2ー78 私の騎士様
<小見山紗夜視点>
この世界に召喚されてからおよそ二ヶ月。
まだ二ヶ月!?
紗夜の中ではもう一年は経っているだろうという気になっていた。
「まだ二ヶ月……」
この二ヶ月は紗夜の人生16年(つい先日誕生日が過ぎたので実質15年)で一番濃厚な日々の連続だっただろう。
召喚などと言う訳のわからないことを勝手にされて、最近流行りの異世界召喚物語のテンプレの魔王討伐があるわけでもなく、ただの儀式とかふざけたこと言われるし。
ほんと最悪。
召喚から二週間くらいの時にはいきなり城が誰かに攻められて落ちたし。
普通国が攻められるのって話がだいぶ進んだ後だよね!?
なんでいきなりやられてんの!
本当に踏んだり蹴ったりだ。
あの時は怖かった。
今までの人生で命が脅かされることなんて当然なかったし、この世界に来てからも誰かがそばにいた。
それは友人だったり、騎士の人だったり、知らない貴族の人だったりしたけど、それでもみんな紗夜達を助けてくれた。
でもあの時は1人だった。
みんな自分のことで精一杯で誰も助けてくれなかった。
当然だ。
国の存亡が掛かってるんだから。
弱い者を置いていくのは当然。
強者が勝ち、弱者が負ける。
強者は生き、弱者は死ぬ。
実に単純明快。
当たり前の世の真理。
自分が気付かなかっただけで世界はそうやって動いていた。
地球だって、日本だって例外ではなく、自分が知らなかっただけで今までずっと、そうやって回ってきた。
そのことをようやく知った。
「た…すけて……」
誰も気付かない。
否、気付いてもどうすることもできない。
次第に周りから人はいなくなって、廊下にポツンと取り残された。
両開きの窓は炎で赤く染まり、内側からでも熱を感じる。
城下町は既に火の手が上がっており、そこから金属同士がぶつかりあう剣戟の音が聞こえる。
騎士団は皆で払っていて城にいるのは僅か。
その僅かも今は国王の護衛をしているのだろう、近くに人影は見えない。
わあぁああああああと叫び声が聞こえて通路の曲がり角から数人の鎧を着込んだ男が飛び出してくる。
やだよ。
死にたくない。
こんなところで死ぬなんて嫌だ。
誰も知られずにひっそりと殺されるなんて。
「すっ、スキル……」
うまく言葉が出ない。
戦わないと。
今まで訓練してきたのに。
なんでできないの?
膝が動かない。
立って。
立ち上がって。
お願い、動いて!
涙で顔がぐちゃぐちゃになる。
前が見えない。
それでも敵が近付いてきているのは分かった。
涙を拭って床を這う。
逃げようとしたのだ。
でも思うように動けない。
後ろで嘲笑うような声が聞こえた。
馬鹿にしているようで、いつまで経っても痛くない。
すぐ後ろで笑っているのだ。
どうせ何も出来ない、と。
勇者のくせに惨めだな、と。
悔しい。
辛い。
なんとかやり返したい。
どうにか反撃を。
「うあああああああああああああ!!」
今まで出したことのないような大声を上げながら拳を振りかぶった。
普段なら女の子らしくないと思ったかもしれないけど、その時はそんなことどうでも良かった。
倒せ、コイツを。
どうにかして、生き延びろ。
当たる。
無防備な顔面に。
そう思った瞬間。
腹に強い衝撃が走った。
「ゲホっ!!」
ボールのように床を跳ねながら飛ばされる。
壁に背中から強くぶつかってようやく腹を蹴られたのが分かった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
苦しい。
誰か。
助けて。
「ゲホっ!!ゴホっ!」
声が出せない。
ゆったりと歩いてきた男が再び腹を蹴った。
そして男が手に持っていた槍が軽く紗夜の肌を切り裂く。
全身にいくつもの筋が刻まれ、血が流れる
痛い。
とても痛い。
でも言えない。
悲鳴すら出せない。
「ごめん、なさ、い……助けて……ください」
自分は勇者だと分かってる。
負けちゃいけないと分かってる。
でも紗夜は必死に懇願した。
助けてくださいと何度も呻く。
なかなか声に出来ない。
「ごめん、なさい……」
ゲシゲシと何度も踏みつけられる。
着ていた制服が土で茶色に染まっていく。
頭を踏みつけられるが、どうにも出来ない。
だって弱いから。
なんとかなると思っていた。
危なくなってもどうにかできると。
でも違った。
そんなのは甘い幻想でしかなくって、現実はもっと辛い。
男が制服に手をかけた。
脱がされると思って必死に抵抗する。
手足をバタバタとさせて服から引き剥がそうとするが、一向に退く気配はない。
他の男に手足を掴まれて床に押さえつけられる。
身を捩ってどうにかしようとするが虚しい抵抗だった。
「たすけて……」
涙が再び溢れた。
鮮血が舞う。
男達の悲鳴が聞こえた。
手足が自由になったので身を守ろうと足を手で抱えて必死に蹲る。
怒号が聞こえ、剣戟が響いた。
しかし、それも僅かのこと。
それは次第に悲鳴に変わり、直じきに静寂へと変わった。
うっすら開いた瞳に光が差し込む。
「だれ……?」
涙で顔が見えない。
自分と同じくらいの背の人だと言うことだけは分かった。
「だれ、です……か」
もしかしたらクラスメイトかもしれない。
感謝を伝えないと。
ありがとうって。
手足が動かない。
顔も動かせない。
助けてくれた誰かは何も言わずに乱れた紗夜の衣服を直す。
幸い、来てくれたのが早かったので何もされず、そこまで衣服も乱されてない。
何か言わないと、と思っていると抱き抱えられて壁にもたれかけさせられる。
そして顎をクイっとあげて口を開かせると何かを流し込んだ。
紗夜を気遣ってくれているようでゆっくりと優しく緑の液体の入った瓶を傾けてくれている。
「毒じゃない。安心して全部飲み込んで」
目の前の誰かが初めて喋った。
声から男の子だと分かった。
聞いたことがあるからクラスメイトだろう。
でも、さっきの出来事のせいでうまく思い出せない。
だれだったかな。
言われた通り全部飲んだ。
ちょっと苦かったけど飲めないことはない。
知っているような味だったが、どこで知った味なのかはわからなかった。
次第に全身の感覚が戻ってきて痛みも引いた。
回復薬だったのかもしれない。
訓練中に飲んだやつかも。
朦朧としていた意識がはっきりしてきた。
それを感じ取ったようで隣にしゃがみ込んでいた男の子が立ち上がった。
少し距離をとってこちらに手をかざす。
攻撃されるのかと思って手をクロスさせて頭の前に出した紗夜を見て、
「君を城から出すだけだから。頑張って逃げて。僕はまだここにいないと」
そう言った。
「待って!一緒に行こっ」
烏滸がましいお願いだということは分かっている。
ここまで助けてくれたのにこれからも守ってもらおうとは。
自分で言っておいて自分がびっくりする。
それでも彼のそばにいると安心できた。
ずっとそばにいたいと思った。
「断る。僕はまだ、逃げれない」
すげなく断られる。
返事を聞いてつい謝りそうになる。
「謝罪はいらないから。だから頑張って。いつか会えると思うから」
彼の声に心が暖かくなる。
「じゃ、やるよ」
そう言うのと共にかざされた右掌に魔力の光が集まる。
それを見て、大切なことを言ってないことに気付いた。
「待って!最後にっ!」
少年の手が止まり、首を傾げる。
「ありがとう!」
出来るだけ、今できる精一杯の笑顔を浮かべて感謝を伝える。
多分うまくできてない。
未だに顔は涙でぐしゃぐしゃで顔が見えない。
でも、それを聞いた少年の顔が少し綻んだように見えた。
再び光が集まって今度こそスキルが発動する。
「【空間転移】」
次の瞬間、紗夜は森の中にいた。
二章最初らへんのエピソードで、優人が誰かにありがとうって言われたみたいなことを書きましたが、言ったのは紗夜です。