1ー6 規格外か、出来損ないか
召喚から数日後、僕は人に呼び出されていた。
誰にかと言うと、この国のお偉いさんだそうだ。
当然、お偉いさん本人が僕を呼びに来るわけがなく、そのお偉いさんの側近を名乗る人物が部屋を訪ねてきた。
だから僕に会いたいと言った本人の顔は知らない。
別に知りたいわけでもないけど。
二十歳を過ぎたくらいの青年に連れられて長い長い廊下を歩くと、一つの部屋に通された。
扉が開くと同時に、半ば強引に頭を押さえつけられながらお辞儀をさせられると、そのまま部屋の中にこれまた強引に押し込まれる。
お前ら僕らを勝手に召喚したこと、忘れてんじゃねえだろうな。
今以上の特別扱いを求めるつもりは毛頭ないが、今の扱いには少しイラッとした。
「よく来たな、勇者よ。では今すぐ私について来い」
部屋の中で一際大きなソファーに乗っていた、でっぷりと太った男はそう言った。
『異世界の貴族といえばこう』というのを体現したような身体となかなかにこちらを舐めた発言。
そして趣味の悪いギラギラとした装飾品を目一杯身につけて、一歩歩くたびにじゃらじゃら鳴らす。
今すぐ帰りたい。
本気でそう思った。
***
どこに連れて行くつもりなのかと警戒していたが、杞憂だったらしい。
着いた場所は小広間というようなこぢんまりとした部屋だった。
質素という言葉が似合うような部屋だ。
僕を連れてきた貴族の男がじゃらじゃらといろんなものをぶら下げているため、調和が取れてないというか、なんというか、違和感が半端ない。
貴族の男は上座に座る男に恭しく一礼すると下座の最上位の席にどっかりと勢いよく座った。
椅子がミシッと小さな悲鳴を上げたのは僕の聞き間違いではないと思う。
「礼をせよ無礼者」
お前が礼をしろ、無礼者。
これまたいかにも貴族な発言が部屋に響き渡った。
発言したのは既に着席していた男だ。
部屋には今7人の男がいる。
そのうち1人は知っている顔で、エルリア国王。
他は知らない。
白衣を着ている人もいるから、何かの研究機関の人ではないかと思う。
その内の1人が先ほどの言葉を発した。
「知らぬとは言わせぬぞ。貴様は既にこの方に会っている。さっさと礼をせよ、勇者」
会ったと言われても、一方的な言葉だったから覚えてない方が自然だと思う。
ふざけんな。
巫山戯た言葉に再び頭に熱が上るが、深呼吸一つでそれを抑え込む。
反論したところでこういうやつは謝らないだろう。
下手に出る方が余程効率的だ。
目一杯慇懃無礼な礼をしてやろう。
「申し訳ございません。些か緊張しておりまして「いいからすぐに礼をせよ!」……」
……なんて言えば良いんだ?
礼だけ、というわけではないだろう。
間違えたらまた面倒ごとが起こりそうでウンザリする。
「……おはようございます。本日はお招きくださりありがとうございます」
なんとなく浮かんだそれらしい言葉をずらずら並べて応じる。
それから追加で胡散臭いキラキラの笑顔もオマケしてやる。
さあこれで満足か?
「うむ。よくぞ来た」
敬われて当然といった態度で国王が応じる。
そう言えば未だに名前知らないな。
受け答えに支障がなかったらいいんだけど。
名前何ですか?って聞いたら絶対ブチギレるだろうなぁ……
……めんどくさ。
そんなことを思っていると、さっきの太った貴族が話しだした。
「エルリア王国侯爵家当主、ゲオルク・トレス・エノーである。これから貴様のスキルの調査を行う。貴様はそこでじっとしていればよい」
侯爵家当主を強調するあたり、自分の身分に過剰に自信がある感じの貴族か。
公爵と王族がその上に君臨しているとはいえ、侯爵は上級貴族。
権力があるのは間違いない。
だからここまで傲慢になれるのだろう。
それから、調査か。
確か【進化】は新発見スキルだ、って言ってたな。
だから調査か。
本当に『調査』ならいいんだけどな
しばし、沈黙。
まあ、僕に拒否権ないしな……考えるだけ無駄か。
僕を使って何か企んでいるのでは?と思ったが、思ったところで僕にはどうしようもない。
ここで逃げたら多分、僕は叛逆者となるだろう。
多分、というより確信に近いけどな。
「かしこまりました」
端的にそう返すと、椅子に座ることも許されず壁際に並んで立っていた白衣の男たちが、前に座る傲慢な男たちとの差を示すかのような粗末な椅子に座る僕を取り囲み、何やらゴソゴソと機械を取り出して取り付け始めた。
……こうやって騙されて人体実験に駆り出されるんだろなぁ……
暫くすると、機械を設置し終えたようでわずかに研究者の人たちが距離を取った。
「ステータスと言いなさい」
「ステータス」
そして展開された半透明のプレート。
それは僕の知っているソレではなかった。
「なっ……」
ついつい声を上げてしまう。
案の定、周りから厳しい視線が飛んでくる。
まあ、叱られなかっただけよしとするか……
情けないな、勇者なのに。
展開された知らないボードを見ても、貴族の面々の顔に驚きはなかった。
よくわからずに首を傾げると、こちらを小馬鹿にしたような深いため息を吐き出した白衣の男が教えてくれる。
「これは詳細鑑定の魔術具です。無知な貴方方は知らないかもしれませんが、ただのステータスボードではわからない詳細な情報を教えてくれる魔術具です」
知るわけねェだろ。
何が無知だ。
ふざけんな。
「そして貴方のスキルの結果は……」
そう言いながら視線を機械に戻した彼の表情が凍りついた。
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詳細鑑定
スキル……【進化】(天候操作)
効果
進化条件を満たすことでサブスキルがさらに上位のものへ変質する。
サブスキルの進化の系統は初期に入手したサブスキルの系統となる。
あくまでこのサブスキルは補助の能力で、スキル本体の権能の本質は(3*(h)*f#k:¥(€)#である。
進化の過程は『〆'々;j@6と共に進み、それに[£^んへ¥]$[£:}々"6。
これを与えた神は]&*^€]".』@神である(-*k「7*@fcである。
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何も分からなかった。
重要な情報は全てベールに包まれ、詳細鑑定を使ってなお、分かったことは【天候操作】がサブスキルと呼ばれるものであり、その力がメイン能力ではないということだけ。
「これは……どういう……」
白衣の男の額にはびっしりと汗が浮かび、見るからに焦っていた。
その場で暫く唸った男は諦めたかのように上座へ近付き、王に何かを伝える。
そしてその王の顔が僅かに赤に染まったように見えた。
「……退出を許可する」
やがて聞こえたのはそれだけだった。
「え?」
あまりに小さな呟きだったため、聞き逃してつい聞き返してしまう。
「退出を許可すると言っている!今すぐ部屋に帰れ!」
そして響き渡った大音声。
その直後、怒声と共に僕は部屋を追い出された。
傲慢で嫌味な貴族ばかりではありません。
この国にも善良な貴族はいます。