第1話 自殺者発生
ここは、慶東病院の控室。医師たちは、勤務を終えて、帰宅するところだった。
「お疲れさん、宮下先生、知ってるかい、ここ最近話題のニュース?」
横山健斗が宮下優斗に声をかける。
「ああ、もちろんだとも、自殺者が何人か出たんだろ。そんな事態は久しぶりだな。」
「もしかすると、これは人類にとって、驚異的な危機かもしれない。」
「大げさな。まあ確かにここ長い間自殺者は出なかった。うつ病、双極性障害、統合失調症などの精神疾患は薬物療法及び精神科の医学的アプローチにより、世の中から完全になくすことはできないまでも、劇的な改善が見込めるようになった。」
健斗は優斗の目を見て言った。
「直近で、この件数の自殺者が出たというのは非常事態だ。」
「だが、健斗、精神疾患は君の専門だろ。僕の専門はあくまで発達障害なんだ。僕も自殺者が出てほしくないという気持ちは同じだが、できることは限られる。」
横山健斗は精神疾患の専門、宮下優斗は発達障害の専門だった。
2425年、既知の精神疾患や発達障害の治療法は概ね確立されていた。この精神医学の進歩が、長らく自殺者を激減させた。400年前、自殺者の8割は何らかの精神疾患を抱えていた。よって、障害を治療することによって、約8割の命は救われるようになった。出たとしても、50年に一度くらいなものだ。しかし、今年は既に10人前後が自ら命を断つことによって、他界している。
「これは、新たな精神疾患の脅威なのではないか」、健斗はそう言いたいわけだ。
健斗は、帰り際、妙な女を見た。見た目は女子中学生くらいに見えた。こんな遅い時間に出歩いていて大丈夫だろうか。健斗はこの時彼女に声をかけられなかった。というのも彼は車の運転中だったからだ。健斗には、もう1つ引っかかったことがあった。目の前の彼女の服装は、400年前の世界の地雷系ファッションと呼ばれる見た目だったのだ。このようなファッションは、現代では絶滅危惧種だ。それに、彼女の目は不気味に黄色く光っていた。家に帰って寝るまでの間も、健斗の脳裏に彼女の姿が焼き付いていた。