第4話 ゴッドハンド
ゆなは、病院に入ると、東院長に訴えた。
「今私の隣にいる子、剣代橋から飛び降りようとしてた。この子、私に見させて。」
健斗が遠くから様子を見守る中、院長は彼女の訴えを了承した。
「分かりました、ゴッドハンドと呼ばれる、その腕前、我が慶東病院でも存分に発揮してくださいよ。」
「ゴッドハンド? ぜひ治療の腕を見てみたいところだな」、健斗は心の中で呟いた。しかしながら、その願いは叶わない。なぜなら、医師と患者以外の人物が、治療現場に介入することは、患者のプライバシーの侵害に値するからだ。
ゆなは、診察室で早速朝一の治療を、始めていた。
「あなた、名前は?」
「高木、高木ゆりな…」
「そう、ご両親はいる?他の家族は?」
「母と、父だけ。」
「なぜさっきはあんなことを?」
「朝普通に登校しようとしたら、ふと私なんか生きている価値がないって思ったの。それで、衝動的に橋の上に登って…」
「急に、ね、、 突発性希死念慮。過去に数例しかない症例。2318年の3月28日の午後7時58分に会社員の男が電車に飛び込んだのと、2359年の8月15日に女子中学生が橋の上から飛び降りた。報告されているのはこの2例だけね。」、そう彼女は心の中で呟いた。
「あなたは、死ぬ必要なんかないわ。どうして自分には価値がないと思ったの?」
「それは、私、可愛くないし、勉強もできないし、運動も全然だから…」
「あなた、可愛いわ。私が保証する。それに、勉強とか運動ができないこととあなたの価値はイコールじゃないわ。あなたは強い子だから、そのくらいのことじゃ挫けない。今度また死にたい気持ちになったら心の中で3秒数えて私の言ったこと思い出してみて。あなたなら大丈夫だから。」
ゆなは、そう言ってゆりなの目を見つめた。彼女は黙って頷いた。
ゆなが、目の前の彼女に対して行ったのは、マインドコントロールの一種である。
マインドコントロールとは、他人の精神状態を、暗示などをかけて支配することである。精神疾患の多くは脳の神経伝達に異常があることによって発症していることが、2300年前後に解明された。それはすなわち、脳の神経伝達を何らかの手法で上書きすれば、症状が改善に向かうことを意味する。ゆなの力は、患者の脳にダイレクトにアプローチする手法なのだ。
「次の方~、第一診察室へお入りください。」
院長の声が病院内に響く。第一診察室は、田村ゆなの担当だ。
「さっきの患者の診察、もう終わったのか。まだ10分も経ってねぇぞ。」
横山健斗は、第2診察室で患者の診察をしながら、心の中で呟いた。
ゆなは、敬語が話
せないため、患者に対するアナウンスは他の医師が肩代わりしている。
患者が診察室に入ると、ゆなは自身の事情をぎこちなく説明する。
「敬語が使えないため不快な思いをさせるかもしれないこと、そして文字を読むことができないため、患者との対話は音声データとして残すこと。
主にこれらの点が気に入らなければ、他の医師に診てもらうようにした方が、お互いにとって気持ちの良い関係だと思うこと…」
これらの説明の方が、実際の診察よりも時間がかかってしまうことも多いくらいだった。高木ゆりなは、治療費300円を支払って病院を後にした。15分以内の治療であれば、代金は300円だけなのだ。