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第1話

「わあ……本物の舞踏会だ!」

 淑女らしくしなさい、と母から何度も言われていたのに。

 宮殿の大広間に入るなり思わず大きな、しかも令嬢とは思えない言葉が出てしまった。

 でも仕方ないと思う。

 だって華やかなドレスを着飾った人たちが大勢いて、ダンスや歓談に興じている、映画やアニメの世界でしか見たことがなかった光景が目の前に広がっているんだもの。


「綺麗でしょう? 姉さん」

 エスコートする弟のダニエルはそんな私を気にする様子もなく、笑顔で尋ねた。

「うん……すごく綺麗」

 豪華な装飾の施された立派な柱が支える高い天井に、壁を飾る豪華な花々。そしてそれらを照らし出す白い光。

 電気どころかガスもないこの世界で、夜にこれだけの広さの空間をここまで明るくできるのは魔術を使ったランプだけ。

 魔力を注ぎ込んだ石を仕込んだランプを使えば、誰でも明かりをつけることができるランプは高級品だ。


(長時間明るさを維持できる最高クラスのランプをこれだけ集めるなんて……。やっぱり王侯貴族はお金があるんだなあ)

 壁にずらりと並んだ、大きなランプを見て思わずため息が出てしまう。

 平民ならば手持ち用ランプを一つ買うのに、どれほど働かなければならないだろう。

 そんな貴重なランプを惜しげも無く使える財力を持つのが貴族なのだ。


(貴族か……。別世界の人たちだと思っていたのに)

 自分がその貴族になってしまうなんて、夢にも思わなかった。

 ――まあ、それを言ったら「この世界」自体、夢の中のようなものなのだけれど。


  *****


 それは十二年前。

 目覚めると私は見知らぬベッドの上に寝ていた。

 身体がひどく熱くて全身が痛む。


(どうして……そうだ、車……)

 ぼんやりと思い出した。

 学校からの帰り道。横断歩道を渡っていたら、白い車が自分に向かって猛スピードで走ってきたのを。


「じこ……びょういん?」

 声に出した自分の声がまるで別人の、しかも子供の声であることに驚いた。

(え?)

 慌てて飛び起きようとしたけれど身体が動かず、なんとか片腕を動かして自分の目の前に持っていく。

 その白くて小さな手のひらは、明らかに幼い子供の手だった。


「おお、目覚めたか」

 ふいに声が聞こえた。


 頭を巡らせると、見知らぬ初老の男性が立っていた。

「身体が熱くて辛いだろう。あれほどの魔力をいきなり解放したのだから」

「まりょく……?」

「魔物に襲われたんだ。怖かっただろう」

 男性はそう言って私の頭を撫でた。

(魔力? 魔物?)

 何、そのファンタジーな言葉は!?

 混乱する私に、男性は丁寧に説明してくれた。


 私は誘拐されたらしい。

 犯人たちが馬車に乗って移動する途中、魔物に襲われたのだと。

 そうして襲われた時のショックで、私の魔力が解き放たれたらしい。

 強い魔力を察知した男性が駆けつけた時には、壊れた馬車と魔物に襲われた男たちの死体、そして倒れていた私がいたのだという。

 魔物の死体はなかったが周囲に焦げた痕はあったので、おそらく魔物は怪我を負ったものの逃げ出したのだろうと。


 これは後で教わったのだが、魔力というのは、動物よりも凶暴で毒を持つ魔物に対抗するため、神が人間に与えた力なのだという。

 街など人が多く住む場所はその魔力によって結界が張ってあり安全だが、外には人間を襲う魔物が多くいる。

 魔力を持つ人間は少なく、特に魔物を倒せるほどの魔力を持つ者は貴重な存在なのだ。

 本来ならばそういった危険地帯の移動には魔術師を雇うが、犯罪者たちの依頼を受ける魔術師などおらず、彼らは危険を冒して自分たちのみで移動するという。



「それにしても、青い髪を持つ者は強大な魔力を持つと本に書かれていたが……まさか本当だったとはな」

 私をつくづく見て男性は言った。

「あお……?」

 重い頭を動かして横を向く。

 枕に広がる、その髪は確かに綺麗な青い色だった。

(え……なにこれ……私の髪!?)

 幼い身体に、見たことのない髪色。これは私なのだろうか。


「そなた、名前は」

 状況が飲み込めず混乱する私に男が尋ねた。

「……理沙……」

「リサはどこから来たんだい?」

「どこ……」

 どこから?

 車に轢かれて、気がついたらベッドの上で。

 ここは魔法や魔物のある、日本でも、日本のある世界でもないだろう。


「どこ……わたし……だれ……?」

 この身体は誰のものなのか。

 一体、何が起きたというのだろう。


「記憶があいまいになっているようだな。突然の魔力覚醒にはよくあることだ」

 男性は私の頭を撫でながら言った。

「どのみち魔力を制御することを覚えないとならないからな。しばらくここで暮らすといい」


 ヨセフという名のその男性は、スラッカ王国のギルドに所属し、魔物退治を仕事とする魔術師だった。

 私はヨセフの弟子となり、魔法やこの世界のことを学んでいった。


 最初は夢なのかと思った。

 本当の私は事故に遭い、病院で眠っているのだと。

 けれどあまりにもリアルなこの夢は覚めることがなかった。


 目覚めた時、私は五歳くらいの少女だった。

 明らかに記憶にある世界とは異なるこの魔法に満ちた世界、そして顔かたちの異なる自分の身体。

(いわゆる……生まれ変わり?)

 あの事故で死んで、この身体に生まれ変わって。

 魔力覚醒でそれまでの記憶を失ったのだろうか。

 原因が分からず、それでも生きるために私は魔術師となり、師とともにギルドで働き続けて十二年。


 十七歳になった私は、何故か今、貴族の娘となり夜会に参加している。

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