問題ありませんわ!私には魔法の杖がありますもの
ある辺境に住む"ハッピー姫さま"と、クール執事の日常のお話。
姫さまが魔法の杖を手に入れるまでのストーリーです。
恋愛成分はほんのちょっと香るくらいしかないです。
つたない文章ですが、2人のほのぼのエピソードを読んでほんわかを感じてくださると嬉しいです。
駆け出し者につき、ある程度はご容赦ください
とある異国の辺境で名を馳せる大貴族の男には、一人の娘がいた。
名はミリアン・バーネットという。
今年6歳になる彼女は、自分の領地は首都であり己こそがこの国の姫と信じ込んでいた。
そして魔法が存在すると本気で思っていた。
民衆や家族は親しみを込めて、彼女を"ハッピー姫さま"とよんでいた。
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「ハッピー姫さま、おはようございます。
本日の爽やかな朝を楽しまないのはもったいのうございます」
「んんっ……、すやぁ」
「まったく、だらしのない姫さまですね」
執事のバロンはため息をつく。
ハッピー姫さまは早朝に弱いのである。
絶賛成長中のミリアンは再び眠りの世界に落ちていった。
ぐっすり睡眠をとったミリアンは、上機嫌で馬車に揺られている。
今日は久しぶりに城下まで出かけるのだ。
最近は庭園に飽きてきたし、何より大好きなお父様と一緒に過ごせる大チャンス。
浮足立つのも仕方がない。
「我が家のハッピー姫さまはいつも愛らしいな。
町の皆がメロメロになってしまうな、ははは!」
メロメロなのはそんなことを言う父親自身である。
「このご様子ではハッピー・ファミリーの愛称が広まるのも時間の問題なのでは……」
会話を聞いていたバロンは領主家族の評判を心配するのだった。
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「ふぅ、少し疲れたな。」
ひと通り領地を巡り、ミリアンの父ダミアンは馬車で腰を下ろした。
ミリアンとバロンは少し向こうの店先でまだ楽しんでいるらしい。
「お父上、おまたせいたしました!」
顔を輝かせてミリアンが馬車に飛び乗ってきた。
右手には長細い棒状のなにかを握っている。
後ろに控えるバロンはなんとも言えない表情だ。
「先ほどもらったのです、かっこいいでしょう!」
こちらに"それ"を見せてくるミリアンは得意げだ。
「ええと、それは……」
娘を見て、困惑するダミアン。
「これ、魔法の杖なのです!」
言いながら、大事そうに"それ"を抱きしめている。
「それは俗に、お年寄りの方が使う杖だな……」
ダミアンが核心を突くが、
「この子はT字型だから、"ブラックT侍"?
それとも"魂を震わせるステッキ"とかがいいかしら」
ミリアンは杖の名前を考えるのに夢中のようだ。
「旦那さま、今はそっとしておきましょう」
ミリアンの扱いに長けたバロンは、首を左右に振りながら提言するのだった。
結局ミリアンは馬車の帰り道に寝てしまい、
その日はネタバラシをされないまま小旅行を終えた。
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「ハッピー姫さま、おはようございます。
本日のお天気は……」
「あら、おはようバロン」
「姫さま!?」
なんとあの寝坊助プリンセスが目覚めていた。
有能執事バロンは稀に見る驚き顔だ。
一体どうしたことだろうか。
「んふふ♡」
杖に頬ずりをしている。
ミリアンよ、それはご老体を労るための道具である。
「ハッピー姫さまが早起き出来るようになるとは……」
「早起きなんて問題ありませんわ!
なぜって私には魔法の杖がありますもの」
ドヤ顔で解説するミリアン。
ミリアンよ、ただのステッキにそのような効能は無いのである。
「はぁ、それはようございましたね」
なんだか面白いことが起こりそうなので、バロンは訂正しないことに決めたのだった。
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「ハッピー姫さま、本日の昼食はパプリカを使用するメニューですが
姫さまには別料理をご用意いたしましょうか」
料理長が申し訳無さそうに尋ねる。
ハッピー姫さまはパプリカとエリンギを食べるときに限って、
アン・ハッピー姫さまになるのである。
「パプリカごとき、問題ありませんわ!
なぜって私には魔法の杖がありますもの」
小脇に挟んだ杖を指差し、高らかに宣言するミリアン。
ミリアンよ、ただのステッキにそのような能力は付与されていないのである。
「左様でございましたか!
さっそく姫さまの成長を、旦那さまにご報告せねば」
高齢なはずの料理長が素早く走り去っていった。
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「ハッピー姫さま、お怪我はありませんか?」
庭先で薔薇を愛でていたミリアンは、誤って茎に触れてしまった。
傍にいた若いメイドが慌てている。
「お、お花のトゲなんて、問題ないわ!
なぜって私には魔法の杖がありますもの」
少し涙目に見えるが、本当に問題は無いのだろうか。
ミリアンよ、ただのステッキにそのような防御力を期待してはならないのである。
メイドたちは、心配そうにミリアンを見守っている。
いじらしい振る舞いをする姫さまを、案じているのだ。
バロンは不安そうにミリアンを見守っている。
いつ杖の魔法が切れて泣き出してしまうか、気が気ではないのだ。
結局えぐえぐ泣きべそをかきながら消毒をしてもらう。
終わった後にはバロンになだめてもらい、ちょっと恥ずかしいミリアンであった。
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おおむね平穏な一日が終わりを迎えようとしている。
「やっぱりこの杖の魔法は本物だったのね!効果は百発百中よ」
やっぱりこの姫さまは本物のハッピー姫さまだった。
一日を通して杖のすごさ(笑)を実感したミリアンは、ベッドで杖を撫でている。
「今度城下に行くときは、皆にこの杖の魔法を広めましょう!」
広まるのはミリアンのアホ加減と、"ハッピー姫さま"のあだ名だけである。
バロンはいつミリアンに真実を打ち明けるべきか、部屋の隅で頭を悩ませている。
「そろそろ恋の魔法も試してみたいわ。
あわよくばバロンとデートに行けるかも……!」
これ以上ただの杖に助けてもらおうだなんて、欲張りな姫さまである。
果たしてミリアンの恋の魔法が成功したかは、また別の話。