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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

川のほとりで

作者: 偽ソース

 わけが分からない体験をしたとき、人はどのようにそれを捉えるのでしょうか。現代のある程度科学が発達した世界では、それは夢であると捉えることが多いと思います。夢として片付けることは楽ですが、時には意味を深く考えてみることも良いかもしれません。それが、虫の知らせという事もあるでしょうから。

 気が付くとそこは、明るい青緑色の世界だった。


 まるで水の中を思い起こさせるような、ぼやけた視界と何ともいえない浮遊感が男を包む。その両手足は動かせるみたいで、少しの抵抗も感じなかった。


「ここは一体......」


 彼は呟き、視界を左右に振ってみる。その声は、反響こそするものの、周りに物がある気配は全くない。夢かとも思われたが、彼の意識ははっきりしていた。

 自分以外、地面すらもない場所で、彼ははっきりと孤独を感じていた。


 ここで男は、自身の体に巻き付いている布に気が付いた。限りなく白であって、白でないような不思議な色の布だった。このようなものを持っている覚えはないし、見た覚えもなかった。

 しかし、男にはそれが初めから、特に考えることもないほど当たり前にあるもののように感じた。


「ん......」


 男の視界の隅の方が、ぼやけた光で照らされた。彼は、身体をその方に向かせる。


「これは......」


 薄い光の中に、何かが見えた。しかし、これもまた水の中のもののように、ぼやけていて良く分からない。男はその光に近づいてみようとするが、その手は虚しく空を切るだけで、うまく進むことができない。


 そのうち、光の中のぼやけたものが、だんだんと鮮明になってゆくのがわかった。男は、もっとよく見ようと、目を細めてみた。

 その瞬間、いきなり強い光が目に差し込み、彼は強く目を瞑る。


 その一瞬、男の脳裏には、彼の中にあった記憶が大量に浮き上がってきた。

 それは、彼が小さい頃に行った家族旅行の記憶、もう忘れていた学生時代の彼女、大好きな祖母の葬儀、感傷に浸る間もなく、パラパラ漫画のように過ぎてゆく。


 さらには、妻との結婚式、愛する子どもの誕生という明るい記憶から、両親の死、子どもや妻との喧嘩などの暗い記憶までもが、一瞬のうちに蘇り、再び消えてゆく。


 そして、その大量の記憶たちは、男がその過程を意識する前に、つい最近の記憶までたどり着く。ただ、最近の記憶は今までのものよりも、少しだけゆっくりと流れてゆく。

 久々に帰ってきた子供たちと囲んだ食卓、最近はあまりなくなった妻との会話。


 男はなんとなくだが、わかっていた。これは、走馬灯のようなもので、なぜかはわからないが、もうすぐ消えてしまうことになるのだと。

 それを意識すると、不思議と不安な気持ちはなくなり、なんだか温かいものが男を包んでいるようだった。


 この懐かしい光は、そろそろ消えてしまうのだろう。男は最後まで、自身の中にあふれ出る記憶を大切に見届けようとした。

 

「これで......」


 ついに、おそらく最後であるだろう記憶が流れ込む。彼は昨日、数年ぶりに妻と外食に行ったのだ。銀婚式だった。会話こそ弾まないが、長年、そばに当たり前のようにある幸せを、改めて噛みしめていた。


「あ......」


 外食を終えた帰路で記憶が途絶えた。男の中には、そこまでの記憶しか浮かんでこなかった。

 おそらく、そういう事なのだろう。

 これからどうなるのかは分からないが、男は最後のひと時に満足した。



 気が付くと、先ほどまで強い光が差し込んでいたその眼には、暗い天井が写っていた。


「え......」


 男は驚いた。彼は自分の寝室で横たわっていたのだ。

 急に、いままでのことが夢であるかのように、彼の意識が明晰になるにつれて、ぼろぼろと頭からこぼれ落ちてゆくのを感じた。

 男は急いで身体を確認するが、特に何の変化もなかった。

 さっきのは何だったのだろう。昨日はどのように家にたどり着いたのだろうか、酔っぱらって記憶が曖昧なのだろうか。

 

 一瞬のうちに大量の記憶が明瞭に思い出されたときのように、逆に、さっきまでのことが瞬く間に朧げな記憶になってしまった。

 男はこの出来事について深く考えることもないと思った。神様が人生の節目に、これまでの振り返りをさせてくれたのだと思うことにして、彼を覗く二つの眼と共に、深い眠りについた。


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