1ー4 鑑定と暗雲
親友・古宮蓮斗
一通り思いを巡らせた後、優人は再び視線をベッドの上の物品に戻した。
しかしまず先に興味を持ったのは、中身ではなくそれらの物品が収納されていた袋だった。
袋はそれほど大きくない。
それに、短剣が入っていたとは思えないほど重さを感じない。
中を覗いてみると、そこには黒の絵の具で塗りつぶされたかのような漆黒が広がっており、優人は思わず身を仰け反らせた。
同時に、王女の話を思い出す。
「ああ……マジックバックがどうとか言ってたのはこれのことか」
だったら実物を見せて説明してくれればよかったのに。
マジックバックであることを確かめるために腕を袋に突っ込むと、ベルトに固定できそうなサイズしかない袋に、腕がどこまでも吸い込まれていく。
どこかで体が袋に飲み込まれるのではないかと怖くなり、さっと腕を引っ込めた。
怖い袋は一旦放置し、優人は中身に視線を向けた。
特に目を引くのは無色透明な不思議な球体だった。
「あ、そうだ鑑定の魔術具あったんだ」
ポンと手を叩き、魔術具を手に取る。
見た目が虫眼鏡に似ていたため、眼と球の間に挟むように動かした。
しかし、動かない。
……魔術具ってどうやって使うんだろ。スイッチみたいなのがあるのか?
スキル判定の魔術具が、上に手を置くと動いたものだから気にしてなかったが、魔術具の使い方はまだ教わってない。
だが、配ったからには使えないことはないはず。
優人は召喚から今までの記憶を掘り返し、ヒントを探した。
……そういえば、ステータスボードは『ステータス』の呪文で使えたな。
答えは確かにあった。
ステータスボードが『ステータス』なら、鑑定の魔術具は……
「鑑定」
つぶやきと共に心臓から血以外の何かが逆流するような不快感を感じた。
優人は目を見開き、小さい悲鳴をあげて、両腕で身体を抱きしめた。
「う……ぐぅ……ぅア……!」
脳が直接撫でられる感覚があった。
身体に変化が起きたことを理解するのと同時に血液が熱を持ち、不快感を消そうと肌を引っ掻いた。
直後、突然熱が冷めた。
続いて、妙な心地よさが身体を支配した。
「はぁ……はぁ……」
脂汗が枕を濡らす。
突然の体の変化に理解が追いつかず、無意識にベッドに倒れ込んでいた。
「今のが……魔力か……?」
握りしめている魔術具に緑の光が灯っているのが見えた。
「上手く行ったのか……」
安堵の息を漏らし、ゆっくりと姿勢を戻す。
脳が揺さぶられる感覚は残っていたが、不思議と不快感はなかった。
魔術具を手近なものに近づける。
すると、真ん中のレンズのような部分に文字が浮かび上がった。
「おお……すごい……!」
前の世界ではあり得ない光景に歓喜の声を上げる。
表示されているのは銀貨の鑑定結果のようだった。
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エルリア王国大銀貨
エルリア王国内でのみ使える硬貨
日本円にして一枚大体10万円
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「1、2、3、4、5、6、……15枚か。」
150万……羽振いいなぁ。
この上で衣食住は国持ちなのか。
信じられないくらいの高待遇だな。
この国が栄えてるから待遇がいいのか?
少なくとも、遊べる金じゃあないんだろう。
物価が高いのか、それとも強くなるための必要経費なのか。
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防御魔法陣付き衣服 品質C
弱めの防御魔法陣が描かれている服
普通の衣服よりは頑丈だが安心はできない
訓練用に使うと良い
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訓練用ねえ……。
試しに軽く短剣を滑らすが、全く切れない。
鑑定結果に間違いがあるのか、それともこれでも防御としては不十分なのか。
まさかこの世界の生き物はこの服を簡単に切り裂くのだろうか。
これで不十分なら先が思いやられるというものだ。
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魔術師の正装 品質A
魔術師の正装
今はただのローブだが、魔法陣を刻める特殊な素材でできている
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あとで魔法陣とやらを刻めば効果が上がるのか。
すぐに、ってことじゃないだろうからしばらくは放置かな。
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イルテンクロム 品質 EX
意思を持つ魔術具。
十分な魔力を注いだ者を主人と定め、主人の意思を汲んで自由に形を変える金属
密度、質量は共に不明
硬度は上位に入る
破壊はされるが消滅はしない
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EXか……。
「王女様の話じゃ、SSSの上にEX、さらに伝説級のOverがあるらしいけど……Eから数えて10段階以上あるランクの頂点が、なんでここにあるんだよ」
王女ですらOverを見たことがないってことは、EXもかなり希少な物のはず。
「変な感じがするな。あの王族がこんな品を人柄も分からん勇者にホイホイ渡すもんか……?王様の人柄はあんま知らないけど、これは優しさの域を超えてるだろ……」
となると、ランダムでアイテムを与えられてて王族も中身を知らないのか?
いや、それでも普通は中身を確認するだろ。
マジックバックに本人しか開けられないとかいう制約があるのか?
「……黙っとくか。魔術師の正装も黙ってた方が安全だな」
勇者間の格差は後々間違いなく問題の種になる。
少なくとも勇者の立場が安定するまでは大っぴらに使わないほうがいいだろう。
最悪の場合、難癖つけて王様が回収する可能性もある。
優人は未鑑定の装備に視線を向けた。
まず、嫌な予感のする魔術師のローブ。
黒地に青と金の模様が描かれている、いかにも何かしらの効果がありそうな衣装だ。
フードはなく、袖は長くてヒラヒラしている。
肩のやや下あたりには宝石のようなものが嵌っている。
その周囲を金の装飾が取り囲んでおり、留め具となっている。
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魔術師のローブ 品質 AAA
対物理防御魔法陣が組み込まれているローブ。
物理攻撃のダメージの一部をカットする
装飾は魔力経路の役割も果たしていて、魔力の循環効率がわずかに上昇する。
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これも封印かな。
機会があれば、さりげなく他の人の袋の中身を聞いておいたほうがいいかもしれない。
優人は残る装備に視線を向ける。
確認したが、残りは特殊な効果のないものだけのようだ。
優人は疲れた顔で、安堵の息を吐いた。
安心したせいか、唐突に眠気を感じた。
時計らしきものはないが、日はとうに沈んでおり、かなり遅い時間のようだ。
しかし、相部屋の蓮斗が帰ってくる気配はない。
蓮斗───古宮蓮斗は今、他の男子のところでスキルとスターターセットの見せ合いに行っている。
自分も誘われたが、やはり断っておいてよかった。
いきなり話題に上がって問題になってはたまらない。
優人はささっと散らかった物品をマジックバックに片付けた。
そしてそれを枕の下に入れる。
やはり、枕に頭を乗せても違和感は感じなかった。
「久しぶりに、今日は疲れた……」
かつてないほどの激動の1日だった。
不安は確かにある。
だが、まだ深く考える時じゃない。
疲労が溜まっていたようでベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲って来た。
睡魔に抗わず優人は静かに眠りに落ちた。
***
男───高坂翔吾はエルリア王国王都に鎮座するエラルシア城をじっと見つめていた。
王都から遠く離れた小高い山に佇む彼は、王城を部屋の中までしっかりと見ていた。
勇者の様子、貴族の動き、そして数人の貴族と何かを話し合う王の姿まで。
「便利な物もらっちゃったなあ……」
そう、ひとりごつ。
その頬は、酒に酔ったかのように少し赤らんでおり得体のしれない不気味な雰囲気を醸し出していた。
城の魔術師たちが展開している探知結界など、児戯に等しい。
奴らが使う「魔法」などというお遊戯と、選ばれし者だけが持つ「スキル」。
その次元の違いをまざまざと見せつけられているようで、翔吾は笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
「よかったぁ……。ロルニタ帝国に呼んでもらえて!」
両手を夜空に掲げ、恍惚とした表情で夜風を浴びる。
もしこの国に召喚されていたら、あんな貧弱な魔法使いに従えられていたかもしれない。
だが、帝国は違った。
自分たち勇者の力を正しく理解し、そして……崇高な目的を与えてくれた。
「う〜ん、でも今かあ……」
翔吾は唸る。
面倒くさそうに語尾を伸ばして喋っているものの、その表情はどこか楽しげだった。
「もうちょっとだったんだけどなあ。でも今更計画は変えられないし、あの方の命令でこうしてはるばるやってきたんだから、成功させるしかないよね」
彼の脳裏に、帝国の地下で見た光景がよぎる。
召喚の礎となり、物言わぬ肉塊となった多くの奴隷たち。
だが、それは無駄死にではない。
彼らの犠牲があったからこそ、古代魔術具が起動し、自分たちはこうして「正義」を行使できるのだ。
「これが上手くいけば、あの子たちも浮かばれるってもんだよ。僕らは負けない。……古代の叡智と、カノア様の加護がある限り」
洗脳──などという言葉では生ぬるい。
彼の思考は完全に、帝国の、いや『あの方』の理想に染め上げられていた。
「殺しちゃえば問題ないよね。……邪魔な勇者も、この国も」
高坂は立ち上がり、踵を返す。
その背中には、確固たる殺意と狂気が張り付いていた。
帝国の準備は整った。
滅亡の足音は、すぐそこまで迫ってきている。
───物語が、動き出す




