第6話 未知の病
横山健斗は、その日いつもより早めに出勤した。何のことはない、目覚めが良く快調な気分で起きられたので、少しばかり早めに行ってみようと思ったのである。病院に入る途中で、ある人影が目に飛び込んできた。その人影は地面に蹲って苦しそうにえづいていた。腹部を抑えて蹲っている田村ゆなの姿がそこにあった。慌てて近寄ると、背中を擦りながら声をかける。
「おい、大丈夫か、おい。」
「助けて。」、彼女は目に涙を浮かべて反射的に健斗に抱き着いてきた。
「おいおい、分かった、分かったから。いったん離れろって。俺が君に猥褻な行為をしてると誤解されるだろう。」
その時、何者かが姿を現した。健斗は心臓が止まるかと思うほど驚いた。セクハラ疑惑をかけられて、精神科医としてのキャリアが終わる光景が脳裏に浮かんだからだ。
「田村先生、いったん彼から離れて」、聞き覚えのある声がした。
「病院長!」、東蓮人が徐々に歩み寄ってきた。落ち着いた対応ぶりから彼女がこのような行動を取ったのは、初めてではないことが伺える。
病院長が去ると、健斗は彼女に向かって言った。
「田村先生は、何ていう病気を抱えてらっしゃるんですか?」
「それが分かったら、私も苦労しないわよ。文字通り未解明の精神疾患だもの。前例もない。」
「そうですか。本当は駄目なのかもですけど、もし良ければ連絡先交換しませんか。また何か困りごとが起きたら連絡してください。」
健斗はその後、田村ゆなとラインを交換した。文字が読めない彼女は、アイコンの画像によって、誰なのかを判断しているようだ。というのも連絡先を交換した時に、「覚えたわ。あなた、猫のアイコンの人ね。」と言われたからだ。横山健斗はその時、アイコンを猫にしていたのだ。