唯一の勝機は有ったと私は思うわ。かなめちゃんは射撃しか能が無いから。でも宇宙だと射撃戦がメインになるから誠ちゃんは苦手な宇宙戦ではこれまでの東和宇宙軍での訓練でも手を抜いてた。そんな事、東和宇宙軍からうちに送られてきたデータを見れば私にも分かるわよ」
誠は自分の手の内がアメリアには完全にバレているという事実を知って唖然とした。
「あれだけ戦力にならないパイロットなんてちょっとやそっとじゃお目にかかれないわよ。宇宙戦が得意の東和宇宙軍で良く首にならなかったかって不思議なくらい……まあ、隊長がそう仕向けたんでしょうけど。射撃での戦闘がメインの宇宙戦に対して、地上戦なら物陰から隠れて接近戦で誠ちゃんのお母さん直伝の格闘戦の一撃で奇襲を仕掛けて敵を仕留めることもできる……まあ、データではその成功率も40%くらい……多くはその前に相手に見つかって一方的に遠距離から狙撃されてお終い……でも……今回はちょっと違うんだわよね……』
アメリアの残酷めいた率直さは、誠の不安を増幅させる。宇宙という広がりは誠の得意とする『地』を奪う。彼の身体は地上の方がよく機能する。重力、地面との摩擦、物陰……そうした要素は誠の戦い方の道具立てだ。格闘戦による奇襲にしか活路を見いだせなかった誠にとって宇宙はそういう奇襲を成立させるような『道具』を使わせない。
再びアメリアの少し残酷な言葉に誠はうなずくしかなかった。
相手が人並みの腕であれば障害物の多い地上の遭遇戦などで格闘戦には自信のある誠にも勝機はある。もし、相手がサイボーグのかなめではなくカウラだったとして地上ならなんとか奇襲でケリをつける算段はあった。
しかし、相手は最初から自分はサイボーグで生身の反応速度をはるかに上回ると宣言しているも同然のかなめである。そしてあのかなめの態度から見て、彼女の射撃技術以外の操縦技術はそれなりに高いと見た方がいいくらいの予想はできた。
かなめはただの『射撃しか能の無い』人物ではない。誠の母に会いに来た軍人や武闘家たちと会話を交わし語り合ったこともある誠の観察眼はそう言わせない。サイボーグとしての身体適応と戦場で鍛え上げた反応は、苦手な宇宙ばかりか得意な地上戦でも怖い相手だ。
いくら剣道道場の跡取り息子として格闘戦が得意な誠でも相手も互角に格闘戦に慣れているパイロットなら経験と宇宙を苦手として避けてきた誠の弱みから考えて勝ち目はまるで見えなかった。
アメリアの隣に、新たな画面が開く。ランとカウラがそこに並んでいる。ランの顔はいつもと変わらず小さく、しかし眼光は鋭い。カウラはエメラルドグリーンのポニーテールが揺れ、真面目さの奥に冷静さを秘めている。
『そー自己卑下をするんじゃねーよ。こんな状況だって格闘戦オンリーなら今のオメーでも勝算ならあるぜ……ただオメーにはその勝機が見えていないだけ……いや、これまで見ないように自分で努めていたところにテメーの勝機は転がってる……そのことに気付けるかどーか。それがこの決闘の意味のすべてなんだ……アタシを失望させるんじゃねーぞ』
ランの声は機械越しでも土臭く、だが確信に満ちている。誠は胸の中のわずかな灯をつかまれるようにしてその声を聞いた。
「本当ですか?でもどこに?相手はサイボーグ。僕は生身。反応速度の差は違いすぎますよ……それ以前に僕はパイロット失格のパイロットですから。格闘戦には自信がありますけど……そもそもいきなり至近距離に飛び込まれて一撃を食らったら終わりというくらいの読みは出来るくらいの格闘戦の技術は僕にはあるんです!」
気の弱い誠にはどんな小さな勝機でも見逃すことができないはずだったが、弱気な誠の心がそれを阻害していた。
『そんなことも教えてねーのか?東和宇宙軍の教導隊は低能ぞろいだな。まず、基本的に西園寺は接近戦は仕掛けねーからな。鉄砲があてにならずに格闘戦ばっかしてたオメーの方が格闘戦に関するノウハウの蓄積はあるわけだ。アイツが格闘戦にも神前より優れている?そんなもん『人類最強』を自認しているアタシから言わせれば誤差としか言えねーな。オメーが地上では物陰から飛び出しての奇襲の格闘戦が得意だってのも知ってる。宇宙だからってそのスキルが生かせないと言うことは言い切れねー……目の前にあるリアルを信じろ……そこに活路は転がってるもんさ……それを見出す才能はオメーにはある……それ以前にオメーには勝てる理由があるがそれは今は言えねー』
ランの語気は乱暴だが、温度に重みがある。誠はいつも思う……ランは地球で言う昭和の精神論をそのまま生身に埋め込んだ人形のようだが、部下への愛情は本物だ。部下を守るためならば理不尽も辞さない。その信頼が、誠の肩を押す。
「評価していただいてありがとうございます。でも、ここは宇宙ですよ……奇襲なんてやりようが有りませんよ。それと中佐がそんなに僕が勝てるっていう理由何なんです?いい加減教えてくださいよ」
誠は苦笑しながらも、ランの言葉を胸に置く。戦いを極端に嫌う遼州人としての彼は『勝ちたい』という衝動に駆られているわけではない。かといってこの場で無能を証明するほど恥ずかしい思いをしたいとも思わない。ただ、ここに居る……『特殊な部隊』に自分が存在する価値を示したい……そういう静かな気持ちが芯にある。
『だから何度も言ってるだろ?接近戦では経験よりは瞬時にどう判断ができるかが試されるわけだ。西園寺は確かに経験豊富だが頭に血が上るところがある。そいつが治ればアタシもアイツを第一小隊の小隊長にしてやりて―が、そこんところだけはどーしてもアイツは治らねー。その点、オメーはそう言う接近戦での判断力は剣道場でお袋に鍛えられてんだろ?オメーがおびえたりしなければその点でも互角にやれる。相手の心の状況はアタシは今教えた。それを知ってる分だけオメーが有利なはずだ。それを生かせるかどーかはオメー次第だ』
ランの言葉に、カウラも静かにうなずく。二人の支持は重い。誠は深呼吸をして、操縦桿を握りしめた。画面上の距離は千、戦闘開始の合図が近い。
『おーい。準備できたか!』
モニターにかなめのたれ目が映し出される。彼女の顔には勝つことが決まった勝利者の陽気さと、どこか子供のような嘲りが混ざっている。勝利を確信して安心しきった笑みさえそこには浮かんでいる。『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質で人に馬鹿にされることには慣れている誠にもそのあまりに緩み切ったかなめの表情には心に期するものがあった。
「なんとか……心の準備だけは出来ましたから」
誠はそう答えつつ、操縦桿を確かめる。位相転移式の反応を模した触覚が手に伝わり、機体が低い唸りを上げる。戦は始まった。
「それじゃあ、西園寺かなめ対神前誠。模擬戦、スタート!」
アメリアの声が静かに宣告を行う。誠は全速で前に出る。シミュレータは位相転移式エンジンの独特の震えを再現し、操縦桿を握る彼の腕が細かく震える。巡航速度の遅さはやはり気になる。だが、加速時のトルクは強く、機体を急旋回させる瞬間の反応は良い。誠はそこに希望を見た。
「遅い……西園寺さんの言う通りこれを採用しなかった東和陸軍の偉い人の判断は正解だ。遅すぎる」
先ほどかなめが指摘した通り、この機体05式の巡航速度はこれまで乗ってきた練習用シュツルム・パンツァーのどの機体より遅かった。
巡航速度は最新鋭の訓練用に低出力にデチューンされている89式の半分以下。確かにこれだけ遅ければ上層部が量産を見送るのも戦術などにはまるで興味のない誠にも理解できた。
「運動性は……」
とりあえずこの距離で格闘戦限定であればすぐに撃墜されることはないだろうということで、誠は軽く機体を振り回してみた。
サブエンジンの上々な吹きあがりで、機体は一気に回転する。確かにかなめの指摘通り反応速度は89式のそれをはるかに凌駕していた。確かにこの運動性は十分戦力になる。そのことは理解できるが巡航速度の遅さは誠のやる気をそぐには十分だった。
『早速05式の短所と長所に気付くとは大したものだな。05式は『運動性』は高いからな。うまく使え!』
カウラがそう言って機動部隊の詰め所では見なかった笑顔を浮かべた。
距離が500に近づいた。
目の前の赤い点だったかなめ機が時間とともに大きくなる。距離が500から400へと縮まる。誠は残骸の陰を使って迂回し、かなめの死角を探る。だが宇宙は意外に視界が広く、あらゆる残骸がレーダーに反射する。隠れることはできても、完全に見切るのは難しい。
「どこから攻める……真正面から行くなんて自殺行為だ……反射神経の競争でサイボーグに生身で勝てるわけがない」
かなめ機のどこに回り込むか。誠は頭をフル回転させて考え始めた。正面から斬り結べるような簡単な相手とは思えない。当然、この巡航速度を考えれば背後に回れるほど05式の機動性は高くはない。敵にゆっくり近づいて行って大火力で敵を一掃する。いわゆるナチスドイツの『タイガーⅠ』戦車がソ連や英米軍に対して取った戦法だが、今回は火器厳禁。それもできないし、そもそもそのような戦い方なら誠はとっくに負けている。
そうなるとどの角度で切り込むかになる。誠は周りの宇宙空間に目をやった。
戦艦の残骸が1つ浮かんでいるのが見えた。そこへの距離は誠の機体の方が近い。
『あそこに隠れよう』
誠はそう思ってそのままその残骸の陰に機体を向けた。
『まあ、常識的な判断だな。だが、それが正解だ。神前が自分を知ってることの証だな。アタシは評価するよ』
操縦を見守っていたランはそう言って静かにうなずいた。
「でも、こう言った残骸の中は当然レーダーが効かないんだ……西園寺さんの機体の様子が……よくわからないな」
誠はここで身を隠すことの不利益を理解することになった。
『さて、ここからだ。西園寺への距離はさっきの時点で残り200。その間に障害物は無い。どのタイミングで西園寺が斬りこんでくると思う?そこからがオメーの課題だ。物陰から飛び出しての奇襲での格闘戦でしか生きる道を見いだせなかったパイロットの意地。見せてもらおーじゃねーか』
ランの問いに誠はじりじりと機体を残骸の板の上から顔を出しつつ考えた。
「西園寺さんは……西園寺さんは……西園寺さんは……」
誠の考えはまとまらず、混乱したままだった。こうして誠が迷っている間もかなめ機は確実に近づいてきている。
そして飛び道具は無い。撃たれる心配もないが撃つこともできない。
この2つの条件以外がすべて誠の頭から消えていた。
地上戦なら周囲の障害物の異変で敵の接近も気づけてその際に飛び出しての奇襲も仕掛けられるが宇宙ではそれが出来ない。
そして、そんな逡巡の中に誠が居るそのときだった。戦艦の壊れた隔壁の間をすり抜けてかなめ機が斬り込んでくる……斬撃が空間を切り裂く。誠は咄嗟に反応し、残骸の裏に身を潜める。そこで誠は初めて嫌でもパイロットの誠の目につく位置にある『あのゲージ』が大きく跳ね上がるのを見た。ゲージはただの表示ではなかった。彼の搭乗に応じて、何かが起動している。
かなめの斬撃は確かに誠機の腹部を直撃したはずだった。
『なんだ!』
カウラの声が驚いてモニターを通じて届く。かなめの刃は誠機の腹部に届いたはずだった。だが刃先は、光る何かに阻まれたように弾かれてしまう。黒い空間に刃が弾かれ、かなめ機が一瞬バランスを崩す。誠の前に現れたのは、自機に付与された『防護』らしき現象だ。ゲージは大きく振れ、赤から深い藍へ反転する。
「そこだ!」
かなめ機がバランスを崩すところを見ればここは地上戦でも慣れた誠の得意とする格闘戦での奇襲攻撃の出番だった。誠は剣を取り出すという比喩のように、突如としてスイッチのような直観が身体を突き動かす。母から教わった一連の型が、頭ではなく身体に刻まれている。彼の動きは静かで、無駄がない。かなめが気づいたときには既に遅く、誠のダンビラを引き抜いての一突きがかなめ機の致命部に食い込む。刃が装甲を噛み、硬い抵抗が一瞬だけ腕にずしりと返ってきた。次の瞬間には、その重さごと砕けるように機体が悲鳴を上げる。
シミュレータの世界では、かなめ機が火を噴き、画面全体が赤い光で満ちた。誠は息を吐き、しばし目を閉じる。勝利は不思議と静かで、歓喜よりも驚きが先に来た。母の厳しい稽古、剣の道場の匂い、幼い頃の音……それが今、宇宙の中で機械を通して活きたのだ。
「母さんの神前一刀流……無駄じゃなかったんだな……勝ったみたいだ……なんでなんだろう……おかしいね……でも勝ったみたいだ」
誠は小さくつぶやいた。まるですべてを予見していたように外界ではランがにやりと笑い、アメリアは細い糸目をさらに細めて黙ってその笑顔で淡い賞賛を送る。
『糞ったれ!どうしてこんな下手っぴに負けなきゃいけねえんだよ!でもまあ……少しは使える奴が来た……そう言うことか……ランの姐御も言う通りコイツは『使える』ってことか……』
かなめの叫びが遠くで割れ、苛立ちと驚愕が混じっている。
『神前誠……あの一撃……あのタイミング……あいつ、本当に今までの新入りとは違う……技量じゃねえ。明らかに何かが違うんだ……それが何かは……叔父貴の言ってたアレか……いや、それだけじゃねえ。それだけじゃねえんだ。そうでなけりゃあアタシはただの間抜けってことだ』
かなめは心の中で誠に対する第一印象が瞬時に塗り替えられた事実を理解していた。
『かなめちゃんの負けは予定通り……まあかなめちゃんも知ってたんじゃないの?射撃を封じられた時点で』
アメリアの言葉が、誠のヘルメットの内側で反響する。誠はそのとき初めて理解する……この『専用』シミュレータのゲージは、彼自身と機体の間に何か特殊な結びつきを作る装置だったのだ。ランが言った『オメーの機体にしかねーゲージ』という意味を、ようやく少しだけ掴んだような気がした。
勝敗の余韻は静かだ。誠は眼前のモニターに映るかなめの憤怒に満ちた顔を見て、わずかな罪悪感と安堵を同時に感じる。勝つことは単純に嬉しいわけではない。だが、ここに『居られる』ことを示せたなら、それで良いのだ。運航部の視線も、整備班の視線も、もうたぶん初対面の時のそれと同じものではない……そんな予感がした。遼州人の彼は、進歩を求めはしない。だが、自分が在るべき場所に居続けるための最小限の証明は、欲していたのかもしれない。
モニターの光がゆっくりと落ち着きを取り戻す。誠は深く息をつき、コックピットのスイッチを切る準備をする。外ではランが紙に書いたような大げさな祝辞を口にし、カウラが淡く、しかし褒める目を向ける。アメリアは穏やかにうなずいた。
そして誠は、まだランの言葉の本当の意味をよく理解できないまま、しかし確かな温度として心に残るものを抱えて、シミュレータの座席から立ち上がった。




