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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第四章 『銃』と『駄作機』と『模擬戦』と

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第14話 飛び道具なき約束……シミュレータルームの対決

 倉庫の奥は昼間でも蛍光灯の白が柔らかく拡散し、金属が放つ冷たい光と油の匂いが支配している。壁の鉄骨には古いペンキの剥離と、長年の振動で付いた細かいさびが皺のように走っていた。足元には工具の影、薄く溜まった油が靴底を滑らせる。誠はそんな生々しい匂いと肌理(きめ)に触れながら、並ぶ三機のシュツルム・パンツァーに改めて圧倒されていた。


「確かに……でもクバルカ中佐機体の正式名称に『先行試作』型って付くってことは、これをベースにいずれ東和陸軍あたりが使うために量産がされるんですか?」

 

 誠の問いかけは素直で、戦車と機体を愛する少年のような眼差しを伴っていた。だがかなめは気分を一段と落とし、言葉を噛みしめるように返す。


「こいつは量産は……されねえんだ。こいつは6年前に行われた東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーコンペに負けて余った機体だ。こいつをテストしたランの姐御は対抗機の07式を『足の速いだけで戦場じゃ役にも立たねえ』と切って捨てたが……東和陸軍は未だに第二次世界大戦でドイツ軍が見せた電撃戦や日本海軍が見せたゼロ戦での空母機動艦隊での真珠湾奇襲作戦みたいなものがやりてえらしいや。どうせ400年間戦争をしてこなかった東和の軍隊に、そんな機動力全振りのシュツルム・パンツァーなんてそもそも必要なのか?仮想敵国の遼北人民解放軍は物量による包囲殲滅戦を得意とする軍隊なんだ。そんな軍隊に機動戦が通用しないのは第二次世界大戦で圧倒的物量でドイツ軍や日本軍を駆逐したソ連軍やアメリカ軍を見れば分かるだろうに」


 誠も戦車のプラモデル作りが趣味ということもあって独ソ戦でのパンサー戦車が数十倍の数のソ連軍のT34戦車に包囲殲滅された事実は知っていたのでその点では時に暴論に走りがちな気配の見える言動の目立つかなめの言うことも理解できた。


「そもそも、機動性ならシュツルム・パンツァーなんていう大気圏では空気抵抗が多くて無駄以外の何物でもない人型兵器に求める性能じゃないだろ?シュツルム・パンツァーの本領はその人型であるということで可能な格闘性能や様々な火器を自在に扱える器用さにあるなんて軍事の常識だぞ……東和陸軍の装備関係の人間は頭が悪いのか?まったく、そのシュツルム・パンツァーの本来の開発目的であるシュツルム・パンツァー同士のタイマン勝負なら07式なんてコイツの敵じゃねえんだぜ?要は使い方だろうが!自分の戦術も理解できねえ東和陸軍のえらいさんの馬鹿共に使わせるくらいならうちで引き取るわ!ということでもったいねえからうちで引き取ったって訳だ。分かるか?」

 

 かなめの声には、馬鹿にされることへの反発と、どこか捨てきれない愛情が混ざっていた。誠にはそれが矛盾として伝わってきた。


「ええまあ、軍人は合理主義者であれと言うのが東和宇宙軍で最初に叩きこまれた考え方ですから。東和宇宙軍もシュツルム・パンツァーの配備数は限られていますし……東和宇宙軍の得意の電子戦をするなら手とか足とか必要ないですから」


 誠のかなめへの配慮の言葉にかなめは気を良くして笑顔で目の前にある三機のシュツルム・パンツァー05式の特徴の説明を始めた。


「05式の最大の特徴は……非常に『重装甲』だってところだ。シュツルム・パンツァーはガチンコ勝負で勝ててなんぼの機体なんだ。そんな兵器が存在しなかったアタシの国甲武国が誇る運動性の為に装甲を薄くするという理解不能な改良のおかげで『現代のゼロ戦』と呼ばれた九七式が活躍した第二次遼州大戦の時とは兵器の開発状況が違うんだ!そんくらい分かれ!」


 かなめは少し感情的に誠に向けてそうぶちまけた。


「で、07式が意地でも電撃戦がしたいという東和陸軍の意向に沿った設計をしたのに対して05式はその意向を無視して『機動性』を『犠牲』にした結果、他の『シュツルム・パンツァー』には無い『重装甲』を実現した……こいつの正面装甲をぶち抜こうとしたらそれこそ戦艦の主砲……巡洋艦じゃ無理だな……最近の火力に特化した飛行戦車や一部のシュツルム・パンツァーに装備されている230mmロングレンジレールガンで直撃……しかも着弾時の進入角度まで選ぶと来てる。それだけの重装甲のシュツルム・パンツァーなんざ、これまで数えるほどしか開発されちゃいねえ」


 かなめは得意げにそう言うとランの紅い機体の隣の真っ赤な機体に目を向けながら語り続けた。余った機体とさっき自分で言った割にかなめの顔は誠には輝いているように見えた。


「重装甲……しかも巡洋艦の主砲すら聞かないクラス……でもコンペに負けて量産はされないんですよね?それじゃあ意味無いですよね?機動力の方が東和陸軍には必要だったということですよね?」


 戦車が好きな誠にとって『重装甲』と言う言葉は胸が躍るものに感じられた。戦車は機動性がそのキャタピラーと言う機動性などまったく期待できない移動方法ゆえに『重装甲』こそがその価値でもある。戦車好きの誠には05式の巡洋艦の主砲すら効かない重装甲は魅力的に感じた。ただ、誠の戦車の知識でも『重装甲』に拘り過ぎて『機動性』を犠牲にした『珍兵器』に分類される戦車が数多く存在するのもまた事実であることも知っていた。


 そんな戦車マニアの誠の厚い視線を面倒に感じたのかかなめはやる気をなくしたようにため息をついた後、話を続ける。


「そして、その腕部マニュピレーター……つまり『腕』だな。そこは結構器用で現代の最新技術の粋を凝らした高出力のアクチュエイターを採用して機動性を無視して馬力優先で敵を圧倒できるから、かなりの火力の『重火器』……さっき言った07式じゃあとても扱えねえ230mmロングレンジレールガンや200ミリ電磁加圧式チェーンバルカンなんて言う今の通常兵器の戦場じゃあ反則級のが扱えるんだ。そもそも重装甲を生かした殴り合いでの格闘戦の強さも売りの1つではあるんだ。例え素手だとしても今、どの国が採用しているシュツルム・パンツァーには負けっこないし、そもそも格闘戦なんて考えちゃいねえ飛行戦車や地球圏の植民惑星の汎用戦闘機なんか敵じゃねえんだ」


 誠が熱くなる中、自分だけは冷静であろうとしたかなめだが愛機を語る時の彼女の情熱は彼女自身の熱い心を止めることはできなかった。


「凄いじゃないですか!すべてのシュツルム・パンツァーと一対一なら絶対負けないんでしょ?それなのになんで量産されないんですか?なんでコンペに負けたんですか?確かに機動性は大事ですけど無敵の機体なんでしょ?それに使いようによっては機動性の無い戦車も大活躍できる機会なんていくらでもありますよ……例えば待ち伏せをして機動性命のシュツルム・パンツァーや飛行戦車が出てきたら突然現れて出会い頭に一撃お見舞いするとか。それともあれですか?地球人はこれと出会ったら核を使えとでも命令を出しているんですか?さすがに核や気化爆弾に耐えるほど重装甲のシュツルム・パンツァーは開発できなそうですから」


 誠が気になっていた先ほどのかなめの言葉を繰り返した。


「まあ、聞け。確かに地球圏の戦闘指揮官で艦に核が搭載されていたらその艦の主砲の火力に自信が無ければ本当にそれを使う以外にこいつを倒す方法はねえ。地球圏にコイツにガチンコ勝負を挑める兵器を開発した国はアタシの聞いてる限りは一つもねえからな。しかも採用されているメインエンジンには、今、遼州系で流行りの『位相転移式エンジン』と言うものを導入している。こいつは『瞬発力命』が特徴のエンジンで、当然『運動性』もぴか一だ。飛行戦車がロングレンジレールガンで精密射撃を行っていてもベテランパイロットならその主砲の向いてる角度を見ていくらでもその弾道を読んで避け放題……飛行戦車の天敵……まさにそんな感じの兵器だな」


 かなめは自分こそがそのベテランパイロットであることを誇るかのように胸を張った。


「でもそんな強い兵器が……なんで量産されないんですか?コンペにも負けてるんですよね?少しおかしい話じゃないですか?西園寺さんの言う話だとこの05式が07式にコンペで負けるなんて想像がつかないんですけど……確かに機動性が大事なのは認めますけど」


 誠はいいことづくめに聞こえるかなめの説明を少し違和感を感じながらそう言った。だが、一度自分の愛機を褒めるモードに火が付いたかなめは誠の質問を無視して話を進める。


「そして、腰についた高温式大型軍刀(ぐんとう)、通称『ダンビラ』が装備されていてかなり高度な格闘戦が出来る。『ダンビラ』オメエも剣道場の息子なら知ってるだろ?普通の日本刀じゃねえ、斬りあっても決して折れねえ強力な分厚い刀身を誇る日本刀の事だ。コイツの『ダンビラ』07式や他のシュツルム・パンツァーが装備している格闘戦用のビームダガーなんかの比じゃねえ強力な格闘兵器を常に使用可能なんだ。はつまり、その戦場にたどり着きさえすれば、ガチンコ最強の死角なしのまさに、『タイマン最強兵器』ってことなんだが……」


 そう言ってかなめは口を濁した。そこでかなめはようやく自分の褒めてきた05式の致命的な欠点を語るべき時が来たというように静かにうつむいた。そしてそのまま長身の誠を見上げて感動の表情で三機の05式を見上げる誠を見て大きくため息をついた。


「なんですか?凄いじゃないですか!死角がないなんて!でも……量産はされないんですよね?コンペにも負けたんですよね……でもなんでです?西園寺さんの話を聞いた限りこれを採用しない軍隊の偉い人なんて戦場を知らない馬鹿にしか聞こえないんですけど」


 そう言って喜ぶ誠だが、かなめは頭を掻きながら一息つくとカッと目を見開いて誠をにらみつけた。


「なんだよ!量産、量産って!そんなにコンペに勝った07式に乗りてえか?航続距離が長くて機動性命の機体にそんなに乗りてえか?戦争は機動戦だってロンメル将軍が言った言葉がそんなに気になるか?そんなだったらうちを出て行って07式を採用した東和陸軍に入れ!これまでの性能は何かを犠牲にしたうえで成り立ってることくらい分からねえのか?オメエは本当に使えねえ馬鹿だな!」


 これまで『量産』という言葉を繰り返す誠にここでようやく我慢の限界を迎えたかなめがキレた。


「05式の『運動性』は最高水準だが、『機動性』が……『致命的』に劣るんだよ!巡航速度は宇宙では平均的な飛行戦車の四割も出ねえ!航続距離もメジャーな『シュツルム・パンツァー』の6割以下!空も飛べるがその飛行速度はレシプロ戦闘機に負けるレベルだ!地上でも歩くのが遅いからホバーで何とか移動速度を稼ぐが……そもそも大気圏を跳べるシュツルム・パンツァーが地上をホバー移動した方が移動速度や巡行距離が稼げるなんてそんな兵器を採用する国があるか?」


 かなめはそれまでの鬱憤を晴らすかのようにそう叫んだ。


「こんな機動力ゼロ!確かに戦場まで一々輸送機や輸送艦で運ぶことが前提のシュツルム・パンツァーの大量導入なんて考える馬鹿な軍はどこもねえよ!輸送機や輸送艦が第二次遼州大戦ではちょうどいい亜空間潜航艦や地上からの歩兵の持ってる対空ミサイルの的かなんてことはオメエでも知ってるだろ?それを避けるために一々戦場まで歩いて行ったら戦場に着いたときは戦争が終わってるようなレベルの遅さなの!まあ、その原因は『位相転移式エンジン』のパワーの振り分けが間違ってるからそうなるんだけどな。そこんところは『機動性』に特化した07式が東和陸軍上層部のお眼鏡にかなったわけだ。オメエも東和陸軍の連中と一緒にこいつを『珍兵器』扱いしてりゃあいい!」


 どうやら『05式』は相当の『珍兵器』であるとかなめは言いたいようだ。そう思うと自然と誠を見る目も冷ややかになる。


「要するに戦車好きのオメエにも分かるように言うとだな。コイツは第二次世界大戦で言うところの『タイガーⅠ戦車』なんだよ。戦場に着きさえすれば無敵。だが、その途中にはどんな荒れ地もその幅広キャタピラと超馬力のディーゼルエンジンで山野を駆け巡るT34戦車がある。しかも数は10倍近い。いくら重装甲が自慢でも戦車には走行が薄い部分もあるんだ。そこに10倍の数を生かしてひたすら機動性で逃げ回って一発そこに当たるまで撃ちまくる。そんな戦い方去れたら普通は勝てねえわな」


 かなめは冷酷にそう言い放った。


「そんな数でも勝てない、相手はものすごい速度で動き回る。そんな戦場であのドイツの重戦車軍団が役に立ったか?戦争に勝ったか?そもそも鉄道輸送の途中でパルチザンのテロで線路が壊されて戦場にたどり着けねえ。戦場にたどり着いても肝心のガソリンがねえ。あの髭の伍長殿は性能表だけ見て満足だったかもしれねえが戦争はそんなもんじゃねえんだよ。シュツルム・パンツァーの語源となってその開発の初期に携わったゲルパルトの連中は言ってるぜ……タイガーやパンサーなんて戦車は『伍長殿の気まぐれ兵器』ってな。そんな使えもしねえ兵器を採用するうちもうちだ……まあ、アタシ等は戦争をするのが目的の部隊じゃねえからそんなの関係ねえけどな」


 かなめはこれまで誠が『量産』と言い続けることにたまっていた不満を吐き出しきったかのように安堵の笑みを浮かべた。そして、ランの隣の赤い機体の前に立ちじっとその機体を見上げた。


「これがアタシの機体だ……赤いのがランの姐御の真似なんて言うなよ。量産もされず『珍兵器』と笑われても、それでもこいつしか乗りたくねえ。05式甲型狙撃仕様。右肩の『義』の一文字……あれにアタシのすべてが有るんだ。あれと赤い色こそがアタシの機体であることの証……アタシのプライドだ」

挿絵(By みてみん) 

 ランのややピンク色に近い機体よりより濃い赤い色の塗装は傷や補修のせいでところどころ艶を失っているが、その造形は誇り高い。右胸には隊の部隊章である『大一大万大吉』のエンブレム。右肩には筆文字で『義』の一文字が記されている。まるで戦場の誇りそのものだった。


「まあ、色とか狙撃用の望遠照準システムなんてものはぶっちゃけどうでもよくて、アタシはこんな体だからな。直接、コードを通して脳に連結して操縦する方法がとれる。だから必然的にアタシは専用機に乗ることになるわけだ。まあ……だから普通の軍隊には居られないんだけどな……でも、ここならいい。ここでなら、アタシの腕と、この体の全部を使える……あの忌まわしいアタシの過去もここでは『良い経験』と笑えるんだ……」

 

 かなめの口調が一瞬だけ鋭くなる。


「普通の軍隊には居られない?西園寺さんは何か悪いことでもしたんですか?」


 誠の能天気な質問にかなめは頭を抱える。


「オメエは本当に文系要素ゼロの人間なんだな。東和宇宙軍でも国際戦争法の授業ぐらいはあったはずだぞ。サイボーグは前線勤務が国際ルールで制限される……そんなの知ってて当然だろ?まあ、それが守られているかどうかは別問題……戦争は勝った方が正義でその方を作る……つまりアタシ等が勝ち続けりゃあいいだけの話だ」


 その説明を受け、誠の眉が少し寄る。だがかなめは続ける。


「その国際戦争法規でサイボーグは前線勤務が禁止されてるんだ。まあ、戦場が改造人間ばかりになったら人道的にどうかって話なんだろうけどな……」


「前線勤務が禁止されてるんですか?じゃあ、うちでも西園寺さんは後方支援とかしかできないんですか?」


 誠は法律の話になってからはあまり集中してかなめの話を聞いてはいなかった。


「うちは純粋な意味での『軍隊』じゃねえからな。むしろ『警察』に近い組織だ。いうなれば『武装警察』。サイボーグの警察や治安組織での使用に制限はねえからな。だからうちならアタシは好きに暴れてもいい」


 誠を見つめていたかなめの顔に薄気味悪い笑みが浮かぶ。


「でも……西園寺さんはここに来る前は……そうですよね、後方勤務ですよね。法律で禁止されているんですから」


 とりあえずかなめの過去が少し気になっていた誠は笑いかけてくるかなめにそう言った。


 誠のかなめに対する安心しきったような表情を見て急にかなめの顔から表情が消えた。


「知りてえか?アタシがここに来る前に何をしていたか……知ったらきっと汚いものを見るような目でアタシを見るようになるぜ……それでもアタシは別にかまわねえけどな」


 かなめの口調は重く、静かなものに変わっていた。


 誠はここでかなめの不機嫌の原因を自分なりに探ってみた。


 そこで誠はランの『詮索屋は嫌われる』と言う言葉を思い出した。


「いいですよ。言わなくても……西園寺さんが言いたくないなら」


 誠がそう言うとかなめはそのまま自分の機体に近づいていった。


「じゃあ言わねえよ。言いたくねえことは言わねえのがアタシの主義だ」


 そう言うとかなめは少し寂しげに笑った。誠はその乾いた笑いの意味が分からず彼女をどこか遠い存在に感じている自分だけを認識していた。


 誠が不用意に問いを伸ばそうとしたとき、かなめはそっぽを向き、軽口を叩くように話題を変えた。


「そうだ!模擬戦やるか?そのモテそうな面で彼女が産まれてこの方で来たことが無いとか抜かしてるのを聞いたらオメエを叩きのめしたくなった。遼州人しか居ねえ東和じゃ当たり前のことだが、元地球人の国のアタシの国の甲武じゃ考えられねえことだ。拒否なんか許さねえからな……上官命令だ」


 その唐突さに誠は息を飲む。かなめの顔には勝ち気な笑みがある。価値を確信した商社の視線がそこに有った。


「そうだ……そこの!」


 かなめはいいことを思いついたというように倉庫の掃除をしていたつなぎの整備班員に声をかけた。その無精ひげの目立つ整備班員はいかにも面倒くさそうにモップを置いてかなめに歩み寄ってきた。


「島田と中佐を呼んで来い!こいつとシミュレータを使ってタイマン勝負をやる!早くしろ!」


「はっはい!」


 つなぎを着た整備班員はかなめの自分勝手さと怖さを分かっているようで、そのまま急ぎ足でシュツルム・パンツァー倉庫を飛び出していった。


 その姿を見て、かなめの暴力性がこの部隊でも恐怖の的になっていることは鈍い誠にも分かった。


「隣にシミュレータが置いてあるんだ。そこ行くぞ」


 かなめは足早に整備班員が消えていった扉の方へ向かった。


 誠は強引なかなめの提案に唖然としながら、かなめに続いて倉庫の出口へと足を向けた。


 そこにいかにも役所らしい通路の中でやけに最新鋭の軍の施設にふさわしい自動ドアが見えてきて、その前には島田が頭を掻きながら立っていた。


「なんすか……西園寺さん。シミュレータを使うんですか?あれは結構電力食いますから……管理部の菰田の野郎にぐちぐち嫌味を言われるのは御免ですよ……」


 島田はかなめの気まぐれに付き合うのは御免だというような顔で誠達を見つめている。


「電力を食う?そんなの任務遂行には当然のコストだ。整備しか出来ねえオメエの口をはさむことじゃねえんだよ!こいつが下手っていうがどのくらい下手なのか見てやろうってんだよ。万が一残るって時にアタシがどうフォローすればいいか分かるってもんだろ?」


 かなめはいかにもいい考えが浮かんだというように胸を張って廊下を進んだ。


 運航部の部屋からはピンク色と水色の髪の毛の女性士官が部屋の扉から顔をのぞかせて、物珍しそうに誠達を眺めていた。そしてその後ろからアメリアが黙って歩いてきていつの間にかランの隣に立って誠に黙って笑いかけてきた。


「おう、珍しいな。初日から模擬戦か?」


 通路の奥からちっちゃなランが笑顔で歩いてくるのが見えた。


「まあ、格闘戦『だけ』は人並みってのの実力を見てやろうと思ったんですけどね。なんでも、こいつの実家は剣道場だって話じゃねえですか。だったら……それなりに楽しめるかと思って」


 ランに向かってかなめは自信満々にそう言って笑って見せた。


 誠には勝つことが当然というかなめの態度は頭にきたが、自分の操縦技術の未熟を誰よりも知っている誠には何も言うことが出来なかった。


 少しばかりこれまでの部屋とは趣が違ったセキュリティーの高そうな扉がランとかなめの前に立ちはだかった。


「おー、そうか。ならオメーも飛び道具無しでやったらどうだ?」

挿絵(By みてみん)

 ランはその扉の横の生体認証装置にちっちゃな手をかざした。自動ドアが開かれ目の前に東和宇宙軍でもよく見かけたシュツルム・パンツァーの訓練用のシミュレータとよく似た機械が並んでいる光景が誠の目に飛び込んでくる。


「飛び道具無し?なんです?その奇妙なハンデ」


 かなめはランの言葉が理解できないと言うようにそう言った。ランの提案は意地悪ではなく、公平さを装ような笑みが見えた。


「射撃ド下手相手にハンデぐらいあげてもいーだろーが。勝てるからそこまで神前を使えねー扱いするんだろ?だったらどんなハンデがあっても勝てるということを証明して見せろ!」


 ランは激しい口調でかなめに向ってそう言って明らかに強気なかなめを挑発した。


「おい!新入り!」


 シミュレータに手をかけながらかなめは誠を指さして叫んだ。


「姐御の提案通り飛び道具無しでやってやるが、勝っても自慢になんねえからな!」


 ランのハンデの提案に動揺している様子のかなめだが、そのたれ目に浮かぶ少しの不安が誠に自信を与えることは無かった。


「多分勝てないですよ……僕本当に操縦が下手なんで」


 かなめの隣の筐体に体を沈めながら誠はそう返した。誠にもその程度のハンデが百戦錬磨のサイボーグ相手には何の意味もないことくらいは理解していた。


『相手はサイボーグ。確かに格闘戦には人並だって自信はあるけど……そんなの反応速度で勝てるわけがないじゃないか……』


 弱気が顔に出ている誠を見てかなめはそんな誠を軽蔑するように笑ってからうなずく。格闘特化の模擬戦なら、サイボーグの反応速度がモノを言うはずだ。しかしランとアメリアが静かにうなずき合うとき、空気の色が変わる。誠にはそれが伝播してくる。かつて1億年前から焼き畑農業だけをしてこの星に生きてきた遼州人らしい自分が『居られる』場所を守りたいという静かな意志が何とか無様な負けで追い出されることだけは回避したいという思いが誠を支配していた。それが、いま彼を坐らせた。


 シミュレータの筐体に身を沈めると、全天周囲モニターが瞬時に宇宙の暗がりを映し出す。ランはカードを差し、電源を入れ、機械の金属音が低くうなりを上げる。

挿絵(By みてみん)

 誠はベルトを締め直す。胸の内にあるのは、妙な落ち着きだった。勝つことを諦めて無様な負けを晒さない事だけを考えると誠の気分は軽くなっていた。ランが微笑むのは、単に勝敗以上に、誠がここで『居続けられる』かを試したいからだろう。


 全天周囲モニターが光り始めて、周りが宇宙空間であることが分かってきた。多少デブリが有って隠れるところはあるが、誠がまともに得意の格闘戦闘が出来る地上とはまるで違った。


「宇宙戦は苦手なんだよな……無重力になると吐くし」


『東和宇宙軍出身者が宇宙戦が苦手なの?じゃあどこが得意なのよ』


 モニターの端に長い紺色の髪の女性が映し出された。


 運航部部長、アメリア・クラウゼ少佐の姿に誠は当惑しながら目を向けた。


「あの……いつの間に?」


 誠はそう言いながらシュツルム・パンツァーの搭乗手順に基づいてベルトを締め、精神感応式オペレーションシステムの主電源を入れた。


『さっきから居たんだけど……私って大きいから目立つのに誠ちゃんは気づかないなんて観察力が無いのね。それにあんだけ島田君の整備班の人達がいきなり誠ちゃんがあのかなめちゃんに喧嘩を売ったなんて大騒ぎしてたら誰でも気づくわよ。まあ、一応私が運用艦『ふさ』の艦長だから、ナビゲーションくらいは手伝ってあげようかと思って』

挿絵(By みてみん)

「そうですか……ありがとうございます」


 誠はアメリアの言葉を片耳で聞きながら起動動作を続けていた。


 そして自分の模擬戦になぜランやアメリアが入れ込むのか理解できずにいた。


 かなめの瞳が薄く光る。最初の合図とともに、二人の意識は鋭く交差する。機体を模したハプティックの触覚が手のひらに伝わり、誠の心拍は不思議と落ち着いた。外の世界の騒音は遠のき、倉庫の冷たい匂いが一層濃厚になる。


 ここで逃げたら、05式を語る権利も、この部隊に残る資格も全部手放す気がした。戦いは既に始まっているのだ……だが、その結末が誠に何を与えるかは、まだ誰にも分からない。

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