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星使いの勇者  作者: 星宮 燦
第二章 幻帝戴天
59/248

2ー43 生きる屍 ■■ ■■

話が動きます!

 薄暗い部屋。


 ここはロルニタ帝国地下、今は忘れ去られた秘密の牢獄。


 勇者の実験を目的とした巨大地下研究所の被験者収容所の一室。


 周囲には強固な結界が幾重にも張り巡らされ、スキルを封じる魔術もかけられている。



 まさに勇者専用の牢獄。





 床は粗末な石畳でそこら中から悪臭が漂うような誰も近寄らない秘密の部屋。




 そこら中に夥しい数の拷問具が乱雑に投げ捨てられていて、床や壁面には血痕も見られる。





 机が二つ。

 一方は血によって真っ赤に染め上げられており、きつい腐敗臭漂う肉片のような何かが置かれている。

 逆にもう一方には不自然なほど傷ひとつなく、きれいな身体が置かれている。


 背の高さは大体高校生くらい。

 そんな息一つしないきれいな身体がそこにあった。





 真っ赤に染まった薄暗い部屋で一人の人間が生を享けた。




「ん〜〜。ま、こんなもんかな」


 生まれたばかりにも関わらず、そんな可愛らしさの欠片もないことを言いながら机の上の身体が動き出す。


『ん〜』と唸りながら四肢をばたつかせ、手を握ったり開いたりすること数百回。

 ようやく感覚を取り戻したと言わんばかりに納得の声を上げ、今度は机に手をつく。



 そして、寝返りを打つようにしてクルッと器用に一回転し、そのまま机から床に落下する。


 机の高さはそれほど高いわけではないが、それでも1メートル近くは高さがある。

 落下の衝撃を全身で受け止めた幼体は「グエッ」と苦しげな声をあげて暫し固まる。


 それから再び寝返りを打ってうつ伏せになる。


「フウッ……ぐっ……ぐ、があああ……」


 両手を床につけて必死に二本足で立ちあがろうと呻く。

 若干身体が浮き、時が止まったかのようにその場で動きが止まったかと思うと、両手の筋肉がプルプルと震えだし、いきなり肘が曲がって再び身体が床に打ち付けられる。


 再び潰されたカエルのような声をあげる大きな幼児。



 暫くそのままのうつ伏せの姿勢で止まったかと思うと、三度目の寝返りでなんとか横を向く。


「分かってはいたけど……筋肉は全部リセットかぁ〜〜惜しいなぁ……それにちょっとめんどくさいな」


 そう呟いて今度は右手をギュッと握る。


「魔力は……だいぶ減ったな。……いや、前が多すぎたって感じかな?」


 自虐するかのように歪んだ笑みを浮かべて笑う。


「あははっ……弱くなったなぁ……これでもかってくらいに……これ以上ないくらいに……」


 横向きのままズリズリと身体を引きずって壁際まで寄る。

 床に接していた部分の肌が破れ、血が流れるが気にはならなかった。


 ふと、視線をあげる。


 目に映ったのは壁に嵌め込まれている手錠型の拘束具。

 強力な魔法が幾重にもかけられていて、非常に頑丈だ。

 カチャンカチャンと乾いた金属同士のぶつかる音が部屋に木霊す。



 僕が無様に何もできずに死んだ理由のひとつ。



 己を長年苦しめた拷問具たちを睨みつける。




 苛立ちを抑えきれず、腕を振り上げて思い切り手錠を殴りつけるが輪っかが壊れる気配もなく、鎖が千切れる様子もなく、ただただ赤黒い傷跡だけが腕に残る。



 血が滲む。

 だが、痛いとは感じなかった。



 痛みなんてもう飽きた。

 怪我なんて気にならない。


 何度も何度も鞭を振るわれ、棒で叩かれて身体中が傷だらけになり、肉が削げ落ち、骨さえ見えた。

 悲鳴を出す暇なんてどこにもなかった。

 痛みに耐えるだけで精一杯。

 それ以外何もできなかったし、考えれなかった。




『生きのびる』




 それ以外頭になかった。





 ずっと耐え続けた。

 ずっと苦しみ続けた。

 ずっと泣いてた。

 ずっと待っていた。

 ずっと願っていた。




 彼女だけは救いたかった。

 なんとしても。

 代わりに自分が何を失ったとしても。





 生きていて欲しかった。

 彼女だけは………






 もう一つの血塗られた机を振り返る。

 あの時の映像が蘇る。


 死んで尚、忘れることはできなかった。

 今でも瞼の裏にしっかりと焼きついている。


 目を閉じれば昨日のことのようにありありと思い出せる。



 壁に寄りかかりながら、文字通り死力を振り絞ってなんとか立ち上がり、そのまま壁にもたれかかる。



 そうすれば座っていた時には見えていなかったものが見えた。


 腐った肉塊。


「あ"あ"っ」


 うまく声が出ない。


「あっあっぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああっああああああああああああああああああああああああああッ、うぁぁあああああああっ!!」


 息が苦しくなって咳き込む。

 あの光景を思い出して涙と共に吐き気がする。



 守りたかった。

 救いたかった。

 どうか、どうか、アイツだけは助けて欲しかった。



 過去に見たはずのその肉塊に指を伸ばす。

 グチャッという不快な感触がして、咄嗟(とっさ)に指を引っ込める。


「ひっ、あっ!!」


 吐き気はするが何も食べていないためか何も出てこない。



 カシャンと何かが壊れる音が聞こえた気がした。

 本能でそれが心が壊れた音だと悟る。



 アイツの血。

 死んだアイツの。

 もう戻ってこない。


 そこら中が赤いのはアイツの血のせいだと思い出す。

 立つこともままならなくなってぺたんと床に座り込む。


「あっ、はぁっ、あっ!!」



 涙が溢れる。

 洪水を起こしたかのように辺りを濡らす。





 今の自分にあるのは強い後悔と深い憎悪だけ。




 許せなかった。

 僕らをこんな目に合わせた奴らが。

 僕らを見捨てたあの王国が。

 僕らを救おうとしなかった世界が。

 自分勝手な理由で僕らを召喚して、僕らが窮地に陥った時に手を差し伸べなかったこの世界が。



 憎い。



「全部ぶっ壊してやる」



 いつのまにか涙は止まっていた。


 あの頃の力はもうほとんど失ったが()()だけはなんとか継承させた。

 全く同じものは残せなかったが、それでも強力な力を残せた。



 自分ならできる。

 そう、確かな自信を持って懐かしい言葉を吐き出す。


「ステータス」


 自分の前に半透明のウィンドウが開く。

 ステータスボードが開き、直後もう一つのボードがステータスボードの上に展開される。


『肉体創造時の契約に従い、スキルを与えます』


『スキル・【拒絶】』


『貴方の将来が明るいことを願います』


 簡潔な言葉が3行表示され、体が何か変化を起こしたのが分かった。


 上にあったウィンドウが消えてステータスが見えるようになる。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 《ステータス》

【?】



 種族 原獣種


 LV1


 HP:10

 MP:9

 攻撃:5

 防御:5

 体力:11

 速度:8

 知力:9

 精神:534

 幸運:4



 スキル……拒絶



 補助スキル

 攻撃耐性

 痛覚麻痺



 称号

 生きる屍

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ああ………名前決めないとな」


 そう言って虚空を眺めること十数秒。


「前の名前でいいかな」


 そう結論づける。

 前の名前は気に入っていた。

 厨二病くささがある名前だがそれでも気に入っていた。

 何よりアイツが好きだと言ってくれた名前だから。

 それに、今からやることに1番似合っている。



 なにしろ、今からするのは世界への復讐なんだから。




 懐かしい名前を口に出す。

 お気に入りの名前。

 数百年間使われることのなかった懐かしい言葉。

 復讐者に1番似合う名前。


 自分の憎悪を名前に込める。


 そして言う。
















「名前は、天野竜聖」
















 彼の名前は天野竜聖。


 200年前、エルリア王国によって召喚され、恋人を救うためにロルニタ帝国にわざと捕まり、その恋人さえ守れなかった後悔と罪悪感に押しつぶされた男。


 召喚から捕縛までの半年にも満たない短い期間に【創造】スキルで熾星終晶刀をはじめとする多くの神器や古代魔術具(アーティファクト)のレプリカを作り出した麒麟児。


 そして、壊れた心を持ち、世界への復讐を誓う男。






 彼の復讐劇が今、始まった。



壊れた愛。

崩れた心。

濁った権能。


彼を支えるものはただそれだけ。



在りし日の契約により、彼の魂は200年の時を超えて回帰する。


その姿にかつての面影はない。

その心にかつての優しさはない。


最愛の死を()の当たりにした末に生まれた狂った怪物。

あの日の輝きを失ってなお、その心に偽りはない。


その志は違えども。

歩む道を踏み外しても。


彼の足取りに迷いはない。



僕はこの世界が大嫌いなんだ。

全部ブチ壊したいくらいに憎んでるんだ。


矛盾を世界に突きつけて、彼は遂に目を覚ます。

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