1ー4 鑑定と暗雲
親友・古宮蓮斗
いや、ほんとに何だこれ?
手のひらにあるのは腰巾着と言うような、小さな包み。
袋ちっちゃっ。
どうやってこんなたくさん突っ込んでたんだよ。
とはいえこれ以上の驚きはない。
なるほど、これが異世界クオリティーか。ジャパンよりだいぶ高性能と見た。
っていうか何?無色透明の丸い玉って。
これが勇者スターターセットってのは理解しにくいんだわ。
だが予想では、これはただの玉にあらず。
まず間違いなく魔術具とかいう特殊な玉だろう。
もし万が一ただのガラス玉だったら、迷わず窓から投げてやる。
「っていうか、魔術具ってどうやって使うんだ?」
スキル判定のやつは手を置いたら起動してたけどな。
さっきから、もらった鑑定の魔術具をいじっているのだが、一向に起動した雰囲気がない。
形は海賊が持ってそうな分厚いコンパスみたいな箱型。
ど真ん中に小さな透明の宝石みたいなのがはまってたから、そこをものに押し当てるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
どうせ、この世界ではこの程度は常識だとか言うんだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。
配ったら即使えると思わないで欲しい。
出会いもしないし、覚えきれるわけがない魔物の知識を突然ベラベラ喋る前に基本的な魔術具の使い方を教えやがれ。
ぶつぶつと自分以外誰もいない空間に向かって悪態をつきながら、箱をこねくり回す。
レバーなし、ボタンなし、変な突起なし。
さてどうしよう。
「鑑定?」
ただの勘だった。
だが、偶然にもそれが起動の合言葉だった。
つぶやきと共に身体の中で何かが蠢く気配がした。
おそらくこれがMP───すなわち魔力。
体内にある、未知のエネルギーがぬるりと動く感覚に、若干の気持ち悪さを感じた。
しかしそれは口元を抑えて数秒耐えればなれる程度のものだった。
落ち着いたのを感じてふぅ、と胸をなでおろす。
よかったー!布団に吐かなくてよかったーっ!
あっぶねーっ!!
勝手に蓮斗のベッドに腰掛けていじってたものだから、危うく土下座する羽目になるところだった。
それはさておき。
視界が変化する。
窓を見ると自分の姿が映っており緑の魔法陣らしきものが目にかかっていた。
手元の魔術具の宝石も今は緑に輝いており、その表面には緻密な魔法陣が描かれている。
「おお〜」
前の世界ではあり得ない光景に歓喜の声を上げる。
「えーと?これで見ればいいのか?」
取り出したブツに目を向けると横に説明が書かれていた。
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エルリア王国大銀貨
エルリア王国内でのみ使える硬貨
日本円にして一枚大体10万円
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「ひぃ、ふぅ、みぃ……この、とお、11、12……15枚か。」
羽振いいなぁ。
150万でしょ?
この上で最低限の衣食住は国持ちでしょ?
めっちゃ高待遇じゃん。
遊んで暮らせるじゃん。
───なんてことは流石に考えてない。
そもそも150万円で暮らせるのって、衣食住国持ちでもせいぜい数ヶ月だろうし。
どうせこれで武器と防具でも買えってことだろう。
この金で遊ばせてくれる、なんてことはないだろう。
ありがたいことに僕の頭はお花畑ではない。
いきなり街に繰り出して散財するバカではないのだ。
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防御魔法陣付き衣服 品質C
防御魔法陣が描かれている服
普通の衣服よりは頑丈だが安心はできない
なぜなら古くなって魔法陣が弱くなってるから
訓練用に使うと良い
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訓練用ねぇ……。
まあ陣があるだけマシか。
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魔術師の正装 品質A
魔術師の正装
今はただのローブだが、魔法陣を刻める特殊な素材でできている
陣がないのにこの品質、陣があったら……?
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とどのつまり、この服は強いってことね。
まあ、今はスキル弱いから陣を刻むのはまだ先になると思うからしばらくはしまっとこうかな。
ちなみにランクは最低がE、最高がOverらしい。
下から
E
D
C
B
A
AA
AAA
S
SS
SSS
EX
Over
となっている。
ここら辺はちゃんと聞いたはずだから間違いないと思う。
EXとOverは王女様も見たことないらしく、Overは大陸に一つあるかどうかってくらいで、EXは国に数個あるかどうかってくらいに珍しいようだ。
つまり、お目にかかることはないだろうってこと。
ただ、正式登録されているのがそうであって、詳しくは言ってくれなかったが、昔いたとある勇者が高レベル魔術具のを量産したせいで非公式のがいくつもあるとか。
この城にも非公式のがいくつかある……って言ってた気がする。
この辺は結構聞き流してたから曖昧なのだが。
気を取り直して。
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イルテンクロム 品質 EX
意思のある石(笑)
持ち主が完全に魔力で染めることで主人を定め、主人の意思を汲んで自由に形を変える金属
密度、質量は共に不明
硬度は上位に入る
破壊はされるが消滅はしない
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フラグ回収。
ツッコミどころが多すぎる。
とりあえずとんでもないのはわかった。
「でもなぁ、あの王族がこんな国宝級を人柄もわからん勇者にホイホイ渡すもんかな。王族の印象はそこまで良くないんだけど……」
印象操作もあり得なくはないんだけど、可能性は低いと思う。
となると、ランダムでアイテムを与えられてて王族も中身を知らないのか?
だったらこの皮袋、本人にしか開けられないとかいう便利防犯機能付いてたりすんのかな。
でも多分EX入ってたのって僕だけだよね。
……うん、黙っとこ。魔術師の正装も黙ってた方がいいかもな。
ちなみにもう一つの服と短剣はただの服と短剣だった。
やっと普通がきてちょっと安心した。
最後に魔術師のローブ。
黒地に青と金の模様が描かれている。フードはなく、袖は想像以上にヒラヒラしていて、襟は大きく、例えるなら……中学校の男子制服の襟みたいな感じ?
肩のやや下あたりには群青色で半透明の石……宝石かな?に、金色の装飾が施された留め具があった。
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魔術師のローブ 品質 AAA
対物理防御魔法陣が組み込まれているローブ。
物理攻撃のダメージを約10%カットする
装飾は魔力経路の役割も果たしていて、魔力の循環効率がわずかに上昇する。
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もはや何もいうまい。
さっきのイル…なんとかクロムが凄すぎて大して驚かない。
これも封印かな?
さて僕も疲れて来たからそろそろ休もうか。
ちなみに僕と相部屋なのは蓮斗である。
二人組作ってー、と、ボッチに厳しい号令のもと、仲良し同士で部屋が決まった。
蓮斗───本名は古宮蓮斗と言うのだが、蓮斗は今、他の男子のところでスキルとスターターセットの見せ合いに行っている。
僕も誘われたのだが、行かなかった。
大袈裟な理由はなく、一人で楽しみたいから、とかいうもとボッチの癖である。
……別に僕に友達が少ないわけではない。断じてない。
小さく息が漏れる。
肺の空気が吐き出され、それにつられて僕の体もぐでんと力が抜ける。
「疲れた」
おそらくここ数年で一番。
ちょっとだけ瞼を閉じれば、今にも睡魔が襲ってきそうなほど疲労が溜まっているのが分かった。
蓮斗が戻ってくるまで大人しく待とうと思っていたが、残念ながら耐えられそうにない。
……寝るか。
だから、欲望に身を任せることにした。
いいさ、どうせ蓮斗も帰ってきたらそのまま寝るだろうから。
再び瞼を閉じると瞬く間に激しい眠気に襲われた。
夜だというのに、部屋はランプに照らされて明るい。
でもそのランプを消すことさえ、今は面倒だった。
机に伸ばしかけた手がストンと落ちる。
睡魔に抗うことなく、僕は静かに眠りについた。
***
王都の郊外にある森の中、城の出来事をずっと見ていた『彼』は爛々と輝く目を一度閉じ、再びゆっくりと瞼を上げる。
そこには不敵な笑みが浮かんでいた。
───物語が、動き出す