2ー55 偽神の戯れ
新キャラの登壇です!
<出原奏視点>
俺は今、国都の巨城の廊下を走っている。
どこまでも続く長い回廊には夜にもかかわらず灯りはなく、どこまでも真っ黒な闇が続いていた。
副館から続く大回廊にはほのかな月光に照らされて、思わず足を止めてしまうような美しい光景が広がっていた。
だが、今はそんな事はどうでも良い。
そんなことより急がなければ。
暗闇というものは多くの場合、人を不安にするものだが、今の自分に不安はなかった。
それに、俺にとっても灯りがないのは好都合だったし、わざわざ無駄な魔力を垂れ流してまで他人のために動こうとも思えなかったのでそのままにしておく。
少し焦りが行動に現れていたようで、歩幅と速度が少し上がる。
床は魔術製の石質素材でできているようだが、通路と同じように延々と続く緋色の絨毯のおかげで足音は立たない。
その静けさが焦りと重なって更に加速しようと足が前に進む。
移動しながら、先ほどからずっと喧しい音を立てている銀の鎧に手をかける。
手探りで接続部を探り当てると、かちゃかちゃと金属音が数度なった後、ゆっくりと外れた。
そのまま全部の鎧を脱ぎ捨てると床に投げ捨てた。
大きな金属音が響くと思っていたが、絨毯のおかげか誰かに聞かれた様子はない。
まあ、聞かれる恐れがないのは分かりきっている。
だが、どうしてもこそこそ行動している以上、周りの目を気にしてしまう。
「俺は密偵とかスパイには向いてなかったな……」
そう言いながら自虐的に顔を歪める。
……それにしても彼らがこんなことを考えていたとは。
今更後には引けないことは分かってはいたが、実際に自分が関わっているとなると、驚きもひとしおだ。
俺は今からこの国を出る。
勇者としてこの世界に召喚されて以来、長い間力を押さえ込んでいたが、これからはその必要もなくなる。
長い束縛生活ももう終わるのだ。
まあ、考え方によってはこれからは自由ではなく束縛の重ねがけとも取れるが、今の俺にとっては些事だ。
『自由に動ける』ということが大切なのだ。
新たな生活に想いを馳せつつ、右手を開く。
そして一言。
「【世界の書】」
スキル・【本】。
それは勇者ーー否、元勇者である出原奏が持つスキル。
その力は【世界の書】の召喚ただ一つ。
【世界の書】とは神話にも登場する有名な書物である。
主神を含む全ての神が力を込め、それを土の女神が創造の力によって顕現させた世界に一冊の、天界も含め宇宙に一冊の書、それが【世界の書】。
奏が出せる世界の書はそのレプリカ。
しかし、レプリカといえどもその力は強力無比。
スキルの強さとしては今季の勇者の中は10指には入る。
基本的にスキルに優劣はないとされていて、全ては使い方と使い手次第とされているが、例外も存在する。
例えば天野竜聖の【創造】だったり。
例えば梶原優人の【進化】だったり。
例えば天下井愛斗のアレだったり。
これらこそが最上位とされるスキル達。
残念ながら【本】はここに含まれない。
しかし、それでも強さは他と一線を画す。
まあ優人の場合、今はまだ【宙】自体が弱いし、もう一つの能力ーーメインスキルの方を優人が全くと言っていいほど使えてないため『普通』の部類のスキルに入っているが。
世界の書とは全ての事象が記されていて、全ての事象を自在に操る書。
神ではない生き物の身には重く、大きすぎる力を得ると体が崩壊してしまう恐れがあったので彼に与えられたのはその劣化版。
その能力は、
一、全ての神から加護と祝福を得る。
二、全ての事象の一部に干渉できる。
このたった二つ。
それなのに強力無比。
更に、スキル自体に状態異常に干渉する力はないにも関わらず、多すぎる祝福が状態異常を完全に弾く。
純恋の【浄化】が持つ、自身の状態異常完全無効となんら変わりない。
【浄化】と比べると、拡大解釈ができない分だけ劣っているが、それだけだ。
仮に帝都結界内に蔓延しているファレインタルムの洗脳の影響下に入っても問題なく行動できる。
短い詠唱と同時に、掌を上に向けた左手の上に一冊の分厚い本が顕現し、ページがパラパラと勝手に捲られる。
本はぷかぷかと宙に漂い、自在に動く。
開かれた場所にあるのは一つの魔法陣とびっしりと書き込まれた読めない文字。
使われている文字は全て神族が使う未知の文字。
文字の一つ一つに莫大な力が宿っているらしい。
『らしい』と言ったのは、神界に関することは殆ど記されていないからだ。
オリジナルに対するレプリカの劣点である。
「我願う 我に導きの祝福を」
発声と共に開かれたページにある文字が次々と光を放つ。
文字同士が交わり、結合し、一つのページを新たに作る。
そして、紡ぎ出された短い詠唱と共に我が身に純蒼の光が降り注ぐ。
与えられたのは導きの女神の祝福。
生まれながらに欠けていた天性の方向音痴をこの加護で正す必要がある。
本当に、魔力の無駄遣いだ。
目指す方を勘が知らせ、その方向に視線を向ける。
これ以上この閉ざされた城で出来ることはない。
したい事はあるが、今の自分では力不足だった。
「いつか戻ってくるから。それまでどうかこのままでいて」
そう言って回廊の端に見えたホールに向かって走る。
今、俺がいるのは2階の大回廊。
副館から本館に移動中だ。
その目的地とも言える場所、本館。
その手前にある回廊と本館の接続部である大尖塔。
その尖塔の2階ホール。
そこのバルコニーを目指していた。
なぜなら、飛んで目的地に向かうため。
なぜ副館や回廊の窓から外に出ないのかというと、副館と回廊の窓は大抵嵌め殺し窓になっている。
それにサイズが小さい。
窓ガラスを割って外に出る手段もあるにはあるが、回廊を抜けた先に飛翔に好都合のバルコニーがあるのだから、わざわざ直せもしない物を壊す気にはなれない。
そういった理由だ。
月光で淡く輝く尖塔ホールの妙な美しさに小さく舌打ちしつつ、足を止めずに目的地に。
そして手摺りに片手をついて軸とすると、身体を横回転させてそのまま大空へ躍り出た。
「我願う 我に天使の大翼を」
服の背中部分を突き破って1対の純白の翼が顕現する。
動きを調整するように軽く2、3回パタパタさせた後、大きく空に舞い上がった。
「我願う 我に隠蔽の御力を」
隠蔽の神の力を行使してさらに見つかりにくくする。
今までは感知できていた魔力もこうすることで見えなくできる。
目的地までの道中、どうしてもフレーデンやローデリアなどの街の上空を通過する必要がある。
他の取るに足らない小都市は問題ないだろうが、この二つはまずい。
だからこその隠蔽だ。
勇者のスキルに不用意に見つからないようにするための。
移動に特化した体は音速に迫る速度で草原を駆け抜ける。
目指す場所は初めから決まっている。
あの独特の魔力の波長……おそらく、というか間違いなく勇者がいる。
目的地と考えて問題無いだろう。
分からないことばかりだけど、不思議と不安はない。
大丈夫。
自分は強い、などと自惚れるつもりはないが、自分ならきちんと目的を達成できるはず。
だって、俺はこんなにも神に愛されてるんだから。
静かな闇夜に色とりどりの光が舞い散った。
【本】を順位付けするなら大体上位スキルです。
因みに【宙】は普通です。だって最大火力の衝撃波は味方まで巻き込むし、探知は不完全だし、見えない弾丸もちょっと強い魔法使いはよっぽどのことがない限り気付きますし、【固形大気】は脆いし、【空間固定】は雑魚にしか使えないし、領域もまだまだ未熟だし、回復性能無いし。
強くなってからも使えるのは転移技とモノリスくらいですね。
優人のスキル覚醒はまだ後です。流石に最上位スキルがもう完成したら面白くないので。
それから天下井愛斗の登場もまだ先です。