2ー80 負けられない戦い
瓦礫を撤去した後、次は純恋・小見山戦だ。
「優人くん、紗夜勝ってくるよ」
小見山から謎の勝利宣言を受けた。
何があったんだろう。
それに……なんで名前呼び?
あれ?今まで梶原くんじゃなかったっけ?
まあ……いっか。
嫌な予感がしたのでこれ以上は考えないことにした。
つまりは、現実逃避だ。
それから、
「純恋、勝ってこい」
あえて純恋を応援する。
小見山が遠くで悔しそうな顔をしていた。
奏が遥香の作ったピストルを合図に試合が始まる。
いつのまにか遥香は銃火器に手を出していたらしい。
奴のマジックバックにはいろんな危険物が無造作に突っ込まれていた。
まじでヤバい。
『創』の名を冠しておきながら、全ての材料を当たり前のように要求するのはどうかと思うが、そのあたりは補助スキルクオリティだし、別にどうでもいい。
だって僕のじゃないし。
そんなことより遥香は銃火器の構造を知ってたのだろうか。
それとも【創造】は構造を知らなくてもなんとなくで使えてしまうのだろうか。
気になって聞いてみたら、後者だった。
……あれ?もしかして毒物さえあれば核兵器とかも作れたりする?
ちょっと不安になった。
合図の直後、一直線に天魔反鉾が伸びる。
背を大きく曲げてどうにか避けた小見山が宣言する。
「強制!道具の使用不可!」
直後、白い結界が2人を包む。
ガシャァァアン
ーーが、ガラスが割れたような高い音が響いたかと思うと、白い膜が粉々に砕ける。
「えっ!?」
どうやら能力を知らなかったらしい。
『スキルの強制解除』
これがチート。
クソチート。
これを破るには高速で術式を完成させる必要がある。
だがしかし、結界の構築にはどうしても時間がかかる。
結界を完成させて、天魔反鉾が触れる前にそれを消す必要がある。
消すことができなければ勝率は1%にも届かない。
さてどうする。
だっと借りた普通の剣を手に小見山が駆け出した。
同時に結界が再構築される。
肉薄して矛先を結界にぶつけないようにすることで構築の時間を稼いでいるのだろう。
ガガガがガッと激しい音が響き、鉾の柄と剣の刃が交わり、擦れる。
そして突如、鉾が上に飛んだ。
代わりに純恋の手には水の四角い盾が展開される。
おそらく水操作とかいう補助スキル。
だがこの判断は……
「よく思いついたね、綾井さんは」
本当に、よく思いついた。
だって僕が意味に気付いたのは鉾が結界を抜けたあとだったから。
勢いよく空を衝いた鉾は結界が閉じ切る前に膜の外に脱出する。
そして閉じた結界。
あっ、と悲鳴に近い驚愕の声が聞こえる。
ここまできてやっと失敗を悟ったらしい。
既に結界内に鉾はない。
故に強制できない。
……結界壊されないように躍起になりすぎたな。そのせいで結界がない所に向かって飛んだ鉾への警戒が薄かった。
「補助スキルの使用禁止っ!」
ヤケクソ気味に小見山が叫ぶ。
それもそうだろう。
もうすぐ上から鉾が降ってくる。
しかも結界を壊して。
小見山は鉾が届く前にどうにか純恋を倒さないといけない。
水の盾を失った純恋。
いくらステータス上では大きく優っていても、丸腰で剣と戦うのは怖いらしい。
回避に移った。
そこで結界がもう一つ追加される。
「ステータスの初期化!」
声が響いた。
ここは結界の外。
そこでは戦闘観戦中の4人が仲良く談笑していた。
赤いフカフカの椅子ーーというよりソファーにゆったりと座り、眼前の巨大スクリーンを眺めている。
その様子はさながら映画館。
メイドイン遥香のスクリーンには奏の力で映像が映し出され、それを観ながら批評会を開いている。
「ポップコーンって創造で作れんの?」
「コーンがあればって感じだけど……コーンがねえんだよ」
「我願う 我が手に四つのポップコーンを」
「おお!まじか。そんなこともできんのか」
「食の神っていうのがいるんだよ。その力で食べ物が出せる」
「なんでも有りだな、お前ら」
蒼弥がぼやいた。
そうなのだ。
奏がマジ万能なのだ。
ポップコーンとついでに出したコーラを片手にソファーに座る。
正に映画館。
登場人物2名はたまったもんじゃないが。
「不味いね」
「ポップコーン?」
「いや、純恋が」
「食べちゃダメだよ」
「何言ってんだお前」
ちなみに話し相手は奏である。
「でも不味いのは確かだね」
「結界二枚重ねが不味いな。しかも2枚目が結構小さいし、条件がまずい」
「食べても美味しくないだろうね」
「食べ物から離れろ。いつからそんなキャラになった」
ボケているのか急に脳が退行したか。
どちらだろうか。
「これで2人は同じ条件。丸腰な分純恋が不利だ」
「小見山さんが鉾が帰ってくるまでに純恋さんを倒せるか、だね」
今はステータスがほとんど同じ。
倒すなら今しかないが……
「無理そうだね」
ガシャァアンと聞き覚えのある音が響いて結界が壊れる。
同時に純恋の両手から水が溢れ小宮山を押し流す。
パシャっと音がして、水の触手が伸びて鉾を掴む。
そして、
「天魔反鉾の使用不能!」
純恋が鉾に注意を向けた隙に結界構築。
同時に手の内にあった鉾が掻き消える。
いきなり武器の消えた純恋は武器を作ろうと必死に水を操り、その間に剣が純恋に近付く。
小見山が勝利を確信して笑みを浮かべる。
そして笑顔が固まった。
その全身を水の棘が覆い、身動きが取れない状態になっていた。
「ごめんなさい紗夜ちゃん!」
すぐに水を消した純恋が必死に浄化をかけて傷を治す。
次の瞬間、純恋の首には剣の刃が添えられていた。
「紗夜はまだ負けてない!降伏なんてしない!紗夜は勝たないといけないの!」
瞳から大粒の涙が流れる。
棘が刺さり、周囲の水を赤く濁す。
「な、んで……紗夜……ちゃん?」
「お願い。降伏して」
なお言い募る。
「お願い」
涙で顔がぐちゃぐちゃになる。
それを見てハッとした表情で純恋が小見山を睨み返す。
「それは出来ません。私も負けるわけにはいきません」
水が蠢いて六つの槍を形作り、小見山の頭部に狙いを定める。
この様子を僕らは映画館の大画面スクリーンで観ていた。
「僕が行ってくる。試合は引き分けにする」
正直言ってあそこまでやるとは思ってなかった。
あれ以上やるとどちらかが死にかねない。
ーーいや、どちらも殺しはしないだろうが、戦争前のたかだか訓練でチームにヒビを入れる理由はない。
「治せる?」
「ああ。出来る」
進化を終えたこの力が治癒能力を持っていないはずがない。
当然、出来る。
「【空間転移】」
視界が一瞬で変化して両の目が二つの人影を視認する。
「【小宇宙】」
バシュッと音を立てて一瞬で世界が構築される。
中に入ったのは3人。
ハッとしたように2人の手が止まり、こちらを振り返る。
「【インタステラ】。2人とも、これ以上の戦闘を禁じる」
続けざまに術式を発動する。
見えない何かに引っ張られてかのように2人が引き剥がされてその場に固定された。
本当に、進化済みでよかった。
またもや奏任せになるところだった。
最近、面倒ごとを大体奏に放っていた気がしていたので少々心苦しかったのだ。
「何してんだ2人。やりすぎだ」
「優人くんに言われたくはないです」
「僕らは死なない程度に加減してるからいいんだよ。取り敢えず純恋を外に出すからな」
返事を聞かずにさっさと外に排出する。
待ってくれとばかりに手を伸ばしていたが、聞く気はない。
ハアとため息をついて小見山を見る。
「やりすぎだ」
「だって……」
「だってじゃない。治すからちょっと黙れ」
そう言って手をかざす。
「【ユングフラウ】」
緑の淡い光が漏れ出して傷口を塞ぐ。
軽い浄化も兼ねているから純恋の【浄化】の上位互換だ。
……ん?自分に状態異常無効はつかないから上位互換じゃないのか?
まあいいや。
「ありがとう……ございます」
「なんであんなことしたんだ?ああいや、責める気はないんだけどさ、ちょっと疑問で」
彼女は勝たなければいけないと言った。
何が彼女を突き動かしているのか興味がある。
何か強い目標がある人は強い。
どこまでも強くなれる可能性を秘めている。
そう考えて聞いたのだが、
「夜に私の部屋に来てください」
そう言われた。
なんで?
マジで。
何なの?
「お願い……します」
そこまで言われたら拒否しづらい。
上目遣いは自動で無効化されるんだが、どうにも僕は情に弱いらしい。
知り合いとなると尚更。
「いいよ。時間は後で言ってくれ」
「うん!」
元気だな……騙されたか?
元気な返事を聞いたら、何だか罠に嵌められて損した気分になってしまった。