2ー81 『落とす』
遥香と蒼弥は復元された草原で向かい合っていた。
再生の権能によって草木もすっかり元通りで、つい先ほどここにクレーターがあったとは思えない。
地面にはきちんと青々とした草が生えていて、掘り返されれたような形跡は見当たらない。
「よーい初め!」
そこで第3回戦が始まった。
遥香の【魔力探知】と蒼弥の【堕天】二つの力がぶつかりあった。
「【堕天】……モノを落とす力だっけ?」
「そうそう。でも、合ってんだけど、ちょっと違う」
観戦中の僕らは当然の如く、映画館入りしている。
だんだん工夫も増えてきてトレーと、トレーを設置する仕組みも確立された。
エアコンはまだ完備されてないものの、それさえ気にしなければ本格的な映画館である。
ポップコーンも赤と白のストライプ模様の本格的なポップコーンケースに詰め込まれている。
味は塩とキャラメルの2種類から選べる。
因みに僕の好みはキャラメルだ。
さらに、ジュースホルダーには並々と注がれたコーラが存在を主張していた。
控えめに言って最高である。
自分でも自分が堕落しているのがわかる。
「ちょっと違うって何が?」
他の2人も気になったようで前列から身を乗り出して耳を傾けている。
「落とすっていうのの定義がかなり曖昧……というか大雑把なんだよ」
「どういうことですか」
「例えばさ、普通落とすって言ったら上からじゃん。でもさ、宇宙で考えたら上も下もないじゃん。星が丸いんだから。まあ、極論だけど」
「暴論だな」
「全くもって暴論だよ。でも、その理屈……というより屁理屈で動いてるのが【堕天】って感じ」
「つまりどうなるの?」
「……え?」
「何?」
「いや、小見山さんが会話に入ってきたのが意外で」
「ダメなの?」
「いいや?別に」
指摘されたのが恥ずかしいらしく顔を赤面させている。
珍しい表情だな。
こんな顔ができるのか。
ちょっと面白い。
「例えば……右から左に『落ちる』とか、下から上に『落ちる』とか」
「暴論ですね」
「これだったら遥香負けるかもな、ワンチャン」
アイツのスキル、攻撃能力ないからな。
ステータスでなら勝ってるけど油断したら負けるかも。
【堕天】って結局、重力みたいなもんだろ?
だったら物理攻撃が難しいぞ。
爆発系の攻撃が効きそうな気がするけど、アイツ爆発物持ってんのかな。
もしかしたらマジックバックの銃火器の中に混ざってるかもしれないけど。
「遥香が負けたら一緒に寝てくれるんですよね」
なぜそんなに嬉しそうにする。
健気な妹応援しろよ。
僕は蒼弥を応援するからさ。
いや、わかってるよ?
純恋が好意持ってることはわかってるよ?
でもさ、なんでみんなの前でそんなことするかな。
みんながニヤニヤしてるじゃん。
「逃げたらダメですよ」
僕ってペットか何かだったのかあ。
「だっ、ダメ!優人くんは今日紗夜の部屋に来るんだよ!」
お前はちょっと黙れ。
「純恋、アレ冗談な。メンゴ」
本当だ。
嘘じゃない。
初めからそんなつもりはなかった。
最後に純恋が誤解するところまで計算して言った冗談だ。
深い事情も無くそんなことしたら遥香に殺される。
別に純恋をいじめるつもりはなかった。
とそこで小見山が声を上げる。
「今日は紗夜と一緒に……あのっ、その……寝るの!」
恥ずかしいなら言うな。
それから、寝るわけないだろう。
結構ストレス溜まるんだぞ、アレ。
それに誰彼構わず添い寝なんてしたら僕ってただの浮気男じゃん。
まあ、付き合ってはないけどさ。
似たようなもんじゃん。
やだよ、僕。
現実ばっかり見ているが、こういうところでは妙に夢を見ようとする。
やっぱり誰かを好きになるんだったら一途でありたい。
ガアアアアアアアンッ
何かがぶつかる音が耳をつんざき、現実に意識が引き戻される。
そういえば今、試合中だったな。
なんにも見てなかった。
失敗失敗。
スクリーンにはギザギザの、雷を模ったような一振りの剣を持つ遥香が映し出されていた。
「あれが雷剣?」
「みたいだね」
紫電を纏った刃はバチバチと放電の音を立てて踊る。
周囲一帯に稲妻が迸り、今にも爆発しそうな危うい雰囲気を醸し出す。
「落ちろっ!」
バックステップで刃を躱した蒼弥がスキルを行使する。
瞬間、隕石が飛来する。
【堕天】の影響下に入った物体は空気抵抗を完全に無視できる。
故に遥か上空の宇宙から飛来する隕石の加速度は無限に等しい。
音速を優に超える巨大な弾丸が地に落ちる。
同時に轟音が響き渡り、空気を鳴動させる。
砂煙が周囲を満たして熱波を届けた。
「放電」
一瞬、砂煙が晴れて紫電が発生。
直後に煙の中から蒼弥が飛び出した。
というよりぶっ飛ばされた。
「行って!」
命令口調の遥香の声と共に砂塵が生き物のように動き出す。
変形して龍を模った砂塵は一瞬動きを止めて力を貯めると前傾姿勢で蒼弥に突撃。
「落ちろ」
しかし、それでやられる蒼弥ではない。
いきなり強力な力場が生成されると砂龍を地面に押し潰した。
ついでに遥香にも加重。
遠くで彼女が剣を地面に打ち付けて膝をついた。
それを視認した蒼弥が遥香の方に向けて『落ちる』。
高速移動を果たして加重を済ませた拳を振りかぶりーーー動きを止めた。
拳の先には一つの球体。
パチパチと音を立てるソレは触れてはいけないと言外に示していた。
引き攣った顔で『やべっ』っとつぶやいた蒼弥が無理やり体を後方に落とそうとする。
が、間に合うはずもなく宙に浮かんだボールは閃光を放った。
ズドオオオオオオオオオン
驚異的な爆発音をあげて周囲一帯が文字通り消し飛ぶ。
「わぁお。すごいな」
画面の中では地面がボコボコと盛り上がり、そこから金属コーティングが施されたタロットが出現していた。
数は5。
最上部からガシャコンと現代兵器が登場する。
二股に分かれた発射口から紫電が漏れ、放電を始める物や機関銃を装備した物、ロケットを装備したものもある。
3つが放電機、2つが現代兵器。
莫大なエネルギーをはらんだ顎が火を吹いた。
空気抵抗を完全に無視できるーーだなんて書いてますけど、マジで完全に無視したらエネルギーが強すぎて自滅します。適度に抵抗を減らして威力減衰を最低限に落とす。これが大事。