その人
ふわふわと浮く。
それは本来とても気持ちがいいことだ。
何にも邪魔されずに風に流され宙を舞う、ぷかぷかとまるで雲のよう。
でも、そうじゃない人もいた。
その人以外にはみんな友達がいたように見えた。共通の話題を話し、共に笑うことができる。
とても素晴らしいことじゃないか。
ただし、その人だけは違った。仲良くなろうとみんなに近づいてもみんな楽しそうには話さない。
どこかにある孤独感なのか?みんなと違うから?考えてもわからなかったその人は結局宙に浮いたままだったようだ。
笑いを取ろうとしていたね。結局くるくるその場で空回り。空回りして抑えが利かない。その人だけがただ一人笑っていた。
気づかないならびっくりさしてみよう。ワッとびっくりさしてみれば背後霊などと言われていた。
その人は見ての通り独りぼっちだったのだろう。
そんなある日、その人の性格が見違えた。
への字に曲がっていた口は今ではV字になっていつも笑っていた。
以前とは違いユーモラスにもなった。もちろん友達も増えていった。
人気者とまではいわないものの少しは友達ができた。
その人は少し虚ろではあったものの心から嬉しそうだった気がする。今までのその人とは違いまるで雪が降るのを始めて見た犬のようなはしゃぎようだった。
だが、だんだんとおかしくなっていった。
顔が笑っていないのだ。
ある日、たまたまその人の近くを通ったとき普段ならふざけているその人が珍しく無視してスタスタと歩いて行った。
表情はよく見えなかったが悲しそうに見えた。さすがに心配になって声をかけた。
「だいじょうぶかい?」
そうするとその人はいつものような見慣れた笑顔で言い放った。
「ん?大丈夫だよ。どうかしたかい?」
豹変といった方が早いのだろうか、その人は何も変わらない、まさに普段通りだった。
その日以来だろうか、その人が少し物寂しく見え始めた。その人に興味がわいたのだ。
よくよく見るとそこにいるのにまるでそこにいないような、不思議に目に映ったのだ。
まるで新月の夜のような、そこにいるはずなのにいなくても成り立つような感覚だった。
その人の行動を追いかけるにつれて徐々に衰弱していることに気づいた。
「目が笑ってないよね。」
「なんか不思議ちゃんだよね。」
「なにを言っているのよ、普通じゃない?」
「よく見てみてよその人浮いているもん。」
その人がいない時は散々な言われようだった。
ふらふらと生気がないその人を見る頻度が増えた。かなり疲れているように見える。
何か一言でも言ってあげたかった。しかし、どうも友人といない時は殺気とまではいかないが、誰も寄せ付けないような雰囲気があった。
あくまでただ、ほんの少し遠くで見守ることしかできなかった。
日に日に増えていくその人の異質な行動、バランスがないコマのようにふらふらと。
そんな何もない日常、ついにその人は倒れた。
目には大粒の涙、真っ赤に染めあがった頬、くしゃくしゃの髪。
しかし誰一人としてそばにはいなかった。
見ていて痛々しかったが、どうすることもできないなと何もしなかった。
その日を境にその人を見なくなった。
どこに行ったのかどうなっているのかなんて誰も知らない。
「その人どこに行ったのだろうね。」
「さあねぇ。」
「まあどこかで元気にはしているでしょ。」
「結構長い付き合いだったよねぇ。」
友達とはただの幻想だったようだ。
「個性っていいよね。一人ひとり備わっていてみんな違っていてより魅力的に見えるのだもの。そんな中でこんなにいい友人に恵まれて私は幸せだよ。」
その人が友達に向かって最後に言っていたその言葉がどうしても脳裏に焼き付いて離れる事がなかった。