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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第四章 『銃』と『駄作機』と『模擬戦』と

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第13話 静かなる射撃場と魔法少女の愛機『紅兎・弱×54』

 医務室の白い蛍光灯を背にして廊下へ出ると、誠の胸には小さな戸惑いが残っていた。ひよこの朗らかな声はまだ耳に残り、彼の頬を温める。だが廊下を進むうちに、そんな柔らかな気分は次第に薄れていく。


 空気が変わるのだ。扉の向こうから金属の匂い、油の匂い、そして遠くで規則的に鳴る銃声が届く。現場の匂いは、その場にいる者たちの緊張と誇りを伝えてくる。


 さっきまで聞いていた柔らかな声が、銃声のリズムに押し流されていくような気がした。


 ここは決して医療施設などではない。あくまでも軍に籍を置くシュツルム・パンツァーパイロットとしての自分を必要としている組織なのだという現実が、響く銃声を聞くたびに嫌でも思い知らされる。


 そして、射撃が何より苦手な誠にとっては銃声はその『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれる乗り物酔い体質と並ぶトラウマの一つとなっていた。


「射撃か……僕は苦手なんだよな……教官から『使い物にならない』とか言われたぐらいだし……利き目が右目だったり左目だったりするからそもそも照準をつけようとしてもそれが無理だし……」

 

 射撃が苦手な誠だが、ここは武装警察で、いついかなる時でも射撃の必要性は必要になることだとの思いが沸き上がると無意識に足を速める。音は彼を誘うように遠くから断続的に鳴り、的の破裂音が夏の空に溶けていく。出入口の土嚢の列を回り込むと、訓練場が視界に入った。


 レンジの向こう、的が整列し、数列の土嚢が風に擦れる。


 そこではかなめが一人、淡々と銃を構えていた。彼女の背筋はまっすぐで、動作は無駄がなく機械のように正確だが、その一つ一つに『人の』手つきがある。


 かなめは連射を続け、弾が的を刻むたびにかすかな鉄の匂いが立ち上る。誠が近づくと、かなめは射撃を止めて振り向き、彼にイヤープロテクターを投げつけた。大きめのヘッドホンのようなそれを額に載せると、外界の音は幾分遠のき、弾丸の衝撃ではなく、機械と人間の呼吸が際立って聞こえるようになる。


「生身じゃ耳やられるぞ……オメエは生身だ。アタシみたいに射撃音を自動的にシャットアウトする機能はねえ……それでもつけてろ……アタシの射撃音で耳をやられて除隊なんて言うのは迷惑な話だ」

 

 かなめの言葉は短い。だが声の奥には長年培った自信と、自分のペースを乱されたくないという厳しさが隠れている。彼女の姿は職人的だ。銃の手入れ一つ、構えの角度一つに至るまで、無駄がない。誠はその手つきに見惚れつつも、口元で必死に平静を装った。


「射撃訓練ですか、熱心ですね……でも、今時、拳銃での銃撃戦なんてそうはありませんよ。軍の学校でも拳銃じゃライフルには勝てないって習いましたから」


 誠の銃の知識など軍に入ってからのものしかないので、教官の受け売りの言葉を口にした。


「まあ、一般の部隊じゃな。でも、うちは『特殊な部隊』なんだ……閉所での戦闘では小さい火器が絶対有利ってこともあり得るんだ。その為に備えて拳銃の訓練はアタシは欠かさねえ」


 誠の問いに、かなめは一瞬だけ眉を動かしてから、遠目に射撃レンジを示した。かなめの狙っていたのは拳銃用のレンジではなく一般のライフル用のレンジだった。


 かなめの連射の速度は誠がこれまで見たどの教官のそれよりも早かった。


 そしてそのまま隣のレンジに置かれた望遠鏡で弾の着弾を確認しようとした。誠ははるか視線のかなたに着弾したかなめの弾痕を追って目の前にあった双眼鏡を手にした。


 レンズの中で十発以上の着弾が的にあったことがわかった。とても生身で不可能なのはこれまでの射撃訓練の名人級と呼ばれる教官のそれの比でない命中精度から理解できた。

挿絵(By みてみん)

「凄い……全弾的に入ってますね……このレンジの距離って何メートルですか?」


 明らかに有効射程距離的には自動小銃クラスの距離である。


「200メートルだな。生身の兵隊ならライフルで裸眼でどうにか狙えるような距離ってとこだ。目が悪い兵隊ならそれも無理だ。でもサイボーグのアタシには拳銃で十分な距離だ。銃口を向ければサイトを見なくても着弾点が分かるんだ。銃は撃つたびに銃身が熱で歪んでいくもんだが、この銃のその癖も全部アタシの電子の脳には入力済みだからいくら撃とうが確実に当たる。便利なもんだろ?機械の体は」


 かなめはそう言って銃をホルスターに差し込んだ。かなめの表情には得意の銃の腕を褒められたことで気をよくしている様子が見えたので誠は少し安心した。


 かなめは誠の感心した様子に気分を良くしたようで再びホルスターから銃を取り出すと手にした拳銃を見せびらかすように誠の前で構えた。


 「これがアタシの拳銃の相棒だ。うちがぶち当たるのは普通の軍隊じゃ考えられないほどの特殊な場所だ。戦闘艦内部での至近距離での拳銃だって状況次第で主戦力になる。だから訓練は抜かりなくやる……オープンフィールドではライフルは意味があるが、閉所戦闘では自由に動かせる範囲がでかい拳銃は十分な戦力になるんだ……もっともランの姐御や叔父貴に言わせると拳銃なんか閉所戦闘ではただ相手が即死することを前提としたこけおどしってのが理屈みたいだけどな、ランの姐御は『関の孫六』、叔父貴は『粟田口国綱』なんていう日本刀を吊り下げていやがる……確かに銃じゃ即死に至らない敵に反撃を食らう可能性はあるが、なんでそんな江戸時代や戦国時代みたいな刀を持ち歩かなきゃいけねえんだよ……理解に苦しむわ」


 彼女は手にした拳銃を誠から見えやすいように動かしてみせる。スプリングフィールドXDM40。それが彼女の相棒だという。誠は銃の輪郭を目で追う。黒いスライド、重量感のあるフレーム。かなめは拳銃を愛でるように扱い、まるで手の内に機体の一部を抱えているかのような顔つきだ。


 かなめは淡々とした口調で言うが、その瞳には誇りがある。機械化された身体は彼女に‘精度’を与えた。彼女の指先の技術が、それを示している。


 誠は双眼鏡で的を覗く。紙の的にいくつもの小さな穴が並び、中心を取り囲むように着弾の群れが見える。的の白が赤茶けている箇所もあり、そこに収まった弾痕は冷たくも力強い。誠は、かなめの『仕事』に対する静かな狂気を感じた。冷徹さと愛情が同居している。人造の身体であっても、彼女の技術は紛れもなく『人間』の領域だった。


 ただその精度の裏側に、何発分の『人間の命』が積み上がっているのかを考えないようにしている自分に、誠は薄く気づいていた。


 かなめは銃をしまうと、ふと訓練場の端に置かれた古い木製ストックのライフルを指差した。彼女はその古めかしい銃を手に取り、軽くマガジンを装着する。構え、呼吸、引き金を引く。一連の動作は流れるように美しく、次の瞬間には連射の音が続く。弾は風を切り、的を一列に抉るように当たる。

挿絵(By みてみん)

「狙撃の時はこのSVT-40使う……第二次世界大戦のときはこの銃を使う女の狙撃兵を恐れてドイツ軍の兵隊が女性兵隊を見るとそれだけで逃げ出したような伝説の銃だ。デザインが現代的じゃねえとでも言いてえのか?銃は当たってなんぼの『兵器』なんだ。サバゲマニアのオタクじぇねえんだから人間工学がどうだのなんて言うデザインなんてものは単なる使い勝手くらいのものだ。そのほかもアタシは与えられた作戦内容で銃を使い分ける。アタシは実戦経験はあの緑色の髪の女の小隊長殿よりも豊富でね。ケースバイケースで銃を使い分けるくらいの経験は詰んでるんだ。さっきオメエも言ってたじゃねえか。状況によってはライフルの方が拳銃より有利なのは事実なんだから。ガンスリンガーならそのくらいの常識は持ってる。まあオメエには関係のねえ話だがな」


 そう言ってかなめは上官である小隊長のカウラに向けて嫌味を言って見せた。誠には凶悪な殺人者のようにも見えるかなめらしいと思えてなぜかその言葉に安心感を覚えた。


「ここでは、軍隊みたいにちゃんと同じ軍服を着てこっちに向けて銃口を向けて来るから誰が敵か明らかに分かる戦場ならいざ知らず、どいつが敵だか分からないなんてことは『武装警察』では当たり前のことだ。そのような顔見知り以外は誰が敵か分からねえような乱戦の中でもそいつを撃つべきかどうか知って状況を読むことが『武装警察』では最優先事項だ。拳銃一つでも、射手がどう動くかで勝負は決まる。相手が味方か敵か……やる気があるのかどうか……それを知らずに戦場に放り込まれてもただ死にに行くようなもの……味方を撃って、敵からは集中砲火を食らって全滅しておしまい。そんなのは単なる虐殺ショーだ……」

 

 かなめの言葉には戦場の匂いが混じる。だが同時に、研ぎ澄まされた職人気質、妥協を許さぬ段取りの良さ、同僚に対する淡い配慮もにじむ。誠は彼女の佇まいに、いつしか敬意を覚えていた。


 狙撃銃での射撃を終えたかなめは、指先で銃口を拭い、ゆっくりと古めかしい銃をガンラックに納めた。そのしぐさは儀礼にも似ている。周囲の整備場や倉庫へ向かう足取りは軽く、作業着の男たちがちらりと顔を向ける。彼らにとって、機体と銃は生活そのものであり、それを扱う者の腕前は即ち『信用』だ。かなめはその信用を持っていた。


「ああ、オメエはシュツルム・パンツァーパイロットとしてうちに配属になったんだよな?」


 初めて会った時に比べてかなり機嫌が良さそうに見えるかなめは誠を一瞥して彼を試すような口調でそう言った。


「はあ、一応、その訓練はしてきたのは事実ですけど……」


 先ほどの超人的な射撃を見せつけられた後では誠は自信をもって自分がパイロットだということは出来なかった。それ以前に自分の操縦を一回見れば現役のパイロットなら誰でも誠がパイロット失格と烙印を押すのは間違いないという自覚もあった。


「なんなら機体を見ていくか?出ていくにしても自分が乗る機体がどんな機体か見て行かなかったなんて言うのは恥でしかねえだろ?男ならそれくらいの度胸はあって当然だよな?」

挿絵(By みてみん) 

 かなめはそう言うと、倉庫の方へ歩き出す。誠は自然とその後に続いた。倉庫へ向かう階段は、金属の冷たさと長年の擦れで鈍い光を放つ。扉を開け放つと、ロックンロールが作業場に満ち、油の匂い、磨耗した金属の匂い、古いワイヤの匂いが混ざり合う。


 どうやらパイロットには常識の射場から倉庫への近道をかなめは通ったらしく、小さなくぐり戸のようなものを開けてかなめは倉庫の裏手に入る。その奥には、人型機動兵器……三機シュツルム・パンツァーが並んでいた。


 三機。真紅の一体と赤色が目立つ機体、そしてオリーブドラブの東和陸軍の標準色の機体が目に入った。10メートル近いその大きさに誠は息を呑む。彼が訓練で見た前世代シュツルム・パンツァーである89式の教習型改修タイプとはまるで違う、重装甲の気配。足元の油染み、装甲の接合部の溶接跡、各所に残された擦り傷が戦いの記憶を語る。かなめは一機ごとに指をさし、ささやくように説明する。説明の口調は無駄がなく、事実だけを淡々と繋ぐが、一つ一つの情報に宿る重みは確かだ。


「この手前にあるのがラン姐御の専用機だ。正式名称は05式(まるごしき)特戦(とくせん)先行試作型(せんこうしさくがた)。姐御は『紅兎(こうと)・弱×54』って呼んでる……自分の乗る機体は三国時代の『赤兎馬』にあやかりたいんだと。かつては三国時代最強の武将とされる呂布奉先が愛馬として後に義の将である関羽雲長が運命を共にした馬の名前からとってるんだそうだ。今のランの姐御は義によってあの詐欺師同然の叔父貴の言うことなら何でも聞くのが取り柄……それがランの姐御の『義の在り方』らしいわ」

挿絵(By みてみん)

 かなめが言葉の端に苦みを混ぜる。ランの名はこの場では神格のように扱われる。小柄な姿から想像できぬ戦績と、機体に刻まれた歴史。誠は肩越しに機体を見上げ、その頭部に描かれた兎の意匠をじっと見つめる。紅い面は、遠目にも深い色合いを放ち、光を吸っていた。


「あのーなんでわざわざ自分の機体に『弱×54』なんてつけるんですか?」

 

 誠の呟きに、かなめは苦笑を浮かべる。


「まあ、それはアタシも少し疑問に思ってたんだが……姐御が言うには自分が本気を出すと機体が壊れるほど弱い機体だからだそうだ。姐御は演習で機体を動かすたびに動きが悪いって隣を飛んでるアタシ等に当たり散らすんだ。姐御にはあんな機体は似合わないんだとさ。そんなのアタシ等じゃなくてこいつを設計した技術屋に言えよ。あの人は操縦が独特だし、力むと本当に操縦桿を折るからな。細かい微調整もするんだが普通の人間のパワーバランスだと姐御には真面目にやってるのかと怒鳴られる。整備班長の島田もいい迷惑だ。そんなこんなで島田に気に入らないことがあるたびにランの姐御は一々指示してあちこちいじってある。それでも遼南内戦の時に乗ってた専用機には及びもつかねえらしいや。その辺が『弱』って姐御がつけるの由来らしいや」


 かなめは肩をすくめ、腕組みをする。周囲の整備士たちは作業に戻りつつも、ちらりと二人を見守る。誠は静かに機体の爪先に手を伸ばす。金属は冷たく、表面に残る凹みが光を反射していた。ここには、人の汗と機械の冷たさが同居している。それが軍隊という場所の匂いだった。


 自分の操縦の下手さに悩んでいる自分と、自分の強さを持て余して自分に与えられた機体を『弱い』と呼ぶ人間。その差に、誠はめまいにも似た距離感を覚えた。


 かなめはそんな思い悩む誠を一瞥し、少しだけ声を柔らげる。


「あの姐御に勝とうなんて考えるなよ……こんな身体のアタシでもシミュレータで本気の一戦をした瞬間にそんなことは諦めてるんだ。オメエじゃ絶対無理!時間の無駄!」


 誠もかなめに言われるまでもなく最初からそんな考えを持つつもりは端から無かった。


「この世界じゃ、武器も人も同じくらいに手入れが必要だ。怠れば、どっちも壊れる。お前がここに残るなら、まずはそこを覚えろ……まあ、ランの姐御は参考にするな。アレは人類の例外だ。なんと言っても『魔法少女』だからな」


 誠はうなずく。言葉は短いが、彼の胸には新たな決意が静かに灯る。

 

 倉庫の奥で、かなめは袖をめくり、ホルスターから抜いた銃の弾倉を点検する。手の動きは厳しく、正確だ。訓練場の風が倉庫の戸を通り抜け、塵が渦を作る。誠はそれを見つめ、深く息を吸った。銃声と機体の重みの間に、彼の新しい日常が音もなく落ちていくのを感じた。

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