2ー28 ギルドのテンプレ
領主の城を出た僕たちはその足でそのままあるところに向かっていた。
10分ほど歩いた頃、ようやくお目当ての店の看板が見えてくる。
店先には木製の看板が鎖で吊り下げられており、2本の剣が盾の前で交差するようなデザインだ。
《冒険者ギルド》
僕らが来た店は冒険者ギルド。
冒険者ギルドが店なのか、という問題は置いておいて、僕らは冒険者になることにした。
理由?
そんなの決まってるじゃないか。
お金が無いんだよ!!!
明日の宿代すら無いんだ!!!
もう銅貨数枚しかないんだよ!!!
そんな、あまりにも切実な願いである。
決して名誉とか力自慢とかそんな理由じゃなくて、ただただお金が無いっていう悲しい現状。
召喚勇者にあるまじき現状。
でも多分、この問題はすぐに解決されるだろう。
いや、解決しないと色々まずい。
最悪、野宿もできるが、というか今までずっと野宿だったわけだが、一度ベッドの味を占めたらもう抜け出せない。
昨日の宿は特段珍しい宿ではなく、どこにでもあるような普通の宿だった。
むしろ、日本の宿と比べると段違いに寝心地は悪い。
それでも今まで感じたことがないほど疲労が蓄積していた僕らにとっては、無銭宿泊したくなるくらい心地よかった。
甘美な誘惑である。
それに昨日は純恋が隣にいたのでさらによかった。
僕って日本にいた時から抱き枕とか持ってなかったから興味あったんだよね。
まさか初抱き枕が女子友達になるとは思ってなかったけど。
……流石に今のはちょっとまずいよな……
勢いよく頭を振って見ていた幻影を壊すと頬を叩いて気持ちを入れ替える。
今日は楽しみしていたテンプレもあるんだ。
変な妄想に費やす時間はない。
今日のテンプレ、それは冒険者ギルドで年配冒険者にイチャモンつけられて決闘になること。
異世界の定番テンプレって言ったらやっぱりこれだよね。
異世界系のラノベはよく読む方だったけど、この展開がない異世界召喚とか異世界転生は見たことないね。
異世界にきたら体験すべきテンプレ堂々の一位だ。
誰の文句も不満もない輝かしい一位。
この展開が目的で冒険者になるって言っても過言じゃないね。
1番の目的はお金だけど。
ギルド前でたむろしていたゴリマッチョの先輩冒険者らしきおっさんを横目に扉を押し開ける。
おっさんは若干疑惑の目を向けてきたが、残念ながら、手は出してこなかった。
ドアを押すとカランカランと木片同士がぶつかる音がして、受付らしきところにいた女性と扉周辺にいた冒険者がチラリとこちらを見る。
それから興味なさげに一度視線を戻し、もう一度、今度は首が捩じ切れんばかりの勢いで再び振り向く。
振り向くだけで何も言ってこないが内心は困惑でいっぱいだろう。
僕は僕でワクワクが顔に出ないよう、細心の注意を払いながら、空いているカウンターへと3人で並んだ。
……いつになったらいちゃもんつけてくるんだろ。登録をした時かな?
「大丈夫ですか?かじ……優人君?」
「ん?僕はなんともないけど……どうかした?」
「いえ、ちょっと周りの人の目つきが怖いので…」
「ん〜、大丈夫じゃない?悪意はなさそうだし。とりあえず、視界に入れないようにしてみたら?もしそれでも怖かったら僕も何かするけど……」
具体的には僕の方から喧嘩を仕掛けるけど。
「……ありがとうございます」
……暴れていいってことかな。いや、それはないか。
そうこうしているうちに僕らの番になり、受付嬢の前に立つ。
受付嬢にはやはり、既定の制服があるらしく、銀行員みたいな制服で首元に青のスカーフを巻いている。
見方によってはスチュワーデスの方が似てるかもな。
見た目はどこにでもいる顔の整った女性。
平均やや上くらいか?
まあ、受付嬢は綺麗な人が選ばれるんだろうな。
受付嬢なんて顔が命……とは言わないけど、命の半分は顔が占めてるんだろうし。(優人の偏見です)
事務仕事が得意な人は誰も見ないような裏でせっせと働いてるんだろう。
縁の下の力持ちってやつ?
「………あの?」
カウンターの前でじっと考えてたから奇異に見えたんだろう。
受付嬢が困惑の混ざった声を上げる。
「ああ、すみません。えぇっと……冒険者の登録に来ました。登録を頼めますか?」
「あ、えぇっと…はい。登録ですね。それでしたらまず……」
「オイ!ちょっと待てよ!」
と、そこで声が上がる。
声を上げたマッチョなチンパンジーみたいな男。
酒に酔っているようで真っ昼間なのに顔が真っ赤で足取りも不安定だ。
ちなみに、ギルドの受付横には酒場があり、5人の男たちが一組になって今も酒を飲んでいる。
今声を上げた男もそのうちの1人だ。
(もしかして昨日の夜から飲んでたのか?……うん?もしかして冒険者ギルドって24時間営業?冒険者ギルドって日本で言うコンビニみたいなもん?)
……流石に違うか。
「テメェみたいなガキが冒険者になれるわけねぇだろうが!ガキはとっとと帰ってお家でおねんねでもするんだな!ギャハハハハッ」
「そうだ!子供はママに泣きついてナデナデしてあやしてもらうのがお似合いだぜ!」
「ここはガキの遊び場じゃねーんだよ!ハハハッ」
……よく言ってくれたお前ら!!千鳥足のお前らじゃ決闘の流れにはならんだろうが、よく言った!もしかしたら何もなくイベントが終わるんじゃないかと思ってドキドキしてたんだ!よくやった!
チンパンジーおじさんらの言葉に心の中で拍手喝采を送る僕。
もしこれを口に出していたら決闘にはならなくても喧嘩にはなったかもしれない。
「おい、梶原。どうするんだ?多分負けねえと思うけど喧嘩するのか?」
「……ホントは喧嘩なんてしたくないんだけど仕方ないよね。うん。これは仕方ない。戦いたくないけど、これは決闘せざるをえない!」
「お前、初めから戦うつもりだったろ!」
「いやぁ?そんなことないぞ?」
「嘘つけぇ!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ!ガキはさっさと帰れ!痛い目見るぞ!」
そう言いながらたたらを踏みつつもう一歩前に出た、寝ぼけ眼の知らないおじさんが腰の剣にゆっくりと手をかける。
剣を引き抜いたのを見とどけてから腰を落として拳を構える。
僕が悪者になるのはたまらないからね。
正当防衛ということにしよう。
この世界に正当防衛なんてものがあるのかは知らないが。
「オラァ!!」
はい勝った。
相手が剣を振りかぶって大きな動作で攻撃しようとしたところで、右の拳を鳩尾に叩き込む。
ーー前に、その間にもう一振りの剣が割り込んでくる。
突如横から伸びてきた剣は男の剣を弾き飛ばす。
「これ以上問題を起こすのでしたら冒険者資格を剥奪しますよ」
剣を弾いた男は淡々とした声でそう告げるとそのまま男に剣を突きつける。
……誰だこいつ?
「ギルドマスター、ありがとうございます」
とそこで、さっき僕らの相手をしていた受付嬢が男に向かって礼をした。
「いやいや、大したことないよ。争いを収めさせるのも仕事の内だし、外に出ようと思ってちょうど下に降りてきてたから僕が対応しただけだよ」
………なるほど。ギルドマスターか。
おのれギルドマスター!!よくも僕の異世界テンプレを潰しやがったなぁあああ!!!
優人の冒険者ギルドで冒険者に絡まれるテンプレ、通称"ギルド内冒険者に絡まれテンプレ"は何事もなく終わりを迎えた。
次話は冒険者についての色々です。
しばらく話がゆっくりですが、悪しからず。
話が転がるのは15、6話後くらいです。