2ー59 心からの、感謝を貴女に
とある方から名前のルビがなさすぎて名前がわからないとクレームが届きました。
綾井純恋
綾井遥香
梶原優人
です。
ついでに、
出原奏
天野竜聖
です。
以後気をつけます。
裏路地での一件の後、奏とは一旦別れた。
レベルアップを急いでいるとかどうとか言ってさっさと何処かへ飛んで行った。
夕食も食べ終わったし、いい時間だったので何をするでもなく、僕らはそのまま宿屋『憩いの森』に戻ってきている。
既に夕食を摂れる時間は過ぎているので夕食を取るかどうか聞かれることはなく、そのまま2階の自室へ向かう。
因みに、今は男女で別部屋だ。
実際に体験してみるとわかるが、女子と同室でなんて休めない。
むしろ疲労が溜まっていく。
緊張はあるだろうな〜と、思ってはいたが、疲れるのは予想外だ。
一緒に寝てちゃんと眠れたのは宿に来た初日だけだった。
今まで読んだどの恋愛小説にも書かれてなかった新事実だ。
まあ、恋愛小説に『彼女と一緒に寝たら疲労が溜まる』なんて書いてあったら興醒めだが。
そんな小説、誰も読まないだろう。
最早、バッドエンドがほとんど確約されている。
添い寝に緊張する主人公様はいても疲労を覚える主人公様はいない。
ベッドに腰掛けながらそんなことを考えているとコンコンと軽いノックの音が響いた。
「あの、今いいですか?優人くん」
「いいよ」
そう答えながらドアノブを捻ってドアを引く。
ゆっくりと純恋が部屋に入ってくる。
今まで何度かこの部屋に入れたことはあるが今夜の彼女は今までと違った。
彼女はパジャマ姿をしていた。
薄いピンク色のモコモコパジャマ。
露出の少ない健全なパジャマだからよかったもののこんな格好で部屋に来たのには少なからず驚いた。
「どうした?なんかあったっけ?」
「………」
部屋に入ってドアをきっちり閉めた彼女は何も言わずに僕の手を引きベッドに行く。
「は!?え?ちょっと!?」
「いいから来てください!」
ほんのりと怒気を孕んだ声色に目を見開く。
「はいっ!そこに座って!………違う。正座っ!ベッドの上でいいから正座!」
半ば無理やりベッドの上で正座させられる。
それを見届けてから、ベッドに上がった純恋が対面で同じように正座する。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
暫しの沈黙。
たっぷり20秒経った頃にやっと純恋が口を開いた。
「説教です」
たった一言。
正直、訳分からん。
何か悪いことをした覚えはないし、今日のお出かけも完璧には程遠いものの、楽しめた。
それに純恋はそのくらいのことで怒るような奴じゃない。
付き合いは短いが、そのくらいは分かる。
「何に怒っているのかわかりますか?」
誤魔化すわけにもいかないだろう。
第一、誤魔化したところで見逃してくれるとは思えないし。
「わかりません」
自然と緊張で口調が変わる。
「はぁ………」
失望したかのように小さくため息をつく純恋。
その姿にイラついてつい、口調を荒げてしまった。
「一体何に怒ってるんだっ!俺には分からん。何が悪かったんだっ。いきなり部屋に来たと思ったらなんだよ説教って!」
そう言い切ってから失敗に気付く。
「あ、いや、その……」
失敗した。
僕に非があるんだったら今のはアウトだ……
「あなたが何を考えて戦ってるのかは知りました!なんで黙って1人で全部しようとするんですかっ!!ここまで一緒にきたんですから少しでも頼ってくださいっ。なんであんな大事なこと黙ってたんですか!あなたが悲しんでることも知らずにっ……大切な人が遠くに行ったことも知らずに私たち頼ってばかりで……」
「いや、でもそれは……」
口を挟もうとするも、追及によって阻まれる。
「それに優人くんは他の人のことばかりで自分のことはほったらかしにして……それにっ!みんなを自分が幸せにするとか馬鹿なこと言っときながら自分の幸せはほったらかしで!私は……私も他のみんなも、あなた1人が私たちの代わりに犠牲になるような幸せはいりません!!私は………」
一瞬言葉に詰まる。
自分が熱くなっていたことに気付いたらしい。
自らを落ち着かせるように大きく深呼吸してから再び口を開く。
「あなたがどう思っているのかは知りません。でも……少なくとも私にとって優人くんは大切な人です。大切な人なんです」
そう言いながら僕の手を両手で優しく包み込む。
今の気温は低いし、暖房機器も当然ないのに、彼女の手は暖かかった。
そのまま軽く手を引かれて抱き寄せられる。
抵抗することは簡単だった。
でも、しなかった。
緊張はなかった。
でも、心の中では彼女の言葉に揺さぶられた気持ちが苦悩をもたらす。
「泣いていいんですよ」
慈愛に満ちた声が耳朶を揺らす。
純恋は多分、全部知ってる。
証拠はないけど、僕にはわかる。
なんでかは知らないけど、多分、知ってる。
蓮斗のことも、もしかしたら誰にも話してないあの嫌な思い出のことも。
「辛かったですよね。……もう1人で悩まないでください。私も、遥香も優人くんを助けますし、支えます」
全てを知って尚、そのことを聞かこうとしない優しさに目元が熱くなる。
「みんなで幸せになりましょう」
気持ちが大きく揺さぶられる。
もう既に目元には涙が浮かんでいる。
彼女に救われた。
今や胸中に苦悩はなく、忸怩と悔悟と感謝で溢れている。
"ありがとう"
気付いてくれて。
救ってくれて。
正しい方へ導いてくれて。
叱ってくれて。
そして大切と言ってくれて。
過去の光景が再び蘇る。
全身を真っ赤に染め上げて倒れてゆく親友。
あの時から自分の存在意義を考え続けてきた。
何のために今の自分はあるのか。
何を為すべきなのか。
何のために生きているのか。
一体、何のために?
一体、誰のために?
あの時からずっと、ずっと。
いや、もしかしたら随分昔のあの頃からずっと考えてたのかもしれない。
あの日、嘲笑を一身に浴びた時から。
世界が灰に染まった時から。
やっと見つけた。
やっとわかった。
僕の生きる理由。
戦う理由。
胸裏で精一杯感謝を伝える。
『ありがとう』と。
次の瞬間、大粒の涙が瞳から溢れた。
次回は純恋視点の裏話です。
優人の過去はまだまだ先です。